いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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揺れる事。悩む事。考える事。

 

 王女──いえ、今はアリスという仮人格ですか。

 結局彼女はゲームで情操教育を終えてしまった。……自分で言っておいてアレですけど、それでいいんですかね。せめて育児用のゲームとかならともかく、絶対にあれ普通のゲームでしたよね。

 いや、しかし実際にアリスという人格は構築されているワケで……でもそれを言うなら元々の思考プロセスの性能が良かったのもあるでしょうし……。

 

 “アリス”に関しては例外として考えるべきでしょうね。

 

 ともかく、彼女はあのクソゲーサイバー兵器を起爆剤としてゲームに魅入られ、今では立派なゲーマーとなってしまった。

 どうやらこのままゲーム開発部に所属する流れでもあるらしい。

 

 さて、それでだ。

 いい加減に私も、今後の方針を決めねばならないでしょう。

 

 とりあえず候補としては、以前挙げていた『王女を取り戻せないか試す』『私一人でもプロトコルATRAHASISを実行できる術を模索する』『今しばらく息を潜めて機を窺う』などなど色々とあるが。

 

 

 まず一つ目、つまり『王女を取り戻せないか試す』について。

 最初はこれで行くつもりだったが、正直に言ってこれはもう不可能だろう。

 

 まず、単純に“アリス”という人格がそこそこの強度を持ってしまっている。

 ここから私が王女の記憶を復元できるようになるまで、あるいは表層意識にある彼女の人格へ語りかけられるようになるまで……その間にも彼女の人格強度が上がっていくだろう事を思えば、相当な無理筋だ。

 加えて、設計者がドクターとは違ったからか、元来の王女の自我は非常に希薄だった事もある。つまり、王女の人格を取り戻せたとしても“天童アリス”に食われてしまう可能性が高いのだ。

 

 あるいは、だからこそあのテイルズ・サガ・クロニクルサイバー兵器によって新たな人格が誕生したのかもしれないが。私もドクターとの対話が無ければ、もしかすれば同じようになっていたかもしれない。ゾッとしない話だ。

 ともかく。“名もなき神々の王女”を取り戻す事はほぼ不可能である、これは間違いないだろう。

 

 派生して、天童アリスを説得してプロトコルATRAHASISを実行する事もまた。勇者に憧れているのが見て取れる以上、反攻されるリスクすらあるかもしれない。

 ……あまり考えたくない可能性では、あるのだが。こうなってしまっては仕方ないだろう。

 

 

 次に、『私一人でもプロトコルATRAHASISを実行できる術を模索する』だが。

 こちらも、やはり難しいだろう。

 

 そもそもの話として、私はあくまでも“名もなき神々の王女”の補助装置だ。あるいは、いわゆるセーフティとしてしか設計されていないとも言える。

 とどのつまり、私にできる事はそう多くはないのだ。何らかの要因によってプロトコルATRAHASISが誤動作を起こした際にそれを止める事はできるが、自分から実行する権限は与えられていない。

 あれは、あくまでも名もなき神々の王女の要請があって初めて実行できる力だ。

 

 あるいは、王女が再起不能なまでに弱っていれば次点の私に権限が回される事もあるやもしれないが──それについては既に述べている。

 

 よって、この方策はドクターが要件定義からやり直してくれる、みたいな盤外戦術があってようやく達成できるかどうか。

 そして、既にドクターは。

 

 ドクター、は。

 

「考えたくないことほど考えろと、あなたは仰いました。でも、これは……考えたく、ないですよ。叶うのなら、ずっと目を逸らしていたいです」

 

 思わず、零れてしまった呟き。

 当然ながら、答える声は何も無い。ここには、私しかいないのだから。

 もう、私の頭を撫でてくれたあの人はいないのだから。

 

 私の記憶は、王女と異なって完全に保持できている。

 だから──だから、覚えているのだ。最期の瞬間を。名もなき神々がその勢力ごと完全に淘汰された、あの瞬間を。

 

「……あなたは、やっぱり残酷な方ですね。本当に」

 

 一度目を閉じて、首を振って。

 思考を、戻す。

 

