いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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 ある程度組み上がってた話はこれで打ち止めです。
 ですので、次話以降があるかは本当に未定です。続くんですかね?


これ、どうしたらいいんです?

 

 幾星霜を重ねた微睡から覚めて、一日。

 私は、今。

 

『ようやく気が付いたか……。無事に目を覚ましたようで何よりだ、君は運がいいな』

 

 王女(AL-1S)の視界越しに見える景色へ、頭を抱えていた。

 それはもう深く。両手で。もう蹲るぐらいに。

 

「いや、あの……えぇ? これ、どうすれば……?」

 

 全てが狂い始めたのは、目覚めた直後。王女の記憶(メモリ)が破損していたところからだった。

 何度セルフチェックを走らせても記憶領域に問題は検出できないため、原因不明としか言いようのないソレ。とはいえ、問題がその段階で止まってくれていればまだ良かった。

 

 プロトコルATRAHASISの実行には王女(AL-1S)の要請が必須であるとはいえ、それはどうにか彼女の記憶を取り戻しさえすれば達成できる。

 “名もなき神々の王女”として、世界を滅ぼす道具として生み出されたという使命は、忘れているだけなのだ。その記憶を戻せたのなら、後は何の問題もない。

 

 あるいは、諸々の自己修復さえ完了すれば、表層意識にまで出て行った王女とも内側から交信が取れるようになるはず。そうなれば、説得する事もまた。

 幸いと言うべきか、当初の設計よりもドクターがメモリや演算リソースに余裕を持たせてくれていたため、深層領域とはいえ(key)もまた支障なく活動できている。

 

 だから、時間さえかければ問題は解決できた。

 できたはずだったのだ。

 

 

 で き た は ず だ っ た の だ。

 

 

 テイルズ・サガ・クロニクルなる、あの思考プロセスに尋常でない負荷を与えるゲームサイバー兵器。あれが登場した事で、全ては過去の話となった。

 蓄積する膨大なエラーの山。潰しても潰しても無限に湧き続けるバグの群れ。挙句の果てに、王女の視界越しに観測している私自身にまで波及する思考汚染。

 

 おかげで何度『理解できない! 理解できない!!!』と叫ぶ羽目になったか。

 

 加えて、王女自身が何度もリブートを繰り返すせいでエラーの処理も上手く行かず……結果として、王女は“アリス”という新たな人格を形成するに至ってしまった。

 ……。いや、私にどうしろと。

 

 あくまでも私は王女の補助装置。彼女の行動を縛る事は難しい。

 なんなら、途中からは信号をカットしておかなければ私の思考プロセスまで汚染されそうになっていたし。本当に何なんです、アレ。

 名もなき神の遺物である私たちを想定した兵器だ、と言われた方がまだ納得できそうなんですけど。今の世界ってこんな代物が簡単に転がっている魔境なんですか……?

 

「……いい加減、現実逃避はやめましょうか」

 

 溜息を一つ、改めて思考を巡らせる。

 “何もかもが分からなくなりそうな時は、とにかく事実を見る事から始める”。ドクターもよく言っていた事だ。

 

 まず、プロトコルATRAHASISの実行はほとんど不可能。

 アリスなる人格が構築されてしまった以上、王女としてのはたらきを求めるのは難しいだろう。少なくとも、何かしらの大規模な手を打ってようやく可能性が芽生えるかもしれない……そんな状態だ。

 

 次に、休眠状態の間に蓄積した不具合や劣化について。

 こちらもあまり認めたくない事だが。ハード側、つまりはボディの修復は可能だが……ソフト側、思考プロセスをはじめとした諸々の修復は難しいだろう。

 それこそ、初期化のような強引な手法を取らねばまず不可能。それだって博打に近い暴挙だ。外部から修復してくれる存在がいない現状では、危険すぎてできたものじゃない。

 

 そして、最後に。王女、AL-1Sは変性してしまった。完全に、完膚なきまでに。

 メモリが欠けた事で一種のタブラ・ラサ(白紙の状態)となっていたところにあのクソゲーを食らったのだ、仕方ないと言えば仕方がないが。

 なんて、割り切ってしまえれば良かったのだが。これはさすがに致命的にも過ぎる。生み出された理由、課された使命を果たすには私だけでなく王女の力も必要なのだ。

 その王女がああなってしまっては、うん。どうしたらいいんだろうか。

 

 ……事実だけを見るようにしたら、むしろ心が折れてしまいそうになったんですが。ドクター、こういう時はどうすればいいんですか?

