いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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第一幕

 

 Divi:sionの中央から姿を現した、常の雰囲気など見る影もない天童アリス(王女)。それに対し狂犬じみた速さで行動を開始したDoctor。対応するように蠢き始めたDivi:sion。

 急激にも過ぎる展開であったが、残された面々も立ち止まってはいなかった。

 

「よし。彼が譲歩してくれたんだ、私たちも動こう」

 

 ぱん、と一つ手を叩いて注目を集め、先生が音頭を取る。

 流れの起点さえできれば、後は早い。

 

「分かった。先生が指揮をしてくれんのか?」

「そうだね。できるのなら、指揮を執らせてほしいと思ってるよ」

「じゃあ任せた。先生の指揮はヤバいって話だからな、期待してるぜ。お前らもそれでいいか?」

「オッケー、リーダー!」

 

 C&Cはエージェントの集まりである。

 戦場において状況の変化は早く、ある意味で散文的であるという事実を深く理解している。懸念を無視したりはしないが、即断即決速攻は彼女らとて望むところであった。

 

「モモイたちも、それでいいかな」

「大丈夫! 任せて、先生!」

「はい!」

「やって……みせ、ます!」

 

 そういった意味では、ゲーム開発部は荒事に慣れているとは言い難い。

 単純に今年入学したばかりだというのもあるし、何より鉄火場に踏み込むような活動をしていないが故の事である。

 

 しかしながら、そういった経験不足を補って余りあるほどの戦意が彼女らにはあった。

 流れに置いていかれるなど以ての外、むしろ自分たちで流れを作ってみせよう。そんな瞳であった。

 

「──目標はアリス、いや、“王女”を止めること。それじゃあ、始めようか」

 

 既に、“王女”も動き始めていた。

 手元に握ったままであったレールガン、その銃口を先生らの方へと向けつつある。使い捨てとも言えるDivi:sion(雑兵)でDoctorの足止めができている間に他を潰そうという判断か。

 

 少なくとも友好的とは言えないであろうそれを、先生らは決して誤認しない。

 

「行くよ!」

 

 状況の変化に応じる形で、戦闘の幕は切って落とされるのだった。

 

 

──*──

 

 

 Doctorが風穴を開けたDivi:sionの群れ。

 そこを通り抜ける少女らにとっては意外な事に、彼女らへと妨害や攻撃が為されることは無かった。それどころか、蠢く機兵は見向きすらしない。

 まさしく全霊、全機体を暴れるDoctorへ差し向けていたのだ。

 

 侮られている、そう思わせるには十分であった。

 彼女らは通しても問題無いが、Doctorは通してはならない。言外にそう告げているのだから。

 

「面白れぇじゃねえか……! 先生! 軽く突っ込むぞ!!」

『分かった!』

 

 指揮官からの許可も得た、縛る物は何もない。

 先頭を行く美甘ネル、一同の中で最も血の気の多い少女が口角を上げる。

 

 踏み込み。

 20メートル程にまで狭まっていた彼我の距離を、一瞬で詰め切る。

 

 とはいえ、我を忘れているわけではない。

 “軽く突っ込む”という言葉通り──小手調べと言うには攻撃性こそ高くあったが──即座に下がれるように抑えられてもいる。これで獲れるならば言うことは無いが、これで獲れずとも問題は無い、そんな塩梅だ。

 

 一合目、号砲とも呼ぶべき攻撃。

 はたして、その結果は。

 

「なんだ……!?」

 

 何らかの初見殺しも考えて、ゼロ距離にまでは詰め切らずにバラ撒かれたSMGの弾丸。それらはしかし、王女に近付くにつれてその速度を落とし、遂にはポロポロと地へと落ちて行く。

 僅かに届いた弾丸もまた、擦り傷すら残せずに終わる。尋常ならざる現象であった。

 

 

 だが……それに時間をかけて分析できるだけの余裕は、ない。

 

 

「──ッ!」

 

 獣じみた敏捷性での回避。直感の叫びに従った美甘ネルが先刻まで立っていた地が、灼き溶かされる。

 が、尚も警鐘は鳴り止まない。

 