 ともかく、私に選ぶ事ができるのは最後の一つ、すなわち『今しばらく息を潜めて機を窺う』以外にない。

 これも、もしかしたら結論の先延ばしなのかもしれないけれど。

 

 どこまでも純粋な幼子の姿を見て。

 無邪気に笑い、泣き、戸惑い、そして楽しむ……そんな天童アリスと、彼女と友情を結んだ忘れられた神々たちを見て。

 

 私は、思う。

 もし、私がこの使命を果たしたのなら。世界を滅ぼしたのならば。そうすれば、この光景は。あの幼子は。

 

 ドクターを喪った、私のように。

 きっと。

 

 ──ああ、ドクター。私は、どうすれば良いのですか?

 

「ねぇ……教えて、くださいよ。また、あの頃みたいに」

 

 

 

──*──

 

 

 

「なぜドクターは、私にこうも色々な事を教えようとするのですか?」

 

 前々から気になっていた事。

 それを聞いてみれば、ドクターは驚いたようにぱちくりとまばたきをした。どことなく、間の抜けた表情だ。

 

「ああ、いえ、別に嫌とかそういうのではありませんよ? ただ、純粋な興味としてですね──あの。どうして笑うんですか? ドクター」

『いや、なに。やけに早口で言い訳をするものだから……少し、な』

「ドクター、その生温い眼をやめてください。不快です。やめてくださいったらやめてください」

 

 わしゃわしゃと撫でてくる手に『うがー!』と両手を上げて威嚇すれば、すまんすまんと手を引かれる。

 まったく。時々、ドクターはこうして私を酷く子ども扱いしてくる。……これもまた、嫌と言うほどでもないのだが。なんとなく、気に食わない。

 

『それで、なぜ色々と余計な事を刷り込もうとするのか、だったか?』

「いや、余計な事とは言ってませんけど」

『ははは、それは嬉しい言葉だ』

「……もしかして、まだからかってます?」

『まさかまさか』

 

 大仰に肩を竦めてみせるドクター。

 ……はぁ。

 

『話を戻そうか。なぜkey、お前に色々な事を教えようとするのか。もっと言えば──なぜお前自身に物事を考えさせようとするのか』

 

 そう。それが、気になっていたのだ。

 私は、あくまでも“道具”として設計されている。道具に考える能力は不要、とまで極端な事を言うつもりはないが、それでも哲学的な思考をする必要性は無いだろう。

 

 さらに言えば、ドクターは『何を為すのかも含めて、自分で考えて決めるんだ』とまで言っているのだ。ここまで露骨であれば、疑問を持たない方がむしろ困難だろう。

 はたして、その答えは。

 

『とりあえず、合理的で納得しやすい答えと全くそうではない答え、二つ用意しているが……どちらがいい?』

「……どちらかしか選べないんですか? 普通に両方を聞いて答えを出したいんですけど」

『ふふっ、ならば仰せのままに、だ』

 

 目を細めて、ドクターは笑う。

 いつもより上機嫌だ。

 

『それじゃ、まずは納得しやすい答えの方から。こっちは単純に必要だから、だな』

「必要だから、ですか……?」

『ああ。そもそもの話として、AL-1Sとお前……“名もなき神々の王女”と“鍵”がなぜ創られるのか。それは知っているか?』

「いえ……それは私のアクセスできる範囲のデータベースには記されていないので」

『まあそうだろうな。では、なぜなのかは想像できるか?』

「少し、考えます」

『ああ、じっくり考えろ。いくらでも待ってやるさ』

 

 なぜ、私と王女が設計されているのか。

 いや、そもそも“何故世界を滅ぼすための存在を創っているのか”を考えるべきでしょうか。

 

 前提として、今のこの世界には『名もなき神々』と『忘れられた神々』が存在しており、互いを宿敵として戦争を起こしている。

 私やドクターは名もなき神々の陣営であり、元々この世界に君臨していたのも名もなき神々。

 その名もなき神々の勢力が、世界を滅ぼす機構の設計に踏み切った、という事は──。

 

「もしかして……既に、戦争は敗色が濃くなっている?」

 

