スゥ、と息を吸って、深く吐く。
熱を帯びた思考を冷まし、現実へと焦点を合わせるために。
損傷率。9%。
数字としては低いが、これが80%を超えればまともに動けなくなる事を思えば……決して馬鹿にできない数値だ。
損傷箇所は被弾部位と右脚。
これは……さっきの地団駄踏み込みで出力を誤ったのが原因か。とはいえ、アレのおかげで美甘ネルは離れたし、他の面々も固まっている。
功罪相半ばす、といったところか。
まあ、問題は無い。
再度一つ、深呼吸。体内の空気を全て入れ替えるように。
今回は、さっきのとは目的が違う。不必要な動作で、必要不可欠なルーティンだ。
つまりは──戦闘を始めるための、意識の切り替え。
チリ、と肌を焼くような感覚は、センサーの反応か、はたまた単なる錯覚か。
随分と久々の情報量だ。いや、初めてと言っても過言ではないか。
肌を撫ぜる空気。瞳を通る光の極彩。聴覚を刺激する無数の振動。全てが、身震いするほどに濃密。
何かを察知したように、美甘ネルが構えるのが見えた。
口角を、上げる。
思い起こすは、旧い記憶。“必要となる可能性がある”とドクターが行ってくれた戦闘訓練の記録。王女ならばともかく、私にそれが必要になる事は無いだろうと思っていたが……何が起きるか分からないものだ。
感謝しますよ、ドクター。
『強み、というのが多岐に細分化されるのは間違いない。が、
「なるほど」
『さて──では、key。お前はどちらに属するタイプだと思う?』
「万能型、でしょうね。私はプロトコルATRAHASISという特異な権能を持っていますが、それ以外に特殊能力があるわけではありません。そのプロトコルATRAHASISも戦闘に転用するならば汎用性を強調する事となるでしょうし──何より、私には高度な分析機能があります」
『良い自己分析だ。では、ここからは対応力を伸ばす事を第一に考えろ』
無数の武器、数多の環境でシミュレーションを行った。
とはいえ、さすがにレールガンは使った事が無いが……十分だろう。ドクターの教えは、私の中に息衝いている。
──来る。
踏み込みからの接近。C&Cがコールサイン00、美甘ネル。
“約束された勝利”と呼ばれるに恥じぬ、凄まじい迅さだ。
が。見失う程じゃない。
「……っ!」
引き金を二回。左右へ振るように。
相手が眼を見開いたのは、進路を絞られたからか──
『頭脳戦なども含め、どういった分野の戦闘であろうと、勝ち方というのは一つの言葉に圧縮できる。“相手のやりたい事を封じ、自身のやりたい事を極限まで押し付ける”。これが全てだ』
「相手の強みを封殺し、自身の強みを押し付ける、という事ですね」
『いや、それだけじゃない』
「……? と、言いますと?」
『“やりたい事”とは強みを押し付ける事に限定されない。例えば弱点をカバーする、周辺環境を自身に合うように整える、何らかの条件を達成するために時間を稼ぐ、相手の弱点を突く、あるいは相手に弱点を作り上げる……最後のについては人質なんかが主になるが。ともかく、これら全てが“やりたい事”と成り得るわけだ』
「つまり、それらを包括的に鑑みて、その上で相手の狙いを読み──」
『──それをさせない。加えて自身の“やりたい事”だけを達成して押し付ける。それができれば、あらゆる戦闘で勝利する事ができるだろう。……まあ、理論上の話であり、実行する事は困難なんだがな』
相手、美甘ネルのこの場での“やりたい事”。
距離を詰め、接近戦に引き摺り込む事。近接戦闘に自信がある上、彼女の
搦め手の気配も皆無である事を思えば、この結論は間違っていないはず。
そして……これまでに見た機動力からして、美甘ネルの“やりたい事”を封じるにはある程度のダメージを与える必要がある。
故に。
「なんッ……!?」
踏み込み、ゼロ距離にまで間合いを詰め──捌く。
内側から裏拳を当てて弾き、銃口を外に逸らす。驚きながらも即座にストックを叩き付けようとしてくるのは流石だが、生憎、徒手での戦闘も訓練済みだ。加えて不意を突いた今ならば、数秒程度は余裕で凌げる。
