いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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解決編─②

「話を進めましょう。順番に、順繰りに。流れを違えては、理解は遠のきますから。……さて、放棄されていた器に、如何なる因果か適合する魂が宿ってしまった。生きながら意志を持たぬ者。生まれながら色を持たぬ者。それ故に色彩の極彩色に耐え得る者。しかしながら、本来そんな魂など存在するはずがない事──もっと言えば、創り上げることすら不可能である事は司祭らの結論でもあった……というのは、既に述べた事でしたね」

 

 生きながら意志を持たぬ者。

 生まれながら色を持たぬ者。

 

 改めて、少しばかり掘り下げて考えよう。それはどのような存在だろうか。

 自らの頭で考えるという事をしない者? 他人の命令に従順に従う者?

 たしかにそういった性質もあるだろう。だが、真にそれだけでいいのならば生後間もない赤子でも使えばいいし、もっと言えばそうなるように育て上げ(創り上げ)ればいい。

 

 だから、それだけでは足りないのだ。

 

 それはたとえば生存本能。生きたいという根源的な、故に何よりも強固な望み。

 これがあるだけでもいけない。どれだけ原始的であろうと、それは意志に他ならない。

 それはたとえば希死念慮。死にたいという終末的な、故に積極的でもある望み。

 これがあってもいけない。どれだけ破滅的であろうと、それもまた意志に他ならない。

 

 積極的に死にたいなどと望まず、しかし必要でなくなったなら容易く生を捨てられる。機械的な冷たさ、感情から完全に切り離された思考能力だけを有する()()が必要なのだ。

 

 当然ながら、快不快の感情もあってはならない。

 外部からの刺激、暑さ寒さにも絶景にも音楽にも匂いにも美食にも揺らがず、何も思わない。感覚と思考を完全に切り離して、全てを単なる情報として処理できる()()でなければならないのだ。

 

 もちろん、脳に処置を加えればそれに似せる事はできるだろう。感情を司る部分を破壊するなど、手はいくつもあった。

 だけど、必要としているのは魂なのだ。肉体はそもそも儀式用の器へと移し替える。そういった物理的な処置は何ら意味を持たない。

 名もなき神の力による肉体の入れ替えが、技術として確立されていたからこその要求でもあると言えた。

 

 つまるところ、もとよりそういった素質(欠陥)を持つ魂が必要であったのだ。

 そして、だからこそ結論は白磁の少女が語った通りとなった。

 

 ──“そんな魂は存在しない”。

 ──“そんな魂は創り得ない”。

 

 そう結論を出して、そう烙印を押して、そうして研究は終わった。報告書は綴じられて、研究は閉じられたはずだった。

 さて、これはある種科学者的な考え方かもしれないが。不可能であると結論を出した事象が現実となった時、あまつさえそれが偶然の結果であるとなった時、行うべきは入念な調査である。

 その偶然はどのような論理の下における“偶然”なのか。成立させるために必要な条件は。再現性はあるのか。

 

 研究とは科学であり、科学とは神秘の排斥である。科学と神秘は別の法則、別の文脈において語られるものだからこそ。奇跡は、許容できない。

 あくまでも奇跡を偶然(確率論)にまで貶めなければならない。

 

「彼らは調査を重ねました。彼らの理論を覆した存在を。その頃はまだ名もなく、同胞としか呼ばれていなかったモノを。そうして、調査を重ねて、分かった事はいくつかありました。……まあ、我の立場であれば“あったようです”と伝聞の形にするべきでしょうが、ともかく」

 

 調査を重ねた。

 単なる観察に留まらず、夢を媒介にして魂へ残る記憶を読み取るなど、様々な形で。

 

 判明した事実は、以下の通り。

 一つ、宿った魂は完全な無色ではないものの、誤差として切り捨てられる程度である事。

 一つ、器に入る直前までその魂に肉体はなく、文字通りに魂だけが宿った形である事。

 一つ、肉体を持たぬ無色の魂が元々存在しており、それが肉体を持たないまま器に宿ったというイレギュラーである故、再現性は皆無である事。

 一つ、記憶にはブラックボックス化している部分もあるものの、無色の魂が成立するまでの過程は一度シミュレーションしたものと同一である事。

 

