鬼八が事務所を出ると入れ違いのように木更達が帰ってきた。傍らには延珠、ティナの他に珍しい客人を伴っていた。
「久しぶりだな蓮太郎」
「紫垣さんか、今日はどういう要件だよ」
連れていたのは紫垣仙一という老人である。天童菊之丞の元付き人であり、今は実業家として活躍すると共に書類上では天童民間警備の経営者をしている。
そんな頭が上がらない老紳士は何用でここに来たのか蓮太郎も驚いて当然である。
「何って見合いだよ」
「誰の?」
「木更に決まっておるだろう、この馬鹿者が」
木更が見合いをすると聞いて蓮太郎は腰を抜かした。確かに彼女は政略結婚当たり前の世界で生きてきたお嬢様である。でもだからと言って今は天童を出奔した身であり蓮太郎も小首を傾げた。
「何でだよ? それに何時?」
「明日の昼からだ。当然お前も出席するんだぞ」
「待ってくれ、明日は三時から用事が―――」
「見合いは正午からだ。三時なら見合いの後で充分間に合う」
「それにもう一度言うが理由はなんだよ。木更さんだって今更政略結婚なんて立場じゃねぇだろう?」
「相手は元婚約者の櫃間篤郎だ。先方たっての希望だしこれを機に木更も身を固めても良いと思ってな」
蓮太郎もその名くらいは聞き覚えがある。
風の噂では警視としてキャリアを着実に積んでいるらしい櫃間は確かに玉の輿には格好の相手である。
彼と木更が一緒になれば天童民間警備の資金難も一気に楽になるだろうなと蓮太郎も納得しかける。
ただ蓮太郎個人の意見を言えばそんな木更を見たくは無い。
「いくら元婚約者だからって……木更さんは良いのかよ?」
「相手が相手だしむげには出来ないわ。それに見合いをしたら即結婚なんてわけないんだし、先ずは会うだけよ」
「木更もああ言っているんだ。ガキじゃないんだからそうダダをこねるんじゃない」
蓮太郎は紫垣に言いくるめられて反論できない。木更も同様なのか、それとも乗り気なのか蓮太郎には計りきれないが反対しようとしない。
イニシエーターズに至っては「タダで良い物が食べられる」と完全に物に吊られた様子で喜んでいる程である。
この場で見合いに反対するのは一人だけという疎外感に蓮太郎も折れる。
「ったく、わかったよ」
蓮太郎が了承したのを確認すると紫垣は帰って行った。
口では了承しても嫌々な態度があからさまな蓮太郎は無言でXDを取り出してクリーニングを始める。
「里見君、もしかして妬いてる?」
「そんなわけねぇだろ」
「だったら里見君は私が櫃間さんと結婚しても構わないんだ」
「そこまで言ってねぇだろう。まさか木更さん、櫃間の玉の輿に乗る気まんまんなのか?」
「……この、お馬鹿!」
蓮太郎には突然の癇癪にしか思えなかった。木更が自分の地雷を踏み抜いているとしか思わずに、この口論が彼女の地雷を踏んでいたことなど気付かない。
木更も本音を言えば見合いなんてしたくない。紫垣の手前で断れなかっただけである。でもたとえ冗談でも『玉の輿狙いの売女』扱いを、しかも一番好きな人にされたことに深く傷ついた。
繊細な年ごろの木更と同様に蓮太郎もまた子供である。フラストレーションの火花は引火して互いに飛び火する。
「お馬鹿はそっちだぜ。嫌ならちゃんと断れば良かったじゃねぇか」
「それが出来たら苦労しないわよ」
「だったら紫垣さんをぶん殴ってでも破談にすればよかったのか?」
「そこまで言っていないでしょうお馬鹿!」
『リリリ!』
口論をする二人を遮るように電話が一本入った。
木更が受けると緊急の出動要請で、なんでも東京タワーに多数のガストレアが出現したとの事である。
「みんなすぐに行って」
木更の指示で蓮太郎は延珠とティナを連れて現場に向かった。
現場に到着するとそこには見知った顔も見知らぬ顔も集まっており、十匹のガストレアが赤い鉄塔を占拠していた。数的には民警側が有利でも容易に壊すことも出来ない高い塔という地の利を得たガストレアに苦戦するのは当然であろう。
「遅かったなボゥイ」
「金がないからチャリで来たんだ。これでも全速力で来たんだぜ」
「おうおう、それは夏なのにお寒いことで」
蓮太郎は自転車に縛っていたティナ用のライフルを荷解きして彼女に渡す。
