光風ファイナンスの門を叩いたアゲハは早速主に声をかけられた。
「おや、アンタは」
「元気そうじゃねぇか。この前は影虎さんに返り討ちに合ってガクブルしてたって聞いたぜ」
「そのこと……いや、もうアイツの名前は出さないでくれやせんか」
「スマンな」
出迎えたのは光風ファイナンスを束ねる阿部だった。
アゲハに茶化されてあからさまに嫌な顔をしたことからも判る通り、先日の影虎との一件は阿部の中ではトラウマになっていた。
「それで、どういった要件で?」
「トリヒュドラジンについて聞きたいことがある」
「まさか……アンタがクスリに手を出すとは思えませんが、トリヒュドラジンの何が知りたいんで」
「最近デカい取引をした相手を知りたい。俺達が追っている相手の手がかりになりそうなんだ」
「ほう。ですがこっちにも仁義ってもんがありやすからね、簡単に口を割るわけにはいきやせんよ」
阿部はそういうと懐から取り出した煙草に火をつける。
これまでの付き合いで暴力に訴えられればどうにもならない相手と理解してこそいるが貫禄稼業に生きるだけのことはある。残ったカードは見栄以外にない。
だがアゲハも当然ながらそれくらいでは引かない。
「タダでとは言わねぇぜ。この件は朧も噛んでいるからアイツに報酬は用意させる。もしかしたらアンタらの大口顧客を潰すことになるかもしれねぇが、損だけはさせないぜ」
「朧……あの望月朧ですか。たしかにあの会社から金を引き出せるのなら損はしませんね」
「それにアンタ個人はクスリは好きじゃないんだろう?」
「……そこまで言うなら協力しましょう」
あくまでアゲハに頼まれて動いたという形を作った阿部は離席するとクスリを取り扱っている光風会の仲間に連絡して情報を集め始める。
アゲハは振る舞われた茶をすすりながら情報が集まるのを待っていた。
アゲハが茶を飲んでいる頃、一人の男が天童民間警備の前で立ち往生していた。
男は光学ステルスにより身を隠していたのだが、このままではどうもこうもないと攻めあぐねる。
その正体はコードネーム『ソードテール』。
グリューネワルド教授が生み出した光学ステルス型の機械化兵士である。
「相手はサイキッカー、しかもトランスが得意と来ればどうもこうもないな」
ソードテールの目的は無様を晒した櫃間の回収なのだが、桜子の作る結界の前にたじろいでいた。褐色の肌になった桜子が張り巡らせるバーストの結界はソードテールの眼にも写っており、さらに教授から渡されたトランス波動の検知器には感知の罠があるとアラームが伝わる。
踏み込んだところで不可視とはいえすぐ見つかってしまうとソードテールは気付いていた。
優秀故に網にかからないソードテールはそれゆえにどうもこうもないとその場を立ち去らざるを得ない。
だがこのまま逃げてもよくて叱責、最悪の場合は処刑が待っているのは明白であり逃げるわけにはいかない。
ならどうするべきか、考えた結果思いついたのは一人の少女の誘拐だった。
「天童木更を使うか」
彼は櫃間との人質交換の為に木更を襲うことにした。
そのためには櫃間が目を覚まし、拷問されてすべてが水泡に帰す前にやらねばならない。
脚部の動力ユニットを全開にしてソードテールは木更の後を追う。行先は勾田大学病院だと櫃間に仕掛けた盗聴器から聞いている。まだあの女は移動中だとソードテールは急いだ。
一方で木更はティナと共に徒歩で勾田大学病院に向かっていた。まさか追手がいるとは知らないだけあって武器の類は最低限しか持ち合わせていない。だが剣士として『殺人刀・雪影』は手放さないし、それだけあれば彼女には充分である。
路地を抜ければ目の前は病院となったところで異変に気付いた木更はティナに小言で伝える。
「ティナちゃん、先に行って武器を取ってきて」
「どういうことですか?」
「いいから早く」
「……了解です」
ティナはその態度から何かがあると気付いて先に駆け出す。
木更はティナを背にして振り向くと、太刀袋から雪影を取り出して構えた。
「出てきなさい。無視するのならこちらから行きますよ」
木更の声には誰も返事をしない。虚空に問う彼女の声は建物の壁に反響するだけである。
だがその声をもしやと思いながら聞いている男がいた。
急ぎ足で後を追ってきた不可視の男、ソードテールその人である。
「天童流抜刀術一の型一番―――滴水成氷!」
虚空に向かって木更は刀を振り抜いた。居合の基本に忠実ともいえる手首の返しは見る人が見れば見とれるほどに美しい。
だがその一振りは単なる横一文字ではない。ごく自然に練り上げられた剄が刃音に乗って飛来し空を裂いていく。
ソードテールは里見蓮太郎に関する資料の一環として天童流の事もある程度聞いてはいたがこのようなサイキックじみた技があることまでは聞いていない。だからこそ無防備にその『飛ぶ斬撃』を受けてしまう。
加減をしているので切れることは無いが斬撃はソードテールの眼には映らず、その衝撃でコートがはだける。
「ぐうっ!」
「そこだけ風の流れが違っていましたが、やはり隠れていましたか。アナタは何者ですか? なぜ私達を付け狙うのよ」
「大人しくしてもらう」
滴水成氷を受けて一時的に見せた姿を再び隠したソードテールは景色に溶け込む。
獲物に対して名乗る名など無いという事かと敵の態度に納得した木更は再び雪影を鞘に戻して居合で構える。
