正義実現委員会本部に存在する保管庫、ひんやりとした空気が淀む空間でコハルは一人、黙々と押収品の確認作業をしていた。
「こ、こんなの...!?ダメに決まってるじゃない!どうしてこんなの堂々と持ち込めるの...!」
...いや、正確には押収した一部の本へと必死に目を通していた。
正義実現委員会のメンバーとして、そしてゆくゆくは完璧なエリートとなるため与えられた仕事は真面目にこなしている彼女だが、いつもこうした"特別な押収品"があるとついつい作業の手を止めてしまう。
とは言え作業は大半を終え残り僅か、本人は内心休憩という大義名分を掲げながら作業という名の読書を続けていた。
「コハルちゃーん!」
「ひゃあ!」
その時突然扉のノック音と共に見知った声が聞こえてきた。
「お仕事中だった?入っても良い?」
「ま、待って!まだ入らないで!」
慌てて本を閉じて棚へと戻すコハル、以前もあった様なことは起こしてはならないと何事もなかったように辺りを整えると、軽く咳払いをしながら扉に手をかけた。
「....何?」
「今日の訓練が終わったから、コハルちゃんに会いたくなって!」
そう言い扉の前で笑顔を見せるのは同じ1年生であるハツネだった。
彼女は時折こうしてコハルの元へと足を運んでは色々と話をしてくる。
普段あまり他人との関わりを持たないコハルとしては自分から声をかけずに向こうから訪ねてくる彼女の存在は少し落ち着かなくもあり、それと同時に嬉しくもあった。
「ふ、ふん...!別にわざわざ来なくてもいいでしょ、ハツネだって忙しいんだし、私も仕事中だったら出られないし」
顔を若干背けながらそう言うコハルだったが、彼女の背中側に生えている羽が本人の気持ちを表す様にパタパタと動いてしまっている。
「ふふ、じゃあ出てくれたってことは今日の仕事は終わりってことだよね?」
「た、たまたま休憩時間なだけだから!...少しくらいなら話を聞いてあげてもいいけど....」
「うん、ありがとう!」
そんなツンとした態度にも関わらず、ハツネは気にすることなく保管庫の近くに設置されていた長椅子へと並んで座る。
「それでね、この前〇〇ちゃんが....」
「え、大丈夫なのそれ...?」
「びっくりしたけどね、その時は何とかセーフって感じだったかなー。あと!私の怪我が治ったばかりの時のことなんだけど──」
「へー....私もこの前ハスミ先輩と...」
その後はお互いの近況や思い出を語り合い、和やかな雰囲気が辺りを包んでいく。
それが暫く続いた所でハツネが何かを思い出したかの様に手を叩いた。
「あ、そうそう!コハルちゃんに凄い報告があるんだった!」
「報告?何、大層な言い方して」
「実はねー...私料理が出来るようになったんだよ!」
ぱぁっという効果音が出るかの如く満面の笑みを浮かべながらそう告げるハツネに、コハルはポカンとした顔で固まる。
「...え、料理?何よそれ、別に普通じゃ....ていうかあんた料理出来なかったの?」
「うん!これまで一度も!」
「そんな堂々と言われても困るんだけど」
呆れるコハルに対してハツネはぶら下げていた袋から何かを取り出しそれを手渡した。
「ほら、見て!」
「何よこれ....っておにぎり?」
手に握らされた包み、その中から現れたのは1つのおにぎりだった。
真っ白なご飯に黒々とした海苔が巻かれている、形は少し歪な三角形でそれがいかにもな手作り感が滲み出ていた。
「ちょっと待って、もしかして料理が出来るようになったってこのおにぎりのことじゃないでしょうね?」
「当たり!今日はコハルちゃんに食べてもらおうと思って作ってきたの」
彼女の発言から簡単なものが作れるようになったのだろうと思っていたが、まさかただおにぎりを握っただけだったとは....コハルは溜息をつきながら自身の手にあるおにぎりを見つめる。
でもある意味タイミングが良かったかもしれない。
いきなりで驚きはしたが、仕事も終わりかけで丁度お腹も減り始めていた所だった。
「ま、まあ別にお腹なんて空いてないけど、折角作ってきてくれたって言うなら味見くらいはしてあげる!」
素直にお礼を言えないコハルは、そんなことを口にしながらおずおずとおにぎりを口元に近づけていく。
「....そんなに見られたら食べ辛いんだけど」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと緊張しちゃって」
コハルはハツネの視線を避けるように身体を背けながら小さな口を開けると、端の方を少しかじってみる。
「....っ!」
そして一口咀嚼した瞬間、コハルの目は大きく見開かれた。
(美味しい...!)
