いつか人となるあなたへ、祝福を   作:RH−

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 無情に、しかして慈悲深く。前に前にと進み続けてきた時計の針は、ひとたび巻き戻る。
 過去へ、過去へ。はじまりの時へ。

 ──彼と彼女が出逢った、その瞬間へ。


第0章 終わりに挟まれた最中で
はじまりの変化


 いわゆる転生、というものを。

 したらしい。

 

 首元を触りながら思う。

 

 視界に映るのは、全くもって見覚えのない石造りの床と壁。

 いわゆる土色とでも形容するべき色合いの、遺跡的とでも表現するべき光景。

 

 考古学は話の種として齧っていた程度のため、単に浅学なだけの可能性はあるが……少なくとも、自身の知る限りにおいては存在しない系統のデザイン。

 

「…………」

 

 手の平を見下ろす。

 前世において見慣れた、成人男性のものと分かる手。脚の長さもまた同様に。

 

「あるいは、転移とやらを疑うべきやもだが」

 

 呟いて、思考を形にしてみる。

 生憎、死んだ記憶は明瞭に残っている。そして、その後の記憶も。植え付けられただけである可能性は考えない。それが自分の設定ならば、それに従って振る舞うべきだろうから。

 故に、転移なるものではない。

 

「……」

 

 何度触れども、首には痕も何も残っていない。

 

 転生(てんせい)……本来の読みを語るならば転生(てんしょう)か。とは、違うのだろう。赤子として産まれているわけではない。しかし、死の記憶はある。その後の真っ暗闇を漂っていた記憶もまた。

 言うなれば、次の朝に眠りから起きた、あるいは瞬きをして目を開いた、とでも。一瞬の断絶はあれど、全ては地続きのままでしかない。

 

 なんとも、形容し難い状態。

 

「まあ、いいか」

 

 どうでも。どうであろうとも。

 

 呟いて、思考を放り捨てる。

 死んでもなお変わらなかったのだ。この程度、些事に他ならないだろう。

 

 転移であろうと、転生であろうと、それ以外の何かであろうと。結局のところは、何も。

 

 あるいは、あの鬱陶しかったサブカル好きの同僚であれば喜び勇んで何かしたのかもしれないが。

 生憎の話。そんな熱意など、一度として持ち合わせた事もない。

 

 大講義室、ともすれば講堂ほどの広さの薄暗い部屋で。舞台のように盛り上がった中央に腰を下ろして。何も考えずに、壁にかけられた篝火を見上げる。ゆらゆらと揺れる、それを。

 わざわざ前世の事を思い出そうとは思わない。思い出せるほどの事がない、というのもあるが──まあ、一番は浮かんでくる記憶など碌なものでないからだ。

 

 たとえ後ろ向きであろうと、進んで嫌な気分になろうなんて積極性があれば、こうはなっていない。

 だからこそ、なのだろうが。

 

 このまま飢えか渇きか、それ以外の何かで死ぬというのならば、それもまた一つだろう。誰かに救われるというのならば、それもまた。恩を返すために生きてみればいい。

 どちらに転ぼうと、それで。

 

 

 

 そうして、どれだけの時が経ったろうか。

 数時間かもしれないし、数十時間かもしれないし──あるいは、数日かもしれない。

 

 予想に反して飢えも渇きも訪れず、それ故に曖昧になった時間感覚の果てに、変化は訪れた。

 するすると布の擦れる音と、微かな足音。聞き取れない話し声。どこか焦ったような気配。

 

 そして。

 音を立てて、正面の扉が開かれる。

 

「……ああ。なるほど」

 

 開かれて、理解する。

 

 薄暗くも篝火に照らされている室内とは異なり、一切の明かりのないらしい道。

 黒々とした口のようにさえ映るそこから、いくつかの人影が進み出る。

 

 縁となる僅かな部分のみが金に染められた、白一色の装束。顔には仮面。袖口から覗く両の手は、あるいは彫像のような無機質な白色。

 前世のキリスト教における修道士などとは異なる、それでいて宗教色を読み取れる容貌。

 

 工業製品みたくそれで統一された影が、正面に並ぶ。

 

 篝火による頼りない逆光。

 ちろちろと揺れる姿が、白に黒に橙にと色合いを変える。僅かに俯く顔は仮面すら影に沈み込ませ、実在性すら曖昧に。

 

「──ようこそ。名を問おうか、新たなる同胞よ」

 

