いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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先へと、踏み出して

 

 

「ならば、我から言うことは何もないでしょう。確固たる世界観を持つ者へ影響を与えられるなんて、思い上がってもいませんから」

「あはは」

 

 くるりと、白磁の少女が背を向ける。

 真実、話すべき内容は全て話した後なのだろう。その背には、呆れや諦めのような負の感情が漂ってはいなかった。

 

 あるいは、時間切れが近いのかもしれない。

 氷海は、端の方から少しずつ、その像をぼやけさせつつあるのだから。

 

「……」

 

 遠ざかる背中。

 けぶるようにそれを隠すのは、薄く漂う白い煙だ。弱い風で巻き上げられた僅かな雪の起こす、真っ白な煙。穏やかな陽光を時折反射しては、ダイヤモンドダストのようにきらめいている。

 遠くに覗く海の深い青さとのコントラストは、美しくも柔らかく、それでいて自然の雄大さを思わせるもの。

 

 先生は、悩む。

 踏み込むか否か。踏み込むべきか否か。

 

 時間の問題もある。それを探って何になる、という問題も。優先順位は考えなければならない。

 だから。少しだけ、悩んで。

 

「──ねえ」

 

 振り返らない少女の背に、声が一つ。

 

 

「最後に、どこまで嘘が混ざっていたのかだけ。教えてほしいな」

 

 

 ピタリ、と。

 風が凪いだ。

 

「……」

 

 立ち止まった少女は、黙したまま。

 疑問を投げた彼もまた、それ以上の言葉は紡がずに。上空を流れる雲だけが動きを見せて、周囲を翳らせる。

 

 漂いつつあった穏やかな──あるいは晴れやかな──空気が冷え込んで、数秒。

 片目だけで見返すように、金の瞳が向けられる。

 

「何を言っているのか、理解ができない……と。そう返しておきましょう」

「そう難しい話でもないさ。だって君は、最初の頃に言っていたじゃないか。『色彩が何であるのかは知らない』、そして『依代計画の詳細はサルベージできなかった』って。──随分、詳しかったね?」

 

 色彩だけならば、まだ言い訳はできた。

 本質的な情報は知らないけれど、その性質については分析を重ねているから、といった形で説明ができるからだ。

 

 しかし、後者はいただけない。

 先生の言葉通りだ。詳細をサルベージできなかったと言うには詳しすぎた。あからさまに過ぎた。

 あるいはそれ以外の、先生が必要としているだろう情報を的確に共有できた事もかもしれないが。

 

 沈黙が満ちる。

 2、3秒、刺すような冷たさが通り過ぎて。少女の口が、開かれる。

 

「下手を打ってしまいましたか」

 

 声は、悪びれもせずに。

 ただ、失敗の反省をするだけの淡白さで。

 

 内容も含めて、誤解する事はない。それは紛れもなく、悪意を持った存在の──

 

「──いいや。そうじゃない。でしょ?」

「……今度こそ、何を言っているのか理解できないと返しましょう」

「君が誰でどういった人物なのか、私は知らない。けど、君はそんな初歩的なミスをするような性格じゃないと思う。むしろその真逆、相手を試して見定めるぐらいは平然とするタイプなんじゃないかな。それに……ドクターについて話すつもりだったのなら、詳細は分からないなんて最初に言う必要はないでしょ?」

「単に口が滑ってしまっただけ、という可能性もあるでしょう。あるいは、話が長引いて最初の設定を忘れたとでも」

 

 先生の口角が上がる。

 生徒らの前で見せるものとは違う、狡猾さを帯びた笑みだ。ある種、大人らしい笑みかもしれない。少なくとも、普段の先生からは離れていると言えるだろう。

 

 相手が特殊な存在であるからか、策のしかけ合いをしているからか、それとも色彩の内側という環境故か。

 原因に関しては、読み解けそうにない。

 

「うーん……私は、君は単なる嘘じゃなくて、私を試すための嘘を吐いたって言ってるんだけど。不思議な事を言うんだね? “U.N.Owen(正体不明)、あるいはEnigma()、あるいはJane Doe(名無し)。私が君をそう定義することは、むしろ益になる”……んじゃ、なかったっけ?」

