見上げるような青空にぽっかりと浮かぶ真っ白な雲。
まるで目覚めを歓迎しているかの様に暖かい陽の光を窓の外から浴びながら、私は意気揚々とベッドから起き上がった。
「よーし、今日からまた頑張ろう!」
そんな声を上げながら両頬をパンッと両手で挟んで気合いを注入する。
任務で負ってしまった怪我のせいで暫くの間休む事になっちゃったけど、その怪我とはもうおさらば!
しっかりと制服を着て頭の上のベレー帽の角度を整えると、寮を出て早速正義実現委員会の本部に向かって歩き出した。
(私が休んでいる間も先輩達や皆は厳しい訓練や任務をこなしていたんだよね....早く遅れを取り戻して皆に追いつけるように頑張らないと!)
焦る気持ちと復帰できた嬉しさが入り混じって、自然と足取りが早くなるのが自分でもわかる。
「あ、そうだ。着いたら弾薬の補充もしておかなきゃ、皆に挨拶もしてそれから...」
頭の中で今日の訓練メニューを考えていく、でもそれで周りへの注意が散漫になっていたのが良くなかった。
急ぎ足で角を曲がろうとしたその瞬間、建物の影から不意に飛び出してきた人影に気づくのが遅れてしまい...
ドンッ!
「ひゃっ!」
「あらっ」
何か柔らかいものにぶつかった感触と共に私はバランスを崩してよろけてしまった。
幸い転びはしなかったけど、ぶつかってしまった相手は尻餅をついているみたいだった。
「あわわっ!ご、ごめんなさい!」
私は大慌てで姿勢を正し目をギュッと瞑って勢いよく頭を下げる。
久しぶりの復帰初日なのに他の生徒に怪我をさせてしまったなんて正義実現委員会として失格だ。
どうか怒っていませんように....と心の中で祈りながら相手の様子を伺う。
「ふふっ気にしないでください♪軽く尻餅をついただけですから」
頭上から降ってきたのは怒気など微塵も含まれていない、それどころか花が咲いたように甘く、優しそうな声だった。
よかった優しい人で、そう安心しながら顔を上げて相手の顔をまっすぐ見た私は──全身の思考が完全にフリーズしてしまった。
(えっ...?)
目の前に立っていたのはピンク色の髪を長く伸ばしたとても綺麗でスタイルの良い人物だった。
ニコニコと柔らかい笑みを浮かべる佇まいからはとても上品なオーラが漂っている。
....うんそこまではいい、そこまでならとても綺麗な人だなと思うだけで終わる。
でも、その人が身にまとっている『服』に問題があった。
(な、なんでこの人水着なの!?)
目の前の人物が着ているのはどう見ても"学園指定の水着"、その衝撃に私は思わず固まったまま動けなくなってしまう。
ここはプールサイドではない、どこかの海辺でもない....学園の中心部にある多くの生徒達が行き交う広場だ。
周囲を見渡せば遠くの方に制服やジャージを着ておしゃべりをしながら歩いている子達の姿も見える。
だからこそ、白昼堂々水着姿の彼女の異様さが際立っていた。
(幻覚?も、もしかしたら私はまだ寝ててこれは夢の中なのかも...)
そんな現実逃避をしようとしても状況は変わらない、覚悟を決めた私は恐る恐る口を開いた。
「あの、えっと...少し聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「その...ど、どうしてそんな格好をしているんですか?」
目の前の人物は不思議そうに首を傾げながら聞いていたけれど、それからすぐに笑って答え始めた。
「ああ、この水着のことですね?それは散歩をしていたからに決まっているじゃ無いですか♡」
「散歩!?で、でも散歩で水着を着るなんてあんまり...というより全然聞きませんけど!?」
予想外すぎる答えに私はつい聞き返してしまう、それでも彼女は何一つ動揺する事なく言葉を続けた。
「もしかして水着は"水の中で泳ぐためのもの"という固定観念に囚われているんじゃないですか?」
「えっ? いや、水着ってそういうものじゃ...」
「うふふ♪それは少し勿体ない考え方ですね〜、いいですか?服というのは普段私達を外敵から守ってくれる一方で、見えない枷となって私達の心を気づかない内に縛り付けてしまっているんです」
「は、はあ....」
「分厚い布に覆われているからこそ、本来感じられる風の心地よさも太陽の温もりも失ってしまう...ですが"水着"というのはどうでしょう?水着は最小限の布面積でありながら公の場に出ても問題ない絶妙なバランスを持っているんです」
「そ、そうなん...ですか?」
「だからこそ風が肌を撫でる感触やお日様が優しく包み込んでくれる温かさ、それらを遮るものなく全身で受け止めることで本来のありのままの自分と対話することができるんです♡そうは思いませんか?」
「そ、そうかも....しれません...?」
あまりに堂々としている彼女の言葉に私はその通りなんじゃないかとだんだん納得していってしまう。
周囲の生徒たちがヒソヒソとこちらを見ながら足早に遠ざかっていく姿すら今の私にはわかっていなかった。
「束縛からの解放感、それこそが真の自由への第一歩なんです。貴女は正義実現委員会の子なんですよね?毎日厳しい訓練で心も体も窮屈になっていませんか?もしよければ私と一緒にこれから水着で散歩なんてどうでしょう、きっと良い気持ちになれますよ♡」
「本当ですか?じゃあ....って!だ、駄目です!私は遠慮しておきます!」
差し出された手を一瞬掴もうとしてしまったけど、何とか正気を取り戻した私は丁重にお断りをした。
「と、とりあえず他の子達もいますしずっとその格好をしているのも...」
「あっハツネちゃん」
そう声をかけようとしたところで、私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
振り返るとそこにはよく一緒に訓練をしていた子達が私の方に駆け寄ってくる姿があった。
「あ、久しぶり!」
「ハツネちゃん治ったんだね」
「今日から復帰?」
「うん...ところで何かあったの?何だか急いでるみたいだけど」
彼女達の手に銃が握られていることと、少し息を切らしている様子から何かしらが起こっていたのは間違いない。
「そうそう、さっき通報があったの」
「この辺りを水着で徘徊している不審な人物がいるって....ハツネちゃん何か知らない?」
「え、水着?」
その言葉に私は嫌な予感がして慌てて振り返る。
でも話をしていた人はとっくに消えてしまっていたようで、そこには誰もいない。
「あれ!?さっきまでそこにいたのに...」
「ハツネちゃんその人を見たの?」
「ならまだ遠くに行ってないかもしれないね。じゃあ私達は行くね、また後で!」
そう言って走り去っていくその子達を見送って1人になった私は息をつく。
「...何だったんだろう、一体....」
ぽつりと呟いた言葉は誰に届くわけでもなく静かに空気に溶けていく。
あまりにも強烈だった出会いに今更頭が少し痛んでくる、でもここでただ立っている訳にはいかない。
兎にも角にもまずは遅れた分の訓練を再開しなくちゃ!
そう再び気合を入れ直した私は、今度こそ本部を目指して元気に走り出した。