いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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解決……?

「約束通り、Divi:sionは片付けた。俺も入らさせてもらうぞ」

 

 聞えた声に振り返った先生の視界へ映ったのは、死屍累々とでも言うべき惨状であった。あるいは、屍山血河か。

 

 そう、()()

 正しく惨状だ。

 

 言葉の通り、無事な機兵は一体たりとも残っていない。

 どれもこれも、一目見て再起不能だと分かるほどに破壊されている。それが二桁どころか三桁ですら収まるか怪しい数積み上がっているとなれば、それを表す言葉は惨状以外にないだろう。

 

 

 ──この数を、この短時間で。

 

 

 ごくりと、先生の喉が音を鳴らす。

 首筋を伝う一滴(ひとしずく)が、曇天の僅かな光を反射した。

 

「Doctor……」

 

 はたして、その声に込められた感情は何であるのか。

 戦闘は次なる幕へと移りつつあった。

 

 

──*──

 

 

 馬鹿げた速度でDivi:sionを殲滅したDoctorの参戦。

 それに対して王女が取った対応は、言葉にするのであれば現状復帰に近い手であった。

 

 すなわち、Divi:sionの再展開。

 大地を素材にし、プロトコルATRAHASISを作用させる事による文字通りの軍隊の補充は、その特性故に際限の無さを感じさせる。

 戦闘開始時にいた数よりは少なく、単体の戦闘力もまたそれほどではない。だがこの手軽さで生み出される事、そして破壊した機体もまたプロトコルATRAHASISによって再生し始めているとなれば、十分に脅威足り得る。

 

 名もなき神の力の強大さを思わせる、そんな情景であった。

 

 とはいえ、これこそが名もなき神の力である。

 そも、名もなき神とは、字面通りに名前が無い神だ。故にそこに性格もなければ、権能に輪郭もない。ありとあらゆるモノが不透明であり、ありとあらゆるコトが不鮮明。

 だから、言ってしまえばなんでもできる。傷を治す事、物体を書き換える事、身を護る事。なんでもできるのだ。

 

 少し話は変わるようだが、かつて得色成人の住んでいた日本という国においては、怨霊に社を建て、信仰を捧げる事で御霊()へと転じさせたという話がある。

 ここから読み解ける事とは、信仰と解釈の強力さに他ならない。人に害をもたらす怨霊を神として祀り、その名に持たせる意味を捻じ曲げる事によって、その存在を益をもたらす御霊へと変える。

 名は強い力を持つとは、そういう文脈における話なのである。

 

 そして──そうであるが故に、名もなき神の力、権能は強大(凶悪)なものとなる。

 

 今日(こんにち)において広く知られている神話の神、つまり忘れられた神々には愛の神や鍛冶の神などの属性があり、有する権能もまたその属性に応じた物になっている。それに対し、名もなき神にはそういった属性の一切がないために、その権能にも一切の制約がない。

 

 故に、なんでもできるのだ。

 事象を共存させて『そこに居るのにそこに居ない』という状態を創り上げるだとか、周囲の大気を爆発性の物質へと転換して回避不能の攻撃を行うとか、そんな馬鹿げた事すらできる。

 

 あるいは、その力を十全に振るえるのならば、時間や空間、世界そのものにまで操作を及ぼせるかもしれない。

 今の世を支配しているのが忘れられた神()であり、かつての世を支配していたのが名もなき神であった事を思えば、納得もしやすいだろうか。

 群体ではなく単体でかつて世界を支配していたとは、そういう事であるのだ。

 

 ……まあ、たった今参戦してきた彼もまた、勢力としては名もなき神の側へ分類されるのだが。

 

「くどいな。ラーグレン──オーバーロード・変則起動。コード:Photon-Ray・Keraunos」

 