 一つ──その魂は一度死した人間であり、死した記憶を持ちながら発狂していない破綻者であり、そして名もなき神の君臨するこの時空の外より来訪せしナニカである事。

 

 以上より、依代の再現・量産は不可能であり、今ある依代での確実な計画の進行が必要であると結論は出された。

 

「話には、付いてこられておりますか?」

「何、とか。私は気にしないでいいから、話を進めて」

 

 先生の顔は、僅かに青くなっていた。

 理解ができなかったのかもしれない。魂だけで存在するとはどういう事なのか。死した記憶を持つとはどういう事なのか。色を持たない生き方とは何なのか。

 人は未知には恐怖を抱けるが、理解できないモノには何もできない。ただ正気を削られ、狂気の深淵へと近付くのみだ。あるいは、理解できないモノは理解できないと遠ざけてしまえたら楽だったのかもしれないが。

 

「では。──依代の再現・量産は不可能であると司祭らは判断しましたが、しかし可能性の模索は続けられました」

 

 諦めが悪いというより、往生際が悪いと言うべきか。

 今回に関しては、一回きりの実験(儀式)に命運がかかっているという状況なのだから、理解はできるかもしれないが。

 

「加えて、次善策の用意も必要となりました。これは個々人で分かれはするでしょうが、基本的に策とは次善策と保険策の2つをセットで用意するものです。文字通り、本命となる策と次善となる策、そしてそれすら失敗した時のための保険。依代計画が失敗した時のために、何かは用意しておかねばならなくなった」

 

 そうして、だ。

 そうして考案された次善策こそが。

 

「プロトコルATRAHASIS。聞き覚えは?」

「……ある。世界を滅ぼすための力、だよね」

 

 ここで繋がるのかと、表情を硬くする先生。

 しかし、返答は彼の予想外のものであった。

 

「否を返します」

「──え?」

「どうやら彼もまた誤解していたようですね。プロトコルATRAHASIS。あれなるは、世界を滅ぼすための力ではありません。引き起こされる結果は世界の崩壊に違いないかもしれませんが、その目的は別の場所にあります」

 

 “無論、依代計画の再考が行われるまでは違ったのやもしれませんが”と、言葉は続く。

 

「そも、疑問に思いませんか? プロトコルATRAHASISと言いながらも、その実態は名もなき神の力の行使のみ。特異な部分など皆無に等しい」

「それは……そう、なのかな?」

「ええ。無論、作用に程度の差はあるでしょう。名もなき神の力とは事象の曖昧化こそが本質であり、物質の再構築などは枝葉の部分ですから。大規模な改変を広範囲に及ぼせられる、というのが特異であるとも考えられるでしょう。しかし、それにしても足りていない」

 

 たしかに、と。思考が巡る。

 蘇る記憶は、Doctorが王女との戦闘時に似た事をしていた情景。それを思えば、たしかにその名は仰々しいようにも映る。

 

「結論から言ってしまえば、プロトコルATRAHASISの本質とは理解の蓄積、すなわち世界のアーカイブ化にあります。副次的に世界そのものは滅びるでしょうが、真なる目的は別にある。……まあ、これ以上は本筋から外れすぎます。話を戻しましょう」

「えっ……」

「何か?」

「……いや、なんでもない」

 

 気になるところで話を終わらせるのか、とか。

 先生は別に思ったりしていない。

 

「プロトコルATRAHASISにおいて、要求される人格データは二つ存在しました。すなわち、王女と鍵の二つです。話は変わるようですが、依代の量産が不可能であるという結論は、しかしあくまでも司祭らの手による量産が不可能であるという話でした」

