ラーメン屋での食事を終えたアゲハ達は腹ごなしを兼ねた都内見物をしていた。
十歳の少女に大の大人が道案内を受けるというのはこそばゆいものではあったが、土地鑑のない二人にとっては背に腹が変えられない。
一時間ほどが経過した頃、夏世のスマートホンに着信が入った。相手は三ヶ島ロイヤルガーターの通信士である。
「夏世ちゃん、ガストレアが出現したわ。今すぐこっちに戻って」
「場所は?」
「二十五区よ」
この時、三人がいた場所は隣の二十四区、目と鼻の先である。
「戻ると時間の無駄です。こちらに武器を持ってきてはくれませんか?」
「え? いま何処に居るの?」
「二十四区、ちょうど二十五区との境界の近くです」
「解ったわ、車を手配するから駅前で待ってて」
夏世の交渉により、三ヶ島ロイヤルガーターのスタッフと駅前で落ち合う事となった。事前の連絡としてメールされた出現ポイントは偶然にも三キロほど離れた位置であり、駅前に行くだけでも遠回りと言う位置であった。
それを見たアゲハは、夏世に提案する。
「なあ、武器は待たないでこのまま行った方がよくないか?」
「ダメです。こちらの武器は私の拳銃一丁と雨宮さんの刀だけです。たとえステージⅠが一匹だけでも、件の感染源ガストレアを用心したらとても足りません」
「これから一時的だけれどもチームを組むんだから、一度俺達の実力を見てくれないか?」
「それは将監さんとの模擬戦を見ればわかります。正直、将監さんより強い人間なんて初めてです。ですがいくらなんでも素手と言うのは……」
「アイツにはできれば教えたくはないが、俺にはとっておきがある。それを見てくれ」
「夜科さんがそこまで仰るのなら……責任は取りませんよ?」
夏世はアゲハの提案を受け入れ、ガストレアの出現ポイントに向かう。アゲハの言う言葉が妄言であるか確かめたい気持ちと、影胤のバリアを貫いた攻撃の正体を見せるであろう『とっておき』が何か知りたい気持ちが、準備不足からくる警戒心を上回ったからだ。
子供とはいえ夏世もイニシエーターであり、力を引き出せば並の大人以上の脚力は発揮できる。夏世の道案内により、三人は十分もしないうちに現場に到着した。
座標の位置には標的のガストレアは見当たらない。十分の間に移動いたのだろうかと三人はあたりを警戒し、夏世は三ヶ島ロイヤルガーターに電話を掛ける。
「事情が変わりました。ガストレアの現在位置を教えてください」
「さっきから動いていないわ。それに事情が変わったってまさか……」
「夜科さんの提案で現場に来ています。ですがガストレアがいません」
「おかしいわね……カメラの映像に切り替えるわ」
「お願いします」
通信士が詳細情報を問い合わせする間に、夏世はアゲハに状況を伝える。観測データ上ではその場にいるはずのガストレアの姿はその場には無い。あるとすれば路地を囲むように周囲に点在する高層ビルくらいであろうか。
「なにこれ……夏世ちゃん、上よ!」
「上?」
通信士の応答に、不意に夏世は上を見上げる。そこにはよく見れば、黒く大きい物体が空中に浮いていた。正確には浮いているのではなく、立っている。周囲のビルを囲むように張り巡らされた蜘蛛の巣の上に、ガストレアが立っているのだ。これでは攻撃が届かない。
夏世はアゲハの判断が間違っていたのではないかと唇を噛む。
「夜科さん、逃げましょう。この装備では対抗できません。いったん立て直しを……」
「大丈夫、下がっていろ」
状況にうろたえる夏世とは対照的に、アゲハの目には闘志が浮かぶ。左手を前に突き出し、弓を引くかのようなポーズを取った。
「着弾後に形状変化……行け、
アゲハは即席で追加プログラムを組み込み、暴王の流星を発射する。アゲハの胸元から黒い球体が射出され、ガストレアに命中する。影胤のバリアを貫いたものと同じ暴王であるが、実際に目の前で放つところを見ても、夏世は現実のもののように感じられないでいた。
追加プログラムは命中と共に作動する。着弾した暴王から一本の棘が長く伸び、ガストレアを貫く。そして伸びた棘は半円を描き、ガストレアを切り裂いた。
この動きにより土台となっている蜘蛛の巣も断ち切られ、落下したガストレアは大きな音を立てて地面にめり込む。変態直後の未成熟なステージⅠだからであろうか、その衝撃で押しつぶされたガストレアは息の根を止めた。
桜子は念のためにトランス線をガストレアに刺し、生体反応を確認したがその反応はない。
「倒したけれど、例のケース付ではないわね」
「おそらくこの近所で感染して生まれたガストレアですね。
―――それより、私には夜科さんの攻撃が信じられないのですが」
「今のが俺の
夏世はぽかんと口を開ける、この男は突然何を言い出すのかと。イルカ因子の恩恵によりIQ210の高知能少女であるがゆえに、常識が
