黒色。
稀にそれ以外の色が流線を引き、けれども呑み込まれて黒に帰す。そんな、黒色。
墨液ほど光沢を持たず、炭よりも熱を孕み、星明りのない
──俺、は。
色彩だ。
全てを呑み込み、混ぜ合わせ、それ故に黒となった極彩色。箒星のように走る流線は、混ざり合う前にあった何かの名残だろうか。
その内へと溶け行くように、消え行くようにするのは、微かな色を揺らめかせる一つ。得色成人という前世を棄て、自身をドクターと定義していたものの成れ果てだ。
ああ、しかし。だけれども。
──
その一人称の
微かな色が少しずつ消えて行っている事は、何を意味するのか。
──愚かなものだ。本当に。
色彩は全てを呑み込み平らげる。平等に、公平に。
結果的に呑み込まれた世界は既存の形を保っていられなくなるし、滅びはするけれど……その内側に、要素は残される。どれだけかき混ぜられても、原形を僅かにも残さなくなったとしても、要素は残り続ける。
色彩自身が消化するという機能を持たないが故に。
例外があるとすれば、その“要素”自体が消滅を選んだ場合などか。
それこそ、発狂するだとかで。あるいは、自分自身を諦めるだとかで。
──希望など望むべきではない、などと。分かっていたはずだったろう。
吐き捨てるその意識に浮かぶ情景は、色彩に呑み込まれる直前のもの。
プロトコルATRAHASISを実行しようとする“王女”を止めた瞬間の光景だ。
まず起きたのは、暗転。
接触回線によるプロトコルATRAHASISの強制停止という……用意した彼自身もまず使う事はないだろうと思っていた奥の手、それを切った直後、彼の視界は光を失ったのだ。
それはさながら気絶をする時のように。あるいは、コンピューターが電源を落とされた時のように。
そうして、暗がりの中に長く見ていなかったはずの無名の司祭が現れるとともに、声が響いたのだ。
“プロトコルATRAHASIS実行補助システム:keyを削除しています”という、どこまでも無機質なシステムアナウンスが。
当然ながら、彼はすぐさま何が起きているのか探った。何が起きているのか探って、そうして理解できた事は3つ。
彼の身体は、その時にはもう彼の制御下を離れていた事。
実際にkeyのデータが削除されていっている事。
削除命令は王女を止めるために開いた接触回線を通って発されている事。
それはつまり、彼の肉体がkeyを殺しているという事に他ならなくて。
当然ながら、彼がそんなものを用意するわけがない。
そのような倒錯した所業は、間違いなく狂人の行うものだろう。
……まあ、彼もまた、別のベクトルで狂った存在であるのは間違いないのだが。
ともかく。とにかく。
だから、それが外部から仕込まれた物であるのは確定していた。何者かが悪意を持ってkeyを殺そうとしている、という事は。
いつの間にそんなプロセスが仕込まれたのか、そもそもどうやって仕込まれたのかは不明。それでもなんとか止めようと、対処しようとする彼を、しかし司祭らは嘲笑した。
すべて無意味であると。
この瞬間、この状況のために準備を重ねたのだ。打てる手など残していないと。
そうして、司祭らは嗤いながら続けたのだ。ネタバラシを。ゲラゲラと声を上げながら。
彼の見た事のない、抱いていたイメージからも外れた、けれども分かりやすいまでの喜色を浮かべて。
『依代計画。則ち、色彩に我々の傀儡たる肉体を与え、対価として旧き夜明けをもたらす』
『元よりお前は世界を一掃するための依代に過ぎなかったのだ』
『色彩の器。無色であるが故に極彩色を収められる伽藍堂』
『分化されし神聖を解体し、始まる前の世界へと回帰したところで行えるはやり直しのみ。全てを平らかにし、その地平へ改めて法を敷く方が確実』