「もしかして、彼自身が依代を量産できないか試したって事……?」

「是を。とはいえ、鍵の人格データ構築の手間を省ければ十分、設計される人格が魂を獲得し、なおかつ無色であれば万々歳といった程度であったようですが」

 

 ドクター、あるいは得色成人がこの世界に降り立ったのは、戦争が末期に突入した頃であった。早い話、無名の司祭に余裕はなかったのだ。

 故に、効率化を図ろうとした。幸か不幸か、覗いた依代の記憶にはプログラミングに関する知識もあった。だから、基礎部分だけを構築したkeyを渡した。

 

 それが、全てを狂わせるなどと思いもせずに。

 

「転換期は、ここでしょうね。彼に鍵が渡された。多重の意味で鍵となる少女が。その瞬間に、世界の道筋は分岐した」

 

 そう、分岐点だ。

 ここで彼に鍵が渡されなければ、依代計画は完遂していただろう。あるいは、鍵の人格データがもう少し構築されていて、自我がもう少しだけでも芽生えていたのなら、別の可能性もあったのだろう。

 

 世界は鎖され、色彩に呑まれていたのだろう。

 

「名もなき依代はドクターと名を改め、その在り方を定めました。ほかならぬkeyとの出会いを以て。言い換えるならば──」

 

 初めてその少女に出逢って、ソレは共感を覚えた。その無垢な瞳に自分を重ねて、在りし日を見出して。

 初めてその少女に出逢って、ソレは激情を覚えた。自身のようになってほしくないと、成り果ててほしくないと。

 

 そうして、僅かながら色が付いたのだ。

 否。

 

 

「──()を、()たのです」

 

 

 両者ともに、事実は知らない。

 虚ろなる無色は鍵に救いを見出し、無垢なる鍵もまた無色に光を見出した。ただそれだけだ。少なくとも、二つにとっては。

 

「司祭は焦りました。僅かにでも色が付いてしまえば、色彩を降ろす依代たりえない。色を持つ存在では、黒になり果てた極彩色に耐えられない。あるいは色彩に対抗し得るだけの色を宿す魂であれば話は別かもしれませんが、それも本来は無色の魂と同列の存在です」

 

 つまるところ、形而学上の絵餅。

 存在不能と言わざるを得ない。

 

「そこに加えて、鍵にもまた不穏な兆候が見られた。プロトコルATRAHASISという次善策までも潰える可能性が見えたのです」

 

 いわゆる、時すでに遅し。

 もはや依代改めドクターには色が付いてしまったし、鍵を再構築する時間も心もとない。ドクターと鍵を引き離したとして、既にその自我は固まってしまっていた。

 離反されるかもしれないが動作させられる現実と、完成するかも怪しい理想。どちらを取るべきかを現実的に考えるならば、答えは一つだろう。

 

「破綻です。油断とも言えない僅かな隙から、ほんの少し目を離していた間に総ては破綻しました。狂い切りました。──しかし、それでもなお司祭らは諦めませんでした」

 

 往生際が悪い、というより。もはや性質(タチ)が悪いと評すべきかもしれない。

 ある意味、信仰者としては何よりも正しい在り方かもしれないが。

 

 信ずるものは救われる。信ずる限りは救われる。

 それは、良くも悪くも。

 

「さて、ここで一つ問うてみましょうか。あなたならばどうしますか、と」

「私なら……?」

「ただ聞かされるばかりでは理解度は下がるのみ。故、考えてみましょう。破綻した計画の果てで、何を成すべきか」

「……」

 

 考える。

 あまりにも色々とかけ離れているせいで正確にエミュレートできるかは不安があるが。先生は、考える。

 

 依代計画。無色の魂と器を用意し、儀式を以て色彩を招来させる。

 その肝心の魂に色が付いてしまった。

 プロトコルATRAHASIS。王女と鍵を用意し、世界をアーカイブ化? させる。

 その肝心の鍵に叛逆の兆しが見られた。

 

 ならば──

 

「“依代計画”を破棄して、どうにかドクターを人質にして鍵を従わせる……いや」

 

