正義実現委員会での訓練が早く終わったある日の昼下がり。
(今日は久しぶりにマリーさんに会いに行こう!)
そう思い立ったハツネは、意気揚々とトリニティの大聖堂へと向かって1人歩いていた。
以前ハツネが尋ねた大聖堂で出会ったマリーという少女...あれから彼女とは何度か話す機会があり、今ではすっかり仲良くなっていた。
最近はまた訓練や任務で忙しかったため彼女に会うのは久しぶりとなる、そんな事を思い返していたハツネはウキウキとしながら手に持っていた紙袋を覗き込む。
(マリーさん、喜んでくれるといいな)
そこに入っているのは、折角だからと他のシスターフッドの子達も食べられる様購入した大きなケーキの入った箱。それを落とさない様大事に運びながら歩き続ける事数分、彼女の視界の先に大聖堂が見え始めた時だった。
「——そこの方、少しよろしいですか?」
背後から不意に聞こえてきた澄んだ声、ハツネが驚いて振り返るとそこには1人の少女が立っていた。
頭には清廉なベールを被り、その下の顔には小さく笑みが浮かんでいる。
身に纏っているのはこれまた清潔感のあるシスター服で、その佇まいはまるで絵画から抜け出してきた聖女のようですらあった。
(わぁ...綺麗な人だなぁ。ベールを被ってるってことは、マリーさんと同じシスターフッドの人なのかな?)
ハツネが彼女を見てそう考えていると、その人物は薄く唇を開き言葉を続けた。
「初めまして、貴女が最近マリーと"仲良く”していただいている方ですね?」
その言葉は単なる確認のようでありながら、言葉の端々に計り知れない重みとある種の“査定”のようなニュアンスが含まれているような雰囲気があった。
もし周りに他の誰かがいればその声から『どのような関係なのか詳しく聞かせてもらおうか』という隠された脅迫めいた意味を感じたかもしれない。
「はい、松果ハツネといいます!これから丁度マリーさんの所に行こうと思ってて」
しかし当のハツネは持ち前の素直さによって全く疑う事なくその言葉を文字通りに受け取って答えていた。
そんな彼女の真っ直ぐな返答にサクラコは一瞬目を見開きながらも嬉しそうに微笑んだ。
「ついでにケーキも買ってきたんですよ!」
「...ケーキ、ですか」
ハツネがケーキについて楽しげに話すと、サクラコの視線がハツネの顔から抱えられたケーキの箱へと吸い寄せられるように移動する。
それから彼女は小さく頷くと、再びハツネの目を見て口を開いた。
「では私もこれから丁度大聖堂に戻るところでしたので、もしよろしければご一緒に“お話”でもしながら向かいませんか?」
「もちろんです!シスターフッドの方のお話、色々聞いてみたいです」
またもや彼女の放つ言葉に底冷えするような空気が纏っ気がしたが、ハツネは気にする事なく二つ返事で快諾すると彼女と共に歩き始めた。
それからの大聖堂へと続く道では2人はシスターフッドのこと、大聖堂のこと、そしてマリーのことなど様々な話題について話を交わしていた。
サクラコの言葉には相変わらず本人ですら気づかない圧力がかかっており、何気ない内容でさえ意味深な言い回しとなっていたが、一方のハツネはそれを全く気にすることなく言葉を返していく。
普段話そうとするたびに何故か怖がられてしまう事に悩んでいたサクラコも、特に何事もなく話を聞くハツネにすっかり気を緩めてしまっていた。
それは彼女の視線にも現れており、会話をしている最中にも時折ハツネが大事そうに抱えているケーキの箱へ無意識に視線が向いているほど。
ハツネも当然それには気づいていたが、先程感じた神聖さとは裏腹に、まるで美味しそうなお菓子を目の前にした子供が我慢しきれずに見てしまう...そんな可愛らしい雰囲気だったため微笑ましく思った彼女は指摘することはなかった。
そうして話を続ける事10分程、2人はようやく目的である大聖堂の扉の前に辿り着いた。
「着きましたね」
サクラコがそう言って重厚な扉を開くと中からは心地よい静寂と微かな白檀の香りが漂ってくる、そして良く目を向けてみると奥にある祭壇の前で1人のシスターが静かに祈りを捧げているのが見えた。