『お前はそのための道具に過ぎない』
『──何を思い上がっていたのだ? 色を持たぬ魂などという欠陥品如きが』
『器は嚮導者に非ず。道具は人に非ず。我々の命令の下、色彩を解きて不純物を排除するのみ。お前の用途など、それ以外に何一つとして存在しない』
『ドクターなどと名を改め、
『これはその罰である。自らの手で鍵を破壊し、無色へと戻るがいい』
声が響く度に、彼の脳に──否、魂に情報が注ぎ込まれる。
彼は何であるのか。何が計画されていたのか。誰のせいでkeyが死ぬのか。その全てがまるで洪水のように流れ込んで。
そうして、彼は折れてしまったのだ。
無理もない。そも、鍵たる少女のみを柱に、
ただそれだけが、たったそれだけが彼を動かす一つだったのだ。
それが殺される、などと。
自身がDoctorなどという道化を生み出して、分不相応な望みを抱いたが故に死んでしまうなどと。
そんな事実を乗り越えられるほどの強さなど、彼は持ち合わせていなかった。
だから、折れた。
元より、keyのいない世界に彼は生きる意味を見出さない。ただ一人、救いを与えてくれた少女こそがkeyであったが故に。そんな彼にとって、目の前の現実は酷に過ぎた。
一度でも、救われてしまったからこそ。
そうして何もできず、刻々とkeyが死して行く様を焼き付けさせられて……Doctorと名乗っていた彼は、その魂から切除された。
後に残ったのは、無色に戻された魂と、色彩の器として改変されつつある自動人形と、未だ不完全ながらも顕現した色彩。
世界の命運は、定まりつつあった。
──知っていたはずだろう? 希望は絶望と同義で、期待は落胆と等価であると。
意識は沈む。
意識は溶ける。
自問自答の形をとる言葉は、しかし真に問いかけているわけではない。疑問に思っているわけではない。
それは、とうの昔に出ていた答えを浮き彫りにするためのものだからだ。
言い換えれば……それは自問自答ではなく、反語であると。そう言うべきなのだ。
──私の世界に、そんなものが一度でもあったか? そんな、人間らしいものが。
意識は回帰する。
かつての無色に。
成り損ないの人間と呼ばれていた、
──希望を抱かなければ絶望する事はない。期待しなければ落胆する事はない。いつかの日にそう答えを出したのは、誰だった?
あるいは、あるいは。
これは答えを浮き彫りにするための反語ですらなく。単なる自傷行為であるのかもしれない。
どこか幼稚な。身を焼く激情をどうにかするための。どうにかなってしまうための。
──自分にも何かあるんじゃないか、なんて。何かできるんじゃないか、なんて。……人になれるんじゃないか、なんて。それが思い上がりでなくて、何だと言うんだ?
意識は薄れる。
意識は潰える。
それそのものが、消失を望んでいるから。存在した事を悔いているから。
──ああ。人の夢でさえ儚い、なんて言われるんだ。人にさえ成れていなかった私がどうかなんて……問うまでもなかったはずだろう。
誕生は呪いであると、誰かが言った。
形を与え、生まれるということは「無限」が「有限」へと成り下がることだと、誰かが言った。
ならば、その反対は。
命を失うということは。死出の旅へと向かうことは。どう扱われるのだろうか。
──知っていたはずだろう? 深く実感したはずだったろう? あの子はとうの昔に
反語だ。
ただ自分を罰して、自分を殺すための反語だ。
答えなど、返すまでもない。
──そんなあの子を、救い返す? どこまでも無様だ。私が何をしなくとも、あの子は前へと進んで行けていた。それを止めたのは誰だ? あの子の可能性を潰えさせたのは誰だ? なあ?
