いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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 更新遅れて申し訳ない……
 ちゃんとスランプってました。ぶっちゃけ今話が面白いかも自信が無かったりします。本当申し訳ない……


続く事と、棄て去るもの

 夜。

 空を見上げて。一人佇む。

 

「……」

 

 数秒ほど、目を閉じて。瞼を上げた先の月に、手を伸ばしてみる。遠く、高く、見上げるしかない彼方の眩さに。

 夜の空気は澄んでいる。流れる風は、僅かな冷たさを指先に覚えるほどか。肌寒さが、熱を冷ますようで心地いい。虫の音はなく、生活音もまたなく。静寂だけが辺りを満たしていた。

 

「似合わないものだ」

 

 小さく、呟く。

 

 似合わないと。似つかわしくないと。

 素直に、正直に思う。少なくとも、前世の私はこんな事はしなかった。

 

 だが……まあ。似合わない事もしようさ。

 過去を捨て、前世を捨て、新たな自分となろうと思っているのだから。

 

「……」

 

 脳裡に浮かぶは、数時間前に見た菫色の瞳。──否、白紙の瞳。

 いつかの日に、鏡越しに見つめ合っていた瞳だ。

 

 ニヤリ、と口角を上げて、衝動のままに伸ばした右手を閉ざす。

 それで何が起こるというわけではない。ただ拳を握った、形としてはそれだけだ。見上げる月を掴むようにしたって、握り潰すようにしたって、それだけでしかない。それで何が起きようかという話だ。

 だが、まあ。まぁ、まぁ、まぁ。

 

「“それでこそだろうよ”、とでも言うのだろうかね。アイツならば」

 

 腕を下ろして、今度は自然と漏れてきた笑みに喉を鳴らす。

 クツクツとした音は、まさしくアイツ──前世の同僚と同じもの。あえて似せている以上、当然でもあるのだが。

 

 不意に、風が吹く。

 元々凪いでいたわけではないが、とりわけ強い風が。ゴウと音を立てて、流れていく。

 

 この世界で目覚めた時から身に纏っていた病衣にも似た衣服が波打つように揺れるのが、視界の端に映った。

 

 肌を刺すほどとまではいかずとも、十分に冷たい風だ。日本で言えば、霜降(そうこう)の頃だろうか。10月の末頃に吹く風を思い出す。

 

 見上げる月は、煌々とした光を降り注がせている。風に流れる雲に姿を隠されようと、その奥から光を透かすようにして。強く、強く。

 満月にほど近く、しかし僅かに欠けているのが見て取れる形。小望月、あるいは幾望(きぼう)とも呼ぶのだったか。月齢で表すなら14ほど。十五夜の満月に見えなくもない、そんな具合だ。

 

 この姿は。満月を装いながらも隠し切れない欠落があると捉えるべきか、もしくは。

 などと言うのは、流石に感傷に浸りすぎているか。

 

「フゥ──」

 

 ゆっくりと、深く長く息を吐く。

 紫煙を吐くように。煙草など、付き合いで必要だった一時期以降は久しく吸っていないが。

 

 深く、息を吐いて。

 夜半の空気を肺に取り込む。澄んだ冷たさに、ようやく火照るような衝動が冷めた気がした。

 

 衝動。

 まさしく、衝動だ。あの子と、key()と名付けられたあの少女と出会って、俺は衝動を覚えた。何かをしたいと。何かをしなければと。

 

 言ってしまえば、重ねてしまったのだ。

 

 あの白紙の瞳に、いつかの()を。

 心を守るために心を捨てるなんて、防衛機制としても下の下の愚策を行った自分を。重ねて、そして私みたいにはならないでほしいと思った。身勝手にも願ってしまった。

 それが、事の顛末だ。

 

「ふ」

 

 息が漏れてしまう。

 思えば、何もかもが偶然の結果なのだから。keyの作成を司祭に命令された事も。鋳型として渡された王女の基礎人格データに軽く手を入れて、仮想空間で直感的に観測できるのならとダイブしてみたのも。そもそもの、この世界で目が覚めた事も。

 何もかもが偶然で、その結果としてこうして衝動を覚えたというのは……なんともまあ、とでも。運命論をアイツは嫌っていたはずだが、あるいは、なんて。

 

「さて」

 

 一つ呟いて、意識を切り替える。

 夜風に当たり続けたおかげか、感傷に浸ってみたからか、身体を突き動かそうとする衝動も少しは薄れた。これならば冷静な思考もできるだろう。

 

