「.....」
地表から冷たい突風が吹き上げるビルの屋上、そこではマシロがスナイパーライフルのスコープを静かに覗いていた。
(風速問題無し...距離も適正....)
一言も発さずじっとその時を待つマシロの集中力は既に完成されており、彼女の瞳にはスコープのレティクルとその先にあるターゲットの拠点ビルしか映っていない。
そもそも何故彼女は今こうしているのか、それは今回の任務が関係していた。
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『悪徳業者ですか?』
『ええ、最近になって広まり出した組織だそうです』
それは唐突なハスミからの呼び出しから始まった。
どうやら最近この郊外一帯で一般生徒や住民を甘い言葉で誘い込み、彼らに対してスケバンたちを使って法外な違約金や不当な契約を無理矢理結ばせるという違法行為に及ぶ悪徳金融業者の噂が出ているらしい。
そしてグループの首謀者である人物が本日の午後この裏通りのアジトへ姿を現すという情報が正義実現委員会の元に入った為、その身柄を拘束するという任務がマシロに下ったのだ。
作戦としては標的が移動しようと建物から出てきた瞬間を狙撃によって無力化し、気絶させたところを拘束するというシンプルなもの....本来であれば静密性を最優先とする任務の為マシロ単独で行うはずだったのだが...
──────
「マシロちゃん、寒くない?大丈夫?」
自身に向けて背後から掛けられた小声にマシロは振り返ることなく言葉を返す。
「大丈夫です、それよりもいつ出てくるかに集中しないといけませんから」
「あ、そうだよね、ごめん....」
マシロが返事をした相手は、彼女から少し離れた給水塔の陰で周囲への警戒をしている少女...同じ正義実現委員会のハツネだった。
マシロとハツネは新入生同士ではあるが、任務の際は別々の部隊で活動することが多く一緒に行動する機会は少ない。
だが今回マシロが任務に向かおうとしているとどこからか話を聞いたのか、ハツネから『私もマシロちゃんに同行しても良い?』と提案してきたのだ。
マシロとしては1人でも問題は無いとは思っていたが、長距離狙撃においてスナイパーは前方への集中により周囲の警戒が疎かになる場合が多い。
その為万が一に備え背後を預けられる観測手の存在は確かに心強い、そう考えマシロは最終的に彼女の同行を許したのだった。
だがいつまで立っても件の人物は姿を見せようとしない、情報にあった通りの場所全体を見渡せる地点を陣取ったは良いものの未だにその尻尾の影すら踏めていなかった。
(....もしかして場所が違う?いえ、そんな筈は....)
僅かにマシロの心に疑問が沸いてくるが、任務の成功....そして"正義"を成すという信念が疑問を押しつぶしていく。
今はとにかくどんなものでも見逃さない様目標を捉え続けるしか無い、マシロは深呼吸をしながら再度スコープへと全神経を集中させた。
(凄いなぁ...あんな風にずっと集中出来るなんて....)
ひたすらに目標を探す彼女とは別に、ハツネは周りを警戒しながらそんなマシロの後ろ姿を見て尊敬の眼差しを向けていた。
訓練では様々な状況を想定し何度もシュミレートして動く。
勿論その中には突撃までの待機訓練もあるのだが、マシロの様に銃口や身体を殆ど微動だにせず自身の吐息すら制御し耐え忍ぶのは中々出来ることでは無い。
しかも彼女は自分と同じで今年入ったばかりの新入生、こうした少し危険な任務を任されているという事から先輩達からの信頼も強いとわかる。
(そう考えると私もまだまだだなぁ....もっともっと頑張らないと!)
決して口に出すことはなく、静かにそう考えていたハツネ.....その時だった。
(....足音?)
ハツネの耳に微かな物音が聞こえてきた。
その音はこの屋上へと続く扉の下、コンクリートの階段を複数の人物が小さく移動している足音のようだった。
自分は勿論マシロも今は一歩も動いていない。
それに今日はハツネ以外に任務へ同行する予定の者はおらず、増援の連絡も入っていない。
その間にも足音は着実に屋上へと近づいてきていた。
マシロは地上に目を向けておりその異常に気がついていない、そしてとうとう足音が扉の前で止まると
ドォォォォォン!!!
扉が大きな爆発により破壊されそこから何名ものスケバン達が姿を現した。
「へへっ、あんたが噂の正義実現委員会って奴か」
「暫く寝かせてやるよ!」
「っ!何故ここが!?」
(こちらの潜伏位置が事前に漏れていた....!?)