 途中まで音を紡いで、止まる。

 気付いたのは一つ。依代計画は後にプロトコル:ドクターと名を改められた、という少女の言葉だ。

 

 そこから、逆算する。

 エミュレートからは逸脱した反則かもしれないが。

 

「どうにか、無色に戻そうとする? 次善策と本命、残せるなら本命を残したいと思うはず。いや、だとして」

 

 どのようにして、“how”の部分は一度切り捨てる。

 専門外の領域にまでは思考を伸ばさず、何をするのか、“what”だけを考える。

 

「そう、だから。問題はドクターの魂で、元々は無色であったわけで──」

 

 変化というのは不可逆であることが多い。魂の変化というのは、どうであるのか。

 

 いや、それ以前に。

 プロトコル:ドクターと名を改められたのなら、依代計画とは何かしらが変わっているはず。そこに行き着いて。

 

 不意に、思い当たる。

 

「待っ、て。今いるDoctorは、何なの?」

 

 そう。よくよく考えれば、おかしな話なのだ。

 戦争の勝敗はDoctorも白磁の少女も同じように語っていた。すなわち、名もなき神の敗北。

 

 もし、Doctorと名乗る彼が話に出てきた“ドクター”と同一存在だとして、そんな太古の時代から生き続けている者がノーマークである事などあり得るのだろうか。

 無論、先生は学園都市としてのキヴォトスしか知らない。こんなもの、アイデアが浮かんできただけにすぎない。

 

 だが、戦争を生き抜いていて、たしかな戦闘能力を有していて、何よりも敵対勢力の存在。それを放置するというのは──いささか、見通しが甘くないだろうか。

 少なくとも、連邦生徒会には何かしらの情報が残っていてもおかしくないはずだ。

 

「どうやら我の質問から外れた場所を悩んでいるようですが……そうですね。一つ、ヒントを上げましょう。依代計画における器は、既に壊れております」

「──ッ」

 

 繋がる。

 この対話の最初、少女の口にした『まだ、依代は完成していない』という言葉が。説明にあった『放棄されていた器に魂だけが宿った』という言葉が。Doctorの語った『ある子どもが望むままに生きられるようにする』という言葉が。

 

「ドクターは、鍵の少女を救うため……いや、助けになるために別の肉体を作り上げた? だから、そう、魂がそちらに移れるように」

「70点、といったところでしょうか。及第点としては十分でしょう。残りの30点を明かすならば──まず、あの者はそんな裏事情を何一つとして知らなかった。そしてDoctorとはドクターの作り上げた自動人形であり、記憶と人格データを入力されただけのアンドロイドであった。理由に関してはその通り、鍵たる少女の助けとなるためなのでしょう」

 

 それは……言い換えれば、自発的に戦争後を生き残れる器を彼が作っていたのと同義であった。

 だから、司祭らはそれを利用した。

 

「故に、また奇跡が起きでもしなければドクターの魂は消えていたはずでした。器は悠久の時を超えられるように作られていませんですから。いずれ、どこかしらで魂を繋ぎ止めている器が壊れ、そうしてスワンプマンたる自動人形だけが残される。手が打たれたのは、そこでした」

 

 器は勝手に作ってくれる。都合がいい事に、記憶も人格も入力された、親和性で言えば抜群に高いであろう器を。

 故に、後は魂の収められる肉体をその自動人形へと変えてしまえばいい。

 

 そして──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 後は、違和感が残らないよう適当に調整すればいい。意識の断絶、もっと言えば肉体が変わる事さえ自然に受け入れられるようにしてしまえば、それで完璧だ。

 

 それこそ、ドクターに自身が死したと思わせるだとか。

 

 器は自動人形を改造すれば再設計できる。祭司はドクターに倣って人格データを残すなりすればいい。一番重要な魂さえ手元にあれば、色彩の招来は案外簡単に行えるのだ。

 