 となれば、まずはkeyについて整理すべきか。

 複雑な事象は段階分けで、一つ一つ丁寧に。スパゲッティコードを解いて整理する時と同じだ。あるいは、急がば回れ、か? 金言余りある。

 

 

 名もなき神々の王女の補助装置にして、暴走や誤動作を抑制するためのセーフティ。それがkeyだ。

 機械の設計において、セーフティとは切っても切り離せぬ存在。特に複雑な機械、あるいは危険性の高い工作機械などには必ずと言っていいほど要求される。その辺りに関しては、人並み以上に深く理解しているつもりだ。

 

 が、ここで問題がある。あるいは疑問と呼ぶべきか。

 すなわち、ブルーアーカイブのメインストーリー……面倒だから原作と呼ぶべきか。原作において、王女とkeyはそれぞれ別個で休眠状態にあった事だ。

 そう。補助装置にしてセーフティとして設計されていたはずの存在が、その補助、あるいはセーフティをなす対象と一緒になかったのだ。

 

 正直、設計論に正面から喧嘩を売っているとしか思えない。

 なんのための補助装置だ。なんのためのセーフティだ。現代だとリコール祭りが起きるぞ。

 

 とまあ、そんな事を原作を読んでぼんやりと思ったわけだが。

 こうしてこの世界を見て、ようやく結論が出た。つまり、あれは司祭らにとっても想定外の事だったのだ。

 

 元々の予定では、王女とkeyは同一のボディ──すなわち、AL-1Sの肉体──に納められるはずであった。事実として、原作においても一度同化してからは天童アリスとケイはその関係にあったのだし。これは間違いないはず。

 だが、間に合わなかった。keyの設計は完了し、王女の設計も完了したが、この二つを束ねる前にタイムリミットが来た。

 

 何のタイムリミットかと言えば、無名の司祭ら自身の、だ。

 

 俺が拾われてから昨日までの空白の半月間で戦争の様子を見せられた事があるが、その戦況は素人目にも厳しいだろうと読み取れるものであった。

 つまるところ、この戦争は終わりが見えつつある。故に、その前に司祭らは名もなき神々の王女を完成させたかったが──最後の一工程を残して時間が潰えた。

 それでも一縷の可能性に期待し、keyと王女を別個のままであろうと、と休眠状態に入れた。後の世にて、偶然にでも完成させられる可能性を残すために。

 

 思えば、元々世界に君臨していたはずの“名もなき神”の勢力が世界を滅ぼす兵器を創っている時点で、の話でもあるし……おそらく、この予想はそう間違っていないはず。

 単に作劇の都合上でああなっていたのでは、などは。知らん知らん。考えるだけ無意味だ。

 

 

 さて。話を戻して、ではここから読み取れる事は何であるだろうか、だが。

 

 

 まず一つ。分かりやすく、時間的猶予はそう残されていないという事。

 俺という存在が何か影響を与えているかもしれないが、王女の方の設計が少し前に始められたと語られていた以上は。まあ、今が戦争の末期にほど近いのだろう。

 ……あくまでも、司祭の語っていた中に嘘が無ければ、という前提の話ではあるが。

 それもまた、考えるだけ無意味だ。何も立ち行かなくなる。頭の片隅、重箱の隅として置いておく程度でいいだろう。

 

 

 そしてもう一つ。無名の司祭にも付け入る隙はある、という事。

 ある意味、これは当然の話ではある。この世にある以上、どんな存在であれどこかしらに隙はあるものなのだから。

 

 とはいえ、それにしても、だ。

 王女とkeyの話だけでなく、プレナパテスの一件なども含めて、どうにも司祭らの見通しには甘さがあるように思える。あるいは、雑であると言ってもいいかもしれない。

 故に──付け入る隙は、十分にある。

 

 

 整理を次に進めよう。

 すなわち、俺の目的について。あの同僚の言葉を借りるが、『無意識であれ有意識であれ、何かしらの目的を掲げずに行動できる生命は存在しない』のだから。

 まあ、厳密に考えるならば多少角が立つのだが。それこそ、前世のわた──俺、とか。

 

 ともかく。

 俺の目的、なぜこうして思索を巡らせているのか。それに関しては、既に言った通りだ。

 

 key──鍵として設計されたあの少女を、俺のような末路に至らせない。

 原作のような、入力された命令に縛られた道具にならせない。ただ思うままに、自らの意思で選択をできるようにする。

 

