我堂長正の全体集会から一夜明けた早朝、外周区三十九区にある青空教室には今日も子供たちが集まっていた。この日は特別講師の里見蓮太郎が来る予定であり、子供たちは彼を待っていた。そんな子供たちを丘の上から見下ろす集団がいた。
「おい見ろよ。今日も学校ゴッコをやっているぜ」
「アイツらがいるからこんな事態になったんだ。許せねえ」
「どうするにいちゃん、処す? 処す?」
「トーゼン処すに決まってるじゃねえか」
男たちは正気ではなかった。地下シェルターの当選にあぶれ、東京脱出用の航空チケットも手に入らない。実際チケットについては普段であっても飛行機にはおいそれと乗れない底辺暮らしなだけではあるが、不平不満だけは一丁前である。
彼らにとって眼前の呪われた子供たちは体のいいサンドバックに写っていた。
「コイツがあればあんな化け物、イチコロだぜ」
男たちの中の一人、帽子の男が持ち出したのはお手製の爆弾であった。バラニウムを含む鉄くずを爆薬で弾き飛ばし、それによる裂傷を狙った非人道的なブツである。呪われた子供たちでなくても生身でこれを受ければ酷い怪我を負うことは必須であるが、とてもガストレア相手の攻撃手段としてはこけおどし程度にしかならない。人殺しの為だけに作られた危険物である。
「バラニウムも混ぜてあるから、アイツらくらいならこれでぶっ殺せるぜ」
「早速やっちまおうぜ」
男たちは興奮し、息を荒くする。これから何の罪もない子供たちを殺そうというのにこの男たちにとってそれは正義の行いとなっていた。化け物を退治する俺達は正しいという一見まともなように見せて、実際はガストレアウイルス保菌者というただ一点だけをやり玉に弱いもの殺しを肯定しているに過ぎない。
彼らの中にすでに良心など残っていない。末法の妄想に捕らわれた人間には慈悲などないのだ。爆弾は導火線を使った古典的な仕組みで炸裂するように作られている。導火線に火をつけて勢いよく投げようとしたその時、仏陀の施しのように子供たちを救わんとする黒い腕が現れた。
「お前達、そこで何をしている?」
現れたのは朧の部下を務める黒服の一人、
「チッ! どうせ東京は終わるんだ。だったら死ぬ前に化け物を殺して俺達もヒーローになりたいんだよ。なあ、アンタもスカした顔をして内心は俺達と一緒の考えなんだろ? 止めるなよ、むしろ一緒にやろうじゃないか」
「こんな馬鹿げた行いでヒーローなんかになれるか!」
稲葉は民警ではないがそれなりに近接戦闘の心得がある。先ずは火のついた爆弾を処理するべく眼前にて先ほどからまくしたてる髭の男の右手を捻りあげて爆弾を奪った。いわゆるアームロックである。
「い! いってえ!」
「痛くしたんだから当たり前だ、寝ていろクズが」
稲葉は腰に忍ばせていたテーザーガンを素早く引き抜き、髭の男に打ち込む。電気ショックを受けて髭の男は一撃で昏睡する。その手際の良さに残った男たちも怯え、爆弾を置いて蜘蛛の子を散らす。だが、爆弾の製作者である帽子の男は違った。仲間たちが置いていった爆弾にも火をともしたのだ。
「僕みたいなオタクがアンタのようなプロに勝てる気はしないよ。だけど僕だって爆弾で殺せれば誰でもいいんだ。なあ、僕と一緒に死んでくれないか?」
稲葉は眼前の男が狂っていることに引いていた。この男は東京エリアの危機に自殺願望を患っており、さらにそれに無関係な人間を巻き込もうとしていることに。稲葉は仙台に残して来た妻子の姿を瞼に浮かべ、帽子の男の言いなりになどなるわけにはいかないと気合を入れる。だがそれも虚しい結果に終わってしまう。
「さあ、死のう」
帽子の男はこの言葉を最後に、息を引き取った。なぜなら男は口の中に爆弾の起爆装置を仕込んでおり、この言葉を述べた後にスイッチを入れたからだ。これにより腹に仕込んだ隠し爆弾が爆発する。突然の爆発に稲葉は何も出来ない。ただ男が作った爆弾が飛ばす鉄くずのシャワーを浴びるだけである。さらには順次導火線を使った他の爆弾も爆発し、稲葉は暴力の渦に飲み込まれてしまった。
「大丈夫かい、稲葉君」
「か……会長……」