 

 それは、少女自身が最初に口にしていた言葉。

 情報通を装いながら嘘を吐いた者と、相手を試すようあえて嘘を混ぜ込んだ者……どちらの方が正体を掴みづらいかは、論じるまでもないだろう。

 

 が、少女もまた反駁する。

 

「そちらこそ、異な事を言うものですね。なぜその時の我の言葉は信じられて、今の我の言葉は信じられないというのですか?」

 

 こちらもまた、論としては筋の通ったものである。

 例えるならば、狼少年の寓話が分かりやすいか。嘘吐きの言葉の信用性は、等しく低くなるものだ。どれか一つだけは信じられる、というのはバイアス以外の何物でもない。

 

 はたして、先生の返答は。

 

「直感」

「……直感」

「うん、直感」

 

 毒気を抜かれた。少女の顔にそう書かれていた。

 久々に吹いた風が、間抜けな音を立てて流れていった。

 

「この場所に来てから……君と出会ってから、妙な感覚がずっとあったんだ。初めてだった。これまでに経験のない事だった」

 

 随分と誤解を招きかねない言い回しであるが。

 それは当然、一目惚れをしたみたいな話ではない。

 

「“手遅れになるぞ”。“この機会を逃してはならない”。“急げ”。“急げ”。“急げ”。そして──“君は敵だ”。“君も私が手を伸ばすべき子どもだ”」

 

 昔の記憶を思い出した時、当時の感情も一緒に浮かんでくる事はないだろうか。

 先生に去来したのは、その感情だけの部分であった。何かを思い出したりはしていないのに、強い実感のある感情だけが去来していたのだ。

 

「だから私は、君について軽視しない事にした。何もかもを最上級に重く見る。そうしなければならないと感じたから。別に杞憂だったのならそれでいいんだ。後で馬鹿なことをしたなって笑えばいいんだから。──でも、そうじゃないと私は思った。だから、深読みさせてもらうよ」

 

 直感一割に、理論を九割。

 感覚を見つつ、理屈を考える。人間らしいとも言える在り方だった。

 

 あるいは、厄介な在り方とも。

 彼女のような理論を重視する手合いにとっては、特に。

 

 直感とは、理論を一足飛びに解答へと至るセンスを言うのだから。

 

「あなたはそう思うが故、あなたの世界ではそれが真実となる、と」

「さすがにそこまで凝り固まるつもりはないけれどね」

「大差ないでしょうに……少し前にも、似たような話を聞きましたね」

「……? えっと」

「いえ、こちらの話です」

 

 どこぞの黒ずくめとか。どこぞの廃ビルの屋上での会話とか。

 浮かんできたりはしていない。

 

「はぁ。まあ、いいでしょう。思っていた解答とは違いましたが、及第点ではあるでしょうし……何より猶予も残り僅か。ここまで来たのなら、これ以上白を切るのも無意味ですし」

 

 ごくりと鳴った唾の音は、彼の喉から。

 実のところ、この問いを投げずに別れるのも一つの手ではあったのだ。先生にとっては間違いなく。

 時間的な問題があるし、それを知って何になるという問題もある。あるいは、探った場所が龍の逆鱗となる可能性もあった。

 

 そも、現在進行形で生徒は危険に晒されているのだ。先生がこのような──ある種悠長な──選択を取るのは異様であるとすら言えよう。

 

 それでも踏み込んだのは、一連の少女の行動に彼女の利が見られなかったからであった。

 人間というのは、基本的に自身の利となる行動を取るものである。

 無論、全てがそうであるとは言えない。気まぐれをはじめとした例外が存在する事は間違いない。

 しかし、気まぐれで行動する者はもっと刹那的な、あるいは享楽的な気配を覗かせるものだ。彼女のような冷静さを持つものではない。

 

 ドクターに関する話をする。たった今起きた事について説明する。なるほど、先生にとってはありがたいものだろう。だが、彼女がそれらの情報を開示する理由が読めない。

 

 ──理由の分からない行動は、恐ろしい。どこに落とし穴があるか分からないから。

 