銃を手にしたティナは早速自慢のシェンフィールドを展開し頭上に銃を構える。
「皆さん準備してください。あぶり出します」
ティナはそういうと、ライフルに特殊な弾丸をセットして引き金を弾いた。
ガストレアは鉄塔の骨組みの裏に隠れていたのだがティナはわざと骨組みを狙っていた。
特殊な弾丸とは跳弾しやすいように加工された特殊フルジャケット弾頭で、骨組みで弾かれた弾丸はビリヤードのように跳ねてガストレアを貫いていく。
跳弾した弾丸のため威力は不十分だが傷を負ったガストレアたちはあぶり出されて地上に待ち構える人間たちに襲い掛かる。
「出てくればこっちのもんだぜ」
玉樹が先陣を切りそれに民警達は続く。こうなれば後は蹂躙するだけである。
チェーンソーナックルがガストレアを削る。
礫入りの踵を打ち付ける飛び蹴りがガストレアを潰す。
そして頸がこもった鋼の拳がガストレアを爆ぜさせた。
膠着状態になっていた戦場は三人の加勢により一気に解決してしまう。
「報酬は山分けでいいよな?」
「もちろんだ」
集まった民警達は各々が撃破の証として検体サンプルを回収して立ち去っていった。
蓮太郎もいつものようにサンプルを回収してIISOから来た処理班に現場を預け終わると勾田大学病院に向かう。
蓮太郎の指示でイニシエーターズは先に帰宅し菫の元に足を運んだのは彼一人だった。
戦いの最中は考える余裕などないが平時に戻ればやはり先ほどの喧嘩が尾を引いてしまうのも当然である。
そんな悩みを抱えた顔を菫は一目で見抜いた。
「おやおや、今日はずいぶんと不幸そうな顔をしているな、蓮太郎君」
「放っておいてくれ。とりあえずこれは今日倒したガストレアの検体だ」
「その割には『構ってほしい』『悩みを聞いてほしい』って顔をしているのはなぜかな?」
「先生……」
「私も大人だからな、キミが自分で解決するというのなら私は手を貸さないでおくさ。ただキミがそんな風に悩むとしたら木更のことだとは思うが」
図星を突かれた蓮太郎の顔は歪む。
この目の前の変人は自分からしたられっきとした大人なのは間違いがない。
ふとこの女傑になら打ち明けてもいいのではと蓮太郎も気が緩んだ。
「実は……明日急に、木更さんが見合いをすることになったんだ。そのことで木更さんと喧嘩しちまってな」
「木更が見合いねぇ……相手は誰だ?」
「警視庁の櫃間という男だ。しかも木更さんが天童家にいたころは許婚だった男だよ」
「天童家の娘とそんな関係だったということは、さぞかしエリートなんだろうなその男は。キミよりよっぽど木更の婿には相応しそうだ」
木更の見合いの話を聞いた菫は笑う。
しがない民警の少年と警視庁のキャリアでは雲泥の差なのは当然であり、もし木更が櫃間になびいたらと考えると蓮太郎は勝ち目がないと顔を下にしてしまう。
「ただな蓮太郎君……あの子には見合いなんかよりも恋愛の方が効果がある。身近にいるキミが襲い掛かって既成事実を作ってしまえば、木更はキミのものになる。キミが嫁にしてしまえば見合いなんてどうでもいいだろう?」
「そんなことをしたら犯罪じゃねぇか」
「私としては暴行罪で逮捕されてもレイプから始まる恋で結婚までこぎつけても、どちらでも面白いがな」
相変わらずの無茶な意見だが、不思議と蓮太郎の気は紛れていた。
明日は見合いと言っても会ってみるだけ、すぐに結婚するわけではない。
レイプはまだしも告白するほどの勇気がないが蓮太郎が木更に恋をしているのは幼いころからの事実である。
「ありがとう先生。なんだか気が紛れたぜ」
「私はキミの主治医だが、カウンセラーではないのだがね」
「偶にはサービスしてくれてもいいじゃねぇか」
「まったく……」
悩みを聞いてもらい顔から不幸さが消えた蓮太郎は事務所に戻る。
この日は帰って早々に蓮太郎は木更に昼間の口論について誤って丸く収まった。
収まるついでに木更の口から「見合いは断れなかっただけで乗り気ではない」と回答を聞いた蓮太郎は心の中で拳を握って喜んでいた。
見合い前日の話
原作だとれんたろーが紫垣と会うのが当日だったり見合い中終始もんもんだったのが前日に解消してたりと結構変えています
先生ェにブラックスワンについて聞く事も削っていますし