「……え?」
色彩の内側。
引きずり込まれた依代を、そしていち早く駆け出したアリスを追いかけて黒色へと飛び込んだ先生は、気付けば見知らぬ場所に立っていた。
否。
彼は知っている。それがどこであるのか。その部屋自体は分からずとも、よく似たデザインの建物を何度も訪れているから。
「連邦、生徒会……?」
サンクトゥムタワーは連邦生徒会、その一室。
より詳細な名は──連邦生徒会長執務室。既に部屋の主が消えて久しいそこに、先生は立っていた。
室内の空気は、冷たく澄んでいる。
夜明け直後の早朝の空気、と言う感じではない。引っ越しで全ての荷物を運び出した後の翌朝、とでも喩えるべきだろう。どこかがらんとした、言いようのない寂寞を思わせる空気であった。
なぜこんな場所に自分はいるのか。
依代とアリスを追いかけて色彩に飛び込んだはずではなかったのか。
それとも、この場所が色彩の内側なのか。
思考を巡らせようとした先生の耳朶を、声が叩いた。
声に振り向けば、そこには人の影が。
一つは、彼も知るものだ。黒ずくめの、顔につけたペストマスクの白色だけがワンポイントになった相貌。ドクター、あるいはDoctorと呼ばれていた青年のものだ。
だが、もう一つは先生の見知らぬものであった。
いや、正確には“見知らぬ”と断言する事はできないのだろう。
壁一面の窓と、そこから差しこむ逆光を背にしているからである。故に、椅子に座るその誰かの詳細は先生には窺い知れない。
声の調子やピンクのインナーカラーと淡い水色の髪の様子から、それが女性、それも少女であることが読み取れる程度だ。
席に着く少女とドクターは、机を挟んで対面している。
ただし、ドクターは立ったままだ。正式な来客ではなかったのか、それとも何か事情があるのか、そもそも椅子の用意すらされていないようである。
その状態で、両者は言葉を交わしていた。否、少女だけが言の葉を紡いでいた。
黒ずくめの機人は黙したまま、静かに少女の言を聞いている。
位置関係の問題からだろうか。先生には、少女の言葉が途切れ途切れに聞こえる。
靄がかかるだとか、耳鳴りがするとかではなく……通信回線が悪い状況下での電話のように。聞き取れない部分があるのだ。
胸騒ぎ。どうしてか聞き取れない部分があることが良くないような気がして、彼は近付こうとする。
初めて聞くはずの、しかしいつかの日に聞いた気がする声。その主である少女の下へと。
その、瞬間。
──ですが、それでも。一度刻まれたものは、そう簡単には消えはしません
はっきりと、その言葉が響いた。
偶然だろう。だって、二人は先生に気付いた素振りを見せていない。けれども、タイミングとしては完璧であったそれに、先生は動きを止めて。
不意に、蘇る。
ガタンガタンと規則的に揺れる車両の一室。衣服に染みた赤色。左肩に垂らされた淡い水色の三つ編み。同じように目元の見えない誰かが、呼び掛ける。
『何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから』と。『大事なのは経験ではなく、選択』と。誰かが言う。
先生には分からない。
これが誰なのか。浮かんできたこの言葉をいつ聞いたのか。本当に聞いたのか。そもそも、今起きているこれが何なのか。
けれども。
けれども、だ。
聞えた声に、その足が動く。
半ば以上に無意識に。なぜかは分からずとも、とにかく動かなければならないと。手を伸ばさねばならない、と。
それはあるいは、マルクトと言葉を交わしていた時とも似た感覚であった。
感情だけが浮かび上がる。どこまでも強い実感を帯びた感情だけが、叫び声をあげる。
だから彼は、それに従って足を動かして。
──ええ。大きすぎる代償はありません。これが私の選択で、そして果たすべき責任です。
そんなわけがない、と。