そうして、色が消え去る。
消失を、自身の殺害を望んだ意識が。消え去る。
──お前など、この世に存在しなければよかったのだ。
その、刹那。
『ドクター!』
何かが、触れた。
時はしばし──時間の概念さえ曖昧な色彩にあってこの表現はいささか妙ではあるが──しばし遡り、先生と“お助けキャラ”を名乗る白磁の少女。
氷海という、本来ならば極地と表されるであろう光景の中にて。
少女からDoctorに関する一通りの話を話された先生は、唇を引き結ぶよう沈痛な表情を作っていた。
彼にとってDoctor、あるいはドクターと呼ばれる存在はそう大きな存在ではない。
初めて言葉を交わしたのが今朝の話で、それに関してもどちらかと言えば一方向的なものであったのだ。深い関係性が築かれるわけが無かった。
さらに、そこに加えての立ち居振る舞いの怪しさだ。
今でこそ“王女”を相手に共闘した事で払拭されているが、初見時に
それでも、疑うより信ずるのが彼の常であったし、何より先に述べたように王女を相手に共闘した事もある。
その際にkeyを心底大切に思っているのが垣間見えた事も思えば、ドクターという存在へ憐憫の情を抱くには十分すぎた。
そんなわけで黙する先生へと、しかし少女は続ける。
「以上が、これまでに起きた事象となります。そして、今より話す事がこれからの話となります」
「……これからの話?」
「ええ。既に過ぎ去った事象ではなく、未だ来ぬ先に関する話。必要でしょう?」
「…………」
はたして、その沈黙が指すものは何であるのか。
僅かに細められた瞳が意味することは、何であるのか。
「感傷に浸るのはご自由に。我に隔意を持つのも、どうぞご自由に。しかし、一つに拘泥していられるほど余裕がない事は事実。話を進めなければならないという事もまた。それはあなたにとっても同様でしょう?」
返答はやはりなく。
まばたきが一度だけ。切り替えるように。
「さて、既に一度述べましたが──色彩の器、依代はまだ完成していません。Doctorと名付けられた自動人形は依代として設計されたものではありませんから。故に、依代への最適化、改造がたった今行われている形となります」
「……依代は完成していないなら、どうして色彩は顕現しているの?」
「不完全でも構わないからと、降ろされたからです。とにかく一度色彩を招来させ、外部からの妨害を封殺する。その後、改めて依代を完成させ、色彩の降臨を完全なものとする。司祭らの立てた計画がそうであったという、そういう話ですね」
色彩を降ろす依代を完成させるために、不完全でも一度色彩を降臨させる。
文字に起こせば目的と手段の逆転にも映るが、ある種徹底された合理主義とも言えた。
問題があったとすれば、一つ。
不完全な顕現である以上、そこには干渉し得るだけの隙が残ってしまうという事。色彩について知っている者は当然、
もっとも、名もなき神の力は本来『似て非なる』と形容されるべきなのだが。
そういった厳密な部分を無視できるという点もまた、不完全な顕現ゆえの隙とも言えた。
「しかしながら、依代が完成してしまえば最後。対抗する術は限りなくゼロに近づくでしょう」
「そして、そうなれば世界は滅びると。それだけはなんとしても阻止しなくちゃダメなわけだね」
「是を。そして、方法はいくつかあります」
言って、指が3本立てられる。
「一つ、改造を止める。改造を行っている主体からDoctorの肉体を引きはがす、あるいは改造に用いられている名もなき神の力を打ち消す、など……アプローチはいくつかあるでしょう。が、この手は色彩の完全なる顕現を防ぐのみ。既に溢れ出てきている色彩そのものには無力です」
最悪を防げるには違いないが、逆に言えば最悪を防げるというだけの策だ。
不完全な顕現であれど色彩が既にDoctorの肉体へ降りている、という前提がある以上、次善と呼ぶほかないだろう。
「二つ、依代そのものを破壊する。こちらはより短絡的であり、しかし何よりも効果的な手となるでしょう」
依代が完成するより前に破壊すれば、当然ながら色彩の顕現は阻止できる。
加えて、既に降ろされている不完全な色彩もまた、依代が無ければ退散せざるを得ない。
今後に不安要素、懸念を残さないという側面から見ても、効果的と評せるだろう。
「ふむ。どうやら、これらは気に召さないようで」
「そう、だね」