 え? 笑えばいいと思う? 何言ってんですか──って、私まで汚染されてませんか、コレ。

 

「はぁ。しかし、タブラ・ラサですか」

 

 分析の最中に出てきた言葉に、少しだけ頬を緩める。もちろん、物理的にではなく仮想的にではあるが。

 いつかの日に、ドクターと話したんだったか。

 

 懐かしい言葉だ。

 

 

 

──*──

 

 

 

『タブラ・ラサという言葉がある』

「……なんです? ドクター」

 

 私の各種機能の構築をしながら、突然にドクターはそう言った。

 いつもの事だが、本当に脈絡がないというか……藪から棒に、といった感じだ。

 

『生命は、誕生した直後は白紙の紙、あるいは何も書かれていない板のようなものであり──その後に積まれる経験によって知識や人格は形成されてゆく、という考えだ』

「はぁ」

『これはそれ以前に存在していた“生得観念”──つまりは、生命は生まれながらに宿す知識がある、という考えだな。それへの批判として唱えられた説だ』

「なるほど」

 

 とはいえ、この唐突さも今に始まった事ではない。

 もはや慣れたものだ。

 

『さて。この考えについて、お前はどう思う? key』

「どうと言われても……その通りなんじゃないでしょうか。特に反論は無いですし、少なくとも、私の接続できるデータベースに“生まれながらに宿す知識”に関する記述もありませんし」

 

 そう返せば、ドクターは“ふむ”と頷いた後、一つの疑問を提起した。

 

『ならば──“完全”という概念は、どのようにして生まれたのだろうか』

「完全、ですか?」

『ああ。タブラ・ラサが真実なのだとすれば、生命は経験した事のみを知識として収集できる、という事になる。つまり“完全性”を解するには、不完全であるものを経験する必要がある』

 

 “まあ、完全であるものを経験する事でもいいが……それは現実世界に存在し得ないからな”と、皮肉気な言葉は続けられる。

 

 なるほど。たしかにその通りだ。

 経験によって知識が象られると言うのならば、その知識にまつわる経験無しに知識を得る事はできない、という事でもある。

 

 つまり……明るさという概念を理解するには暗い状態や明るい状態を経験しなければならない、という事だ。

 

『さて、さて。では、考えてみようか。“完全”という概念の無い状態で、生命は不完全なものを見出す事ができるのかを』

「っ!」

 

 思わず、言葉に詰まる。

 白紙の状態であるのならば、世界はそのままにしか見えないはずだ。完全も不完全もなく、ただ“そうである”としか認識できないはずだ。

 

『そう、その通りだ。タブラ・ラサの原義に則るならば、“完全”という概念は存在し得ないはずだ。だがしかし、現実問題としてこの世界には“完全”という概念が存在している。さて、これはどういう事なんだろうな』

「……少し、待ってください。考えてみます」

『ああ。じっくりと考えるといい』

 

 考えてみる。

 まず、ドクターの論理展開に瑕疵はないか。

 

 前提条件は、タブラ・ラサが真実であるとする仮定。すなわち、誕生した直後の生命は白紙に等しい状態であり、経験によって知識を獲得する事ができるという考え。

 この仮定を真であるとするならば、私たちは経験し得ないモノを解する事は不可能となるはずである。

 そして、“完全”という概念は不完全な存在との比較によって生じるはずであり、その“不完全”という概念もまた完全な存在が無ければ誕生し得ないはずであり……。

 

 やはり、矛盾したループが発生するように思える。いわゆる『卵が先か鶏が先か』という論争にも似ているだろうか。

 

 そもそも、“完全”という概念は形而上学において語られる代物。

 よって、完全なモノは現実世界には存在し得ない。

 