 声は、言葉通りに心底面倒くさそうな響きで。

 そのまま、天へと向けられた銃の引き金が押し込まれる。オーバーロードという宣言に従って、その銃身は既に開かれていた。

 まるで拘束を引き千切るように、あるいは顎を開くように。上下のパーツが広がり、内部機構を覗かせながら光を揺らめかせる。

 

 引き金を引く、その動作に従って銃口から光が放たれた。

 昇る光条。曇天の灰色を縦に割くみたく10メートルほどの高さまで光は進み、5秒ほどその場で留まり──

 

 

 そうして、弾ける。

 

 

 近しい情景を挙げるならば、花火が最も相応しいだろう。

 昇って弾ける光、まさしく花火のようだ。もっとも、引き起こされる現象はそんな平和なものではないのだが。

 

 先のビット群を撃ち落とした時と同様、光の雨が降り注ぐ。

 否、その名、ケラウノスという銘を考えるならば雷霆か。光の薄れる頃には、誕生しつつあったDivi:sionは一様にその身を伏していた。

 

 原理としては、過剰に引き上げた出力による一撃を空中で分散させて放っているだけである。仰々しい口上に反してシンプルであるとさえ言ってもいい。

 げに恐ろしきは分散してもなお余りある威力と、対象を的確に撃ち抜く制御能力か。Divi:sionのみを完全に破壊する一撃は、見る者に芸術性さえ思わせるだろう。

 

 

 ──行くか。

 

 

 一言、思考の中で呟いて。派手な光に紛れるように、黒衣の影が動く。

 一歩目は体重移動の後押しも加えて、二歩目からは滑らかに。疾駆、もしくは疾走。意識外を滑る様は、一秒でも目を離していれば見逃すだろうと断言できるほどに巧い。

 

 が、相対する王女は機械の身。

 単純な速力で反応速度を上回りでもしない限り、意識の間隙を縫おうと意味は無い。接近しきるよりも前に、その手に握られたレールガンから光が吐き出された。

 

 極光。着弾。轟音。

 爆ぜた光が周囲を照らし、視界を眩ませる。

 

「……無傷かよ」

 

 その光景を見た美甘ネルが、小さく零した。

 

 白の眩さを切り裂いて、黒色が進み出る。

 進む速度に緩みはなく、身体の動きに弛みはない。歯牙にもかけず、という言葉が浮かんでくるようだ。

 

 美甘ネルらとDoctorの違いは多々あるが、大きな差はその装備にある。総身を覆うインバネスコートは見た目こそ傷んだコートであるが、その内実は防弾・防刃・防炎・耐衝撃などを備えた防護服なのだ。

 そこに加えて設計上のリソースの全てを防御に振り切った大盾まで装備している以上、防御力の差というのは明白なものとなる。

 

 たとえレールガンによる攻撃であっても、継続的に受け続けでもしなければ問題はない。

 

 故に、黒の機人は突き進む。

 レールガンの煌きを散らし、火の粉のように舞わせ、その一切を想定通りと切り捨てて。

 

「掌握。改変。磁性付与」

「──っ!?」

 

 不意に、白のペストマスクから声が漏れた。

 転瞬、蹴り上げられたDivi:sionの残骸が宙を突き進む。当然のように、その進路を王女の方へと向けて。一つの動作に可能な限りの意味を、選択肢は広く深く。Doctorの基本スタイルである。

 

 予期せぬ奇襲に、王女の動きが僅かに乱れた。

 

 

 

 プロトコルATRAHASIS、あるいはその淵源たる名もなき神の力。

 それがどういった権能であるかは既に述べた事であるが、実のところ──その無法とも呼べる性質に反して──その発動には一定の法則があった。

 段階性があった、と言ってもいいだろう。

 

 すなわち、理解・掌握・改変の三段階。

 この三つを通じて、名もなき神の権能は発揮される。

 

 まずは、対象となる存在の理解。

 原子の配列。構成比率。構造。特性。物理的な情報、それら全てだ。対象を象る全てを理解する。理解ができなければ何もできない。

 