稲葉が目を覚ますとそこは病院だった。全身は痛いを通り越して動かせない程だが、それは麻酔が効いているためで当然である。本来なら怪我を負ってすぐに意識が戻ることなど無い程に酷い怪我だったのだが、朧によるキュアがそれを可能にした。むしろキュアによる生命力の譲渡が無ければ命の危険もあったほどである。
「僕の為にこれほどの怪我を負わせてしまって申し訳ない」
「いいんです。私も妻子がいる身ですから、あの手の輩は許せないので」
稲葉には一人娘がいるのだが、彼女もまた呪われた子供たちである。子宝に恵まれず四十手前で生まれた子供と言う事や、夫婦ともにガストレアショックによる精神障害を負っていないことから差別的な感情は持っていないためわが子を溺愛していた。
本来なら稲葉の考えの方が人として正しいのであろうが、それを綺麗事に過ぎないと悪意が押し流す2031年のご時世である。稲葉はそんな自分に賛同する朧の元で雇われていなければ迫害の末に死を選ぶより他が無かっただろうと朧への感謝で忠誠を誓っているのだ。
故に今回の大怪我もいのちが助かった以上は恨みなどまるでない。
「おじちゃん、ありがとう」
彼が救った青空教室の生徒たちが彼を取り囲んでいた。連絡を受けた蓮太郎と延珠も病院に駆け付けたのはそれからしばらくの事であった。
――――
今夜以降の作戦の為にアゲハ達は蓮太郎を探していた。それと言うのも部隊の中での非サイキッカーであるしっとマスクコンビと夏世を彼のアジュヴァントに合流させようという話である。能力的に出来れば目立ちたくはないアゲハやドルキに付き合って前に出過ぎるのには、非サイキッカーの三人には不向きとアゲハは考えていた。ならば作戦行動上では同じ非サイキッカーである蓮太郎たちと行動させたほうが、連携が取れるのではないかと言う考えである。この意見には当人たちも納得しており、特にアゲハにかつて敗れた将監は大いに賛成していた。
「天童社長、蓮太郎は?」
「彼なら病院です。望月さんも一緒のはずですけれど、聞いていませんでしたか?」
「いいや。今日は今朝からアイツとは顔を合わせていないし」
蓮太郎が不在と言うことで、ならば上司である木更が適任かと思ったアゲハは先の件を彼女に伝えた。
「同行ですか……私としては構わないと思いますけれど、彼が納得するかしら。あんまり人数が増えると指揮官として管理が出来ないって言っていましたし」
「一応こいつらの面倒は影虎さんにも頼んでいる。直接の采配までは考える必要はないぜ」
「だったら単に肩を並べるだけなんですね」
木更は納得して将監たちとの同行に同意した。そのままアゲハも里見隊のテントに残り、初対面である片桐兄妹をはじめとした面々に挨拶をする。特に蓮太郎の兄弟子である彰磨はアゲハに興味を示し、無事に生き残ったら手合わせをお願いしたいと申し出るほどであった。
――――
稲葉の見舞いの為に病院にいた蓮太郎の元に木更からの電話が入る。病院と言う場をわきまえて屋上に上ってから折り返しの電話を入れた蓮太郎であるが、待ち受け中に見た遠くに見える噴煙に事態を察していた。
『里見君、モノリスを見て』
木更が言うのも当然三十二号モノリスの事である。モノリスの方角には噴煙が上がっており、その姿は良く見えない。
『始まったわ。直ぐに戻ってきて』
キャンプにいた木更は近くでその様子を見ていた。白色化が全体に広がり、風を浴びてパラパラと破片を落としていくモノリスはついに耐えきれなくなり崩壊を始めたのだ。モノリスはバラニウムの角材を積み上げた積木細工のようなものである。接合面の繋がりが白色化により失われてしまったことで風に煽られて容易に崩れた。
政府の予想よりも崩壊が早い。だが吹き付ける強風を間近で感じる木更にとってはさもありなん事に感じていた。
「そんな馬鹿な……予定じゃ早くても日が沈む頃じゃ……」
『風が吹き付けているからよ。特に今日は狙ったかのような大荒れ、上空は地上よりももっと強いだろうから、それに煽られて耐えきれなかったんだと思うわ』
「チクショウ!」
蓮太郎は電話を切ると、病室で待つ延珠と朧に声をかけてキャンプへと急いだ。
ちょっとショートですが鬱フラグクラッシャーとモノリスクラッシャーの話
ここでいったん区切って次回あたりは別サイドの動きに移ろうかなとは思います
ちなみに黒服のモブが稲葉なのは今日からヒットマン完結記念でトーキチをイメージしていたからです