 はたして、先生はこうも疑い深い性格だっただろうか。

 彼女を前にその胸中へ浮かんだ感情は、どこから来たものだろうか。答えは分からない。先生には分からない。

 だからせめて、正しいと感じた事を選ぶ。選んだ。

 

 そうして、遂に謎に包まれた少女が、その理由(ワケ)を話す。

 

「我がこうしてあなたの前に現れ、お助けキャラなんて嘯きながら情報を渡した理由。それは──」

 

 続く言葉を、先生は聞き取れなかった。

 かき消されたのだ。

 

 バキン、と、ガラスの割れる音を数段酷くしたような音。

 同時に、氷海の景色が罅割れる。世界が砕けるなんて言うと随分と“アレ(厨二病)”な表現に思えるかもしれないが、二人の間の空間で起きている現象はそうとしか説明できなかった。

 

 そうして、空間の割れ目から何かが突き出る。

 何か。否、銃口だ。3銃身のガトリングガン。並ぶ銃口は三角形を描いている。次いで、それを保持するマニピュレータが現れる。そして最後に、空間を更に砕いて全貌が露わになる。

 

「状況確認。……シャーレの先生の安否を確認しました」

 

 パワードスーツを纏う金髪碧眼の少女、と言うべきだろうか。罅を貫いて現れた少女は、随分と物々しい容貌であった。

 誰かと通信しているらしく、彼女は先生を見て呟く。

 

 さらにもう一つ、人影が現れる。

 

「……部長、見えてる?」

『ええ、こちらでも確認しました』

 

 特徴的な服装をした、桃髪の少女。

 こちらも誰かと通信しているらしく、わずかにノイズの入った別の一人の声も聞こえた。

 そして最後に、ミレニアムの校章が刻印された機械兵がいくつも突入してくる。

 

 突然の展開、ではあるが。先生が目を白黒させている間にも、事態は進む。

 

『デカグラマトン第十の預言者──マルクト。この事態もあなたの差し金ですか?』

「明星ヒマリ、ですか。なるほど、あなたからすればそう映るのも無理はないのやもしれませんが、今回の一件に関しては我らは無関係。否を返しましょう」

『こうも怪しい動きをしていて、それを素直に信じられると? シャーレの先生へ何をしたんですか?』

「おっと。我は問いへと素直に答えたのですが……全てを識ると驕る者には言葉が通じないとは、皮肉が効いていますね」

 

 舌戦である。

 おそらく、何かしらの因縁があるのだろう。通信機を挟んで言葉を交わす二人──マルクトとヒマリという名であるらしい、というのを先生は今知った──は、それなり以上に険悪な雰囲気だった。

 

 と、そこで。

 少女らの乱入が決定だとなったのか、氷海が大きく音を立てて崩れて行く。

 

「どうやら時間切れのようで。それでは、我はこの辺りで退散させていただきます」

『逃げるのですか?』

「安い挑発ですね。質の悪さが透けて見えるようですよ。……失礼、あなたにはペラペラな挑発だと直接的に言った方が分かりやすかったですね」

 

 マルクトが、バックジャンプの要領で大きく距離を取る。

 着地点には、どこから現れたのか真っ白な工作船の姿が。

 

「最後に、先生。これは我も確認したわけではありません。故に不確実な言葉にはなりますが──預言を一つ、残しておきましょう」

 

 船が進む。否、沈む。

 少女が創り上げていた氷海を砕き、その奥にあった構造体を砕き、おそらく色彩なのであろう黒色の中へと。潜航する。

 

 

「観測者のいない森で木が倒れた時、音はするのか。転じて、記録からも記憶からも隠匿された事象は存在しうるのか。答えは、是です」

 

 

 “どうぞ、この言葉を忘れぬように”と、言葉は続けられて。

 そうして、白磁の少女は姿を消した。

 

 

──*──

 

 

「私がマルクトから聞いた話は、こんな感じかな」

 

 先生らは今、駆けていた。

 色彩の内側ではある。ただ、先生の見た例の黒色の中ではない。見覚えのない、何らかの構造体らしき場所を、だ。

 

 彼の視点における状況をまとめると、マルクトが退散した事で氷海の領域が消え去り、再び色彩の黒の中へと投げ出されるのかと思えば、どこか近未来的なこの場所に降り立った。