 次に来るのが、対象の掌握。

 といっても、これは理解(第一段階)の完了とほとんど同時に行われる。対象の全てを理解し、それを名もなき神の力で覆い隠す事で掌握するのだ。

 

 そうしてようやく行えるのが、改変。

 掌握した対象を自身の望むままに書き換え、状態を曖昧化させていた名もなき神の力を取り除くことで事象を確定させる。ただし、ここで重要であるのは改変の対象や規模に応じて必要となるコストが変わってくる、という点だ。

 早い話、改変元の対象が複雑な構造・構成をしていればコストは高くなるし、改変先の存在が複雑な構造・構成をしていてもコストが高くなる、という事だ。

 

 引き起こされる結果は無法じみていようと、その過程は無条件なそれではない。再現性のある法則であるからこそ。

 

 この一連の流れを自動化・システム化したのがプロトコルATRAHASISである……というのは少しばかりの余談であるとして。

 同じ名もなき神の力を源にしている以上、プロトコルATRAHASISもまたその制約からは逃れられない。十分な時間をかけて周囲の空間を掌握した現在ならともかく、動き始めた瞬間から大規模な改変が行えたわけではないのだ。

 

 

 

 さて、話を戻して。

 戦闘開始時、美甘ネルによる先制が通らなかった事を覚えているだろうか。その後、認識外からの攻撃は防がれないと見抜かれたものである。

 Divi:sionの処理をしながらその光景を観察していたDoctorは、一つの推測を立てていた。すなわち、大規模な改変を行うにはまだ早いタイミングである以上、その防御の仕組みは複雑なものではないだろうという推測である。

 

 そして、銃弾が王女に近付くにつれ速度を減衰させていた事、王女が周囲に決してDivi:sionを展開しない事、レールガンを宙に浮かせていた事──そして、センサーが異常な磁力反応を示した事より、Doctorは王女が磁力を操作していると仮定を立てた。

 

 つまり、自身に接近する銃弾という金属を掌握し、それに磁力を付与。自身にも同じ極の磁力を付与する事で銃弾と自身との間に反発力を発生させ、威力を減衰させる。認識外からの攻撃を防げないのはそのまま認識できていないからだ、と。

 もちろん、そのために必要な磁力の強さを考えれば非現実的ではある。AL-1Sの機体やレールガンは精密機械であるという問題もある。

 とはいえ、自身の肉体は言わずもがな、レールガンも複製できたという事はその掌握は完了しているのだ。多少の無茶は名もなき神の力で踏み倒してしまえる。

 

 これがDoctorの推測であり、そして結論であった。

 さて、さて、さて。では、ここで問題である。美甘ネルの握るSMG、ツイン・ドラゴンの銃口初速は秒速400メートルを超えている。その弾丸の速度を殺し切るだけの磁力を自身に付与している王女に対し、反対の磁性を付与された金属を放てばどうなるだろうか。

 

 結果は、宙を行くDivi:sionの残骸を見れば分かりやすいだろう。

 

「……ほう」

 

 再度、王女の周囲の大気が爆ぜた。

 空気中の気体分子を爆発性の物質へと改変するというソレは、その特性故に一度掌握した大気をかき混ぜることになる。つまり、理解(第一段階)からやり直さねば再度の改変は不可能になるわけである。

 Doctorの口から声が漏れたのは、そういう訳であった。

 

 

 ──演算が想定よりも速い。俺では大気の改変を行えるほどの出力は出せない以上、この爆破に対抗はできかねる。少しばかり方針に修正が必要か。

 

 

 Doctorもまた、名もなき神の力を技術として振るえる存在ではある。

 だがしかし、それはいわばプロトコルATRAHASISの劣化コピーに過ぎない。理論上は同じ事ができるかもしれないが、その出力(作用範囲)には歴然とした差が存在した。

 

 

 ──伏せ札を一つ、切るべきか。

 

 

