『
それは機械化兵士ハミングバードが操るBMI兵器である。
一見するとフリスビーを一回り大きくしたようなタイヤ型円盤であるが、小さな本体に動力ユニット、遠隔操作ユニット、攻撃用武装を詰め込んだグリューネワルド教授の傑作である。
BMI技術そのものはNEXTのエイン・ランドに先を超されたとは言えそれは教授にとっては手をつけてないで放っていた分野で先に手を出されて、エインに大きな顔をされただけに過ぎない。教授自らが腰を入れれば脳波コントロールによって単独での作戦行動が可能な悪魔の兵器へと生まれ変わる。
ティナ・スプラウトのシェンフィールドはあくまで彼女自身が持つ狙撃手としての力を高める補助具であるがネクロポリス・ストライダーはそれ単体が一つの殺戮兵器である。
高度なカラクリを仕込んでいるため要求される脳波コントロールの難易度も高いが、ハミングバードはそれをクリアしていた。
彼女は教授の思惑通りに微小ながらトランス系PSIの適正を示している。その力は単独では『よほど強い意志を露わにする相手の心を感じ取る』程度であるが、ネクロポリス・ストライダーと連動することで、兵装を積むために最低限にそぎ落としたセンサー類の機能を補っていた。
「なんだ?」
斡旋所にいた一人の男がそれに気づく。
入り口からコロコロと転がってきた謎の円盤を男は興味本位で拾おうとしたのだが、円盤は手に持った男に牙を突き立てた。
跳ねる円盤は男を突き倒してそのまま無警戒の蓮太郎を襲う。謎の飛行物体に驚く蓮太郎とマスターだが、マスターは反射的なのかエプロンから拳銃を取り出すと慣れた手際で三発の銃弾を放つ。
人力での連射能力は蓮太郎も驚くほどに早いが、飛行物体は力場を形成して弾丸の直撃を避けて壊れない。
見覚えがある青白いスパークに蓮太郎は状況を察する。
「今のはまさか、斥力フィールドか? しかもこれはまるでティナの―――」
「知り合いか?」
「まさか。だが今のバリアみたいなのには見覚えがあるだけだぜ。それ以上にマスターこそ何者なんだよ? 妙に拳銃に慣れ過ぎていないか」
「ちょいと育ての親みたいな人に教わってな。その前に……来るぜ。奴さん俺達を殺す気のようだ」
蓮太郎の質問を流したマスターは円盤の事を言う。円盤はタイヤから痛々しいスパイクをむき出して、このまま体当たりされれば大怪我は必須である。
蓮太郎たちは知らないが、このネクロポリス・ストライダーは推進エンジンによる運動エネルギーを低出力ながら小型化して搭載した斥力フィールドによってベクトル操作して制御している。先ほどマスターが弾いた弾丸を防いだのもその応用である。
そして最先端科学の粋は従来の常識では計れない駆動能力をこのネクロポリス・ストライダーに与えていた。
「当てられるものなら当ててみなさい」
そういっているかのようにストライダーは空を舞い間合いを詰める。
「坊主! 二十秒でいい、時間を稼いでくれ」
「どうする気だ?」
「いいから行け!」
「チィッ!」
マスターにどやされた蓮太郎は仕方なく切り込む。もとより自分一人で対応する気だったのでむしろマスターが余計な横槍を入れることの方を不安に思いながら前に出た。
体調は七割ほどだが炸裂カートリッジを含めて補給は充分、殺人機械には負けるつもりも無い。
「天童流戦闘術一の型八番―――焔火扇」
頸を込めた焔火扇のチャージが円盤を襲う。
ストライダーはUFOさながらの駆動で身を翻して蓮太郎の右肩をえぐるが、義肢部分のため服と皮膚を削っただけで大事は無い。
そのまま身を翻した蓮太郎は下からアッパーカットを振るうのだがまたしても羽根のようにストライダーは直撃を避けた。
「当たるわけがないでしょう、お馬鹿さん」
そう言っているかのような雰囲気に蓮太郎は少し苛ついてストライダーを睨む。タイミングを変えるようにカートリッジを炸裂させた蹴擊を放つが斥力フィールドに受け流されて通用しない。
普通なら触りたくも無い殺人機械だが漆黒の義肢を持つ蓮太郎にはその限りでは無い。叩き壊せるだけの膂力もある。