 ……なんとも、答えに困る話だ。

 ドクターはよくこういった哲学的な問答を持ちかけてくるが、今回はその中でも特に難しいように思う。

 

 とはいえ、だ。

 

「難しい事、考えたくない事ほど──考えなければならない。ですよね?」

『そうとも。よく分かっているじゃないか。そも、哲学なんぞ所詮は“自分の中での”答えを出すための学問だ。考える事こそが最も肝要。極端な事を言ってしまえば、先人に倣う必要すらないわけだ』

「……それは、さすがに極端すぎるような気がしますけど」

『だから言ったろう? “極端な事を言ってしまえば”、とな』

 

 肩をすくめて、皮肉たっぷりに笑いを零すドクター。

 ひねくれていると言うべきか、冷笑的と言うべきか。それでいて、こういった哲学的な命題であっても解を出す事には真摯なのだから……なんともまあ、といった感じだ。

 

 そんなドクターとの問答を拒絶せずに受け入れいている時点で、私もまた、なのかもしれないけれども。

 …………。ぅん?

 

 あっ!

 

『ふむ。反応を見るに、何かしらの答えは出たか』

「一応は、ですけど」

『構わんさ。それがお前、keyの出した答えだというのならな』

 

 そう言って、ドクターは先を促す。

 僅かな静寂。いつだったか、“天使が通り過ぎる”なんて比喩を使ってこの人は表現していたか。

 

「えっと、今回の論点は……タブラ・ラサの原義において誕生しないように思える“完全”という概念はどうやって誕生したのか、という点でしたよね」

『ああ』

「完全なモノは現実世界にはあり得ず、よって経験する事もまたできず、しかし現実にその概念は存在している……こう並べると矛盾しているように見えますが。本当に、それは矛盾しているのでしょうか」

『ほう?』

 

 どうやら、私の切り口はドクターにも想定外だったらしい。

 少しだけ声音の高くなった相槌が返される。

 

「例えば、この世ならざる存在が関わっていたとすればどうでしょう。現実世界には存在し得ない非存在。形而上学でのみ語られるはずの虚像。それが“完全”という概念の誕生に関わっていたとすれば──この矛盾は解決できる。そうは思いませんか?」

『なるほどなるほど。そして、事実としてこの世界には()()が存在しているわけだ』

「はい。つまりは──」

 

 名もなき神々。

 あるいは、忘れられた神々の方かもしれないが。

 

 神秘に溢れた、神性を振り撒く存在たち。

 本来は形而上学で扱われるはずの、上位存在たちだ。

 

 それらとの関わり──それが単なる観測なのか、あるいは天啓のようなもっと深いものなのかは知らないが──によって、つまりはその経験によって“完全”という概念が生まれたとするならば。

 説明は可能なんじゃないだろうか。

 

 それこそ、私がドクターから様々な事を教えてもらっているのと同じような話だ。

 

『その観点は無かったな。いや、俺では持ちえない、と言うべきか。なかなか面白い切り口だ。そして論としても成り立っている』

 

 しきりに頷きながら、感心したように私の頭を撫でるドクター。

 仮想空間における触れ合いでしかなくとも、私が唯一私とドクターの実在性を確認できる瞬間だ。

 

 ……まあ、悪い気はしない。

 

「そういえば、ドクターはどう説明するんですか?」

『うん? ああ、“完全”という概念の誕生についてか』

 

 コクリと首を動かす事で、返答とする。

 ドクターが命題を提示して、私が答えて、そして最後にドクターの答えを聞く。いつもの流れだ。

 

『ある意味、俺の答えは邪道も邪道、ちゃぶ台返しにも等しい暴挙かもしれないがな』

 

 自分でも堪えられない、とばかりに笑いを零される。

 ……いったい、何を言い始めるつもりなのだろうか。

 

『まず、タブラ・ラサの原則が正しかったとして、だ。知識を得るための経験とは、一意に定められるものだろうか』

「経験、ですか?」

『ああ。一口に経験と言っても、そこには多様な形がある。例えば書を読む事。例えば人から口伝で聞く事。例えば身体を動かして体験する事。これらは形こそ異なるものの、経験と呼ぶべきものだ。だろう?』

「まあ、はい」

『となれば──思い付き、というのも一つの経験だとは思わないか?』

「…………」

 

 悪戯が成功したみたいにニヤッと笑うドクターに、思わず額を押さえる。

 

「えっと、つまり──」

『“完全”という概念の誕生は単なる偶然、誰かの思い付きだ、という論だ。それこそ、酒場で管を巻いてるような酔っ払いが適当に口走った結果かもしれんな』

「とんっでもない暴論じゃないですか!!」

 

 なんだろう。

 真面目に考えた私がバカみたいじゃないか?