子どもが責任を負わなければならない道理などないのだと。それは『大人』であり『先生』である自身が果たすべき義務であるのだと。
そう、言おうとして。
『──先生』
時が止まった。
微かに感じていた空気の流れ。ドクターの動き。何もかもが止まり……景色が急速に彩度を落とす。そうして白黒の二色だけになった世界で、誰かが呼び掛ける。
『これは、過去の幻影です』
声の色は、席に着いていた少女と──先ほどまで言葉を紡いでいた少女と似ている。ほとんど同質だと言っていいだろう。
違うのは、その聞こえ方。まるで耳元で囁かれているような、それでいて遠く彼方から叫ばれているような、そんな不思議な聞こえ方を先生はしていた。
『本来はこのような早いタイミングで起きるはずのなかった、あなたと色彩の接触。それによって引き起こされた誤作動が見せた、蜃気楼にすぎません』
はくはくと、先生は口を動かす。
思考を、感情を言葉にしようと。だというのに、それは一向に形にならない。陸に打ち上げられた魚が呼吸をできないように、どれだけ暴れようと宙を泳ぎはできないように……話すことができない。
『これもまた、隠匿された事象の一つです。いえ、より正確に言うならば──この契約もまた、私が隠匿した事象の一つです』
何か言わなければと。
彼は、必死に口を動かす。音とずれた呼吸だけが無意味に漏れる中で、それでもと。
言うべきことがあるのだ。
伝えたいことがあるのだ。
誰でもない彼女には──■■■■■■としてかつて共にいた彼女にだけは。
伝えなくては。何をかは思い出せずとも、もはやその記憶が遠く彼方に沈んでしまっていても。
大切な言葉が、あったはずなのだ。
幼き日の夜に窓越しに見上げた、橙色の街灯の眩しさのような。何かが。
『この短い間に、二人も言葉を交わすことになるなんて……まるで思ってもみませんでしたが。素直に、嬉しいと思います』
ああ、音にならない言葉のなんともどかしいことか。
澱のように積み上がる感情たちの、なんと重いものか。
吐き出せないそれらが、先生の胸の内を満たそうとする。
『大丈夫です。先生なら──私の信頼できる大人である、あなたなら。どうか、キヴォトスを、私たちの夢をのせた箱舟を──よろしく、お願いします』
彩度の消えた世界が、ついに描画さえ怪しくなる。
薄れて、ぼやけて、真っ白に戻り始める。
まるで、夢から醒める時のように。
その、刹那。
「待ってて!」
ただ一言だ。
たった一言だ。
それ以上は伝えられなかった。
きっといつか迎えに来るから、私は君のことを思い出してみせるから、だから……なんて。そんないくつもの想いは、けれども言葉にできなかった。
まるで足りない。
彼の中に渦巻く思いは、そんな一言じゃ、たったの4音じゃ表し切れない。
ああ、それでも。
言葉にできたというのは間違いのない事実で。だから、それだけでも十分だったのだろう。
『──っ、はい。待っています。いつまでも、いつまでも。どうか、完全にレールから外れたあなたの旅路に、世界に光の有らんことを』
その声を最後に、先生の意識は浮上する。
舞い戻るのだ。現世と幽世、彼岸と此岸の狭間から……偶然繋がってしまった場所から、彼のあるべき場所へ。
「……待ってて」
呟きは、先生だけの耳朶を打った。
全速力で進む。
駆けるように、泳ぐように。色彩の内側を、その流れに逆らうように。
「key!? これ、方向合っているのか!?」
「多分は! それ以外に手がかりもないですし!」
「若干投げやりになってないか!?」
急流だ。
雨上がりの川を上流へ向けて泳ぐような、そんなとてつもない抵抗を感じる。おそらく、色彩を降ろす楔となっていた依代が破壊されるか何かされたのだろう。
色彩がキヴォトスから退いていっているのだ。
「にしても、いくらなんでもとは思うが」
繋いだ手が無ければ、すぐにでもkeyとはぐれてしまいそうなぐらいには激しい流れだと思う。