 地面から顔を上げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 即座に地を蹴り、橙髪の彼女は離脱する。決して直線軌道は取らず、先読みをさせない不規則な動きだ。

 そんな彼女の動きをなぞるように、レールガンの銃撃が着弾する。全て、地面を溶かして余りあるほどの威力であった。

 

「リーダー!?」

「問題ねえ!」

 

 下がれるだけの余裕を残していたのが幸いした。

 僅かに首筋を伝う冷や汗を散らしながら、少女は思う。

 

 

 ──チビの使ってたのとは威力が段違いだ。一発もらうだけでもマズいぞ、こいつは……!

 

 

 天童アリスが──正確にはアリスの身体を借りたkeyが──フルチャージで放ったレールガンの一撃、それと同等かそれ以上の攻撃が連発されているのである。

 冷や汗が出るのも当然と言えた。

 

 当然ながら、その大幅な火力の増強にはタネがある。

 レールガンにプロトコルATRAHASISが適用されたのだ。元よりあのエンジニア部が宇宙戦艦の主砲として設計されていたのが“光の剣”なのだ、そこに無名の司祭らの技術(ロストテクノロジー)が加わって改造されればどうなるか、それは論じるまでもないだろう。

 

 結果がこうして分かりやすく現れている、という意味でも。

 

 

 ──どうする?

 

 

 逡巡。

 突出したが故に未だ本隊から離れたままの少女は、刹那の猶予で考える。

 

 

 ──アレを耐えれんのは多分あたしだけだ。となれば、前線を支えれんのも。

 

 

 射程の広いレールガンとはいえ、至近距離の方が脅威度は高い。威力の減衰という意味でも、着弾までのタイムラグという意味でも。

 加えて、一手のミスが詰みに直結かねない火力持ちが相手である事を思えば、基本的に近距離戦は悪手となる。

 

 ならば前線、王女の近距離に誰も近寄らず戦えばいいのかと言えば、しかしそれはそれで悪手になる。

 

 分かりやすく、射程差という問題(暴力)がある。彼女自身の持つSMGは言うまでもなく、ARなどであってもレールガンの射程には遠く及ばない。強いて言えば角楯カリンの持つSRならば張り合えるかもしれないが、他は全滅だ。

 距離を取ればむしろ火力差が広がるだろう。

 

 さらに言えば、先制攻撃を行った際に確認できた防御力も問題であった。

 ゼロ距離ではなくとも十分に近付いた状態で攻撃したというのに、その大半が無効化されたのだ。原理は不明であるが、その防御力は無視できるものではない。

 そして、この点に先ほどの射程差という問題が加わったとすると結果はどうなるのか。眉間に皺の寄った美甘ネルの表情を見れば、察するのは容易い。

 

 つまり、誰かは近距離戦を仕掛けなければならない。それも、無視できない程度には圧をかけて。その上で角楯カリンの狙撃をはじめとした大火力を叩き込んで削っていく。

 戦闘の流れとしてはそういった形になるだろう。

 

 そして、現状、この場にいる者で前線を担えるのはただ一人。その“一人”が遠距離戦より近距離戦を得意としており、そこに無類の自信があるとなれば……配置は、確定したも同然。

 もちろん指揮官(先生)の判断によっては変わる可能性もあるだろうが、彼女はそう考えた。

 

 

 ──こっから下がるのは悪手。距離を保って合流まで攪乱だな。

 

 

 一度下がって本隊に合流したとして、再び接近する事は可能なのか。

 残るリスクと下がるリスクが天秤に乗せられるも、1秒にも満たぬ間に逡巡は切り捨てられる。

 

 そうして、橙髪の少女は決断を下す。

 

 決断を下した。

 

「……は?」

 

 まあ、遅かったのだが。

 少女の視線の先、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、時間差を作りながら光を放つ。

 

 ゾッとする、なんて言葉では足らない寒気が、美甘ネルの全身を襲った。

 

「──ッ!!」

 

 声も上げず、無我夢中で橙色は踊る。

 二倍に増え、もはや弾幕のようにばら撒かれ始めた光条を避けるために。

 