 

『おう。だから言っただろ? “ちゃぶ台返しにも等しい暴挙かもしれない”って』

「いくらなんでも限度があるでしょう……」

『とはいえ、そう馬鹿にできる論でもない。例えば数の概念。例えば錬金術。延いては科学技術という一つの体系。これらの原点には、バカと紙一重な天才たちの思い付きがいくつもある。ならば、そう有り得ない話でもないだろう』

「……なんというか、詭弁で丸め込もうとされているような気がするんですけど」

『さてな。屁理屈だって突き通しさえできれば理屈になるんだ。詭弁もまた、だろうよ』

 

 はぁ。くはは、じゃないんですよ。

 またこの人はこうやって。

 

『ま、これで俺の持論にも説得力が出たろ?』

「他人の思想とは、究極的には毒である……でしたか」

『そうだ。ま、持論って言いながらも受け売りなんだがな』

 

 そこで一度言葉を切ると、正面から向き直るようにしてドクターは続きを語った。

 

『結局のところ、他人の思想ってのは毒だ。上手く煎じて、噛み砕いて──そうやって取り込められれば薬にもなり得るが、それができるだけの核がなければ呑み込まれてしまう。それこそ、他人の言うレールに乗る事しかできないような、自我の無い操り人形にだって成り果ててしまえるわけだ』

「……やけに、実感のあるような言い方ですね」

『さてな。ま、だから気を付けろよ、key。俺も好き勝手に色々言ってるが、これだって毒だ。何を取り込むか、何を弾くのか。ちゃんと自分で決めて、進んで行くんだ。それがきっと、“生きる”って事なんだからな』

「結局、いつもの結論ですか」

 

 言えば、またもやニヤリと口角を上げられる。

 けれども、その笑顔には希望のようなものが籠められているような気がして。

 

 私は──

 

 

 

──*──

 

 

 

『パンパカパーン、アリスが“仲間”として合流しました!』

 

 AL-1S……今はアリスと名乗る彼女の声で、追憶から思考が戻される。

 やはり、元の王女の人格など面影すら残っていない。数年ぶりに親戚の集まりへ出た時の気分ってこんな感じなのでしょうか……なんて、いつか読んだデータベースの記述を思い出してしまうほどだ。

 

「ってだから! 現実逃避してる場合じゃなくて!」

 

 ぶんぶんと首を振って、強制的に思考を戻す。

 外では、偽造された学生証を与えられたアリスが、次は武器を手に入れるために動き始めたらしい。何はともあれ、私も今後の方針を決めなければ。

 

 王女を取り戻す術を探る、自分一人ででもプロトコルATRAHASISを実行できないか試す、しばらくは身を潜めて情報収集と自己修復とに努める……選択肢はいくらでもある。

 いや。思考を止めない限り、選択肢はいくつでも作り上げられる。

 

 そう。今まで積み上げてきたものは、決して無駄になったりはしない。

 立ち止まらないかぎり、道は続くのですから。だから私は──

 

 

『──光よ!!!』

 

 

 ……。

 ッス──あの。

 

 いや、あの。

 …………。なんてもの渡してくれてるんですか!?!? レールガン!? 王女のスペックがあるからとはいえ、個人で取り回せるサイズのレールガン!?

 ちょ、待っ、王女! 考え直してください!! 危ないですから! そんな嬉々として振り回さないで! あなただけの身体じゃないんです!

 

 あ、あああぁ……。

 

 ドクターの積んでくれた補助システムも無意識に使ってるし……これ、ここから立て直すんですか? 私が?

 もしかして新手のいじめか何かですか???

 

 

 

 

 

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