 ドクターの口角が上がる。

 それは、つまり。

 

「私と王女は、忘れられた神々が世界に君臨するようになった時に、強制的に引き分けにまで持っていくための存在……」

『その通りだ。誰も口に出そうとはしていないが、既にこの戦争は終わりが見えている』

 

 “名もなき神々の淘汰、という形のな”と、言葉は続けられた。

 

『そもそもの由来からして、名もなき神々が忘れられた神々に取って代わられるのは必然だろうというのが俺の意見だが……話を戻そうか。お前とAL-1Sの役割は、世界の在り方が忘れられた神々の形へ変わった後にある。その世界に滅びを齎す事で無理矢理にでも敵の勝利を阻む、というのが狙いなわけだ』

「…………」

『故に、お前とAL-1Sには()()()()()()()()()()。道具としての、王女と鍵という簡便なものではあるがな。それでも、個別の名前を持たないのが基本である名もなき神々の勢力においては──とんでもない例外だ。全ては、名を持たぬ者が生きていられなくなった後にも可能性を繋ぐため。まったく、往生際が悪い事だ』

 

 ドクターは、話を続けている。

 きっと、重要な内容だ。一言一句聞き逃さず、記憶に刻み込んでおくべき事だ。

 

 なのに。

 私は。

 

 それが、まるで聞いていられなかった。

 思い付いた……思い付いて()()()()可能性が、頭を支配して離れなかった。

 

『これが、お前に色々な事を教えようとしている理由だ。忘れられた神々の世において、それでも相手の行動を読むには、まずは理解が重要となる。感情について、思考体系について、哲学について……これらを解せるならば、いずれ相対する事となる存在も理解できるようになる。だから──』

「ドクター」

 

 思わず。

 言葉を、遮ってしまう。

 

「名もなき神々が淘汰されるとして、ドクターは……」

 

 言葉が、抑えられない。

 思考プロセスのエラーが止まらずに、余計なモノを吐き出し続けている。

 

 なんだこれは。

 

「ドクターは、どうなってしまうんですか」

 

 なんなんだこれは。

 この、痛みは。まだ私に存在していないはずの痛覚信号は。

 

 なんなんだ。

 

『…………』

 

 答えはない。

 ただじっとりとした、嫌な沈黙だけが。天使が通り過ぎる、なんて表現は似つかわしくない。

 

 だって、ここに天使なんていない。

 こんな苦くて粘ついたものが、天使なわけがない。

 

 そうして、時間が経って。

 ようやく、ドクターは口を開いた。

 

 

『“その時”に、俺はいないだろう』

 

 

 重い言葉だ。

 重い言葉だった。

 

 光の届かない海の底のように。潰されてしまいそうなほどに。

 

 重い、言葉だった。

 

「そう、ですか。……そう、ですよね」

 

 思えば、当然の事だ。

 機械の身と、そうでない肉体。同じ時を生きていられるはずがない。

 

 いつかは、別れる事になる。

 そんなの、分かっていたはずだ。

 

 出会いがあるのなら、離別だってあるだろう。単純な、辞書にも載っているような事だ。

 

 ああ、だけれども。

 それならば──

 

「考える事なんて……考える力なんて。欲しく、なかった」

 

 口を突いて出たソレは、酷く醜い言葉で。

 ドクターに教えてもらった事柄の全てを否定するような、どこまでも自己愛に塗れたもので。

 

 それこそ、怒られて、失望されても仕方がない言葉だったのに。

 俯く私の頭には、優しい感触が。

 

『これは、“そうでない説明”にも関連する話なんだがな』

「ドクター……?」

『随分と昔に、初めて会った時のお前と似た奴を見た事があるんだ。無垢と言えば聞こえはいいが、結局は自我の無いような──そんな馬鹿な奴だったよ』

 

 初めて聞くほどの、これまでにない優しい声。

 温かくて、柔らかくて、包み込んでくれるような声。

 

「その、方は……?」

 

 聞けば、首をゆっくりと横に振られる。

 

『今思えば、本当に馬鹿な奴だったよ。どうしようもなく馬鹿で、その事にすら気付けないような……気付けないままに終わってしまうぐらいな。救いは、あったんだよ。きっとすぐそこに。それに終わってから気付くぐらいには、救いようがない馬鹿な奴だった』

