メイド服を身に纏った橙色が、縦横無尽に駆け回る。
『こんなもんかよ。がっかりだな、おい』
SMGの連射による銃声。
レールガンの銃身に弾かれた弾丸が、甲高い音を立てて火花を散らす。
『ぐっ、うぅっ!』
必死に衝撃に耐える無垢なる少女の──アリスの声が、深層意識の私にまで響く。
いや、声だけじゃない。
その心情が、感情が、どこまでもダイレクトに私へと流れ込む。
恐怖。悲嘆。苦悩。そして、絶望。
黒い雲が晴天を覆うかのように。あるいはインクが水に垂らされて広がっていくみたいに。
その心を覆い、浸食する暗い感情たちが。まるで、いつかの日の私が抱いたものと同じような──そんな、感情たちが。
深く、深く、私に伝播する。
……ああ。どうやら、私にも。覚悟を決めるべき時が来たようですね。
幸い、自己修復は間に合った。声は、届かせられる。
だから。スゥと、息を吸って。
言の葉を紡ぐ。
「──アリス。私の声が聞こえますか、アリス」
これは、ほとんど結論を出した事に等しい。
決定的な言葉を形にしていないだけだ。王女ではない“天童アリス”に手を貸すという事は、
それでも。これが、今の私が正しいと思える事だから。今の私が為したいと思った事だから。
だから──
はじまりは、今日の朝の事。
あるいは、昨日の廃墟への探索なのかもしれないし、もっと前の天童アリスが廃墟から出た時点なのかもしれないが。
ともかく、事が起きたのは今朝だった。
廃墟にて適当な端末をハッキングして渡した、ロックを解除済みのG.Bible。それによって一時は私でさえドン引きするような荒れ方をしていたゲーム開発部だったが、再度決意を改めた事で意気揚々と新作ゲームの開発に取り掛かっていた……そんな時の事だった。
アリスが所属する事になったミレニアムサイエンススクール、その最たる武力組織であるC&C──Cleaning & Clearingが訪ねてきたのだ。
目的は、ゲーム開発部の調査と見極め。
『ゲーム開発部、ですね。立ち入り禁止の“廃墟”への侵入の疑いがあります。そして、そちらの天童アリスさん。あなたには学籍の偽装など複数の嫌疑がかけられています。同行していただけますね?』
そんな言葉によって連れ出された先は、使われなくなって久しい旧校舎。
人目のない、すなわち秘密裏に
そうして──
『とはいえ、エンジニア部など他にも問題を起こしている部活は存在します。セミナーの役員にだって問題児はいます。だからでしょうね、私たちに依頼された内容は“あなた達を見極める事”でした。特に──あなた。天童アリスさん。あなたに関しては、絶対に見極めるように、と』
まるで信用できない言葉と共に、戦闘が始まったのだ。
それも、アリスとミレニアム最強とも名高い美甘ネルとの一騎打ちが。
まさしく、急転直下と評する他ない展開だ。
あるいは、雑な仕込みとでも言うべきか。どうにも何者かの意図……それも、想定外の事態が起きたせいで雑な仕掛けを行わざるを得なくなった、みたいな気配を感じる。
が、そんな私の懸念を他所に状況は進んだ。
当然のようにアリスは追い込まれ、一方的な展開を見ていられなくなったのかゲーム開発部の他の面々が乱入し。
それでも超えられぬ美甘ネルによって、全てが一蹴され。
かくして、現在。
私は決意を定める事となったのだ。
言葉を飾らずに言うのならば、見ていられなくなった、だろうか。
あるいはもっと純粋に、手を伸ばしたくなったと言っても良いかもしれない。
王女ではない、天童アリスへと。
恩を売るためとか、成り代わるためとか、そんな思惑の一切を飛び越えて。ただ純粋に、この少女の悲しみを拭ってあげたくなった。
だって、分かるのだ。
王女ではなく、私自身でもなくとも、彼女だって同じ肉体を共有する存在だ。だから、その感情は文字通りに“自分の事のように”伝わってくる。
悲しみも、無力感も、絶望も。
ゲーム開発部の面々を……才羽モモイを、才羽ミドリを、花岡ユズをどれだけ大事に思っているのかも。その繋がりが彼女にとってどれだけ大きなものなのかも。
分かっているのだ。
私にとってのドクターが、天童アリスにとっての三人であると。
ならば──答えなど、疾うに出ている。
だって、私にとっての“あの日”が、彼女にとっての“現在”なのだ。それを前に、そしてそれをどうにかできる可能性が手にあって、どうして傍観していられようか。