単に戦闘態勢を取るだけならばわざわざ鞘に納める必要などないのだがこれには木更なりの考えがある。いっぽうでソードテールはその様子を何かのポーズに過ぎないかと懐から拳銃を取り出して木更を狙う。
「眠れ!」
ソードテールは心の中でつぶやく。
麻酔弾を籠めた拳銃を木更に向けて撃ち放つと風を切って弾丸は木更を目指す。
流石に弾道まではステルス技術で隠せないが人間の反射神経ではたとえ見えてもその時には無様に貫かれるとソードテールも思っていた。ただ相手は只の人間ではなく剣の達人、元序列百三十四位の高位イニシエーターですら恐れるほどの力を只の人間でありながら持ち得たサイキッカーとは別方向での超人なのだ。
「そこ!」
神経を集中させて敵の動きを探っていた木更は反射的に麻酔弾の発射によって起きた音の鳴る方へ滴水成氷を放つ。飛ぶ斬撃は麻酔弾を切り払って射手たるソードテールの手元までを切る。
思わず落とした拳銃が地面に落ちて音が鳴り響き、木更の追撃がソードテールを掠めてステルススーツを破く。
もしソードテールが機械化兵士でなければボディアーマーでもカバーしきれない右腕がズタズタになっていたほどの傷を受けており血の代わりに義手のオイルがぽたぽたと地面に滴る。
もうこれ以上隠れることなど出来ない。そして容易い相手と思っていた天童木更の強さと自分の見通しの甘さにソードテールは血の気が引く。
「強いな」
「あら、やっと姿をみせたのね。さあ、アナタの目的を教えなさい」
「俺はエージェントだ。それは口が裂けても言えないよ」
「それでもアナタには口を割ってもらうわ!」
その口ぶりから本気ではないのだろうとはいえ喰らえば戦闘不能は免れないとソードテールは読む。
こうなれば逃げる以外に手はないが彼女の脚力は半分機械の自分より速い。ならばどうするか、ソードテールが取れる手段は一つだけだった。
「一緒に来てもらう」
あえて無防備に袈裟を受けたソードテールは血を飛び散らせながら木更に抱き付いた。
玉砕覚悟のハグは木更の身動きを止めてきていた制服を赤黒く染める。
「やめ、離して」
「いやだね」
体中の血液が抜けていくのがわかるし、このまま体力がアジトまで持つのかは微妙だろうなとソードテールは思う。ただそれでもこの女を仲間に渡して後に託すくらいは出来るだろうと思っていた。
クロロホルムをしみ込ませたハンカチで口をふさいで眠らせるとソードテールは携帯電話を取り出して悠河に連絡を入れる。直ぐにはつながらないようで待ち受けの応答音がぷるぷると鳴り響き、早くしろと心で念じるソードテールの耳と手を痛みが襲う。
がしゃんと轟音を立てながら飛来した何かが彼の右手ごと携帯電話を砕いたのだ。
「ぐわあ! 何事だ」
「そこまでです」
「観念するのだ」
ソードテールの前に現れたのは二人の女児だった。
その顔は彼にも見覚えがある。悠河が取り逃がした里見蓮太郎のイニシエーター『藍原延珠』と夜科アゲハのイニシエーター『千寿夏世』である。ただ一方は無手で一方は拳銃であり、我が自慢の鋼鉄義手を砕いたとは到底思えない。
ならば残る可能性は先に行った天童木更のイニシエーター『ティナ・スプラウト』の狙撃かと消去法で導いた。
捨て身の覚悟で木更の身柄を確保したとはいえ既に手遅れ、死にかけのカラダで三対一など勝ち目はない。
「しくじったか。後は任せたぞダークストーカー」
「なんだ?」
ソードテールはその一言を最後にこの世から旅立った。
余計な情報を漏らすくらいならと自害の為のスイッチを自分で入れたのだ。
心臓が停止してそのシグナルはグリューネワルド教授や悠河にも伝わる。
「こやつ、死んでおるぞ」
「まだ息を吹き返すかもしれません。とりあえずドクターのところに」
「そうだな。妾はこのデカブツを運ぶから、お主は寝ている木更の方を何とかしてくれ」
「お願いします」
延珠はソードテールを抱えると菫の元に向かった。
当然ながら自害したソードテールが再び息を取り戻すことなど無かったのだが、こうして木更を狙った敵の手は一先ず緩んだ。
「ソードテール……まさか彼が死ぬなんて」
そしてシグナルからソードテールの死を知った悠河は少し落ち込んでいた。
なんだかんだでリカよりも馬が合う仲間だったソードテールの死、そして彼が自ら命を絶つほどの出来事が何なのかということに。
少しして悠河の元にグリューネワルド教授からメールが届く。
櫃間がしくじり、それをもみ消すのに失敗したソードテールは死んだ
お前が里見蓮太郎と戦うことは知っているが、これを最後に奴らには関わるな
今回はお前の手には余る相手だった
教授は今夜の戦いを最後に手を引けと命じたが実のところ降格通知のようなものだった。
ただでさえ既に二人の機械化兵士を失っているわけであり、これ以上は文字通り手に余ると判断したのだ。
例え悠河が蓮太郎を圧倒しようともこのままアゲハ、桜子、木更と言った蓮太郎の仲間と戦えば負けは必須と悟ったのだ。
本物の能力者にはしょせんはまがい物の力など歯が立たない、これならまだ機械仕掛けのサイキッカーとしての傑作の方が上手だと認めざるを得ない。
「教授……僕は……」
そんな教授の真意を察したからこそ悠河は自然と涙を流していた。
時刻は午後三時、決闘の時間は着々と近づいていた。
木更vsソードテールの話
よく考えると居合で帯無しってちょっとしたナメプかも