 攪乱など、距離を保つ事など思考にない。そのような雑念を抱いていては、回避が間に合わなくなる。

 こうなってしまえば再度接近する事は困難となるかもしれないが、落とされるよりもよっぽどマシなのだ。

 

 だが──現状は、主導権を握られているという状況である。

 その盤面で消極的な動きをすればどうなるのか。答えは、即座に現れた。

 

「……は、はは」

 

 一瞬、二門のレールガンを黒色の粒子が覆ったかと思えば、次の瞬間にはまた増えていた。今度は四門だ。王女の背後、空中を翼の如く展開されている。

 プロトコルATRAHASIS、あるいは名もなき神の力。その真価が、暴力的なまでに分かりやすく示されていた。傷の修復などではない。世界を曖昧に改竄する権能の最たる部分は、その“世界を書き換える”という部分そのものにあるのだ。

 

 フィクションでも見ないような展開に、思わず橙色の彼女から乾いた笑いが漏れる。

 

 理不尽だ。理不尽なのだ。

 たった一撃の被弾すら危険なレールガンが数秒で量産される。それを理不尽と呼ばず何と呼ぶのか。

 

 かくして、少女は膝を突く事となる。

 攻撃の大半を寄せ付けない防御力、そして圧倒的な攻撃力。それに加えて容易く増える手数。諦めぬ者などいるはずが──

 

 

「──なんて、あたしが絶望するとでも?」

 

 

 ニィと、弧が描かれる。

 牙が剥かれる。

 

 獰猛に。鮮やかに。

 叩き付けられるは右の脚。さすがに地が罅割れまではしないが、散っていた芝生の草が軽く舞い上がる。

 

 転瞬、その身が掻き消えた。

 接近だ。当初から四倍にまで増えたレールガンを従える“王女”へと、橙色が線を引くように駆け出す。

 

 やけになったのではない。

 破れかぶれなどではない。

 

 なぜならば。彼女は、決して一人で戦っているわけではないのだから。

 

 光を湛えるレールガン。

 そのうちの二門が、暴発を起こした。

 

「いいアシストだッ!!」

 

 片方は、正確に銃口へと撃ち込まれた狙撃によって。もう片方は、叩き付けられたGL(グレネードランチャー)の爆撃によって。

 横に並べて構えていたのが悪かったのだろう、暴発した二門の余波を受けて、隣に並ぶレールガンまでも照準を大きく乱れさせる。

 

 同時に、足場ごと崩すように投げ込まれた爆弾によって“王女”が体勢を崩す。

 それぞれ、角楯カリン、花岡ユズ、室笠アカネによる攻撃であった。

 

 それに続くように行われるのは、才羽モモイ・ミドリ姉妹による息の合ったARの連射。生じた隙が、さらに引き延ばされる。

 

『アスナ! ネルに合わせて!』

「アスナ! 合わせろ!!」

「あはは! 同じ事言ってる!」

 

 そして最後。

 異口同音のように叫ばれた声に従い、スライディングで接近した一之瀬アスナが美甘ネルと合わせて銃撃を叩き込む。射線、王女の死角、その他諸々を計算しての攻撃は──王女の肌に、浅く傷を付けることに成功した。

 

「ッ!」

 

 王女の防御は絶対ではない。ダメージを与える事はできる。

 一同の表情に喜色が浮かんだ。

 

 だが忘れてはならないのは、敵は名もなき神の力を行使しているという点。

 珠の肌に薄く滲む赤色を黒の粒子が撫ぜたかと思えば、次の瞬間には傷は塞がっている。当たり前のように行われる再生は、それが何ら特別なものでない事を言外に告げていた。

 

 正体不明の防御に圧倒的な攻撃力、さらにレールガンの複製による手数、加えて明らかになったのは回復能力。難攻不落どころか無敵という言葉さえ浮かんできそうな有様だ。

 もっとも、やはりその程度で彼女の強すぎる心が折られたりはしないのだが。

 

「防御に火力に回復に、随分な大盤振る舞いみたいだが……ま、無尽蔵ってわけじゃねえだろ」

 

