穏やかな陽の光に照らされるトリニティの敷地内。
「今日はどうされますか?」
「実は先日〇〇で美味しい紅茶を.....」
周りには昼食を終えて思い思いの時間を過ごす生徒達の声が響いている。
そんな平和な光景が広がる中、学園の正門前には周囲の気配を過剰なまでに気にしている一人の少女の姿があった。
「うぅ...だ、大丈夫です。すぐに行って帰ってくるだけですし....」
そう言いながら少女...阿慈谷ヒフミはキョロキョロと視線を泳がせつつゆっくりと歩を進めていく。
(これは仕方ないんです、ここで行けなかったら折角のライブが....)
内心で言い訳をするヒフミの視線の先にあるのは携帯の画面に表示されたとある文面。
『本日12時30分より、中央商業区特設ホールにてモモフレンズゲリラミニライブ&超限定記念グッズ販売会を開催!』
数時間前、公式アカウントから突如として発表されたその一報を目にした時から彼女の中で"行かない"という選択肢は9割方消し飛んでいた。
ライブは勿論のこと、限定グッズまであるとなると尚更優先順位は跳ね上がる。
(会場はそこまで遠くありませんし、ライブを見てグッズを数分で買って戻ってくれば絶対に間に合います...そうです!完全にセーフです!)
若干怪しい計画を脳内で組み立て自分を納得させたヒフミはいよいよ正門をくぐり抜けようと一歩を踏み出した。
「あ、ヒフミ先輩!」
「ひゃうっ!?」
が、その瞬間背後から掛けられた声にヒフミは大きく飛び上がり慌てて振り返る。
するとそこに立っていたのはいつかに出会った正義実現委員会の生徒だった。
「お久しぶりです!こんなところでどうかしたんですか?」
「あ、あはは...ハツネちゃんこんにちは...奇遇ですね!」
ヒフミは冷や汗を流しながら僅かに引き攣った笑顔を浮かべる。
彼女は以前落とし物を拾ってもらい、それから何度か会いモモフレンズの良さを知ってもらった新入生の子だった。
だが彼女の所属する組織は正義実現委員会、今から無断で学園を抜け出そうとしていることを知られればどうなるかわからない。
「?ヒフミ先輩なんだか顔色が真っ青ですよ?もしかして体調が優れないとか」
「い、いえっ!何でもありません!ただちょっと風通しが良い場所でお日様を浴びてこようかな、なんて...あはは」
「...そうなんですか?」
ハツネはそう言いながらヒフミを見下ろすが、ヒフミが何かを誤魔化そうとしている事に気づいたのか少し怪訝そうな顔をしている。
そんな彼女の視線に言い逃れが出来ないと悟ったヒフミは観念して口を開いた。
「うぅ...じ、実はですね」
周囲をもう一度確認してから声を潜め、先程の画面をハツネにも見せる。
「これからモモフレンズのゲリライベントがあるんです、ペロロ様の限定ステージとそこでしか手に入らないグッズが販売されることになりまして...」
「へ〜イベントですか!良いですね!」
ヒフミとの出会いでウェーブキャットというキャラクターが好きになったハツネもその事に一瞬顔を明るくさせるが、ふと時間を見て浮かんで疑問を投げかけた。
「あれ?でもヒフミ先輩、もうすぐお昼休み終わっちゃいますよ?今から出かけたら午後のBD授業に出られなくなっちゃうんじゃ...」
「だ、大丈夫です!すぐに行ってライブを目に焼き付けてグッズを集めて帰ってくれば絶対に午後のチャイムには間に合いますから!」
「成る程...?うーん、結構無理がある様な気が....」
ヒフミの力説に微妙な表情を崩さないハツネ、だがそんな彼女を見上げていたヒフミはそこである素晴らしい名案を思いついた。
「ハツネちゃん!もし良かったらハツネちゃんも一緒に見に行きませんか!?」
「えっ、わ、私もですか!?」
「はい!ペロロ様の素晴らしさを直に体感できる絶好の機会です!きっとハツネちゃんももっとモモフレンズの魅力に目覚めるはずです!」
「う、うーん...確かにちょっと気にはなりますけど、でも午後は訓練が....ってあれ!?せ、先輩!?」
ハツネは悩んだ末に断りの言葉を口にしようとするが、それよりも早くヒフミは彼女の手首をガシッと掴むと迷いなくハツネを引っ張り正門の外へと猛ダッシュを開始する。
「ま、待ってくださいヒフミ先輩!私まだ行くって言ってませんけど!?」
「急ぎましょうハツネちゃん!ペロロ様が私たちを待っています!!」
ハツネの主張はどこ吹く風、そのまま2人の姿は学園から勢いよく遠ざかっていった。
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それから暫くして、息を切らしながら商業区へと滑り込んだ2人の目に飛び込んできたのは、特設ホールの前に広がる巨大な人だかりだった。
「はぁ、はぁ...す、凄い数ですね...!」
そんな光景に結局ついてきてしまったハツネは膝に手を当てながら目を丸くする。
普段は静かな事の多い一角が今や色とりどりのモモフレンズグッズを身につけた人物で埋め尽くされている、どうやら他の学園の生徒の姿もあるようだった。
「流石ペロロ様です!ゲリラ告知だというのにこれほどのファンが集まるなんて...!」
一方のヒフミは恍惚とした表情でステージを今か今かと見つめており、その手にはいつ取り出したのか2本のケミカルライトがしっかりと握られている。
『皆様、お待たせいたしました!モモフレンズ・スペシャルミニステージの開幕です!』
