....その日、トリニティ自治区内で起こった暴動の鎮圧を行ったツルギは1人本部への帰り道を歩いていた。
側をすれ違う生徒達から向けられる驚いた様な視線に晒されながらも彼女は気にすることなく進んでいく。
(...いつものことだ)
自分という存在が周囲の人間にどれほど威圧感を与えるのかは誰よりも彼女自身が理解していた、今更特別何か思う所がある訳では無い。
だがそんな事を考えていた時不意にツルギを呼ぶ声が背後から聞こえてきた。
「ツルギ委員長ーっ!」
「.....?」
振り返るとそこにいたのは遠くの方から慌てて駆け寄ってくる1年生達の姿、彼女達は息を切らしながらもツルギの元に来ると一斉に頭を下げる。
「「「任務お疲れ様です!」」」
「...ああ、ありがとう」
「それでツルギ委員長、任務が終わってお疲れの所申し訳ないんですけど少し良いですか?」
「別に疲れてはいない....何か変な事でもあったのか?」
「い、いえ違います!そういう訳じゃないんですけど...実は今度のお休みにトリニティから少し離れた地区に出来た複合アミューズメント施設って所に遊びに行こうって話を皆としてまして....」
「そうか...楽しんでこい」
「そ、それで相談何ですけど...ツルギ委員長!良かったら私達と一緒に遊びに行きませんか!」
「.....ぎっ?」
唐突に振られた提案にツルギは一瞬固まり息を漏らす。
遊びの誘い?後輩達から?自分に?
次第に状況を再認識したツルギは苦しそうに胸を押さえ震え始めた。
「ぎ、ぎぃぃぃ....!?あ、あそ...わ、私?」
「はい!」
聞き間違いでは無いと考えそう尋ねるが、ハツネ達に真っ直ぐそう返事をされ思わず後ずさる。
「ぐっ....げひっ!」
少しでも油断すれば叫びそうになるのを必死に堪えながら考えを巡らせていく──断るべきか、しかし後輩達が折角声をかけてくれたのだ、でも私のような者が混ざってどうする.....全く思考が纏まらなかった。
「あ、あの、ツルギ委員長大丈夫ですか?」
いけない、このままでは後輩達をただ心配させるだけだ。
「....ああ、その返事は少し考えさせてくれ」
そうしてその場から逃げる様に立ち去ったツルギは現在、正義実現委員会本部の執務室にて頭を抱えながら呻き声を上げていた。
「ぎぃぃぃ....くふぅ...ふ....あがぁぁぁ....」
「ただ今戻りました──ツルギ?どうかしたんですか?」
そのタイミングで入室してきたハスミが声をかけるもツルギは変わらず呻き続けている。
「あーハスミ先輩、それがツルギ先輩1年の子達に遊びに誘われたらしいんですよ」
「そうなのですか?よかったですねツルギ」
先程からツルギの様子を遠目で見守っていたイチカが代わりに答えると、ハスミは目を丸くさせながらも素直にそう告げる....だが。
「....よくない」
「え?」
ハスミの言葉にピタリと動きを止めたツルギはボソリと言葉を続けた。
「....私が行くことで折角の休みを楽しめなくなるかもしれない。任務ならまだしも、一緒に行けば気を使わせてしまう...」
「....はぁ、折角誘ってくれたんですからそんな事を気にせずに行ってきたらどうです?」
「し、しかし....」
「もしその子達が貴方の事を気にしているとしたらそもそも遊びに誘うだなんて事すらしないんじゃないですか?」
「.....」
「それに委員長として大事なのは普段からただ任務をこなすことだけではありません、同じ組織の仲間である子達と共に何かを楽しむことも必要なのではないですか?」
「そうっすよー、その子達は純粋に先輩と仲良くなりたいだけだと思いますけどね」
「......」
2人の言葉にツルギは顔を上げる。
まだ心の中には本当に自分がついて行って良いのかという疑念も渦巻いていたが、同時に彼女達のお願いを無下にしたくないという気持ちも強くなっていた。
「...わかった。行って、みる」
どこか恥ずかしそうに呟くツルギに2人は顔を見合わせると、やがてハツネ達の元に向かった彼女を笑顔で見送ったのだった。
そして迎えた休日──。
離れた開発区域に新設された巨大複合アミューズメント施設....その建物の前でツルギは直立不動のまま滝のような冷や汗を流していた。
「キ、キシャ....!かはっ...」
ただでさえ緊張するにも関わらず今のツルギは普段と違ってお出かけ用の私服に着替えている、普段の正義実現委員会という衣すら無いのだ。
耐えろ私!ここは一般の商業施設だ!必死にそんな精神統一を試みていたツルギの耳にやがて人混みの向こうから弾んだ足音が近づいてきた。
「ツルギ委員長ー!お待たせしました!」
「おはようございます!」
「今日はありがとうございました!」
そう笑顔で行ってくる彼女達もまた普段の制服では無く全員が私服を身に纏っている。
明らかに眩しすぎる光を放つ後輩達の姿を見てツルギの頭は完全にショートしかけた。
「あ、ああ」
「じゃあ行きましょう!」
そんな混乱を気合いで飲み込みこくりと頷くと早速彼女達と共に中へと足を踏み入れていく。
そこからは圧巻だった。
出来たばかりというのもあるのか施設の中はとても綺麗に飾り付けられており、多くの利用者で賑わっている。
「わぁ!凄いですね...!」
「どれにしようかな....」
ハツネ達はその真新しい空気に目を輝かせながら楽しそうに歩いていく。
(人...大人気...遊び...青春....!)