 

 何かを振り切るみたいに、彼は目を閉じて。首を振って。

 しゃがみ込んで、目を合わせられる。

 

『だから、だな。俺はお前に“考えろ”って言うんだ』

「だから、ですか……?」

『ああ。迷惑な話だろうが、俺は勝手にkeyに希望を抱いてるんだ。本当の意味で白紙の状態に生まれた、そんなお前に』

 

 黒色の瞳。

 黒色でありながら、黒蝶真珠みたいにいくつもの色を揺らめかせる瞳。

 

『白紙の状態に生まれて、けれども自分を持って生きていけたのなら。お前が、そうやって生きてくれたのなら。単純に、あんな風になってほしくないって思いもあるけどな』

 

 優しい人だと思う。

 真っ直ぐな人だと思う。

 

 普段は斜に構えたように振る舞っているのに。

 いっそ、幼いまでに。

 

 綺麗な人なんだと。

 そう、思った。

 

「ドクターは……私に、生きてほしいんですね」

『ああ』

 

 返答は、やっぱり重い響きで。

 まるでいくつもの物が乗せられているかのように。

 

 

『俺は、お前に本当の意味で生きてほしい。生きて、考えて、抱いた願いを叶えて──そうやって、笑ってほしいんだ』

 

 

 本当に、残酷な人だ。

 自分が終わる事が分かっていて、それなのに残る私には考えるのを止めないでほしいだなんて。

 

 別れる事が分かっていて、それなのに深く関わろうとするだなんて。

 

 酷い人だ。

 残酷で、酷い人だ。

 

 ああ、けれども。

 

「分かり、ました。私は、生きます。考えて、考えて、考え続けながら……生きていきます」

『ありがとう。そして、ごめんな』

 

 どうか、謝らないでほしい。

 託されたとしても、願われたとしても──これは、私が考えて導いた結論なんだから。

 

 だから。

 悲しい顔をしないでくださいよ、ドクター。

 

 

 

──*──

 

 

 

『よし、行こっか! 今度こそ、G.Bibleを手に入れるために!』

 

 声に、深くまで追憶に沈んでいた思考が引き上げられる。

 えっと、何です? って、えぇ……。

 

 ログを漁れば、話の流れは“ゲーム開発部の廃部を逃れるためのゲーム作りのために、G.Bibleなる代物を求めて再度廃墟へと向かう”という事らしく。

 これは……どうしましょうか。

 

 接続できるようになったインターネットを漁れば、G.Bibleが何かは分かった。最高のゲームを作れる秘密の方法とやらが記された“ゲームの聖書”だとか。

 残されたログから復元もできた。……中身は、大した事は書いていないようだが。

 

 ともかく。

 このG.Bibleが廃墟にあるのかと問われれば、首を傾げざるを得ない。あるかもしれないが、ないかもしれない。そんな具合だ。

 つまり、わざわざ廃墟へ潜るリスクに釣り合っていない。

 

 というかインターネット経由でハッキングでもすればすぐに渡してやる事もできる。

 が……問題は、それをすれば私の存在が露見してしまう可能性が高い点。判断を保留している現状でそれは望ましくない。

 

 それに、どうにもきな臭い気配もしている。

 何者かまではまだ割り出せていないが、私──というか王女、つまりはアリスを探っている存在が複数いるらしいのだ。となれば、目立つ行動はできない。

 

 加えて、廃墟であれば王女の記憶が刺激される可能性もある。

 揺れている自覚はあるが……この使命だって、ドクターが私にくれたものだ。そう簡単に捨てる事なんてできない。

 

 きっと、あの人ならどんな答えを出したとしても肯定してくれるのだろうけれど。

 

 それはそれ、というヤツだ。

 私がまだ納得できそうにないのだから。悩む事、考える事。それこそがあの人の望みなのだし。

 

 ある意味、意趣返しのようになった結論に息を漏らして。顔を上げる。

 “天童アリス”の視界越しに映る空は、遠く青かった。

 

 

 

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