「超能力だなんて信じられません。まさかアナタも蛭子影胤のようにバラニウム製の機械をその身に……」
「どうしてそういう解釈になるんだ」
「いいじゃない、『そういうもの』と認識してもらった方が、話が拗れないのなら。夏世、アゲハの能力は他言無用でお願いするね」
「解りました。他の民警から蛭子影胤の仲間扱いされたら困りますからね」
桜子は夏世に口止めを頼む。ライセンス合宿で学んだ知識の中にはイニシエーターに対しての評判というのも含まれていたからだ。ガストレアと力の袂を同じとするイニシエーターへの恐怖心は、ガストレア戦争での敗戦故にワイズ事件直後のサイキッカー排斥運動の比ではないことは容易に考え付いたからだ。
自身も奇異の目で見られることが多いイニシエーターやそれを相棒とするプロモーターに対してよりも、一般人への伝聞の方が桜子には不安だった。
夏世は桜子の頼みに『その代り』と一つ条件を加える。
「―――これだけは確認させてください。
蛭子影胤とはどういう関係なのですか? あなたも『新人類創造計画』と関係があるのでしょう?」
「すまねえ、ヤツとはあの時が初対面だし、俺の力は『新人類創造計画』とは無関係だ。だから『新人類創造計画』がどういうものかも知らない」
「そうですか……」
「だけど、昔からいろんなところで人間を超えた力の研究は行われてきた。『新人類創造計画』がそれらの同類だってのは察しがつくぜ」
「たとえば?」
「中東では大麻を使った洗脳で能力覚醒を促すなんてことをやっていたし、中国には超能力を道術と呼んで、荒行で体に教え込ませる秘密結社なんてものがあった」
「にわかには信じられません」
「証拠なんて持ち歩いてないけれど、全部俺達がこの目で見てきたことだ」
「確かに私も、『新人類創造計画』は実際に蛭子影胤を見るまで都市伝説としか思っていませんでした。これ以上の詮索はやめることにします」
夏世の目から見てもアゲハの言葉に嘘が混じっているとは思えない。夏世はことの真偽の是非など無駄な考えなのだろうと、アゲハが
それから二回ほど感染者ガストレアと戦闘を行ったが、それぞれ桜子の剣技と夏世の射撃により倒したため、アゲハが暴王の月を披露することは無かった。
三度目のガストレア退治を完了させた日の夕方、事務処理の為に三ヶ島ロイヤルガーターを訪れていたアゲハ達は、一人の女性に呼び止められた。
「アナタが夜科さんと雨宮さんですか? 伊熊さんの代理で夏世ちゃんとチームを組んでいる」
「アナタは?」
彼女は自分が将監×夏世ペアの専任として働いている通信士であることを伝える。不在時は別の者が仕事を変わるとはいえ、出勤時は専任として働いているため事実上の三人目のチームメイトともいえる存在である。自分本位な将監は彼女を軽んじていたが、裏方役でもある夏世は彼女を重宝していた。
「それにしても一週間も経たないうちに三匹も撃退だなんて、記録的ですよ」
「そうなのか?」
「エリア内はモノリスのおかげでガストレアから守られているので数が少ないですからね。遠征しないで市街地だけでと言うのは驚異的なペースですよ、同業同士の奪い合いになることありますし」
「まあビギナーズラックね」
「そういえば、携帯電話は用意しましたか? 民警には必需品ですよ」
「ケータイ? 暫く使ってなかったな」
女性に言われて、アゲハはポケットから携帯電話を取り出す。普段の癖で持ち歩いてこそいたが、2031年に来てからの約二週間、まるで使ってはこなかった。流石に実質十三年も放置してきた回線なだけあって、とうの昔に解約状態になっていたからだ。
アゲハの折り畳み携帯電話を見て、女性も物珍しい顔をする。
「夜科さんの年齢にしては珍しい古い型ですね。ですが民警なら衛星通話機能付きのモノじゃないと……」
「衛星通話機能?」
「人工衛星を使って電話を掛けるシステムのことよ。世界中どこからでも電話ができるわ」
「今は人工衛星が少ないので、規制で一般人は使用禁止になっていますからね。ライセンスをとりたてなら知らなくても仕方がないですよ。でも合宿で衛星電話の事も説明を受けませんでしたか?」
「アゲハはこの通り機械音痴なので、衛星電話の話は居眠りをしていましたから」
「俺だってそんなに音痴ってわけじゃ……」
「フブキさんの結婚式だってそれで遅れそうになったじゃない!」
「ぐぬぬ―――」
「―――ねえ、夏世ちゃん? この二人って結婚しているわよね?」
「さあ、少なくとも恋人同士なのは間違いなさそうですが……」
脱線しだした話が戻るまで、夏世たちは二人の夫婦喧嘩を傍観していた。
翌日、アゲハと桜子は最新式の衛星機能付き携帯電話を買い求めた。
道術の話は小説版一巻から
大麻は有名なアサシンの語源から取ってますね