一秒。
理解が追い付いたのか、動きが切り替わる。
二秒。
踏み込み。体勢、筋肉の動きからしてバックステップ。私の狙いを読んだか、SMGの得意距離まで下がるつもりか。
三秒。
させはしない。裏拳で捌くばかりだった手、その片方で腕を掴み、同時に足払い。
四秒。
フリーになった右腕のSMGの銃口が向けられる。崩れた姿勢でも照準がブレていないのは流石だが。
「チェック。一手、遅かったですね」
「──ッ! クソがッ!!」
五秒。
放り投げたレールガンが落着。基本重量で140kg、鈍器として十分な質量だ。が、それだけで収まらない。
『奇襲、不意打ち……これらの戦術は戦力差がある場面では悪手になると言われている。そのまま正面から押し潰す方が効果的だからだ。が、それはそのまま、戦力差が大きくないならばそれらが有効な手となる事も意味している。特に、こういった手は乱戦に持ち込みやすい。対応力を伸ばした者にとっては都合のいい、な』
「加えて、相手の呼吸を乱せられれば“やりたい事”を封じる事にも繋がる……なるほど」
『分かってきたな。戦況がイーブン以下、つまり相手側に傾きつつある時なんかには特に有効になる。無理矢理にでも五分の盤面に引き戻せるからな。想定外の手、というのはそれだけの効果がある』
「逆に、私も常に想定外の手には気を張っておかなければならない、ですか」
『その通り。戦闘で勝率が100%になる事はあり得ない。警戒を忘れないようにな』
どうやら、あなたは警戒を忘れていたようですね。美甘ネル。
ほぼゼロ距離。銃口と密着するレベルの間合いにて。
放り投げている間にチャージを完了させたレールガンから、蒼白なる光が溢れる。
爆圧による自傷ダメージは気にしないでいい。
ミレニアムの制服へと外見は変化しているが──私が今身に付けているのは、ドクターが最後に持たせてくれた装束。防御力は折り紙付きだ。
「──
直撃。
が、まだ終わらない。
徹底的に詰める。“一度掴んだ流れは絶対に手放さない”、鉄則だ。
煙で視界が制限されているが、私には関係ない。
それ以外のセンサーで、常に盤面は把握し続けている。
踏み込み、飛び込み。
『武器に限らず、道具の用途とは一つに絞られるものではない。掃除用の箒だって槍の代替として使えるし、衣服だって包帯の代わりにはなる』
「そこらの瓦礫であっても、投げつければ攪乱には使えますしね」
『いい着眼点だ。極論、戦場にある全ての物は戦闘に使えてしまえる。これに関しては発想力の勝負だ』
「中々、困りそうですね……あまり選択肢が多いと、演算が間に合うかどうか」
『そうでもない。先んじて想定しておけばいいだけだし、この会話だってその一環だ。いいか、引き出しの多さというのはそれだけで圧力になり得る。選択肢は広く、発想力は深く、だ。きっとkeyならできるだろうからな』
──振り、抜く。
「が……っは」
武器の使い方は一つではない。
アリスもやっていたが──これだけのサイズと重さなのだ。戦杖としても十分すぎる性能がある。
故に、ブチ当てて振り抜く。
人を打ったにしては軽く、しかししっかりと重い感触。煙をかき分け、小さな影が飛ぶ。
「照準、合わせました」
まだ終わらせない。
追撃として、引き金を数度絞る。チャージはしていないが、それでもレールガンの攻撃だ。十分に効くだろう。
「痛っ──てェなあオイ! バカスカ撃ちやがってよォ!!」
声は、着地と同時に。
両腕まで使って沈み込むように力を溜め、小柄な身体が飛び出てくる。
低い姿勢と迅さ。
キレが落ちていない……どころか、むしろ上がっている? 追い込まれるとギアが上がるタイプか。
厄介な。
バックステップで距離を取りながら、引き金を再度引く。
動きを狭め、進路を縛り──今。
「──ッ、どうしたよ! こんなモンか!? おい!!」
「なっ……!?」
回避せず、防御もせず、正面から飛び込み──なおも声を上げる
速度が落ちていないっ! 無理矢理に距離を詰めるつもり!?