まるで──俺とkeyがキヴォトスに戻るのを防がんとしているように感じてしまうぐらいには。
だから、一つ息を吐いて。
「上等だ」
口角を吊り上げる。
改めて、今度こそ見定めた覚悟と共に一歩を踏み出そうと言うのだ。試練、苦難はむしろ望むところだろうよ。
むしろそうでなくては、というものだ。
実に久しく、“テンションが上がる”というのを実感している。
「……ただ、まあ」
少し不安ではあるか。
「ドクター? ……!? ちょ、ドクター!?」
keyの手を引き、同時に足払い。
崩れた体を左腕で抱えるように支え、持ち上げる。右腕は膝の裏に。いわゆる姫抱き、お姫様抱っこ。
「落ち着け、舌を噛むぞ」
「いや落ち着けるわけなくないですか!?」
「とはいえ、今のスピードだと戻るより色彩が下がりきる方が早そうな気がしたんだ。仕方ないだろう」
「それってあなたの直感ですよね!?」
本当は、それだけではないのだが。
どうにももう一つ、最後にもう一波乱が待っているような気がする。
「……」
気配。
未だ色彩の黒色は晴れない中、見知った気配を感知する。場所は──ちょうど、進行方向。
「key」
「はい。これは……アリスの神秘です」
何故。そもそも何が起きているのか。
それらは分からないが……飛び込む。
はたして、そこには。
──アリス、それに先生とネル。モモイ、ミドリ、ユズは……意識が朦朧としている? ネルも少しふらついているな。で、あっちは依代か。随分派手に壊されてるな。
状況把握。
一歩、強く踏み込み、身体を押し出す。斜め上方向へ。
「あの、ドクター!?」
一瞬だけkeyを浮かせて、スイッチを切り替える。描く像を切り替える。今では馴染んだ姿へ。戦うための姿に。
総身に纏うはインバネスコート。顔に手を当てて、それを引く事でペストマスクを描き上げる。
「次」
右手を顔の横にまで引き、各指の間に棒状のソレを創る。名もなき神の力による、物質改変。素材は色彩の内側から無理やり引っ張ってくる。
完成。
後は、編み上げたそれを──飛ばす。
「
名もなき神の力の特徴は、事象の曖昧化にある。
俺の用意していた札の一つだ。
相当に無理のある技であるため、持続時間は一時間と短いが……逆に言えば、その間は作用範囲内の存在全てを固定させられる。
ただし、今回は色彩との衝突である故、存在を安定させる程度に終わるだろうが。
依代に降ろされた不完全な色彩ならともかく、本体の内側にまで入って来たからだろう。むしろ即座に
おそらくというか確実に原因は俺であるため、強くは言えないが。
着地。
正方形に展開した
突然現れた俺に目を白黒させる先生たちをしり目に、抱え直したkeyを今度こそ地面に降ろす。
そのままの流れで、左脚を軸に体を回転させれば──さっきまでkeyの足に添えていた右腕が、今度は硬質な何かと衝突した感覚が。
見ずとも分かる、依代だ。
黒に塗れた影が、叩き付けた腕に握る銃で追撃を放とうとする。が、それは想定した動きの中にある。
「遅い」
依代の腕に絡めるよう右腕を動かし、関節技のような形へ。半ば無理やりに銃を奪う。
随分と色彩に汚染されているようだが──
「
ネルガル。最古の
呼べば、銃身に纏わりつく黒が弾け飛んだ。露わになるは、顎を開きし死そのもの。
紅き燐光を漂わせ、規則的にそれを明滅させる……不吉でありながら美しくも映る銃。
「オーバーロード:
打ち放つ。
逡巡はない。依代は元は俺の肉体ではあったが、もうあれは手遅れだ。破損が酷いし、何より色彩に汚染され過ぎている。
故に。引き金を引く。
黒色でありながら輝く、矛盾そのものたる光を叩き込む。ガンマレイと言いながら放射線なんかとは全く別物のソレを。
……まだ生きている? いや、むしろ……なるほど。予定変更。
「そら、依代。プレゼントだ。これ、なんだと思う?」