それでも倒せないこの円盤は厄介な相手と蓮太郎は冷や汗をかいてしまう。
そして約束の二十秒が訪れる。
「三歩下がって準備しろ!」
蓮太郎は咄嗟に言われるがままに準備した。下手に我を通せば巻き込まれそうだという理由であるが。
蓮太郎の背でマスターはライフルを持ち出して円盤を狙っていた。大口径の狙撃銃でありティナが使用している対戦車ライフルを彷彿させる大業物である。
マスターは蓮太郎が身を引いたことを確認すると引き金を弾いた。轟音と共に音速を超えて飛来する礫は円盤の淵に当たる。
「あらあら、そんな物騒な物を持ち出しても効かなくて残念ね」
ストライダーを遠隔操作しながらそうほくそ笑むリカの思惑を超えた一投がこのとき行われていた。リカは問題なしと思っていたストライダーの身動きを封じる一瞬の間、この間が命取りになる。衝撃を殺しきれずに空中で回るストライダーは一瞬だけ動きが固まったのだ。
「―――轆轤鹿伏鬼!」
マスターが作った隙を突いた蓮太郎の轆轤鹿伏鬼がストライダーを貫く。リカのこめかみにはストライダーの大破を知らせる頭痛が響き、トランスでつながっていた視界が途絶える。マスターは当初蓮太郎を囮にしてストライダーを自慢のライフル『バレッドイーグル』で打ち貫くつもりだったが、彼の炸裂する義肢の轟音を聞いて徹甲弾よりも威力が高いと判断して彼に任せることにした。
連携による直撃に簡易な斥力フィールドなどものの役にも立たなかった。爆発四散するストライダーを残心しながら見つめる蓮太郎は気を緩めない。
「やったな坊主」
「いや、まだだ!」
「ん?」
「今のが俺が知っているのと同じモノならまだ同じ奴がいると思った方がいい。アレはそういうモノだ」
「マジか……」
「マジだ」
蓮太郎は一目見てシェンフィールドと同様のBMI兵装であると想定し見抜いていた。先の悠河が自分と同じ二十一式バラニウム義眼をもっていたこともその推測に行きつく切っ掛けである。
ティナの場合は同時に四機のシェンフィールドを操作する能力を持っていることから大目に見て合計五機はいるだろうと読んでいた。実際には深読みで数を多く見積もっているが、油断が無い以上は不意はつけない。
蓮太郎の目つきを潜ませた別のストライダーから読み取って油断が無いことを確認しているリカは攻め手に欠ける現状に苛立つ。約束の時間まであと三分、このままタイムアップで悠河にバトンを渡すのはシャクである。
「ふふふ……だったら直接やってやろうじゃない」
見た目は十歳程度の幼女に近いリカとて成功率百パーセントを誇るエージェントである。当然、プライドの為に今回の襲撃も失敗するつもりなど無い。教授の要望は彼を様々な状況に追い込み、データ取りのサンプルにしたうえで始末すること。ならば得意技も見舞うのは当然だとリカは先走った。
「こんにちは。さっきの物音はなんですか?」
一機目の爆発四散から数分後、ビルの屋上から移動し終えたリカは轟音を聞きつけた近所の幼女を装って斡旋所に踏み込んだ。部屋に入って周囲を見渡すと、ソファーに横になる火垂の姿が目に付く。
「(死体をこんなところに持ち込んでいるってわけ?)」
リカは悠河の報告で火垂は死んだものだと思っていた。だから彼女がただ単に寝ているだけなのは気付いていない。火垂の遺体を持ち込んでいる蓮太郎は相当なバカなのだろうとしか思っていない。
「お嬢ちゃん……危ない、伏せろ!」
マスターはリカの背面から転がってくる二機のストライダーに反応して伏せるように怒鳴り、そしてバレッドイーグルの引き金を弾いた。連射する二発の弾丸はストラーダ―の軌道を反らしてリカをそれから救う。
ここまではリカが無関係な一般人を装うために行ったフェイク。なのでリカはわざとらしく身を低くして、弾丸も跳弾に注意して斥力フィールドで受け止める。先ほどと違って異様に吹き飛ぶ様子に蓮太郎は小首を傾げていた。
「急になんですか?」
「危ないから早くこっちに来るんだ!」