 あの同僚の言うところの、異世界転生。サブカルチャー、殊にライトノベルで溢れているらしいそれ。

 それが、今の状況らしい。

 

 無銘の司祭たちが、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 ブルーアーカイブ、というゲームがあった。

 分類としてはソーシャルゲーム、スマホを媒体にした娯楽用のアプリケーション。同僚にしつこく薦められてやってみただけだから、人気度だとか売り上げだとか、そういった諸々は知らない。

 ストーリーとしては、キヴォトスという筑波のとは似ても似つかない学園都市において、赴任してきた“先生”なる人物が起こる問題を解決していく……という形。いわゆる美少女ゲーと呼ばれる類のゲームだった。

 

 正直、物語に関しては色々と突っ込みどころはあった。

 メキシコやブラジルなど比にならない、それこそ中東の紛争地域レベルかと疑うような──とはいえ流石に中東には行った事がないが──治安の悪さであったり、高校生が国家(自治区)を運営している事であったり。

 プレイヤーの依代である先生の行動にも、教職に就く者としてそれはどうなんだと思う事はあった。

 

 ただまあ、全体としての総評を下すのであれば……面白い作品ではあったのだろうと思う。

 何がどう、と聞かれると答えには詰まるが。少なくとも、そんな自分でもメインストーリーを相当量読むほどだったのだから。おそらくだが、死にさえしなければ全て読み切っていただろうと断言できる程度には読み込んでいたのだから。

 

 

 話を戻そう。

 

 そんなブルーアーカイブにおいて、いわゆる敵対勢力として登場していたのが“無名の司祭”なる一団だ。

 といっても実際に先生(主人公)の前に現れたわけではなく、作中においては駆逐された後の存在として描かれていたのだが。

 

 装束だけでなく顔を隠す仮面から指の先まで、全身余すところなく白一色で覆われた不審者たち。忘れられた神々とも呼ばれていた生徒たちを滅ぼさんとする、名もなき神なる神性を信仰する者たち。

 まあ、名前からして神話が生まれる以前と以後、神なる信仰先へ名前が付けられるその前後における対立関係なのだろう。

 

 日本的な思考ではあるが、名前というのは重要だ。

 いわゆる、『名は体を表す』。そう在れかしと名を付けたのなら、そう在るようになる。その性質に漸近する。物でも、そして人でも。

 

 その名前が与えられる以前、いわば漠然とした自然信仰とでもいうべき勢力が名もなき神の側で、忘れられた神々はそれ以降、名前が付けられた事で体系化された神話の流れに身を置く存在。

 

 結論としては、そんなところか。

 

「まあ、だからなんだという話か」

 

 宗教戦争になど、善悪は生まれ得ないだろう。

 そもそも“戦争”である時点で、だが。

 

 世界の状況をはじめとした種々の説明の後、無名の司祭に案内された居住区の一室にて。ソファに腰を下ろしながら、呟く。

 途中までとはいえブルーアーカイブにおけるメインストーリーは読んだが、そこに愛着があるかと問われれば否だ。

 物語の登場人物に感情移入できるほど器用ではないし、そもそも愛着というものを覚えた記憶がない。あるいは記憶から失せた幼少期ならば、だが……それこそ“だからなんだという話”だろう。

 

 加えて、現在の時系列は件のメインストーリーが始まるよりも以前、何百年前か何千年前か。ともすれば五桁(10,000)の大台を超えて遡った頃かもしれない。

 物語を通して顔や名前を知っていたとしてもソレなのだ。ここで何かを為そうなど……いわんや、というものでしかない。

 

 

 

 ──お前は■の■■■■■だ。分かったら命令に従え。

 

 

 

「……」

 

 姿勢を変えて、天井を見上げるようにする。

 背もたれに体重を預け、その上端に後頭部を乗せて。

 

 陽が沈みつつあるのか、単に陰になっているのか。白の壁紙は暗く沈んでいる。

 こうして見てみれば、どこにでもあるアパートやマンションの一室だ。存外、現代的なのだな、なんて。

 作中において、無名の司祭は独自の技術体系を持ったロストテクノロジーの塊みたく描かれていたのだ。そうおかしくもないのだろうよ。

 

 嘯く。

 

「馬鹿は死なねば治らない、とは。古い言葉だったか」

 

 発祥は江戸の頃だったか。歴史を遡るならば、三桁を超えよう。

 それだけの時を経てなお残っていたのならば、そこに一定以上の真実性がある事は疑うまでもない。

 

 では、死んでも治らなかったコレは──など。

 考えるまでも、ないか。

 