 それだけ。

 その選択が『世界を滅ぼす事』ならば、それもまた、だ。そこに方向性など持たせてはいけない。そこに余計な入力など与えてはならない。それでは意味が無いから。

 その選択は、何を為すのかという結論は、あくまでも自身の内から出さねばならない。それこそが人間、それこそが生きている存在だろうから。その程度なら、俺にだって分かる。

 

 ……key、あるいはケイ。

 あの子が今後どうなるのかは知っている。気取った言い方をするのなら、識っている。原作を一度読んだから。

 

 時計じかけの花のパヴァーヌにて、王女の肉体に生まれた天童アリスという人格に否定をされ。

 あまねく奇跡の始発点にて、そのアリスと和解を果たし、自らの意思で選択を為し。

 デカグラマトン編は2章、炎の剣にて──回想はこの辺りでも十分か。

 

 ともかく、とにかく。俺の知っている時点でも、あの少女には救いが描かれていた。

 放っておいても、あるいは俺のような末路に至らない可能性は十分にある。そも、個人を変えられるのはその個人以外に存在しないのだから。

 時の流れで変化はするだろう。石や土でさえ変化するのだから、いわんやという話でしかない。

 

 だから、変化はする。人は変わる。

 だが、その要因は決して外にはない。その当人の内にしか存在しない。観察だけはずっとしてきたから。知っているとも。

 

 ──誰かの言葉で変わった、など。あの人のおかげで変わった、など。

 

 錯覚以外の何物でもない。

 変わったと思ったならばそれはその者に潜在的にあった要素が顕在化しただけだし、もっと言えば結局は変わろうとしたその者自身のおかげだ。

 合わぬ意見は排斥し、臭い物には蓋をし、見たくない事は見得ない。それが人間だ。

 

 だから、これからkeyがああなっていくというのなら、その要素は元々あの子の内にあったという事に他ならない。

 “そうなる”というのならば、“そうならない”可能性のほうが圧倒的に低い。俺が何をせずとも、keyという少女が俺のように終わる可能性は低いのだろう。

 

 

 ──だが、だ。

 

 

 それは、決して“そうならない”可能性がゼロである事を意味してはいない。

 絶対はない。必定はない。確実な事象があるのは確率論の問題に描かれる世界だけだ。どんな馬鹿げた事だろうと、可能性は存在する。

 

 それに──無意味、無価値。いいだろうよ。

 

 その土俵に立つ以前の話であったのを思えば、十分すぎるほどだ。初めての衝動、無様だろうと上等だろうよ。

 

「ふ、はは」

 

 思わず、笑いが漏れる。

 自分で意図しておいてだが、あまりにも露骨に過ぎたから。

 

 この衝動を自覚した瞬間に、俺は前世の『私』を捨てた。反面教師にならなるかもしれないが、もっと適格な存在を知っていたから。

 俺が知る中でもっとも強い思想を持ち、外に出る振る舞い全てに『我』が滲み出ているような。おおよそ教育者としては不適切以外の何物でもなく、そのくせ思想家ではなく導く者としての素養を宿し、そして肝心な時には誰よりも真摯に向き合う。

 

 まあ、勿体ぶるまでもなく前世の同僚だ。

 事あるごとに俺に絡んできては思想と毒を吐き続けていたあの同僚だ。

 

 もちろん、奴を真似するとしても思想を押し付けるのは論外だ。

 あくまでも、在り方の一つを示すだけ。その点は留意しなければならないだろうが──まぁ、まぁ、まぁ。いいだろうよ。

 

 思えば、奴がいつも笑っていたのはこんな心地だったからなのかもしれない。

 “人生は変容の繰り返しだ”、もはや語るまでもない座右の銘。そして。

 

「“挑戦とは、そのきざはしから滑り落ちぬための営みに他ならない。友よ、決して世界を閉ざそうなどと思うなよ”……だったか」

 

 記憶力は僅かにも衰えていないらしい。

 重畳。上々。

 

 改めて、ニヤリと笑って。踵を返す。

 幾望(きぼう)の月は変わらず、空から光を放っていた。僅かに欠けたソレが指すものは、あるいは。

 

 

──*──

 

 