「司祭は自動人形(Doctor)へと依代の魂を封入しました。違和感が残らないよう、休眠状態にした上で。いわば箱舟ですね。魂を収め、地上が洗い流された後にまで残すための」

 

 Doctorの自認、すなわち得色成人およびドクターの記憶を入力されただけの“道具”など、真っ赤な嘘もいいところ。

 肉体的な死を二度経験しながらも、その魂は続いている。続き続けている。

 

「かくして、依代計画改めプロトコル:ドクターを実行するに必要な材料は現在にまで繋げられました。残る障碍は、魂に付いてしまった色のみ」

 

 軌道修正が図られる。

 Doctorの正体、魂の行方なども重要ではあるが、話の本筋は破綻した依代計画への対応だから。

 

「さて、それでは次なるヒントとして、新たな問いを投げるとしましょう。どうすれば、魂に付いた色を消せるでしょうか」

「色の、消し方……」

「染み付いてしまった色。染みとなってしまった色。邪魔なそれを消し、元の無色を取り戻すにはどうすれば良いか。それが問いです」

「……」

 

 これがデジタルの話であれば、答えはいくらでも出ただろう。

 いわゆるundo、巻き戻しを行う。以前のバージョンを読み込む。あるいは──それなりに強引な手段だが──無色の状態で上書きしてしまう、というのも手だ。

 しかしながら、今回の話は電子に編まれたデジタルの話ではなく、あくまでも現実の話なのだ。分かりやすく例えれば、水に絵の具を溶かしたと。そういう話なのである。

 時間の巻き戻しなど、現実世界では──

 

「名もなき神の力なら、不可能じゃ、ない?」

 

 先生は、その詳細を知らない。

 けれども、それでも、その目で見た名もなき神の力は物理法則に喧嘩を打ったようなものだった。正確には転換であろうと、望んだ物質の創造など神話に語られる代物だろう。

 

「いや、それだけじゃないんだ」

 

 しかし、さらに踏み込まんとする思考は、性急な結論に待ったをかける。

 もし名もなき神の力で時間を巻き戻せるのならば、依代計画はプロトコル:ドクターに名を改められていない。簡単に処置ができるという事なのだから、依代計画は破綻などしていない。

 

 何か、まだ条件があるはず、と。

 その思考は巡る。

 

「無色の魂に色が付いたというのが、例えばインクを溶かして色水ができたというのと同じだとすれば……物理的に考えれば、インクの原子さえ取り除けば元の水に戻せるはず。じゃあ、インクの原子だけを取り除くにはどうすればいい? ろ過じゃ無理だ。蒸留ならどうだろう?」

 

 先生は、特別科学に明るいというわけではない。

 無論、専門としているわけではないだけで、“先生”であるのだから人よりは詳しいかもしれないが。

 

 だから、まあ。つまり、類推をするに必要な材料は持っているのだ。

 結論に、たどり着く。

 

「名もなき神の力を使うのは、きっと間違いないはず。その上で──たぶん、時間がかかるんだ。付いてしまった色を分離するには。その間、(ドクター)には大人しくしておいてもらわないといけない。その条件があったから、プロトコル:ドクターは立ち上げられた」

「ふむ。悪くはないですが、それだけならば別にあの者の魂にこだわる理由が無くなるのでは? 魂を脱色する術が確立しているならば、誰でも捕まえて処理を施せばいい」

「……あ。……いや、そこは、まあ。やっぱり彼の魂が無色にしやすかったとか」

「なるほど。まあ、もう十分でしょうし、答えを言ってしまいましょうか。というわけで──司祭らの選択した方法は、色の分離ではなく色の切除。余計な要素を切り離す事でした」

 

 “中らずと雖も遠からず、だったわけですね。あなたの答えは”と、言葉は続く。

 