 事実は事実。変わらなかったのならばもはや、だ。

 答えなど出せやしないし、出るものでもない。ただそうであるとして受け入れる、それだけ。

 

 それだけ……の、はずなのだが。

 はずだと、いうのに。

 

 本当に珍しく、思考が止まらない。

 何故か、というのも。考えるまでもない。

 

 こんな、遠回しの自傷行為など。

 

「──人生は変容の繰り返しだ」

 

 呟いた音は、ぽつねんと響いて消えていく。

 懐かしい言葉。何度も何度も、あの同僚が絡んでくる度に口にしていた座右の銘。

 

 それはそうなのだろう。

 ああ。

 そうだろうよ。

 

 永遠は無い。無限は無い。完璧は無い。人間など、その最たる例だろう。

 生々流転。有為転変。

 

 常識だ。それを前提に置かねば、生きていけないほどに。その中でより良いとされるものを探求するのが自分の仕事だったのだから。

 正しく、常識だ。

 

 ああ、ならば。

 死んでも変わらなかったものは。

 

「死してなお変われなかったものは……」

 

 核心だけ(続く言葉)は、音にせぬようにして。

 逆説的に、など。それはすなわち、など。頭蓋の内に響くだけで、十分だ。

 

「存外。響いているのか」

 

 呟く声は、どれも宙に溶けていく。

 残るものは無い。ただ、寄せては返す波のように変わらぬ静寂が。

 

 こんな感傷が残っていた事は、喜ぶべきなのだろうか。棄て去るべきなのだろうか。

 分からない。分かりはしない。何一つとして。

 

 誰も、もう指示を下したりはしてこないから。繋がりは、もう。

 

「縄に繋がれるようにして、繋がりが切れたというのは──嗤えもしないか」

 

 浮かんできた戯言を投げ棄てる。

 あるいは今後、無名の司祭らがその位置に挿げ替えられるだけなのかもしれないから。

 

 思考は毒だ。

 思索は毒だ。

 思想は毒だ。

 

 それを持ってはいけない。

 それを求めてはいけない。

 それを羨んではいけない。

 

 ──心など。

 

 探しては、いけない。

 

 そうであっては、辛いと感じてしまうから。

 そうであっては、後悔を覚えてしまうから。

 微かな安寧が揺らいでしまうから。惑う事になるから。

 

 真実を。自分の姿を、他人の姿を、世界の姿を知ってしまうから。

 

 だから。私は。

 

 

──*──

 

 

 そう、思っていた。

 思っていたのだ。これまでの生涯で、ずっと。信じ続けていたのだ。

 

 なのに。

 

『──あなたが、私の、設計者ですか?』

 

 出会って、しまった。

 司祭に下された指示。名もなき神々の王女の補助システム、keyを作成せよという命令。

 

 その果てで。

 

 伽藍堂とは異なる、無垢な白紙に満たされた菫色。

 いつかの日に見た記憶のある、その瞳。

 

 何も持たず、故にこそ何色にも染められ得る少女。

 その名は知っていた。その行く末も。それでも、何も感じていなかったはずなのに。

 

 なのに。

 

 こうして、眼前にして。

 思ってしまった。感じてしまった。

 

 ()()、と。

 

 この子が、自分のようになるのは。こんな風になってしまうのは。

 見たくないと。

 

 見せてほしいと。

 ()()ならずにいられる可能性を。自分というものを持てる未来を。

 

 

 ──■■、覚えておけよ。変化に文脈は無い。“その時”など、唐突すぎるほどに突然に現れる。

 

 

 蘇る、あの同僚の言葉。

 

「故にこそ。選択は、躊躇うな」

 

 事あるごとに、自分へ思想を与えようとしていたアイツの言葉。

 ならば。

 

 私は──()は。

 そう振る舞ってみせよう。

 

『選択……?』

「いや、気にするな。こちらの話だ」

『はぁ。それでは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか』

 

 名前、か。

 前世の名はそう好きではない。無名の司祭にも名乗らなかった。

 

「うん。好きに呼んでくれ。それがいい」

『……データベースを検索。類似表現を捜索。──では、ドクターと』

「ふ、はは。ドクターか」

 

 ドクター、か。

 なるほど。

 

 因果なものだ。実に。

 

「ならば、今日より俺は『ドクター』だ。よろしく頼もうか、key」

 

 どうか。

 その行く末に、何かを残せるように。こんな終着点とは違う未来を、君に。

 

 

 

 

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