リカは言われるがままマスターに駆け寄って足にしがみついた。あくまで自分はストライダーとは無関係であると装うために吹き飛ばされた二機の稼働を再開して蓮太郎を襲わせる。
左右から弧を描いて挟むように飛来するフライングソーサーは激しく回り、飛び出た刃は鋸のように痛々しい。蓮太郎はあえて前に出て右側から来るストライダーを迎え撃って漆黒の義肢で手刀を繰り出す。
「空の型三番―――剄楓!」
頸を籠めた手刀は太刀のように鋭く斥力フィールドを断つ。
ギンという鈍い音が室内に響いて推進エンジンを故障させたことで二機目のストライダーは沈黙する。
そのまま後を追って軌道を変えた左のフライングソーサーが空中の蓮太郎を狙うが、脚部カートリッジを使って爆発の推進で地面に戻る蓮太郎はそれを躱す。
「(さっきより鈍い?)」
一機目の羽根のように舞う姿を見せられたあとという事もあり蓮太郎は動きが鈍いと錯覚していた。
それもそのはずでリカは演技をしながら、蓮太郎の気が緩む瞬間を狙いつつ二機のストライダーを操作していたからだ。安全地帯から一機だけを操作したときと比べれば割ける思考のリソースは当然少なく、それが如実に動きに現れていた。
残りが一機になったことで振ることが出来るようになったリソースを振りなおす暇も無い。蓮太郎は着地するとそのまま息つく暇も無く飛び上がって雲嶺毘湖鯉鮒の拳打にて叩き壊したのだから。
「すごい……」
あくまで演技ではあるがリカの呟きは本心である。
いくら他の事に気を取られていたからとはいえ、動きが鈍っただけで苦も無くストライダーを破壊する様子は人間業には思えないからだ。
その気になれば悠河でさえ平伏すと思っていたストライダーの敗北に唖然とせざるを得ない。
だがストライダーだけが成功率百パーセントを誇る久留米リカの武器ではない。
むしろストライダーはオマケである。
最後にして最大の武器、三機目を破壊して気が緩んだ今こそその時だ。
「お兄さんすごい!」
胸に抱えるぬいぐるみの後ろにはナイフが隠れる。
その状態でぬいぐるみを持ちながら蓮太郎に駆け寄るリカは自分でもよく化けていると自画自賛するほどである。
「下手に動くな!」
蓮太郎はあくまで他にもまだストライダーが残っていると仮定してリカに注意を呼びかけた。
だがリカはそれを聞かない。そもそもストライダーの奏者なのだから危険など全くない。あるのは蓮太郎を不意打ちで殺そうという意図だけである。
横から見ればナイフを構えていることなど丸わかりだが、蓮太郎もマスターも前後から彼女を見ている。故に気付かないしそれも作戦の内である。
約束の時間から十分ほどオーバーしたのでそろそろ悠河が駆けつけてもおかしくない頃合いである。彼の目の前でお目当ての里見蓮太郎を刺し殺すのも面白いかと思っていたリカはあと一メートルほどの位置に到達した。
「……しん……」
「死んで」と言おうとしたその声を銃声が遮った。
華奢な体は拳銃弾の衝撃で押し倒されて隠し持ったナイフが床にカランと音を立てて転がる。
唖然とした顔をする蓮太郎とマスターのことなどお構いなしと言った様子で、目覚めた火垂はベレッタの引き金を引いていた。
三機目の爆発で眼を覚ました火垂が振り向くとナイフで蓮太郎を狙う女の姿が目についたのだ。リカの演技など知らない火垂にとってはあからさまな敵でしかない。火垂が生きているとは知らないでいたリカは初めての失敗を犯したのだ。
「なんだぁ? いまの」
「火垂?! それにこの子……」
「寝起きだったけど当てられてよかったわ。まったく、危ないじゃない」
「ナイフを隠しもって……まさか、この子が敵なのか?」
「信じたくはないでしょうけれど、明確にアナタを刺し殺す気で襲い掛かったんだからそういう事でしょう」
「……こう…ろ……ほ…たる……あな…た…いきて……」
うわごとにように火垂の事を呟くリカは不運だった。火垂が放った寝起きの弾丸は当たり所が悪く、内臓を食い破って彼女を死へと一気に近づかせていた。