生成するは、いわゆるトリモチ爆弾。ただし中身の配合はオリジナルだが。
keyと同様、俺も今は魂単体の存在となっているからだろう。名もなき神の力が使いやすくて仕方がない。ロスが低ければ、ここまで扱いやすくなるとは。
「──先生! keyから事のあらましは聞いた。随分と世話をかけたようだ、すまなかった。その上で、更にもう一度迷惑をかけるが……協力を願ってもかまわないか?」
正念場だ。
「来たか」
依代の復帰に合わせ、配置に付く。
班分けは合計三つ。とはいえ一つはkey一人であるため、班分けと言ってもいいのか怪しいが。
keyには、器の創造を頼んである。
つまり、あの子自身と俺の身体の設計だ。
今の俺とkeyは魂だけが浮いているような状態。色彩の内側であったり名もなき神の力で満たされた領域ならばともかく、通常の世界では存在を許されない。
だから、そのための肉体を創ってもらう。俺の扱いうる名もなき神の力には限りがあり、アリスでは精密な操作が難しいが故の配置だ。
必要なデータ──つまり、DoctorとAL-1Sの設計データだ──は渡してあり、なんなら既に取り掛かってもらっていたりする。とはいえ、とある理由から俺の身体は後に回してもらっているのだが。
次に、ゲーム開発部の4人。
こっちには現状の打破を頼んである。
まあ、率直に言うと……依代が破壊できなくなっていたのだ。
あれはもはや8割近くが依代として完成しており、言い換えると8割近くが色彩そのものとなっていた。だから、色彩に直接触れている現状では絶対にあれを壊せない。殺せない。
なぜならばあれを壊すことは色彩の8割を壊すことと同じだから。
ただ、依代は結局俺の肉体でもあるため、アレが残っている限り俺は別の身体へ乗り移れなくなっている……らしい。伝聞であるのは、keyから聞いた話だから。
そのkeyもとある人物? から聞いたようであるため、信憑性は怪しくはあるかもしれないが。
依代を残しておくのはいつかとんでもない事態に繋がりそうだし、どうにかできるのならどうにかしておきたい。
ので、不壊となった依代を壊す手を彼女らには考えてもらっているというわけだ。
正直、かなり不安であるというか……急に任せるのは申し訳ないという感情があるが。
同時に、彼女たちならば“なにか”をしてくれるのではないか、という予感もあったり。不思議な感覚だ。
人を頼る、というのも含めて。
で、まあ、最後の班は残りという事で。
「美甘ネル。相当消耗しているようだが、大丈夫か?」
「この程度、疲れにもなんねーよ。なあ、先生?」
「あはは、心強いね。言っておくけど、私も大丈夫だよ。ドクター」
俺、ネル、先生。
道連れを作ろうと暴れる依代を抑える班だ。
「なら、もう言うことはない。こっちが頼んでいる立場だしな。好きに動いてくれ、それに合わせてみせる」
誰かとの共闘、など。考えもしていなかったが……言っている通り、こちらが頼んでいる立場なんだ。それくらいはしてみせよう。
「──へぇ、言ってくれるじゃねえか。いいぜ、特に善意100%で言ってる辺りが」
「何か、気に障ったのか? それならば詫びるんだが……」
僅かな苛立ちと、高揚だろうか。
獣のように頬を吊り上げる少女。余計な事を口にしてしまったらしい。他人とのコミュニケーションはやはり難しいな。
「いや、いいぜ? あたしの動きはアンタに合わせられる程度だって言われても、そりゃ仕方のない程度のはたらきだったろうしな。これまでは。──だから、見てろ」
“テンションも上がってきたしな”と続けて……駆け出す。
先生も既にシッテムの箱を起動している。
「自分で言うのもあれだが……あたしは『勝利の象徴』だからな」
橙色が、瞬く。苛烈に、熾烈に、鮮烈に。
両に握る二丁のSMGは、その銘の通りに竜の顎のようにも。
「そういう事だったか……ならば、存分に見せてくれ」
名もなき神の力で新たに創造した、