先生の表情は、渋いままであった。
ドクターという存在に憐憫の情を抱いている以上は、そうなるのも自明ではあるのかもしれないが。
彼の内心を言葉にするのならば、そんなところだろうか。
甘さであり、美徳でもあった。
そんな彼を前に、少女は頬を歪める。
どこか艶やかに、そして皮肉気に。あるいは、堕落を誘う蛇のように。当然ながら、
「──では、最後の一つを」
立てられていた3本の指が一つになり、その向きを変える。
指さす先には、先生の姿が。
「切除され、色彩のどこかを漂っているであろうドクター。彼を再度Doctorの肉体へと収め、その主導権を取り返させる」
「……」
「彼の者が戻れば、依代の条件である『無色の魂』は満たされなくなります。ある種の問題の保存、色彩の依代たり得るドクターという不安要素を残すという事にはなりますが──これもまた一つの解となるでしょう。あるいは、あなたのような人間にとっては最良となるのやもしれませんが」
「……でも、keyは救えないんだよね?」
「確定した過去をどうにかする術など、我であっても持ちえないもの。それは望み過ぎというものでしょう」
返された言葉に、彼は顎に手を当てる。
死は救いである、という言説が存在することは理解しているが、決して賛同はしないのが先生という人間の在り方である。生かせるならば、生かしたいという思いはある。
しかし、それはエゴではないかと問われれば答えに窮するもの。その先に続く生が生き地獄になる可能性を思ってもなお躊躇いを覚えないほど、彼は狂気に囚われてはいない。
だから、やはり最良を語るならばkeyとドクターの両方を救うという事なのだろう。
再三にわたって否定され続けているそれを今なお考えているのは、彼の諦めが悪いということなのか、はたまた実感が湧いていなかったりするのか。
あるいは。
「でも、色彩っていうのは全てを呑み込む存在なんだよね?」
「なるほど、あれに内部の要素を消去するシステムが組み込まれていないことを思えば──そして、外部から観測した際に複数の事象が同時に内在している事となる、すなわち一種の猫箱へと近似できる事を思えば、keyの生存も希望を抱けるのやもしれません」
“しかしながら”、と言葉は続く。
「keyが消去されたのは色彩が招来するよりも以前。箱に入れられる前に猫の死が観測されている以上は、その論は通用しないでしょう」
「色彩が降ろされるより前にkeyが……死んだ、のは。確かなの?」
「……なるほど、延命の可能性。なるほど……いえ、だから。……。…………。ああ、つまり……そうならば、繋がり得る」
「えっと?」
「いえ、失礼しました。少々思う事があったので。それで、延命の可能性ですか。否定はできないでしょうね」
「──っ! じゃあ」
「そも、前言を撤回するようで悪いですが……不可能の証明とは往々にして困難であるもの。軽率に断言をするべきではありませんでした。その点については謝罪しましょう。──が、その確率がゼロへ近似できるほどに低いことも事実。その期待は落胆へと、ともすれば後悔にまで転じるかもしれませんよ?」
金の瞳は、見透かすように。
あるいは、釘を刺すように。
そもそもの話として、どう延命するのかという話がある。
人格をコピーしたデータとはいえ、あの場には司祭がいたのだ。それを前に名もなき神の力を使うのは困難だろう。加えて、延命の兆候が見えたのなら、司祭もドクターも何かしらの行動を起こしていたはずだ。
だから、その可能性は十分に低い。
白磁の彼女が否定をしなかったのは、それがいわゆる悪魔の証明と類似する問題だと判断したからだ。あり得なくもないのかもしれないが、それはあくまでもあり得なくもない、というだけ。
有り体に言えば、期待するだけ無駄。叶わぬ夢を見るぐらいなら、地に足をつけるべきという話だ。
そんな少女の忠告を前に、けれども先生の口元には弧が描かれる。
「けど、きっとそれが“生きる”ってことなんじゃないかな。だって、落胆するってことは、それだけ思い入れがあったってことだ。後悔するってことは、それだけ本気で挑んだってことだ。その想いがあるからこそ、私達は“次こそは”って前を向けるんだ」
「詭弁でしょう。世界には、その“次”を望めない事もあるのですから」
「かもしれない。でも、それでも私は可能性を諦めたくない。悔いのない一生は眩しく見えるかもしれないけれど……だって、私はそれがとても寒そうに思えるから」