 僅かに、その気配が変質する。

 鋭く、禍々しく。底冷えするような、そんな空気へと。

 

「Doctor──オーバーロード。コード:rufus()

 

 その口上の意味は、Doctorという対象に設定されたセーフティの一切を解除するという事。一時的に上限以上の出力を引き出すという事に他ならない。

 

 転瞬。

 バチリ、と。

 

 弾ける。弾けた。雷だ。赤に染まった、赤だけで構成された雷。

 総身を覆う黒に映える、曇天の暗がりを裂いて余りある雷。

 

 それが、その身を起点に世界を侵食する。散って、走って、迸る。

 受ける印象は真空放電か、テスラコイルか。少なくとも分かるのは、それが尋常ならざる現象であるという事のみ。

 

 ゆらりと、黒が動く。追従して赤が舞い散る。

 先の美甘ネルの疾駆に勝るとも劣らない、圧倒的な速力であった。

 

「空間掌握。改変」

 

 対する王女も黙って見ているわけではない。

 正面に掲げられた手の先、中空に出現するは光沢の薄い黒の金属。タングステンカーバイド、あるいは炭化タングステンと呼ばれる金属である。

 高硬度・高強度・高弾性・耐摩耗性・耐熱性・耐酸化性・耐薬品性を有した金属であり、タングステンと炭素の化合物という構造の単純さに反して高い防御性を有している。加工が困難とまで言われる硬さも、空気中の元素を改変して直接創造するならば何ら問題ない。

 もう一点、硬くはあるが脆いという弱点も存在するが──Doctorの攻撃がエネルギー弾によるものであるならば、その点も問題ない。

 

 時間的猶予がないという現状においては、最適解と言える選択であろう。

 

 

 ──金属。色からして鉄や鋼ではない。構造分析……タングステンカーバイドか。

 

 

 王女の対応はタングステンカーバイドによる防御層の構築。

 となれば、次はDoctorの側に対応を求められる。

 

 

 ──ラーグレンのオーバーロードは厳しいか。名もなき神の力を今以上に回せば動かせるが、リソースの無駄だな。

 

 

 オーバーロード、過負荷とは本来の設計以上の出力を引き出している状態である。

 名もなき神の力によって修復ができる、といった条件がありでもしなければ、一度きりの必殺技として考えるべきものなのだ。

 ハンドガンよりも一回り大きい程度のラーグレンがあの破壊力を出せているのは、そういう理由であった。

 

 とはいえ、駆ける赤を纏う黒に焦りは見られない。その動きにも、変化は見られない。

 

 

 ──ああ、にしても。

 

 

 否。内心には変化が訪れていた。その身に纏う赤色にも見紛う、烈火の如きそれが。

 踏み込み。地が割れた。

 

「その身体を使って、その顔をして……舐めてくれる」

 

 轟音は、大盾を収納して開けられた左手の掌底によって。

 馬鹿げた速度の運動エネルギーさえ加えられた一撃は、拮抗すら許さずタングステンカーバイドを砕き割った。

 

 硬くとも脆いならば、衝撃を通してしまえばいい。ただそれだけの話である。

 

 砕け散った防御層の先へと、Doctorが手を伸ばす。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちは王女……ではなく、赤雷を帯びる白のペストマスクから。

 

 

 ──一手遅くはあるが、間に合わされたか。

 

 

 視線の先、()()()()()()()()()王女のレールガンが世界を照らす。

 Doctorが伏せ札を切ったのと同様、王女もまたこれまで過剰であると使っていなかった札を明かしたのだ。

 

 チャージをしていない攻撃でさえ大地を灼き溶かすほどであったのなら、今構えられている一撃の威力はどうであるのか。さしもの彼であっても直撃は避けたいところであった。

 もちろん、この至近距離で放つのなら王女自身にもダメージが入るだろう。それでも、直撃のダメージと余波によるダメージであれば前者の方が重くなる。

 