口の中でふんわりとほどける絶妙なやわらかさ、そして強すぎず弱すぎない完璧な塩加減がより米の甘みを極限まで引き出している。
もう少し食べ進めた所に入っていた鮭のほぐし身も当然ながら相性が抜群だった。
初めて作った料理がおにぎりだと知って正直侮っていたが、間違いなく満足のいく出来栄えであった。
「ど、どう...?」
おにぎりを食べて無言になった事への不安からか、恐る恐る尋ねてくるハツネに対し、コハルは強がることも忘れてコクコクと何度も首を縦に振った。
「美味しい、すっごく美味しい!」
「ほんと!?よかったぁ...!」
そんなコハルの素直な感想を聞いて、ハツネは思い切り顔を輝かせた。
「....って勘違いしないで!あくまで及第点ってだけだから!」
コハルは無意識のうちに溢れていた言葉を慌てて訂正するが、すでに手遅れである。
そんな彼女に対してハツネは嬉しさのあまり、無邪気な声で何の気なしに言った。
「ふふ、喜んでくれて良かった!こんなに喜んでくれるなら私、これから毎日コハルちゃんのために作ってこようかな!」
「えっ?」
その瞬間、コハルの動きがピタリと停止した。
手におにぎりを持ったまま、コハルの脳内でハツネの言葉がリフレインし始める。
(ま、毎日!?毎日ご飯を作ってくる...!?)
同時に彼女の脳裏にはある光景がフラッシュバックし出した。
それは彼女が内緒で自室のベッドの下に隠し持っている、少し大人向けの甘く切ないロマンス小説の一節だった。
『ああ〇〇、君の作る料理は世界一だ。どうかお願いだ、これから先、死がふたりを分かつまで私のために毎日ご飯を作ってくれないか?』
『〇〇さん...はい、喜んで。』
月明かりの下、見つめ合う2人。
そう、"毎日ご飯を作る""毎日ご飯を作ってあげる"という言葉は愛し合う二人が永遠の愛を誓い合う究極の言葉──という意識が形成されてしまっていた。
...まあよく考えなくともそんなシチュエーションでは無い場面で口にすることも普通にあり得る内容である。
しかし先程も直前まで"そういった"本を読んでいたコハルの思考は完全に余計なもので埋め尽くされてしまっていた。
「...ハルちゃん、コハルちゃん?大丈夫?」
「ひゃあ!?」
そこでようやくコハルの意識が戻り顔を上げる、すると彼女の視界には心配したハツネが覗き込んでいる姿が映っていた。
「ちょ、近づかないで!?」
「えっ」
コハルは弾かれたように立ち上がると、慌ててハツネの背を押し始める。
「コハルちゃんどうしたの?もしかして何か言っちゃっt....」
「いいから!それ以上駄目!死刑!」
「ええっ!?おにぎりを作ることが死刑!?どういうこと!?」
全く身に覚えのない罪状で死刑宣告を受けたハツネは目を白黒させて混乱し、何かしてしまったのかと必死に尋ねるがそのままグイグイと押され続けてしまう。
「と、とにかく!私はまだ仕事が残ってるから!だから今日はもう終わり!」
「あ、コハルちゃ...」
コハルは手におにぎりを握りしめたまま、やがて廊下の端までハツネを追い込むとすぐに引き返し保管庫の扉を閉めた。
ドンッ!という音と共に棚を背にしながらへたり込む。
「.....やっちゃった」
1人になり冷静になった所でようやく自分がとんでもなく身勝手な勘違いをしていた事に気づき溜息をつくコハル。
流石にあの対応は失礼過ぎた、しかも折角おにぎりをご馳走してくれたのにだ、コハルは残ったおにごりを口に含みながら反省する。
「...今度謝らないと....」
そう呟きながらおにぎりを完食したコハルは、再度溜息をつきながら残りの作業に取り掛かるのだった。