 彼女とて、王女の脅威度を理解できていないわけではない。口ぶりほど軽く倒せる相手ではないと分かっている。

 技術的には可能というのが往々にして“不可能”の代名詞として用いられるように、攻撃が通るなら倒せると言ってもそれが現実的であるかは別の話なのだ。

 

 だが、その上でなお美甘ネルは口角を上げる。

 それはあるいは凶悪に、それはあるいは頼もしく。

 

 悲観的に備え、楽観的に対処せよ……などと、そこまで硬い事を考えているわけではない。ないが、自身の、そして周囲のパフォーマンスを最大で維持するための経験則であった。

 

 それに──何も糸口が無いわけではない、と。少女は心の内で独りごちる。

 確定のしていない仮定であるが故に言葉にこそしないが、光明は見えている。ならば何を恐れようか。

 

「さて、先生。どうやって攻略する?」

『とりあえず、あの防御のタネを明かしておきたい。ネル、前線で攪乱を頼める?』

「オーケーだ。ただ──倒せるようなら倒しちまっても、別にいいんだろ?」

『頼もしいね』

「ちょいと、思い付く事があってな」

 

 常であれば即座に動いていたところであるが、今回は指揮官がいる。独断専行はご法度だろう。

 そんなわけでの確認には、彼女が事前に考えていたのと同じ答え(編制)が返された。

 

 ならば、その指揮も信用できるか。浮かぶ思考に更に口の端を吊り上げ、少女は踏み込む。

 

 洗練された無駄のない動き。

 局所的な曇天に覆われた戦場で、橙色が線を描く。

 

 

「──行くぜ」

 

 

 と、不意に。その線が途切れる。

 倒れたのではない。被弾したのではない。ただ、速く動いただけだ。疾く、迅く、視覚(光学的な探知)の追い付かないまでの速度で。

 尋常ならざる身体能力。ミレニアム最強と呼ばれる一端が示される。

 

「まずは、一撃」

『──!?』

 

 マズルフラッシュ。SMG特有の、軽やかさを覚える銃声。

 そして──背後、予期せぬタイミングの攻撃に姿勢を崩す王女。その左手には、先よりも深い傷が付けられていた。

 

「はん、やっぱりか」

 

 レールガンの迎撃を悠々と避けて距離を取りつつ、呟かれる言葉。

 動きの速さ、獰猛さとは裏腹に、少女は冷静であった。

 

「先生! あの防御、常に360°展開されてるわけじゃねえ! 認識外からなら通るぞ!!」

『──っ! 分かった!!』

 

 先の一之瀬アスナとの射撃が通った理由を、美甘ネルは“対応能力が飽和したタイミングで死角を突いたから”だと仮定していた。

 故に、相手が捉えられない速度で攻撃を仕掛けた。

 

 言葉にすれば、ただそれだけだ。

 だが、言うは易く行うは難しの用例のようなそれを、しかも短時間どころか即座に行える者がどれだけいるのか。

 

 戦場には、光明が見えつつあった。

 

 

──*──

 

 

 戦闘が始まってから、おおよそ12分。

 王女と一進一退の攻防戦を繰り広げる生徒たち、その指揮を行いながら、先生は戦況を分析していた。

 

 

 ──均衡状態、と言えるかな。こちらが攻めている形の。少なくとも、悪い流れはできていない。

 

 

 その思考に絶望的な色は無い。均衡状態とはいえ攻撃の主導権を握っているのは友軍側であり、原理は未だ解明できていないものの相手の防御を超える術も確立できているからだ。

 少なくとも、接敵時の『絶対防御とレールガンの火力で一方的に蹂躙されかねない』という印象は薄れていた。

 

 しかしながら、それはあくまでも悪い流れができていないというだけである。

 

 

 ──でも、消耗がまるで見えてこない。何か手を打たないと。

 

 

 防御をし、攻撃をし、回復をする王女。その姿からは、消耗の色が欠片も覗いていなかった。

 たしかにダメージは与えられている。その攻撃も凌げている。主導権はこちらにある。

 