 肉を切らせて骨を断つ、そんな攻撃であった。

 

「させんがな」

 

 構えられたレールガンが、蹴り上げられる。

 Doctorは既に目の前の王女がkeyでも天童アリスでも、ましてやAL-1Sでさえない事を確信していた。だが、その肉体までそうであるわけではないのだ。

 そして、彼がkeyを傷付ける事はあり得ない。

 

 曇天を貫いた光条が、青い空を覗かせた。

 

 

 ──さすがに距離を取られるか。まあ、悪手であった事は違いない。甘んじて受け入れるべきだろう。

 

 

 赤雷が、僅かに鎮まる。出力を落としたのだろう。

 

「……はぁ。司祭も面倒な事をしてくれる」

 

 呟きは、どちらかと言えば説明の意を強くして。

 様子を窺うようにしていた生徒らや先生が反応を示したのは、あれだけ荒れていたDoctorが矛を収めるようなそぶりを見せたからか、はたまたインカムがハッキングされてその言葉が聞こえたからか。

 

「プロトコルATRAHASISの実行が宣言された時、俺が考えたのはkeyがその決断を下したのかという事であった。その可能性もあり得ないわけではなかったからだ。だが、お前を見た瞬間にその考えは棄却した」

 

 Doctorは、原作におけるケイの選択をkeyへと押し付けるつもりはなかった。

 key自身が考えてプロトコルATRAHASISを実行すると決断したのなら、それを支えるつもりでさえあったのだ。

 

 だが、そんな彼の前に現れた“王女”は尋常な様子ではなかった。

 瞳は黒く濁り、動作もまた機械的。かつての日々で育まれた情緒など見る影もない。故に、Doctorはこの事態がkeyの選択であるという考えは切り捨てた。

 

 そこには、現状を説明できる可能性であろう“keyが自身を初期化した”というパターンを考えたくないという逃避などもあったのかもしれないが、ともかく。

 

「次に考えたのは、こうしてその身体を動かしている主体である“王女”、お前についてだ」

 

 何らかの誤動作か司祭の仕込みか、プロトコルATRAHASISがkeyの望まぬ形で実行されたとして、ではその実行の主体となっている王女は何であるのか。

 Doctorが次に目を付けたのはその点。王女が何であるのか理解する事が、現状を解き明かす鍵になるだろう、と。

 

 そして、考えられる可能性はそう多くはなかった。

 まずは、元来の名もなき神々の王女とも呼ぶべきAL-1Sの意識が再起したという一つ。

 次に、誤動作を起こしたプロトコルATRAHASISが外敵に過剰反応しているという一つ。

 最後に、無名の司祭の何らかの仕込みによって第三人格がその身体を乗っ取ったという一つ。

 

 これらを踏まえた上でDoctorは分析を進めた。

 

「ごく短時間ではあるが、俺はAL-1Sと言葉を交わした事がある。あの子は相当に無機質ではあったが、お前よりかは人間味のある存在だった。プロトコルATRAHASISの誤動作に関しては、これだけ時間があればkeyならばどうにか収めているはずだ。何より、お前に欠片なりともkeyの意識があるようなら俺はもっと苦戦していた」

 

 一つ、語られていない重要な前提がある。あった。

 Doctorの本来の戦闘スタイルは、大盾と銃による攻守のバランスをとったもの()()()()

 

 ()()()()()()()()k()e()y()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それ故、keyの意識が僅かにでもあるならば、大盾による防御がこうも機能するはずがないのだ。

 つまり、彼女の意識は失われているか、そうでなくとも奥底に封じられている。それが、Doctorの結論であった。

 

「王女、お前は無名の司祭が仕込んだナニカだ。隠しはしていたが、keyがプロトコルATRAHASISへと背くようになる可能性は察知されていたんだろう。確実にプロトコルATRAHASISを実行できるよう用意されていた第三人格、それがお前だ」

 