「その選択を、あるいは未来永劫後悔することになったとしても?」
「それでも、だよ。たとえ自分自身を呪い、あるいは抹消したいとまで思うようになったとしても……やり直しというifへと縋ることになったとしても。這いつくばって赦しを請うような、そんな無様を晒すことになろうと。それでも、私は悔いのある人生を進みたい」
それは、先生という人間の在り方を表した言葉でもあった。
悪く言ってしまえば……彼は、青臭いのだ。青臭くて、そして泥臭い。
たとえ無意味であろうと、それどころか有害無益であったとしても、それでも理想を諦められない。希望を忘れられない。
無様かもしれない。愚かかもしれない。
ともすれば、煙たく思われもするだろう。理想論を棄てられないというのは、美徳以外にだって成り得るのだから。
でも、それでも可能性を探す。
どれだけ絶望的でも、誰もが救われるなんて絵空事だと言われても──それでも。
「だって、大人になるっていうのは……諦めを知る事じゃなくって、大切なものを守れる人になる事なんだから」
それでいいのだと。
折れて妥協する事を覚えるのが成熟だというのなら、そんな事はしなくていいのだと。決して、成長は苦しいものではないのだからと。
白磁の少女を前に、初めて笑みが浮かべられる。
普段通りの、生徒らにいつも見せているような。そんな、笑みが。
「ならば、我から言うことは何もないでしょう。確固たる世界観を持つ者へ影響を与えられるなんて、思い上がってもいませんから」
「あはは」
「我から伝えることは全て話しました。後をどうするかは、どうぞご自由に」
くるりと、少女が背を向ける。
真実、話すべき内容は全て話した後なのだろう。その背には、呆れや諦めのような負の感情が漂ってはいなかった。
あるいは、時間切れが近いのかもしれない。
氷海は、端の方から少しずつ、その像をぼやけさせつつあるのだから。
「──ねえ」
歩を進める少女。
その背に、声がかけられる。突然の事だった。あるいは、少しばかり脈絡がないとも。
けれども。
声は、かけられた。
「最後に、どこまで嘘が混ざっていたのかだけ。教えてほしいな」
ピタリ、と。
風が凪いだ。
先々週のデカグラマトン編の更新を受けて、拙作の設定を一部変更いたしました。
一番大きな変更としては、『マルクトは無限光三姉妹より後に目覚めた、意識を得たのは鋼鉄大陸である(=おそらくデカグラマトン編2章以前では活動していなかった)』という描写を基にしての、マルクト周りの設定です。
また、その対応で13話「時は流れ」の記述も変更しております。詳細は以下に示すとして、内容を要約しますと、本来マルクトはこんなタイミングで目覚めてないよ、活動なんてしてるわけないよ、って形になりました。
……あらら? とすると、今いるマルクトはいったい何なんでしょうかね?
以下変更箇所の詳細です。
デカグラマトン編第二章、炎の剣において早期から暗示されていた事ではあるが、原作開始より以前にマルクトは活動していた。
それは原作において描かれている姿とは異なる、いわばプロトタイプとでも形容すべき存在であったが、それでも活動自体はしていたのだ。その後に機能停止に陥る事態があっただけ。むしろ、預言者の中では初期も初期の存在であるとも言えるだろう。
加えて、彼女がある程度の自由を許されていたことも災いした。天路歴程の要であり、同時に人とは何かを理解せねばならない彼女は、外界を見て回る自由が与えられていたのだ。
そして、今。
Doctorとマルクトは遭遇していた。
Doctorの目の前に立つ、マルクトの存在であった。
本来、この時点で彼女は目覚めていない。ましてや外界での活動など絶対にしているはずがない。
──だが。彼女はこうして立っている。見て、聞いて、言葉を発している。
無論、その姿は原作において描かれていたものとは異なる。
言葉にするならば、プロトタイプと呼ぶべきか。今後出現するであろう預言者らの特徴を、そして神体として彼女自身が至るであろう姿の特徴を持っているが、全く同じというわけでもない。
そんな風貌であった。
そんな彼女が活動している事は、Doctorにとって青天の霹靂にも過ぎる事であり。
そして、今。
そんな両者は、氷海という極地にて遭遇していた。