 だが、だが、だが。

 それだけだ。()()()()なのだ。

 

 その防御に綻びは見えない。

 その攻撃に緩みは見えない。

 その回復に遅れは見えない。

 

 着実に、一歩一歩進んでいるはずだというのに──その底がまるで見えない。

 

 不動、不沈、あるいは不死。

 そんな言葉が浮かんでくるほどに、王女は圧倒的であった。

 

 特に恐ろしいのが、回復速度に変化がない事。

 攻撃はネルが引き受け、凌いでくれている。防御を抜く手段も確立している。だが、その再生に関しては打つ手がないのだ。おそらく、というか確実にDoctorの口にしていた名もなき神の力を利用していると思われるそれは、そうであるが故にどうしようもない。

 とにかくダメージを与えて回復に使われているであろうリソースを削る、なんて泥臭い戦いを繰り広げざるを得ない程度には。

 

 そしてその回復に遅れが見えないとなれば、最悪の懸念が浮かんでくる。

 すなわち、『この方法で間に合うのか』。もっと言えば『本当に回復のためのリソースは削れているのか。何かしらの方法で補充されており、それで消耗分が賄われているのではないか』という懸念だ。

 

 もしこの考えが合っているのであれば、この戦闘に意味は無い。敗北が確定している。

 言うなれば籠城戦と似た状況になるのだ。どうにか凌いで削ってこそいるものの、相手の潤沢なリソースに対して友軍のリソースは目減りして行く。

 そして籠城戦とは、味方の援軍が来るまで耐える戦法であるとも言い換えられる。援軍が無ければ、それは悪足掻き以上の何かになれたりはしない。

 

「……」

 

 顔に浮かぶ険しさをそのままに、先生は懐に手を伸ばす。

 指先には──1枚のカード。薄く、手の平で覆ってしまえるようなそれは、その物質的な規模に反したオーパーツでもある。

 

 すなわち、“大人のカード”。

 

 先生の切り札とも呼べる代物だ。

 しかしながら、先生はこのカードを無闇に切ることは避けたいとも思っていた。

 それが自身に犠牲を強いるものであるから、などではない。

 

 このカードは、比喩でも何でもなく大抵の事をどうにかできてしまう。できてしまうのだ。

 

 文脈も、努力も苦悩も葛藤も、何もかもを置いてきぼりにして、安直な解決という答えだけを呼び寄せる願望機。創作であっても嫌われるご都合主義(デウス・エクス・マキナ)そのものだ。

 そんな物は、生徒たち一人一人が主人公として生きるこの世界に相応しくない。そんな物に頼るようになっては、人は自分の足で歩く事ができなくなる。

 

 故にこそ、先生は大人のカードを使う瞬間を見定めるようにしていた。

 

 

 ──あるいは、Doctorが援軍に来てくれるのを待つ、というのも選択肢ではあるけど。

 

 

 援軍が来るのであれば、籠城戦は有効な戦術だ。

 だがしかし、先生の脳裡には戦闘前のアスナの言葉が刻まれてもいた。いつからか事象の書き換えによって戦場に仕掛けられ始めた地雷を、直感というただそれだけで対処しているアスナの言葉が、だ。

 

 既に、先生は彼女の直感がどれほどのものか理解していた。そんな彼女がDoctorの参戦に反対していた、という事の重さもまた。

 

 

 ──どうする。どうすればいい?

 

 

 戦術指揮に意識のほとんど全てを割きながら、僅かに残った思考リソースで先生は考える。どの選択肢が最良か。どの道が最善か。

 と、そんな先生の耳朶を声が震わせた。

 

『先生! あたしを指揮から外せ!!』

「……!? ネル!?」

 

 とんでもない内容を口にしたのは、今なお最前線で縦横無尽に駆けている美甘ネル。

 あるいは、均衡状態を成り立たせている要とも呼べる少女だ。彼女が落ちれば、その瞬間に戦線は崩壊するだろう。

 

『リーダー、何を!?』

 