 “具体的にどうやって乗っ取ったのかは不明だが”、と言葉は締めくくられた。あるいは、説明は終えられた。

 

「よって、改めて宣言しよう。俺はプロトコルATRAHASISを止める。あの子が望まぬ終焉を、俺は許容しない」

『……援護しろ、ってことか?』

 

 インカム越しの返答は、美甘ネルから。

 少女は過たず、Doctorが時間を取ってまで行った説明の意図を解していた。

 

「──ついて来れるならば」

『へぇ。はん。いいじゃねえか』

 

 口角が上げられる。

 体力がどれだけ残っているのか。集中力がどれだけ保てるのか。そのような些事は関係ないと。両の脚でしかと立つ姿は、戦意で満ち溢れていた。

 

『Doctor。止められるんだね?』

「念のためではあったが、備えはしてある」

『分かった』

 

 四文字、先生の返答まで聞き届け、黒衣の機人は再度切り替える。

 赤雷が、曇り空に風穴を開けた蒼天へと立ち昇る。

 

 確実を期すための手は打った。

 妥協はない。ならば、後は専心を突破に向けるのみ。

 

「行くぞ」

 

 都合二度目。赤雷が舞った。

 時を同じくして、生徒らも動き始める。Doctorが参戦した事で回復の時間は十分に取れていた。リロードも済ましてある。何より、これが最後ならば多少の無理など何するものか。

 

 シッテムの箱を握る先生もまた、最大限の指揮を行う。

 

 美甘ネルとDoctorを先陣に置き、有機的に動き始める生徒たち。

 先頭の二人はシッテムの箱による指揮に組み込まれていないが、両者ともに先生の指揮の傾向は把握している。その上で先生の側も二人に合わせるよう動きを組み立てているのが現状なれば、そこにロスは生まれ得ない。

 

 角楯カリンの狙撃と花岡ユズの爆撃が、互いの硬直時間を埋め合うように王女のレールガンを襲い、その攻撃の悉くを暴発させる。

 才羽モモイと才羽ミドリの息の合った銃撃が、王女の構築しようとした防御壁を途中段階で弾き飛ばす。

 直感をフル活用した一之瀬アスナが、後退して仕切り直そうとする王女を引き留める。

 室笠アカネが手持ちの爆弾のありったけを投入して、王女の体勢を大きく崩す。

 

 そうして──

 

「おらおらおらおらぁっ!!」

 

 極至近距離にまで接近した美甘ネルが、王女の行動の一切を封殺する。

 もはや何もできない。踏み出そうとする足。レールガンを構えようとする腕。プロトコルATRAHASISを発動させるための思考。その全てを、暴虐の嵐と化した美甘ネルが刈り取っていく。

 Doctorに利用された事で磁力による防御を切ってしまっていたのが、大きく響いていた。

 

「見事だ、と。そう言っておこう」

 

 斯くして、その手が届く。

 赤雷を纏う黒の指先が、王女の頬に触れる。

 

 触れた。

 

「コード:Gopher wood(ゴフェルの木)──眠れ、箱舟よ」

 

 ガクリと、王女が倒れ込む。

 Divi:sionもまた、電源を落とされたかのように光を薄れさせて行く。

 

『終わった……の、かな』

「ああ。少なくとも、プロトコルATRAHASISは停止させた」

 

 空が晴れる。

 雲は薄れ、元の青空が顔を覗かせる。

 

 風が吹き込んできた。

 荒れた草原を巻き上げるように、強く、それでいて温かさを感じる風だ。

 

 戦闘は終わった。

 たった今、王女は討たれたのだ。

 

 差し込む陽光は、どこまでも眩しい物であった。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■          ■■■■■■■■■■■■      ■■■■■■■■
 
──計画通りだ。これより、世界の修復を開始する

 

 

 

 

 

 

 




来週の更新は一旦お休みします。
次回更新予定は1月13日からとなります。みなさん、よいお年を!
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