一手遅れる。先とは真逆の状況。迫りくる脅威に、危機感知システムががなり立てる。
だけど……ドクターの対応力も、同じぐらいに怖かった!
「──ふっ」
レールガンの強みを出すには近すぎる距離。一秒もない内に敵の
故に──動きを予測し、銃身を叩き付ける。
「そいつはもう見たってェの!」
一瞬だけ速度を緩められ、回避される。空振り。
美甘ネルが、叫びながら頬を吊り上げる。
──が。
想定通りだ。
同じく口角を上げて、叩き付ける腕に更に力を加える。
結果、地面にはひび割れが生じ……
「なっ──!?」
反動で宙へ跳び上がった私に驚いたのか。声が耳朶を叩く。
それでも追いかけようと踏み込んでいるのは流石だが。
「させるとでも?」
腕力だけで叩き付けたレールガンを引っ張り上げ、クルリと。空中で姿勢を入れ換え、そして再度銃身を叩き付ける。
雑すぎる扱いではある。その頑丈性とナノマシンによる自己修復システムの拡大適用、これらがなければ、そろそろ故障してもおかしくないだろう。
とどのつまり、問題はない。
打ち抜いたのではなく叩き付けたからか、相手の動きが鈍る。
──好機。
「
レールガンをチャージし、通常よりも太い光線を撃ち放つ。光が視界を麻痺させる。
失敗。ギリギリで直撃を回避されたか。
崩れる地面。先よりも濃い土煙が立ち込める。
「はぁ、はぁ……」
煙が晴れれば、かなりの距離を取った位置に美甘ネルの姿が。
レールガンの弾速であっても、回避を間に合わせられるだろう。本当に厄介な機動力だ。
「随分と動きが変わったじゃねえか……どういうタネだ?」
声が飛ばされる。
疑問。疑念。
まあ、当然のものだろう。何せ、実際に
隠しても無駄だろうと、私自身大して隠そうとしてないのもある。
故に、その疑いは当然の帰結だろうが……答える必要があるかと問われれば否でしかない。
徹底的に合理的に。交渉だとか揺さぶりのためならばともかく、そうでもない会話になど応じてやる意義はない。戦闘中に無駄な言葉を交わすのはフィクションの世界で十分だ。
それに、傾き始めた天秤を停滞などさせてやるものか。
更に、ただひたすらに加速させるのみ。
「
チャージ、そして引き金を引く。
ただし、銃口を向けるのは上方向。撃ち抜くは天井。単純な射撃が躱されると予想できるなら、そうではない攻撃を行えばいい。
たとえば──崩落した天井による瓦礫の雨、とか。
「チィッ!」
顔をしかめながら、美甘ネルは回避を選択。
未だ衰えが見えないどころかキレの増しつつある身のこなしで、無数の瓦礫を躱していく。
……何回クリーンヒットを叩き込んだと思ってるんですか。いい加減鈍ってきてほしいんですけど。
まあ、やる事に変わりはないのだが。
引き金を複数回。
瓦礫を避ける動きに合わせて、叩き込む。本来なら瓦礫の命中で動きの止まった瞬間を狙う予定だったため、当初の予定ほどは当てられなかったが。
それでも、十分な命中数。これまでのも含めれば、フルチャージを2発、通常状態を8発分だ。加えて銃身による殴打なども加えている事を考えれば、そろそろ解れが見え始める頃合いだろう。
と、そのタイミングで。
いよいよ、その小柄な影が傾く。グラリとした動きは、足の力が抜けたようにも、あるいは意識が断裂したようにも。
来た。
好機──
「ようやく見せたな。隙を」
ぞわり。
「マズ──」
視認する世界が減速する。極限の集中状態。
その、中で。橙色の影が動く。
脱力からの加速。姿が消える。無駄の削ぎ落とされた、圧倒的な速度。
視認は不可能。センサーで追うしか……想定よりも、数段疾い。
まさか、これまで隠していた……!?
