Call.46「五芒星」
第三次関東開戦、そして幻庵祭も終わり普段の様相に移り変わる東京エリアには夏の暑さが舞い込んできていた。
水原鬼八は懇意にしているガストレア解剖医、駿見彩芽から呼び出されて一人で
駿見医師が待つ研究室に到着すると、挨拶も簡単に彼女はドアの鍵を閉める。この部屋にはいま二人しかいないのだが他人に聞かれたくない話でもあるのかと鬼八は緊張してしまう。この日この場に火垂を連れてきていないのも彼女の指示によるものでありなおさらである。
「先日水原君がもってきてくれた検体なんだが、どうも怪しいんだ」
駿見医師の口振りはおかしい。怪しいとは言いつつもったいぶった言い方をしているのだから聞かずにはいられない。
「怪しい?」
「検体からトリヒュドラジンが検出されているんだ。いささか怪しいとは思わないか?」
「確かに変だな」
トリヒュドラジンは元々抗ガストレアウイルス剤として開発された薬物である。しかし効果は一時しのぎにしかならず、更に薬物投与者を強力な催眠状態に陥れる副作用が判明した曰くつきの薬物である。その副作用故に違法ドラックとして闇のマーケットで取引されている。
そんな人工の薬物を野生生物であるはずのガストレアが体内に宿しているのは異様だった。
「キミが持ってきた検体だけなら感染者が発症前に飲んだ可能性もあるから偶然で済むが、それが他にも何件か見つかっているんだ。しかもよくよく調べてみればトリヒュドラジンが検出された検体には二つの共通点まであると来たものだ」
「共通点?」
「一つは塩基配列。こうやって各検体の塩基パターンを重ねるとだな……このように、特定の固有パターンが存在するんだ」
「それが何だっていうんだ? 生き物なんだからそれくらいは不思議でもないんじゃ?」
「それが問題があるんだ。これはゾディアックガストレア、ピスケスが産んだ子ガストレアが持つ固有塩基パターンと全く同じなんだ」
「なんだって? それじゃあ、東京エリア近郊にピスケスがいるっていうのか」
「その可能性は否定できないね。だが……もう一つの共通点が更に不可解なんだ。このパターンを持つ検体全てが何処かに五芒星のマークが刻まれているんだ。ここまでくるとピスケスの仕業と言うよりも人為的なものにしか思えない」
駿見医師の推理は要するに誰かがピスケスが産んだ子ガストレアをクローニングして実験を行っているというものだった。鬼八には与太話にしか思えないが駿見医師の眼は真剣だった。
「取りあえずこの話は俺と先生だけの秘密にしておこう」
「そうしてくると助かる。私もキミにしか話していなんだ」
その日はこれで別れたのだが、その後の一か月は激動になっていった。
徐々に増えていくガストレアの出現率と集まる五芒星ガストレアの検体はこの事実を知ってしまった二人を悩ませていく。
最初は信用していなかった鬼八も次第に駿見医師の元に集まる怪しい検体の数々をみて信用せざるを得ない。
それに伴って自分を心配する火垂にこのことを隠すことが鬼八には辛くなってくる。
いつまで隠し通せるかと思う反面で、彼女に知らせるには荷が多いと鬼八は悩む。
秘密を隠すうちに鬼八は一人でフラフラと出歩くことが増えた。ふとハッピービルディングの前を通りかかった鬼八は蓮太郎にこの悩みを打ち明けてみようと思った。なにせ彼は先の開戦で序列二百十位と大躍進をして顔が広い。彼ならばこの悩みを晴らしてくれるかと期待して天童民間警備の門を叩く。
「ごめんよ」
「はい……って、水原か。久しぶりだな」
事務所の中にいたのは蓮太郎一人だけでおあつらえ向きだった。
鬼八は早速彼に秘密を打ち明けることにした。
「ちょうどよかった。今日はお前に話があるんだ。その前に念のために聞いておくが、この部屋には盗聴器とか仕掛けられていないよな?」
「そんなものは無いと思うが……盗聴を気にするって何の話をする気なんだよ。まさか火垂と結婚するのに条例違反になるからお上に知られたくないとか?」
「そんなんじゃねえよ」
真剣な鬼八と違って状況を飲めていない蓮太郎は彼を茶化す。否定する鬼八の声は荒く、蓮太郎も何事かときょとんとした顔をする。
「落ち着けって」
「スマン。でもこれからする話はガチだ。聞いたら後戻りできないかもしれないが、いいか?」
「どういうことだよ」
「ここ一か月で掴んだ……いや、掴んじまったヤバいネタだ。蓮太郎、お前は『新世界創造計画』と『ブラックスワン・プロジェクト』と言う言葉に聞き覚えは無いか?」
『新世界創造計画』そして『ブラックスワン・プロジェクト』
この二つはここ一か月の間に駿見医師が調べ出したキーワードだった。
正確な内容そのものは鬼八も掴んでいないが、彼らが関わってしまった五芒星ガストレアと関係した内容なのは間違いがない。
「いいや、知らないな」
「そうか……新人類創造計画と似ているからもしやと思ったんだが。だったら……お前は聖天子様や天童菊之丞閣下と顔が効くだろう? 直接彼らを俺と会わせてくれないか」
「ちょっと待てよ、いきなり無茶を言うな。いくら顔見知りと言っても聖天子様は隣近所くらいの仲じゃねえし、菊之丞とは絶縁状態だ。どちらも気軽にお前のことを紹介できるほど親しい訳じゃねえよ」
「でもこのネタを放っておいたらマズい。下手したら東京エリア壊滅の危機になるぞ」
「そこまで言うなら聖天子様にはダメ元で掛け合ってみるぜ。だがその前に、直接会って何を伝えるつもりなのか教えてくれないか?」
「ここではダメだ。上や下に筒抜けてそこから情報が洩れるかもしれない。万が一を考えて建築途中の勾田市役所工事現場で落ち合おう」
「そこまでするほどなのか?」
「ああ」
「だったら念の為に先にここに電話してくれ」
過剰に情報漏洩を心配する鬼八に蓮太郎はある男の電話番号を教えた。
先の開戦にて共闘した大富豪のプライベートラインを。
「これは?」
「仙台エリア、望月朧の連絡先だ。彼なら力になってくれると思う」
「あの人か……出来るだけ大物には声をかけた方がよさそうだしな。判った、早速かけてみるぜ。お前に話すのはそれからにしよう」
「なら明日の三時に工事現場で落ち合おう」
「了解だ」
蓮太郎と話をつけた鬼八は天童民間警備の事務所を後にした。
逃亡者編序章の話
大筋は変わらなくても詳細は結構変わりそうです
しばらく話の区切りの関係で3000字程度の短めなのが続きます