やがてスピーカーから軽快な声が聞こえてくると共にステージの幕が勢いよく開かれる。
スモークが焚かれる中、ステージ中央から現れたのは巨大な体と独特の虚ろな瞳を持つ着ぐるみ——ペロロ。
そしてその両脇を固める様に他のモモフレンズ達の着ぐるみも一斉に姿を現した。
「キャァァァッ!!ペロロ様ーーッ!!」
「Mr.ニコライーー!!!」
「アングリーアデリーさぁぁぁん!!!」
その瞬間、会場全体を揺るがすような黄色い歓声があちこちから飛び出してきた。
「ペロロ様ぁぁぁっ!こっちを見てください!」
荒れ狂う観客の中心でヒフミも負けじと全力でペンライトを振っており、普段の彼女からは到底出ないような声量で声を張り上げる。
「こ、これがモモフレンズの世界...」
好きではあったがまだ深くまでは理解していなかったハツネは周りの熱量に困惑しながら立ちすぐしてしまう。
そんな彼女をよそにステージ上ではどこかアップテンポなテーマソングが流れ始め、巨大な着ぐるみたちが予想を遥かに超えるキレキレのダンスを披露し始めていた。
そのコミカルかつ完璧なパフォーマンスに会場の熱気はより高みへと登っていく。
「さあハツネちゃんも一緒に!ハイ!ハイ!ペ・ロ・ロ!、ペ・ロ・ロ!」
「えっ、ええっ!? は、はい! ペ、ペロロ...?」
「「「「ペ・ロ・ロ!、ペ・ロ・ロ!」」」」
会場のファン達の声がどんどん大きくなっていく。
最初は戸惑っていたハツネだったが、そんな周囲の熱量やステージ上の着ぐるみたちの放つ謎の求心力につられて次第に体を揺らし始めていた。
「ビッグブラザー様ぁぁ!最高!!!!」
「ウェーブキャットちゃぁぁぁん!」
とうとう会場のボルテージが最高潮に達した時、着ぐるみ達は同時に飛び出すとクルクルと回り始め.....音楽が止むと同時に華麗な着地を決めた。
「「「「「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」」
それを見たファン達は一斉に万雷の拍手を送り、ミニライブは大成功という幕を閉じたのだった。
....だがまだ終わりでは無い、ライブの余韻に浸る時間が終わりを告げた途端にヒフミの表情が一変した。
「ハツネちゃん、ここからが本当の勝負です」
「えっ、勝負ですか?」
「あちらの特設テントを見てください、列の進み具合から見てあのグッズは数分で完売します」
ヒフミの瞳はまるで熟練の指揮官のように研ぎ澄まされていた。
「そこでハツネちゃんにお願いがあります、あちらの文具・キーホルダー列へ行って黄金のペロロ様ケースを確保してください!その間に私は中央の特大ぬいぐるみの列を突破してペロロ様クッションを手に入れます!」
「りょ、了解です!とりあえず並んで買えば良いんですよね!」
「はい!お金は後でちゃんと渡しますから!」
ヒフミの真剣な圧に当てられたハツネも断る事なく人混みを縫うようにして進み、2人は物販列へと飛び込んでいく。
「押さないでくださーい!」
「こっちにアクリルスタンド3つ!」
「私は4つ!」
「ヒフミ先輩、買えました!」
「ありがとうございます!では次はあそこの列です、行きましょう!」
ライブ中とは別の熱に圧倒されながらも、それから2人は見事な連携プレーによって次々と限定グッズを集めていく。
.....どれくらい経ったのか、やがてグッズも無くなり人の波も大人しくなった頃。
「やりましたねヒフミ先輩!」
「はい!完璧です!」
会場から離れた所に設置されたベンチの上で、2人は手に入れた戦利品を前にハイタッチを交わしていた。
ヒフミは両手いっぱいに抱えた巨大な紙袋を見つめ至福の吐息を漏らす、その隣に座るハツネもあの中で見つけたウェーブキャットの抱き枕やコップなどを見てほくほくとした表情を浮かべている。
「ふふっ...ハツネちゃん、今日は本当にありがとうございました。私1人だったらここまで上手くいかなかったかもしれません」
「いえいえ!私も今日はすごく楽しかったです!ライブも盛り上がってましたし、こんなに可愛いものも手に入りましたから!」
大好きな世界を理解し、それを一緒に楽しんでくれる者と共有する....2人の胸の内は温かな喜びで満たされていた。
「そう言っていただけて本当に嬉しいです!今回はミニライブでしたけれど、次はもっと大規模なファン感謝祭やコラボイベントもあるんです。また今度絶対に一緒に行きましょう!」
「本当ですか!また是非!」
モモフレンズの間に生まれた新たな絆にヒフミが心から笑みを浮かべた.....その時だった。
〜〜〜♪
遠くの方から微かに聞こえてくる音、それを耳にした2人は一気に固まる。
「「......」」
そうして恐る恐る携帯を取り出し画面を確認すると、そこには無慈悲にもお昼休みを終える時刻が表示されていた。
「....ハツネちゃん」
「はい...」
「...っ、走りますよ!」
「は、はい!」
ヒフミがそう一言告げた瞬間、2人は一目散にその場から駆け出した。
「不味いです不味いです!絶対遅刻です!」
「ハツネちゃん、諦めちゃ駄目です!きっと急げばギリギリ間に合っている可能性があるかもしれません!」
「いやでも今時間見ましたよね!?」
こうして手に入れたばかりの大量のモモフレンズグッズを抱え、なりふり構わずトリニティの校舎目掛けて全力で走り抜けていく2人の姿を、周りの住人は不思議そうに見つめていたのだった