 どうやら、そんな彼女の言葉は他の面々にとっても衝撃であったらしい。

 先生のインカムに響くアカネの声には、動揺の色が分かりやすく浮かんでいた。他の生徒もまた、声を上げるか否かという差こそあれど、みな一様に驚いている。

 

 が、そんな一同には反応せずに、橙髪の少女は続ける。

 

『先生、分かんだろ。このままじゃ削り切れるか怪しい。そんで──先生の指揮、たぶん本来は6人が最適だろ?』

「っ!」

 

 図星であった。

 先生の持つもう一つのオーパーツ、“シッテムの箱”。

 大人のカードを先生自身が前に出て子どもを護るための“大人”としての武器であるとすれば、こちらは生徒たちの戦いを後ろから支えて援護するための“先生”としての武器である。

 

 有する能力は、戦術指揮およびその補助。それも、文字通りに戦局を塗り替え、有り得ないはずの勝利をもたらすほどの。

 しかしながら、先生はこの戦闘においてシッテムの箱を使()()()()()()()()()

 

 ネルの口にした通りである。

 シッテムの箱の数少ない弱点、それが指揮できる生徒は6人までという制限であった。

 

 そして、現在この場にいるのはC&C──美甘ネル、一之瀬アスナ、角楯カリン、室笠アカネ──の4人に、ゲーム開発部──才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ──の3人、つまり合計で7人。

 シッテムの箱による指揮は不可能であった。

 

 故に先生は、これまでの経験を総動員して指揮を行っていたのだ。

 

『安心しな、先生の指揮の感覚はある程度掴んだ。合わせてみせる』

 

 投げやりになったわけでも、限界が来たわけでもない。勝つために。ただひたすらに勝つために。

 少女は言葉を紡ぐ。

 

 戦場に溢れる情報、その全てを勘案し、最適を、最善を掴むために。

 

 静かな声からそれらを読み取った先生は、数瞬、呼吸を忘れた。

 逡巡する。正しく逡巡している。

 

 実現可能性。勝算。負けの目。他の選択肢。全体のバランス。迷う。考える。極限まで圧縮された一瞬、悠久にさえ感じられるその時を超えて。

 

 一言。

 

「──任せる」

 

 動く。

 シッテムの箱から、光が溢れる。

 

 返事は無い。いや、無駄な情報の一切を排除したのかもしれない。

 無機質な、戦場全てを支配する指揮官としての貌で、先生は動く。

 

「アスナ、三歩前に。カリン、カウント5で左から2番目のレールガンに狙撃。3、2……今。モモイは右側のレールガンを牽制。ミドリは王女本体を」

 

 誰もが、()()()()と理解した。

 それまでの、現場での判断が半分以上を占めていた指揮から。アバウトさの欠片も無い、鳥肌すら浮かびそうな指揮へと。

 

 その指揮に無理はない。生徒一人一人の能力、残弾、立ち位置、それらを把握した上での動きだ。

 その指揮に無駄はない。全ての動きに意味があり、全ての動きが次に繋がっている。

 その指揮に無茶はない。大きな一撃だがその後動けなくなる、そんな動きはない。そもそもそんな手は必要ない。

 

「ユズ、カウント15で右端のレールガンに攻撃。残弾全て吐き切って。アカネ、ユズの攻撃でレールガンが落ちる。爆弾で王女の方に飛ばして。ユズ、行くよ。5、4、3、2……今」

 

 動く。動く。

 戦況が。戦局が。劇的に。

 

 アスナのそれとは違う、しかし未来が視えているのではないかという指揮は、均衡状態にあった盤面を塗り替えていく。

 

『ははっ、いいねぇ……!』

 

 声は、美甘ネルのもの。

 シッテムの箱を解禁した先生の指揮は、彼女の想像通りどころかその数段上を優に飛び越えた結果を実現した。比例するように、彼女にかかる負担も大きくなる。

 ある程度判断を肩代わりしてくれていた指揮官が彼女からは消えた上、戦闘スピードが跳ね上がっているのだ。元より負担の大きい役割を担っていた事もある。当然だろう。

 

 だがそれは、信頼の証でもある。

 

