心地の良い静寂が広がる大聖堂内、高くそびえる天井から降り注ぐステンドグラス越しの柔らかな光が差し込む中、そこには静かに祈りを捧げている1人の少女の姿があった。
(今日も1日平和でありますように...そして、皆が笑顔で過ごせますように)
黒いシスター衣装に身を包み、胸の前で両手を固く組んでピッタリと目を閉じている。
その清廉な姿はまさに修道女と呼ぶにふさわしい神聖で美しい雰囲気を放っていた。
彼女——伊落マリーは今年このトリニティ総合学園へと入学を果たし、シスターフッドへと入部したばかりの少女である。
他の先輩部員達と比べればまだ新米のシスターではあるが、彼女の生来の穏やかな性格や一つ一つの丁寧な仕草はトリニティ内の一部生徒達からすでに好意的に見られていた。
そんな彼女はいつもの日課であるお祈りを静かに続けていたのだが、その日は普段の日常にほんの少しだけ小さな変化が起こった。
「....?」
マリーの背後、重厚な大聖堂の入り口から遠慮がちな小さなノック音が響く、それに続いてゆっくりと重い扉が開かれる気配がする。
(こんな時間にここを訪れる方がいるなんて....お悩みを持つ生徒さんでしょうか?)
マリーはそっと祈りの手をほどき音の主を確かめようとゆっくり振り返る、するとそこには落ち着きなくキョロキョロと辺りを見渡している1人の少女が立っていた。
背はマリーが少し見上げなければならない程に高く、無造作に切り揃えられたようなバラバラの髪の毛がどこか目を惹く。
だがマリーが最も注目したのは彼女の服装、威圧感すら覚える真っ黒な制服に頭に乗せたベレー帽...それはこの学園の生徒であれば誰もが知る正義実現委員会のものだった。
「こんにちは、何かご用事ですか?」
「ひゃっ!?」
長椅子から立ち上がったマリーが穏やかな笑みを浮かべながら声をかけると、入り口にいた少女はマリーの存在に全く気づいていなかったのか肩を跳ねさせて驚いた様子を見せた。
「あ、す、すみません! 誰もいないと思って、勝手に入っちゃって...!」
「いえ大丈夫ですよ、大聖堂は誰にでも開かれた場所ですから。今日は何かご相談ですか?」
「えっと、その...ちょっと建物が気になってフラッと入って来ただけで、用事と言えるほどのものは無いんですけど....お邪魔でしたよね?」
「そうでしたか、では少しお話ししていかれませんか? 折角来ていただいたことですし、正義実現委員会の方のお話しも色々聞いてみたいです」
マリーが微笑みながらそう提案すると少女は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、それから少し照れくさそうな笑顔を見せるとマリーの元へとゆっくり歩み寄っていった──
「なるほど、ハツネさんも今年入学を...」
「はい! 先輩達みたいに早く一人前になりたいと思って毎日訓練の日々です!」
ハツネは身振り手振りを交えながら、少しだけ誇らしげに語る。
「私もサクラコ様やヒナタさんみたいに立派なシスターを目指しているので、そのお気持ちはとてもわかりますよ」
「あ、でもこの間の任務で少し怪我しちゃいまして...大したことないんですけど、今は先輩たちからお休みするようにって言われてるんです。あはは...やっぱり、まだまだですよね」
それから2人は長椅子に並んで腰掛けながらお互いの事を自己紹介がてらに話し続けた、どちらも同じ新入生という共通点があったためか打ち解けるのも早く、2人の間にはすっかり初対面時のぎこちない空気は消え去っている。
「でも、それだけハツネさんが一生懸命に頑張っているという事ではないでしょうか。怪我をするまで誰かのために頑張れるなんて、私は凄く立派だと思いますよ」
「え、そ、そうですか? えへへ...マリーさんにそう言ってもらえるなら嬉しいです!」
褒められてパッと表情を明るくしたハツネだったが、少しして不意に申し訳なさそうな顔になりマリーに向かって深々と頭を下げた。
「ごめんなさいマリーさん.いきなりやって来た私とこんなに親切に話をしてくれてるのに、私ってば本当にただの暇つぶしで来ただけで...なんだかマリーさんの貴重な時間を奪ってしまって申し訳なくって」
「ふふ、気にしないでください。迷える方のお話を聞くのはシスターの立派なお仕事ですし...それに、お仕事抜きにしても今日ハツネさんとこうしてお会いして沢山お話しすることが出来て私はとても嬉しいです」
マリーはそう言い心の底から優しく笑いかける。
ハツネもそのあまりに慈愛に満ち溢れた聖母のような笑顔を真正面から受けて、危うく長椅子から崩れ落ちそうになったものの彼女の優しさにありがたく甘えることにした。
「あ、そういえばマリーさんは私が入ってくる前はお祈りの時間だったんですよね? ...それって私も参加してみてもいいですか?」
「...!はい、勿論です」
マリーはその申し出に嬉しそうに笑うと背筋を伸ばし、手を胸の前で固く組み直して先程のように祈りのポーズをし始める。
その隣に座っていたハツネも見よう見まねで彼女のポーズを真似し、同じようにゆっくりと目を瞑った。
「「....」」
(今日も平和を...そして、今日巡り会えた彼女に祝福を)
(えっと、お祈り中って何を考えたらいいんだろう....とりあえず感謝かな?)
それから暫くの間、2人の少女は誰にも邪魔される事なく静寂に包まれた大聖堂の中で穏やかに祈りを捧げ続けた。
ステンドグラス越しの光が並んで座る2人の姿を温かく照らし出す中、やがて区切りの良いところでマリーが静かに目を開けそれに合わせてハツネもそっと瞼を開く。
「...ふふっ」
隣で少しだけ緊張した面持ちのまま固まっていたハツネを見てマリーは自然と笑みを溢す。
「あ、終わりましたか? えへへ、なんだか少しだけ心が洗われた気がします」
「それは良かったです...あの、ハツネさん」
「はい?」
「もしまたお時間ができた時や、誰かとお話ししたくなった時はここへいらしてくださいね。私でよければいつでもお迎えしますから」
マリーの温かな言葉に、ハツネは今日一番の明るい笑顔を咲かせた。
「はいっ! 絶対また来ますね、マリーさん!」
立ち上がり制服の埃を払ったハツネは、名残惜しそうにしながらも嬉しそうに大きく手を振って大聖堂の出口へと向かっていく。
マリーはそんな新しく出来た友人の背中を、いつまでも優しい眼差しで見送っていた。