 そんなこんなでkeyと関わる事になってから、一月経つか経たないか。

 その間にも色々な事があった。順風満帆、とは言い難かったろう。衝突する事もあった。それでも、俺とkeyは別れずに関わり続けた。

 ……まあ、開発者とその対象と言う関係である以上は当たり前かもしれないが。

 

 ともかく、普段からドクターと呼ばれる事にも──あるいは、奴のエミュレートにも──慣れ、それなりの関係は築けたと思えた頃。

 

『ドクター。愛とは、何なのでしょうか』

 

 keyから、そんな問いを投げかけられた。

 

「……そう、さな」

 

 keyは、十分に自我を芽生えさせている。

 それもあってか、最近では、こうして彼女から問いを投げられるのも珍しくなくなっていた。今回の“愛”のような抽象的な概念については、特に。

 普段のこちらから切り出す討議ならばともかく、そういう時は前準備なしである故……基本的に返すのは『俺から見た同僚ならばどう答えるか』というものになってしまう、というのは余談だが。

 

 ともかく、keyから何かを問われた時であっても俺は答えに詰まる事はなかった。まあ、それだけアイツの印象が鮮烈だったからなのだろうが。

 ──だが。今回ばかりは、少し話が違った。

 

「愛か。……愛、か」

『ドクター?』

 

 別に、愛とは何かと問われたアイツがどう答えるか想像できない、というわけではない。

 そもそもアイツは妻帯者だったし、実際に愛とは何かを語ってきたことすらあった。だから、答えられないわけではない。

 

 それなのに、こうして答えられずにいるというのは、まぁ。

 つまるところは。

 

「傷は塞がろうと、傷跡は残っていた、か」

 

 小さく、呟く。

 ──『時はすべての傷を癒すと言われているが、私はそうは思わない。傷は残るのだ。時が経てば、正気を保つために皮膚は新しい組織で覆われ、痛みは和らぐ。だが傷跡は残る』。

 ローズ・ケネディの言葉だ。まさか今になって思い出す事になろうとは。

 

『あ、あの……ドクター? どうかなさったんですか?』

「いや、なんでもない。なんでもないんだよ、key」

 

 努めて明るく、柔らかく振る舞って、記憶に蓋をする。

 言葉も、痛みも、何もかもに。()はもう、捨てたのだから。それを受けていた存在は、もう。

 

「それで……具体的に、愛のどういった部分に疑問を覚えたんだ? あるいは、愛という概念そのものでもいいが。教えてくれると助かる」

『……ドクターがそう仰るなら、分かりました。その、最初に引っかかりを覚えたのは“自己愛”と“他者愛”についてなんです。そこで色々とデータベースを漁ってみたら、今度は親愛や友愛、家族愛、恋愛など……』

「色々と出てきて、むしろ分からなくなった、か?」

『はい』

 

 頷くkeyに、少しだけ笑ってみせる。

 疑問に思った事をまずは自分で調べて、それでも分からないならば他人に聞く。その上で、返された答えを盲信する事もきっとない。

 この子なら、もう大丈夫かもしれない。

 

「そうだな……まずは、最初から整理しようか。自己愛と他者愛について引っかかったとkeyは言っていたが、では何が気になったのか。言語化はできるか?」

『えっと、そうですね。なんというか、その二つは両極にあるような気がしたんです。それなのに同じ愛という言葉で表されている、というのは……気持ち悪いように、思い、ました』

「そう怯えんでもいい。その感性はお前だけの物。誰に否定されるべきでもない。それで、自己愛と他者愛が矛盾しているように思えたのが原点だったわけだ」

 

 コクリと、再度その首が縦に振られて。

 だから、俺も同じように頷く。

 

「その考えは間違っていないだろう。実際、俺もまた同じように思っているし──もっと言えば、それらが同時に現れる事などあり得ないだろうとすら思っている」

『そう、なんですか?』

「ああ」

 

 自己愛が他者愛に繋がる、など。

 戯言に他ならない。自己愛に塗れた存在は、他者に愛を向ける事などできはしない。たとえ契りを結ぼうと、血が繋がっていようと。そこにあるのは『自身か他人か』というゼロイチの二元論で、その境界が揺らぐ事はない。

 

 知っているとも。

 

「だからまあ……額面通りに受け取るならば、それらが同じ愛という言葉で表されているのは奇妙にしか映らんだろう」

『つまり、別の受け取り方があると?』

「最も単純なのは、自己愛という言葉そのものがおかしいと解釈する事だろうな。そも、友愛も家族愛も恋愛も、他者との関わりにおいて生まれるものなんだ。これだけが異端なんだから、この言葉を外れ値として除外するのも一つの手だろう」