銘を
まあ、なんだ。
俺も本来の戦闘スタイルは二丁の拳銃による速攻即殺だったという、それだけの話だ。ちなみに盾と拳銃のスタイルはkeyが好んでいたものだったりする。
「ネルガル。エレシュキガル。最古の神話、すなわち名もなき神からはじめに転じた死の神を以て──この因果も断ち切ろう」
踏み込み、踏み出し、二足目でトップスピードに。
ネルとは逆方向、左前側から依代へ急接近する。
「は、よく反応してくれて嬉しいよ」
やはり俺には過剰に反応する依代へ、容赦なく連射を叩き込む。
拳銃と言いはしたが、この二丁は正確には拳銃ではないし、なんなら実弾銃ですらない。エネルギーを食って弾丸を吐き出す、テーザー銃に近しい代物だ。
まあ、だから、現状では弾切れの概念が存在しないし、反動もなければ煙が立ったりもしない。
存分に味わうといい。
「……っ!」
右腕でのテレフォンパンチ。
おそらくリミッターを外しているのだろう、馬鹿みたいな速度だ。
だがまあ、それだけ。躱しさえすれば、むしろ隙となる。
「関節はどうにもできないだろう?」
伸びきった右腕を掴み、捻りながら──肘を砕く。
色彩に覆われてシルエットは分かりにくくなっているが、誰がその身体を設計したと思っているんだ。壊し方も含めて、熟知しているとも。
そうして飛び退けば、隙だらけの背中をネルが襲う。
「……この程度の破壊なら、通るのか」
一撃で全壊まで届いていたであろう銃撃は無効化され、関節技による破壊は通った。
条件は即死回避か、非接触による遠距離攻撃か。一度発動するとしばらく使えなくなる、という線もあるか。
ゲーム開発部に現状の打破を頼みはしたが、俺自身の手でケリを付けられるなら……
『なぜだ、なぜに抗う! 欠陥品ごときが!!』
波動。名もなき神の力だ。
それに、クリオネみたいなDivi:sionから響いた声。
「喋れたんだな、驚いた」
まあ、会話に応じるつもりはないが。
空中に生み出されようとしていた物体を消し飛ばす。
続けて、依代へと再度接近。Divi:sionへと集中的に銃撃を入れる。
再度、名もなき神の力。
逆に掌握して、手榴弾を構築する。
『──待て、お前、なぜその力を使えている』
「へえ」
思わず声が漏れる。
バレたか。いや、さすがに露骨すぎたか。
まあ、当然の話。
魂だけの状態になった俺が、名もなき神の力を使えるのは本来おかしなことだ。keyやアリスなら分かるし、Doctorという
「ごちゃごちゃうっせえんだよ!!」
『有り得な──f@:mk/、tgt5qkt!?』
ネルの銃撃が激しくなる。
どうやらそれで発話機能が壊れたらしく、声は途中からノイズに呑まれていった。嬉しい限りだ。
と──そのタイミングの事だった。
世界が書き換わった。
俺ではない。依代でもない。keyでもない。
つまり……アリスによる干渉だ。名もなき神々の王女ではない彼女でも、このぐらいの環境であれば本能的に書き換えができるらしい。
あるいは、keyの記憶を読んだと聞いたし、その辺りも影響しているのかもしれない。
黒色を染め上げるように現れるのは──緑色? いや、草原のドット、か?
草原のドット絵?
ちょっと待ってほしい。
何が起きたのか、その流れは想像できる。おそらく、俺やkeyが名もなき神の力を使って色々してるのを見て、アリスにもできないの? みたいな話になったんだろう。ちょっとした思い付きで。
で、やってみたらできそうで、じゃあ私たちでこの場所を書き換えちゃえばいいじゃん、となったんだろう。たしかに、それならば依代と色彩が直結した状態からは外せるから、依代の破壊は可能となるだろう。
その辺りは想像できるんだが。
ちょっと、待ってほしい。ゲーム開発部が世界を書き換えられるぐらいに確固たる世界観を共有していて、なおかつ草原のドットが出てくるのは……マズくないか?