 彼女なら、美甘ネルならば付いてこれるだろう(はずだ)と。最前線を今なお被弾せずに駆けている美甘ネルならば。

 そして何よりも、これは彼女から出した案である。下手に遠慮されるよりもよっぽど心地いい。

 

『応えねぇとな! この信頼には!!』

 

 ギアが上がる。

 橙色が踊る。

 

 速く、疾く、何よりも迅く。

 かつてkeyが反応できなかったそれよりもなお、極限まで速く。

 

 

 押している。

 誰からともなく、そう思う。“王女”の回復を攻撃が上回り始めたのだ。

 

 しかし同時に、攻勢は長くは持たない。そうとも思っていた。

 この極限の戦闘にネルは身一つで食らいついているのだ。彼女の集中力、あるいはスタミナ、その消耗は考えるまでもない。

 

 故に、このまま押し切る。

 誰もが、心を一つにした。

 

 討つためのトドメも目途が立っている。

 ある程度削ったタイミングでカリンの狙撃を急所に撃ち込むか、ユズのGL(グレネードランチャー)を装弾数一杯で叩き込むか、アカネの爆弾をありったけ叩き込むか。

 

 そのどれかで、相手の意識は刈り取れる。

 

 

 ──行ける。

 

 

 否、行かねば。

 意思が固まる。ここで取り逃せば、盛り返されるかもしれないのだ。ならば、ここで決めなければ。他の選択肢などない。

 

 そうして遂に、その時が来る。

 十分にダメージを与えられている。その上で、体勢を崩してもいる。カリンは王女の視覚外に位置取っている。その他の面々こ攻撃により、王女の対応能力は削がれている。

 

「カリン! 今!!」

 

 返答は、重いSRの発砲音。

 撃ち放たれた銃弾は、謎の防御に阻まれる事なく真っ直ぐに進み──

 

『空間掌握率100パーセント。外敵排除に移行します』

 

 初めて声を発した王女を中心に起きた爆発に、阻まれた。

 

「え……?」

 

 アカネではない。事象の改変によって仕掛けられていた地雷でもない。

 もっと直接的な、そして大規模なものだ。先生の直感が無意識に判断を下す。

 

 だが、理性は空白に呑まれたままであった。

 残り一手、あと一発のタイミングで思いもよらぬ反撃を受けたのだ。取ったという手応え、自信があればこそ、その衝撃もまた大きくなる。

 ある意味、仕方のない事ではあるのだろう。

 

 その代償は、重くはあったが。

 

 

 煙の晴れた先、重くはないものの一様に手傷を負った生徒たちを、光が照らす。

 レールガンではない。既に量産されていたレールガンは消え、原本であろう一つが王女の手元にあるのみだ。

 

 では、何が光を放っているのか。

 

「ビット……!? まずい! みんな、下がって!!」

 

 ビットとでも呼ぶべき、小型の兵器。

 ロボットものの創作でありがちなソレが、先までのレールガンを思わせる光を砲門に湛えていたのだ。

 

 それも、一つではない。

 二つや三つでもない。無数にだ。数えるのも億劫な数が、空中から見下ろすみたく展開されていた。

 

 先生らの攻勢も急激であったが、それすら霞むような変化である。

 咄嗟に叫びはしたものの、彼の指示も間に合うかどうか。懐から抜き放たれた“大人のカード”もまた。

 

 いよいよ、光が激発せんと輝く。

 

 ああ、だがしかし。

 二転三転した展開の後ではある種ご都合主義的かもしれないが──この戦場には、もう一人だけ動ける者が存在している。

 それも、誰よりも戦意に溢れた者が。

 

 

「ラーグレン──オーバーロード・変則起動。コード:Photon-Ray・Keraunos」

 

 

 声と共に、光が降り注ぐ。

 ビットよりもなお上空、天より来る雷のように。

 

「約束通り、Divi:sionは片付けた。俺も入らさせてもらうぞ」

 

 戦闘開始から15分。

 宣言をさらに5分短縮し、黒衣の機人が合流する。

 

 かくして遂に、戦場に配役が揃った。

 

 

 




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