『……他に手があるならば、あまりやりたくない解釈ですね』

「ならば次だ。つまり、愛の定義を明確に定めればいい。矛盾しているようにしか見えない2つが成り立つ、いやさその他の“愛”と付くすべての言葉が成立できるような定義をだ。帰納法……いや、今回は単純に逆算をすると考えればいい」

 

 自己愛も、他者愛も、親愛も友愛も家族愛も敬愛も、恋愛も。その全てが誤りを含んでおらず、その全てが根本の愛から派生しているとするならば──という話だ。

 背理法的に考えれば、これで愛の定義ができなければ、自己愛が正しいという仮定が誤っているという結論に至る可能性も十分にあるが。それもまた、なのだろう。

 

 思考を停止させた末の拒絶か、思考した結果の否定か。

 最終的な結果が同じであろうと、その過程は大きく異なるのだから。

 

「では改めて、愛とは何かというkeyの問いについて考えよう。──愛とは何か。哲学的な文脈においては、古くから問われてきているとも言えるかもしれない」

『アーカイブされた哲学書や小説などにも、記述は散見できましたね。たしかに』

「ふむ。ちなみにだが、そこで見た定義の中で印象に残っているものはあるか?」

『……命が終わる頃になって、ようやく理解できるもの、でしょうか』

「ほう」

 

 死んでもなお理解できていない者もいる、などというのは。まさしく邪念か。

 ……どうにも、自分で思っていたより()について思うところはあったらしい。

 

「まあ、その他にもあるだろう。別れを惜しむという心そのもの。繋がりを得たいという願望。物理的に離れていようと想い合えるという関係性。愛の反対は無関心であるという言葉がある事を思えば、あるいは関心を持つという心の動きそのものが愛であるとも言えるのかもしれん。まさに千差万別、というやつだ」

『答えは自分で決めるしかない、ですか』

「そうだとも」

 

 デカルトの言葉を借りるのなら、“Cogito ergo sum(我思う、故に我在り)”。

 私が思っているから私は在るという論法と私が思っているからコレが真実だという論法に、本質的な違いなどない。疑えるものを全て疑った結果、疑っている自分自身は疑えなかった、などと言っているが──どうせやりようがないわけではないのだから。

 洗脳、マインドコントロールに始まり、現代では神経マッピングを利用した脳電極による感情の励起も当てはまるか。哲学的な文脈でもスワンプマンだの水槽の中の脳だの色々ある。

 デカルトの時代とこれらでは時代が異なると言えばそれまでだが、自己の実在性、思考回路の独立性を疑う手段がありふれている以上、今では我思うも独我論も似たような話だろう。

 

 あるいは、keyにとっては人間以上に、か。

 

 まあ、ここまで言い切ってしまえば多方に角が立つとは理解しているし、詭弁である事にも同意するが。

 主観の世界と三人称的な広大な世界が重なる事はなく、そして自らが生きるのは主観の世界でしかない以上は、何が真実であるのかも自らで定める必要があるというのも事実だろうよ。

 

 地球が平らであると信じるのも、天が動いていると信じるのも、自己愛に溢れた人間が他者に愛を向ける事はないと信じるのも、結局は個人の自由だ。

 それで他者から自由を奪ったり迷惑をかけるようであれば話は変わるが、個人の内側で完結させる分には世界は寛容だ。世間は、かもしれないが。

 

『……すみません、ドクター。まだ、答えは出せそうにありません』

「なら、宿題だな。いつになってもいい。いつか、お前の答えを聞かせてくれ」

 

 なにせ、俺自身もまた答えは掴めていないのだから……とは、言わない方がいいか。はたまた言った方がいいのか。

 難しいものだ。未だに、それも分からない。

 

『ちなみに、なんですが。ドクターの答えを聞かせてもらうのは、できるのでしょうか』

「うん? そうさな。うん……まあ、ここは“これまで聞いた中で最も納得できた答え”を答えることでお茶を濁しておこうか」

『お茶を濁すって、進んで自白することでしたっけ……』

 

 keyの冷静なツッコミに息を漏らして、答える。

 

「愛、とは──」

 

 ──“同じ時を過ごしたいという心。友愛であれ恋愛であれ、そう思える事こそが愛であると己は思うんだよ”。

 

 

 

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