 突入してきたエイミとトキ、それに通信越しのヒマリとリオらとの自己紹介も束の間、足を止めていられる余裕はないという事で行動を開始した。

 そうして、移動しながら情報共有をしていた──というのが、大まかなあらましだ。

 

 

 

「それで、この廊下……というかこの構造体は何か、みんなは知っているの?」

 

 ちらりと、壁や床へと目を向ける先生。

 視線の先には、金属ともコンクリートとも、あるいは大理石とも言いようのない光沢を放つスノーホワイトが。足裏の感触だけでは材質の読めないような、不思議な物体であった。

 何らかの意味があるのか、壁や扉には黒のスリットが幾何的な直線を引いている。

 

 ──見る者が見れば分かるだろう。それらが無名の司祭らの拠点のうち、研究区画におけるデザインと同一である事を。

 

『詳細は分かっていないわ。先生の言う色彩の内側は、トキ達が突入した時点でこうだったから』

『補足しますと、エイミとトキが突入したのは外時間で5分前、色彩の顕現を確認してから10分後のことです』

「……体感ではあるけど、私はマルクトとの会話は30分以上はしていたと思う」

 

 リオとヒマリの言葉に返しながら、先生は思う。

 マルクトの言っていた時間の概念すら曖昧である、というのは事実であったらしい。しかし、現在はこうして彼女らと通信ができている、という事は──

 

『おそらく、色彩という不安定な存在の中に安定した領域が設計された。そう考えるべきでしょうね』

 

 マルクトの話の中にも、司祭らと色彩の関係性については情報がなかった。

 色彩の正体を掴んでいるのかもしれない、共存する術を持っているのかもしれない……そのぐらいの、曖昧な推測のみであった。

 

 そも、色彩そのものに関してもほとんど話されていないのだ。

 だから、彼にはこれが正常であるのか、あるいは焦る必要のある事態であるのかは判じられない。

 

 彼だけでなく、生徒らにもまた。

 それでも、こうも大規模な構造体を創り上げられる程度には干渉できるというのは──油断できるものではないのだろう。みな一様に、その表情は硬いものであった。

 

「ちなみになんだけど……リオやヒマリは名もなき神については詳しいって思ってもいい、のかな」

 

 自己紹介の際に、エイミとトキは主に実動部隊としての役割を担当しており、研究面はリオとヒマリが務めていると聞かされていたが故の、名指しの問い。

 

『人と比べた際の相対的な話をするのであれば、詳しいとは思う。けれど、絶対的な詳しさの話をするのなら……答えは否になるわ』

「そう、なんだね」

 

 少しばかり、意外さが滲んだ形で。先生の相槌。

 その視界に映るのは、彼自身の手首に通された黒色のブレスレットだ。装飾のない黒一色のそれは、ファッションを目的としたアクセサリーには似つかわしくない無骨さを漂わせている。

 

 当然ながら、先生の私物ではない。

 トキから配られたものである。──いわく、リオの設計した名もなき神の力を相殺する装置である、と。

 

 そんなわけで彼は彼女らが名もなき神に詳しいのかと思ったし、否定が返ってきた事に意外さを覚えたし……というのは余談であるとして。

 

『その装置も、性能としては“無いよりはまし”という程度。どうやら色彩のふかもレジストできているようだけれど……確実な安全を保障できるものではない。……最先端を謳うミレニアムの生徒会長として、申し訳ない限りだわ』

「いや、責めたりするつもりはないんだ」

 

 彼女の名誉のために補足しておくと、このデバイスは小型化・軽量化を第一に設計された代物だ。要塞都市として彼女の設計するエリドゥには──サイズも相応に大きくはあるが──もっと性能の高い装置が設置されている。

 効果量が落ちる事になろうと、戦闘の邪魔にならず、そしてどこにでも持ち出せる。そういった実利との兼ね合いの結果が性能の低下というだけで、彼女は相当に名もなき神の力を解しているのだ。

 

「……とりあえず、話を進めようか」

『そうね。そうしてもらえると助かるわ』

『私としても、話を進める事に異存はありません』

 

 咳払いを一つ。

 駆ける足は緩めず、思考だけを切り替えて。

 