マシロの背筋に冷たい緊張が走ると同時に理解する、標的はこちらの動きを察知し逆に自分を排除するためにスケバン達を送り込んできたのだ。
マシロは慌てて銃を持ち上げながら振り返ろうとするが、スケバン達へ狙いを定めて撃つよりも彼女達の接近の方がどう考えても早い。
これでは間に合わない──、そう悟った次の瞬間。
「とぉぉぉぉぉ!!!」
「なっ!なんだお前!?」
マシロへ攻撃を仕掛けようとしていたスケバン達の頭上から、いきなりダイブしてきたハツネが彼女達を一気に押さえ込んだ。
彼女は足音が聞こえた時からこっそりと扉のつけられた壁の上によじ登り待機していたのだ。
「ぐへぇ!?」
スケバンが反応する暇すら与えず奇襲に成功したハツネは彼女達の上に乗りながら必死に押さえつける。
「くそっ...!こんなの聞いてねぇぞ!」
「お、重い.....」
「重いって失礼じゃない!?これは筋肉がついてきただけだから...!」
ギチギチと大きな身体に固められ身動きが取れないスケバン達...だが押さえ込むのに必死なハツネは階段からもう1人別のスケバンに気づのに遅れてしまった。
「あ、お前ら!くそっ!」
仲間が捕えられていることに追加でやってきたスケバンは銃を構えようと動く
「離しやが......」
「少し眠っていてください」
だかそれを阻止したのは十分に狙いを定めていたマシロだった。
彼女の放った一発は見事スケバンの頭に命中し、スケバンはそのまま階段へと倒れ気を失う。
「マシロちゃん!」
「了解しました」
ハツネの声にマシロはすぐさま向きを変えると地上を見下ろす。
案の定ビルの影にはスーツを着た人物が慌てる様に路地裏へと逃げ出そうとしている姿があった。
「絶対に逃しません」
マシロは慌てることなく銃を構え直すと一瞬の内に目標へと銃口を向ける。
(対象は動いている、遮蔽物は対象の数メートル先....撃ち下ろし角度計算完了)
「ターゲット補足....距離は十分です...っ!」
ダァァァンッ!!
迷うことなく放たれた一撃は逃走する人物の足元数十センチ先の地面を正確に撃ち抜き、それにより吹き飛んだ地面の破片と衝撃波が対象の身体を真横へと弾き飛ばす。
驚いた対象はそのまま横の壁に頭を打ちつけ、やがてその場に崩れ落ちるとそこからピクリとも動かなくなった。
「...ターゲット沈黙を確認しました」
スコープ越しにそれを確認したマシロは、ゆっくりと銃身を下げ深く息を吐き出した。
「わぁぁっ!すごい、すごいよマシロちゃん!」
後ろでスケバン達をしっかりと押さえ込んでいたハツネから歓声を上がる、マシロはその事に少しだけ照れくさそうに視線を逸らすとその場から立ち上がり扉へと向かった。
「ではターゲットを捕まえに行きましょう」
「そうだね!....あっ、この人達気絶しちゃった」
「丁度良いですし、彼女達も連れていきましょうか」
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「2人とも、よくやってくれました」
首謀者を捕まえヴァルキューレへと引き渡した2人はその後無事正義実現委員会の本部へと帰還していた。
「一般人への被害を出さずに任務を終える....簡単な様に思えますが戦闘がある以上いつも必ず上手くいくとは限りません、なので今回は本当にありがとうございました」
ハスミの温かい労いの言葉に、マシロとハツネは小さく笑みを浮かべながら頭を下げる。
その後彼女から今日はゆっくり休んでくださいと言われた2人はそのまま寮までの道のりを並んで歩いていた。
「...ハツネさん、ありがとうございました」
「え?な、何が?」
突然のお礼に困惑するハツネだったが、マシロはそんな彼女に言葉を続ける。
「あの時ハツネさんが気づいていなければ今日の任務は失敗していたかもしれません、上手く対処出来てもターゲットには逃げられていた可能性もあります」
「いやぁ、私はただ待ってたらたまたま気づいただけだから!それに今日の任務はマシロちゃんが頑張ったから上手くいったんだよ」
それからは2人とも口を開く事なく静かに足を進めていく、だがそこに気まずさは決して無かった。
夕暮れの光が伸びていく2人の影を映し出し、やがて空の先へと溶けていくのだった。