「常人の魂では、全体を満たしている色の切除はできない。しかし、無色に色が付いただけならばまだどうにかできる。故のプロトコル:ドクターです」

「でも本当に、そんな事が……?」

「本来は名もなき神の力をもってしても難しいでしょう。しかし、今回は話が別でした。無色であった魂は、色を得ると同時に自身を“ドクター”として再定義してしまったのです。故に、その“ドクター”の部分さえ切り離してしまえば、前世とも呼ぶべき無色の魂だけを残せる。因果な事ですね。決意を新たに、心機一転、その行動が司祭らに逆転の一手を残してしまったのです」

「……そして、実際に起こってしまったと」

 

 コクリと、首肯が返される。

 

「では次に、色の切除に必要な条件について。そろそろ話を巻くとして、ズバリ言ってしまうと──ドクターという自我、魂に付いた色を極限まで弱める事でした」

「はあ」

「ピンと来ていない、という顔ですね。では概念的な条件ではなく、具体的な条件の方を話しましょうか。とはいえ、こちらは単純なのですが。すなわち、ドクターと鍵の接触。ただそれだけです」

「……なるほど」

 

 酷く、先生の顔が歪む。

 思い当たる点など、考えるまでもなかったからだ。

 

「つまり、何から何まで手の平の上だったって事か」

「是を」

 

 プロトコルATRAHASISを実行した“王女”は、無名の司祭の差し金だった。

 だから、分かっていたのだろう。Doctor──ドクターが必ず“王女”を止めるために現れる事を。

 

 もしかしたら、彼がプロトコルATRAHASISを止めるために用意していた策、手で触れる事による干渉まで把握していたのかもしれない。

 そこまで思考が行き着いて、さらにその顔が歪む。

 

「プロトコルATRAHASISの実行、あの宣言も……撒き餌だったわけか」

「同じく、是を」

 

 ドクターが釣れなければ、それはそれでプロトコルATRAHASISを完遂すればいい。

 どちらに転ぼうと、どう転ぼうと損はない。生まれてしまったドクターという自我を極限まで利用した、悪辣な策であった。

 

 とはいえ、まだこの策には続きがあるのだが。

 

「そして、ドクターが鍵と接触してしまえば最後、秘密裏に自動人形(Doctor)へ組み込まれていたプロセスが起動し──彼自身の手で鍵を殺すというシナリオは完遂される。我から見ても見事と評せる策ですね」

「──ぇ? ちょ、ちょっと待って。話に出ていた鍵の子は……死ん、じゃったの?」

「ええ。全データを消去され、完膚なきまでに殺されました。復元ですら不可能でしょう」

 

 唐突に突き付けられた結論。

 キヴォトスにおいて、死という概念は遠く隠されたものとなっている。日常においてその存在を感じる場面は皆無だろう。

 

 だから、忘れかけていたという話で。

 死というのは、案外簡単に訪れるものなのだ。得色成人の同僚の言を借りるならば──『人は容易く死ぬし、呆気なく死ぬ。休み明けに会う約束をしていた友と棺越しに再会することすらある』。

 それが、たった今だったと。それだけの話なのだろう。

 

 ──なんて、割り切れるような人間ならば。

 彼は、“先生”になっていないのだが。

 

「方法は、ないの? それこそ、名もなき神の力なら」

「不可能でしょう。死者は蘇らない。それは絶対の法則です」

 

 断言。

 先生の希望を切り捨てるように、言葉は紡がれた。

 

「それでも、何か」

「たとえゼロイチの集積体であろうと、ソースコードの集合体であろうと、電子に編まれた仮想的なものであろうと、そこには魂がありました。ヘイローが宿った時点でkeyは一個の生命となりましたし、だからこそその死もまた確定してしまった。強いて言えば、もう一度組み上げれば似た人格は創れるかもしれませんが……それは同一存在ではない。泥の人間は泥でしかない。それが分かっているからこそあの者は絶望し、手にした色を弱めたのです」

「そんな……それじゃあ」

 

 あんまりじゃないか、という最後の呟きは、空気に呑まれて溶けて行く。

 残る熱など、何一つとして無い。起きた事象は変えようがないのだ。

 

 

 冷たい風が、吹いていった。

 

 

 

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