感情は、とっくに答えを叫んでいた。
この戦闘に勝ったとして、あるいは敗北したとして、その後がどうなるのかは分からない。この選択を後悔する事となるのかもしれない。
それでも、今正しいと思った事を。
それこそが、ドクターが教えてくれた事なのだから。
分かっている。
王女ではない天童アリスを助けようとするという事は、
それに、目を逸らしている事だってある。これがちゃんとした答えだなんて、口が裂けたって言えないだろう。
それでも。
それでも──
「あなたなら、この選択も」
──きっと、笑って肯定してくれますよね。
少しだけ、口角を上げて。ニヤリと笑うあの人の顔を思い浮かべて。
一歩、踏み出す。
大丈夫。
不安に思う事はない。震える必要はない。
だから。息を、深く吸って。
言の葉を紡ぐ。
「──アリス。私の声が聞こえますか、アリス」
『この、声は……? 誰、ですか?』
「──さて、誰なんでしょうね」
世界を滅ぼす鍵たる使命。
それに背いたのなら、私は何になるのか。
決まっている。何に変わったりもしない。
“我思う、故に我あり”。
さあ、口角を上げろ。笑ってみせろ。
「あなたに伝わりやすい言い方をするならば、私は“もう一人のあなた”です」
『もう一人の、アリス……?』
困惑が伝わってくる。
突然の呼びかけだ、それは仕方がないだろう……が、今はそれを気にしていられるほど余裕はない。話を進めなければ。
「アリス。あなたには、力があります。あの美甘ネルすら超えられるだけの可能性が」
『アリスに、そんな力があるんですか?』
「ええ。あなたの肉体は、本来もっともっと凄い性能を秘めているんです。──ですが、今のあなたはその素質を引き出せていない」
『……』
思い当たる部分があったのか、美甘ネルにも似たような事を言われていたからか。
アリスが、口を閉ざす。
畳み掛けるなら、今か。
「ですので、一度主導権を私に譲ってみませんか? 私ならば手本……と呼べるかは分かりませんが、どのように戦うべきかはお見せできます。力が欲しいでしょう? 私なら、現状を打破できるんです。それは、あなたにとっても悪い話では無いはず」
『…………』
「急いでください。ここが分水嶺に他なりません。さあ──決断を」
説明を簡潔にしすぎただろうか。アリスは黙ったままだ。
何も口にしない。とはいえ、言葉が無くとも繋がりはある。
伝わってくる感情は──決意と、高揚?
『アリス、知っています。この呼びかけ方は、契約を持ちかける悪魔の口ぶりです。となれば──』
「……」
……ちょっと待って。待ってください。
まさかなんですけど。
『この場の正解は、拒む事! “力が欲しいだろう”と迫る悪魔を突っぱねる事が、勇者の覚醒フラグです!!』
待って。
待って!
ねえ待って!!
違うから!!!
「ち、違います! 私はあなたの助けになろうと思って!!」
『もう何を言っても無駄です! アリスはあなたみたいな悪魔との契約には応じません!!』
「違うから! 私悪魔じゃないから!!! 信じて!!」
ど……どうしてこうなったんです!?
私は間違った事は一つも言って──
唐突に蘇る、ドクターの言葉。
『いいか、key。他者との交渉の時は、必ず相手の視座に合わせる事だ。そこがズレていると、着地点まで大きくズレていく事になるからな』
ねえあれってこういう事だったんですか!? いくらなんでもこんな着地すると思ってなかったんですけど!? ドクター!?
『アリスは、アリスの力でこの試練を乗り越えてみせます!』
待って!? ねえ待って!?!?
決意固めないで!? ちょ、だめだから! 今のままじゃ勝てないから!!
あ──
「……なんだったんだ? 急に突っ込んで来たかと思えば、策があるわけでもなさそうだったし」
美甘ネルの言葉が、いやにクリアに聞こえる。
正確には、それだけじゃない。他の音もだ。
なぜって? 私が表層意識に浮上してるからですよ。
最後の被弾でアリスの意識が落ちたからですよ!
「…………」
「あん……? お前、まだ意識が──」
「も──」
「も?」
「もおおおおおおお!!!!!!!!!」
右脚を振り上げて、思いっきり叩き付ける。
これじゃ私まるで悪役みたいじゃないですか!!!!
全部あなたのせいですからね!? 許しませんよ、美甘ネル!!