いや、それよりも。
このままだと。
「捉えたぜ」
声は、背後。
マズルフラッシュが瞬く。
衝撃。
「──くっ!」
漏れる息を噛み殺す。
装束越しだった事もあり、損害は軽微。想定外の被弾で浮きかけた足に力を入れ直し、踏み込んで──振り、抜く!
「距離を取らせよう、ってか? 甘えな」
「は……?」
振り抜いたレールガンの銃身、その上へ空いた右手を着いて、美甘ネルが迫る。
……
なら、その手に握られていた二丁の片方は。
「──ッ!?」
結び付けられたチェーンによって円運動を描いたSMGが、ヌンチャクのように視界外から襲い来る。
咄嗟に回避したが、元がレールガンを振り抜いた後の不安定な状態だ。完全に体勢が崩れる。
そして、そんな私の視線の先で。
パシ、と音を立ててその右手に美甘ネルの愛銃が収まり。
「チェック、だったか? 一手遅れたな」
二つ分の顎から放たれたマズルフラッシュが、視界を焼き焦がす。
連続する銃声と、撃ち込まれる弾丸の痛み。
だけど──
「舐めないでください。フルチャージ──
こうなれば、被弾上等だ。
真正面からカウンターを叩き込む。フルチャージの一撃。堪らず回避した美甘ネルが、再度踏み込む。
なら。
「その呼吸を乱す」
「……ッ!?」
震脚。地面を揺らす。
選択肢は広く、発想力は深く、そして引き出しは多く。それが私の強みだ。まだまだ手札は尽きていない。
踏み込んだ地面が揺れた事で、美甘ネルの動きが鈍る。
一拍の猶予。ならば、もう一つ。
「電力供給。リチャージ」
レールガンにも適用した、ナノマシンによる自己修復システム。それをさらに発展させ、私自身から電力を
一手遅れたと言うのならば、その分早めればいい。
追いつきましたよ、美甘ネル──!
「面白れぇ!!」
「フル、チャージ!」
牙を剥いて迫る相手へと、レールガンの照準を合わせる。
まだだ。これ以上は粘らせない。この一撃で終わらせる。そのために、必中必殺の瞬間を待つ。
過集中によるものか、世界がスローモーションに彩度を落とす。
まだ。
まだ……。
まだ──!
「今!
引き金を絞る、刹那。
光が瞬いた。
だがそれは、私の持つレールガンの銃口からでもなく、ましてや双銃を構える美甘ネルの側でもなく。
右方向、遠く離れた建物の屋上。
「対象捕捉。照準、合わせた。穿て──ラーグレン」
撃ち放たれたソレ。レールガンにも似た、しかし確実に異なる光の塊が着弾する。
私の放ったレールガンの光条も、美甘ネルの放ったSMGの無数の銃弾も──
「なんッ、だ!?」
「……っ!」
二人揃って、隙を見せる事すら気にもできずに眼を向ける。
真昼の明るさの中、ぽつんと打たれた点のように立つ黒い影へと。不気味な、あるいは不吉な……それでいて、どうしてか
「迷うな。悩む事はあれど、それが決めた事ならば、な」
「──っ!?」
声が、聞こえた気がした。何かを言われたと。
けれども、戸惑う私を余所に、その人影は屋上から飛び降りて姿を晦ませていく。
私にできるのは、血相を変えて飛び出していったC&Cすら気にもできず、ただ呆然と考える事だけであった。
「今、のは……いったい?」
何か、無視できないようなナニカが起きている。
そんな予感だけが、渦巻いていた。