幼女の見た目とはいえレディであるリカは当然ながらイニシエーターではない。この傷は致命傷である。
「ほら。私が死んだと思っていたという事は、この子は巳継悠河の仲間なのよ」
「あの…よ…で……男と……なか…よく……して…れば……よか…った…のに……」
「そんなこと出来る訳ないでしょう。復讐を遂げなければあの人が浮かばれないわ」
「おばかさん……ふくしゅう……なん…か……して……」
「アナタ、他人を愛したことがないのね。人って愛する人を奪われたら仕返ししなければ気が済まないものよ」
「なわけ……あるか……」
復讐することは愛ではないというリカの言い分も間違いではないが、この場では火垂の愛がもととなる復讐心を察していない時点で間違っていた。ストライダーの増援を警戒して気を張る蓮太郎と打って変わって火垂は瀕死のリカを尋問する。尋問しながら医療キットを広げて見様見真似の弾丸摘出術などに挑戦するが進みは悪い。
火垂は敵であるとみなしたリカを助ける気などないが、出来ることなら尋問するために命を取り留めておきたい。それが失敗しそうな状況に冷や汗をかきつつも治療を進めた。
開いた扉からはリカの赤い髪が見える。
「トリに愛が語れるものか。僕を出し抜こうとするなんて名前だけじゃ無く頭の中もトリだったんだな」
リカを見下す何者かがそうつぶやいてライフルの引き金を引いた。遠くからその赤い髪をした頭を目掛けて鉛玉が飛来したのは火垂が治療を開始してから一分半が過ぎたころだった。
着弾する鉛玉の衝撃でリカの首は激しく揺れて砕けた頭から赤い血が流れる。脳がぐちゃぐちゃになって心臓が止まり、久留米リカはグロテスクな死体に変わってしまった。
「狙撃か?!」
驚く蓮太郎は更に警戒を強める。特に狙撃があった入り口の射線からは身を引いて逃れる。
数秒の後に斡旋所の固定電話に着信が入り、固唾をのむ一同などお構いなしに呼び鈴を鳴らした。
マスターは電話を受けると相手に言われるがまま受話器を蓮太郎に渡す。
「坊主、アンタに用があるらしい」
「俺に?」
『―――もしもし』
「その声……まさか巳継悠河か?」
『正解だ。ひとまずハミングバードの撃退おめでとうと言っておこうか。流石に僕の前から逃げ延びただけのことはある』
「ハミングバード?」
『そこに転がっている女の事だよ。それにこれは次はキミの頭がああなるって意味でもあるよ』
「だったら何故、今すぐ襲ってこない」
『そんなことをしても僕がキミを凌駕したことの証明にならないからね。出来るだけフェアに接してあげる気はあるんだよ僕は。だからキミに一つアドバイスをあげよう。その円盤型の機械……死都の徘徊者はハミングバードが操っていたものだ。これ以上の増援はない』
「じゃあ……だったらお前がここにくるのか?」
『今日の夕方六時、勾田市役所工事現場で待っている。誰にも言わず、キミとそこにいるガキの二人で来るんだ。逆らえば……キミの大切な人達を順番に始末してあげるよ』
「わかった。そっちこそ逃げないよな?」
『キミこそ逃げるなよ』
悠河の要求を蓮太郎は飲んだ。むしろ追い回されるより一気にケリをつけられるのだから格好のチャンスだと拳を握る。
それに下手に逆らえば木更や延寿が危ないのだから逆らえない。勝てるかどうかは判らないが、昨日よりは勝機はある。
「同じ眼を持つ相手だろうと負けるわけにはいかないな」
身を流す激流に終止符を打つべく蓮太郎は拳を握って気合いを入れた。
ハミングバード戦の話
生存するかはどうしようかと考えましたが転の要素で挨拶代わりでお亡くなりになることに
タイトルの台詞をだれかに言わせようがコンセプトでしたが書いているウチにしゃべる人がいなくなって悠河のセリフになってしまいました
愛の意味が変わっている気もしますが
ひとまずここで一区切りです
2016/03/21追記
ランド教授の名前が間違えてました
あとついでですがストライダーのスペック原作と全然違うのここに書いてなかったですね
この話は独自設定が多いです