「マリーさん!」
ハツネが嬉しそうに声をかけると、その少女——マリーは静かに祈りを終え振り返ってきた。
「ハツネさん、お久しぶりです」
マリーは声の主であるハツネを見つけると嬉しそうに笑みを浮かべながらゆっくり歩いてくる。
「サクラコ様、ハツネさんとご一緒だったんですね」
「はい、ただ今戻りましたよ。来る途中に彼女と会ったものでしたから」
「え、サクラコ様...?」
マリーの言葉を聞いて、ハツネは目を丸くさせる。
「あの、もしかして...」
「はい、ハツネさん。こちらは私達シスターフッドの部長のサクラコ様です」
「ぶ、部長!?」
ハツネは持っていたケーキの箱を落としそうになったのを必死に支えながらサクラコの顔を見下ろした。
先程までマリーと同じシスターフッドの人なんだと思って気軽に会話していた相手が部長だったのだ、以前から話だけは聞いていたがまさかその当人であるとは思っておらず慌てて頭を下げる。
「気にしないでください、私も名前を告げなかったのが悪いのですから」
「は、はい...」
そんな彼女にサクラコは穏やかに答えると頭を上げる様促した、
ハツネもいきなりのことに緊張していたが、やがていつもの調子を取り戻すと手元の袋を持ち上げ告げた。
「そうだマリーさん!今日はケーキを買ってきたんです、よかったら皆で食べませんか!」
「そうだったんですか?嬉しいです」
「ふふ、ではありがたくいただきましょうか」
それから3人は大聖堂の奥にある談話室へと移動すると、マリーが慣れた手つきでお茶の準備を進めていく。
ハツネは持ってきたケーキの箱を開け、中から苺のショートケーキを取り出すとお皿の上に切り分けていった。
「わぁ、美味しそうですね」
真っ白な生クリームに色鮮やかな苺が乗ったケーキは見る者全てを惹きつける魅力が溢れている。
やがて全員の前の皿にケーキが並びマリーの淹れた紅茶がカップに注がれると、3人は手を合わせてからケーキを食べ始めた。
まずは一口、ふわふわとしたスポンジの滑らかな口溶けに完璧に合う甘さが口いっぱいに広がり3人は思わず目を細めてしまう。
「っ!凄く美味しいです」
「実はかなり混んでてたまたま買えたものだったんですけど...喜んでくれて良かったです!」
「成る程、確かにあまり食べた事の無い味とは思いましたが....通りで...」
ケーキはただの苺ケーキでは無く、全てにおいて予想を超える美味しさが秘められていた。
その証拠に食べていたサクラコも思わず頬を緩めて満足そうな表情を浮かべてしまっている、マリーは勿論ハツネ自身もその味に酔いしれているようだった。
「その、おかわりをしても?」
「....!はい、どうぞ!」
余程夢中になっていたのか、1番に食べ終えたサクラコは少々照れ臭そうにそう尋ねた。
その事にハツネは満面の笑みでケーキを切り分け彼女のお皿に乗せ、マリーもそんなやり取りを嬉しそうに見守っていた。
談話室に流れる平和で穏やかな空気、だがそれに終わりを告げたのはハツネの携帯から鳴り響いた電話の音だった。
「あ、イチカ先輩から...?もしもし?」
『あー良かったっす、急に連絡しちゃってすみません』
「い、いえ!何かありましたか?」
電話に出てみるとそこから聞こえてきたのはイチカの声。
『実は今郊外の方で争い事が起きてるそうでその対処に何部隊か送ったんすけど、結構手こずってるみたいで...その子達の手伝いをお願いしてもいいっすか?』
「わかりました!すぐ行きます!」
そう答えて電話を切ったハツネは立ち上がるとサクラコとマリーに向かって深く頭を下げた。
「サクラコ様、マリーさん、すみません!急な任務が入ってしまって」
「いえ、気にしないでください。困っている方がいるのならそれを助けることを優先するのは当然です」
「マリーの言う通りですね...楽しい時間でした、お気をつけて」
「はい!」
ハツネは元気に答えると、談話室を飛び出し大聖堂の出口へと向かって走り出した。
「ふふ...中々素直な方でしたね」
サクラコは去っていったハツネの背中を見つめながら、彼女が取り分けてくれたケーキをまた一口運んだのだった。