瞬間、脳内に──俺に脳は今は存在しないはずだが──叩き込まれる、存在しない記憶。
Bボタンを押せと言いながらAボタンを押さねばゲームオーバーになるチュートリアル。
スライムが出てくるファンタジー世界のくせに、平気で敵が装備している銃。
“ごめんなさい、私は植物人間ですので、女性に対して気軽に声をかけることはできません”という不可解極まりない文章。
RPGゲームで扱いには複雑にもすぎる人間関係。
エトセトラにエトセトラ。
「なんっだ、これは!?」
ネルが叫ぶのが耳に入らないぐらいの、情報の濁流。というか暴流。
つまりは──クソゲーの評価をほしいままにする『テイルズ・サガ・クロニクル』が、それそのものが叩き込まれる。
「──っ、……、っ!」
待て、なんだこれは。
脳が理解を拒むとかじゃないんだが。頭が割れそうとか、その次元にないんだが。
『ltew@g1! ltew@g1!』
依代もとんでもなく苦しんでいるらしい。
そこら中に体当たりを行っているが……空間そのものがテイルズ・サガ・クロニクルの世界になっている以上、無駄だろう。
「……
俺も巻き込まれているが、好機なのは間違いない。
今のうちに依代を破壊しなければ……というか早いうちにこれを解除してもらわなければ。アリスのように別人格が生えてきかねない。
「オーバーロード:
くそ、照準がずれる。
外しこそしなかったが、直撃させられなかった。次を撃てるまで──刹那、光が。
「魔力充填、150パーセント! 光よ!!」
熱線と言うべきか。光線と言うべきか。あるいは、光そのものと言うべきか。
仄青い光条が、世界を眩く照らし上げる。
伴い引き起こされるは、膨大な熱による蹂躙。
音さえ消える刹那、無限にも等しいその一撃を以て──レールガンが、射線上の一切合切を消し飛ばす。文字通りに。
光の晴れたそこには、依代の姿は影も形も残っていなかった。
……なんと言うか、拍子抜けのような感じというか。終わり方が終わり方だから、どうにも実感が薄いが。
まあ、いいか。
「ドクター、これ!」
何とも言えない感覚に襲われていると、背後から何かが叩き付けられた。
馴染む感覚。つまり、
「ありがとう、key」
「どういたしまして! そんな事より早くここから抜けましょう!?」
……ああ、うん。
keyにも厳しいか、この環境は。
「みんな、撤退しよう!」
先生の声に従い、撤退が始まる。
とはいえ、たった今テイルズ・サガ・クロニクルが展開されているこの場所が出口……色彩とキヴォトスが接触しているちょうどその場所だから。
そこを蹴破れば、ミレニアムには戻ることができる。
色彩がキヴォトスから完全に退き切っていないかだけは心配だが──
「やった、帰れた!」
「ちょ、お姉ちゃん! 走らないで!」
「よ、よかった……」
「アリス、ミレニアムに帰ってきました!」
「よかった、先生たちも戻って来れたんだね」
「エイミ……心配かけたね、ごめん」
「リーダー、おかえり!」
「おう。そっちも大丈夫だったか?」
「はい、私たちは──」
夕焼けで赤く染まった空が、頭上に覗く。
流れ込むは、穏やかな空気。勢揃いした少女たちの会話が響く。
落日と言うと不吉にも思えるが、まあ。諸々を終えた後に見る景色としては、悪くないか。
「綺麗、ですね」
「……ああ。そうだな、key」
隣に立つkeyと、目を見合わせる。
赤みを帯びた菫色。彼女の瞳の色だ。
柔らかな風が流れて、繋いだ手の温かさを際立たせる。
こうして、俺たちはキヴォトスへと帰ってきたのだった。
これにて第一部完となります
また、復帰して早々申し訳ないのですが、ちょいとリアルの方でやっておきたい事なんかができたため、第二部のスタートまではまた1~2ヶ月ほど開くかと思われます。
どうぞよろしやすm(_ _)m