「私たちのやるべきことはいくつかある。だよね?」

『はい。事態の解決は当然として、それ以外にもいくつか』

 

 まず一つ。

 事態の解決。

 依代の完成阻止、および既に顕現した分の色彩の撃退。ヒマリの口にしていた通り、これは当然に行なわねばならない。

 

 

 次に一つ。

 離れ離れとなった生徒たちとの合流、および救助。すなわち、C&Cとゲーム開発部の面々だ。

 特に、ゲーム開発部はエージェント集団などではない。可能な限り急ぐ必要があるだろう。

 

 

 そして──

 

「key、ドクターの二人を救ける」

『……先生。王女の侍女たる鍵、そしてDoctorなる存在については、私達の方でも裏取りできましたが。その……』

 

 続く言葉は、マルクトの言葉を信用しすぎない方がいい、だろうか。

 先生の脳裡に、氷海にて舌戦を交わしていた二人の姿が浮かぶ。

 

「そうだね。ヒマリにとって、マルクトは信用に足る存在じゃないのかもしれない。全てを鵜呑みにするべきじゃないってのは私も思ってる。だけど……それでも、可能性を模索することは諦めたくないって、私は思うんだ」

『それは……いえ、そうですね。最初から諦めるのではなく、せめて可能性があるかぐらいは確認するべきですしね』

 

 やはり、彼の主義は変わらない。揺らがない。

 その内側に、確固たる世界を有しているからこそ。

 

「だからどうか、私に力を貸してほしい」

『ふふ、ええ。そういう事でしたら、この超天才清楚系病弱美少女の力をお貸ししましょう』

「私も、特に異存はないかな」

『……私も、構わないわ』

「……リオ様の仰せのままに」

 

 ヒマリとエイミに続いて、同意を返した二人。

 そこにある僅かな間が指すものは、果たして。

 

 と、その時の事であった。

 先頭を行くAMASに続いて曲がり角を曲がったエイミが、声を出す。

 

「っと、ちょうど着いたみたい。先生、私達の前には出ないようにしてね」

 

 そう言いながら、エイミは銃を構える。

 トキもまた、既に臨戦態勢であった。

 

 構造体内部を駆けていた一同であるが、当然ながらそこには目的地があった。

 それが、ここ。座標的に言えば、構造体の中心付近。高校の教室を一回り大きくした程度の開けた領域。距離があってもなお聞こえるような、激しい戦闘音が響いていた場所である。

 

「これ、は……」

 

 少しだけ、圧倒されたような声。はたして、誰の口からこぼれたものか。

 

 銃声が鳴る。

 

 やはりと言うべきか、そこでは戦闘が繰り広げられていた。

 二つ分の影による、激しい接近戦だ。

 

 ……本当にそれは、戦闘なのだろうか? 凄腕のエージェント集団だと先生の認識していた少女らが、息も絶え絶えに壁へもたれかかっている様を。そして接近戦でなお一人の少女が押し切れていない様を見て。

 そんな疑問が、先生の内に浮かび上がる。

 

 ともすれば。蹂躙と抵抗。

 

 まばたきを一度挟んで、再度、彼は戦場を見る。

 

 一方は、ドクターと──正確にはDoctorの()体であると──思われる、黒い靄と赤い雷、そして捕食時のクリオネのような形態をしたDivi:sionに覆われた存在だ。

 そして、もう一方は。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!

「っ、まだだぁ!!」

「リーダー! それ以上は!」

 

 銃声が鳴る。銃声が鳴る。銃声が鳴る。

 絶え間なく。とめどなく。

 

 吼える声をかき消すように。

 赤に染まりつつある、その橙色をかき消すように。

 

 ──だが。

 

『エイミ!』

「分かってる、部長」

『トキ』

「イエス、マム」

 

 二つの影が駆ける。割り込む。

 趨勢の傾きを正すために。決着を防ぐために。

 

『先生──』

「この場から撤退して仕切り直す、だよね? 指揮は任せて」

『はい。よろしくお願いします』

 

 シッテムの箱を握る手に力を籠めながら、先生は思う。

 ここからが正念場だぞ、と。

 

 

 解決編が、いよいよ幕を開けつつあった。

 

 

 

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