そんな彼女達の後ろをピッタリついていたツルギは早くも限界に近づいていた。
「委員長!まずは体を動かしませんか?あっちに色んなスポーツができるエリアがあるみたいですし」
「じゃあバレーボールしよう、丁度2対2でできるし」
「ツルギ委員長はこっちのチームにお願いします」
「わ、わかった....」
言われるがままコートに入りポジションにつくツルギ。
(ボールがきたら叩く、ボールがきたら叩く、ボールがきたら叩く、ボールが....)
「ハツネちゃんお願い!」
「やぁぁぁぁぁ!!!」
「わわっ!危ないっ!」
気合の入った声と共にハツネから力強いスパイクが放たれる、それをギリギリの所で受け止めた少女がツルギに大きくパスを上げた。
(良いところを、見せたい.....!)
後輩達の前という事もあり、ツルギの身体は極限まで研ぎ澄まされ始めた。
押し込めていたリミッターが弾け飛び、落下してくるバレーボールがスローモーションの様に遅くなるのを感じる。
「ぎぃぃぃ!!!!キシャァァァッ!!」
そして咆哮と共にツルギは跳躍し、大きく振りかぶった右手が轟音と共にボールの芯を捉えた。
ドガァァァァン!!!
もはやボールを叩いたという生優しい音とは思えない異音が辺りに響き、そのまま見えない速度で相手コートに弾き飛ばされるとハツネ達の足元の床を陥没させた。
....そしてその衝撃に耐えられなかったボールは一瞬で破裂し残骸がクレーターの中に散らばった。
「「「.......」」」
完全な静寂、着地したツルギは完全に血の気を失い固まってしまう。
やってしまった、完全に力加減を誤った。
まさかただの球技で床やボールを壊してしまうとは思っていなかった....絶対に怖がられた、嫌われた、もうおしまいだ...
「「「す、すごーーーーいっっ!!!」」」
「ケヒっ!?」
だが次の瞬間、辺りの静寂を切り裂いたのはハツネ達の割れんばかりの歓声だった。
「早すぎて全然見えませんでした!」
「流石委員長....圧倒的...!」
「え...?」
まさかそこまで喜ばれるとは思っていなかったツルギはあまりに想像と違いすぎる反応に困惑してしまう。
「あ、いや...その....」
「次!次行きましょう!」
「委員長早く早く!」
そうして手を引かれるままに向かったフットサルコートでもツルギの猛威は止まらなかった。
キーパーに怪我をさせてはならないとゴールの右上隅を狙って放った彼女のシュートは、ボールが火を噴くような速度でネットを突き破り背後の壁にめり込んだ。
さらに次に向かったボウリングコーナーでは緊張のあまりボールの指穴を軋ませながら投擲した結果、ボールはレーンの上を滑ることなく床板にメキメキと溝を作りながら直進しピンを機械ごと粉砕して全て吹き飛ばした。
その度にハツネ達な大歓声を上げツルギを困惑させる。
誰からも怯えられてもいない、むしろ心から楽しんでくれている....その事実にずっと強張っていた頬の筋肉が少しだけ緩んでいくのを感じていた。
「くふ....ぐふふふ」
それからも一通りスポーツエリアを破壊...遊び尽くした一行は火照った身体を休めるためにゲームコーナーへと移動していた。
「見てくださいあれ!」
ハツネが指した場所にはモモフレンズと呼ばれるキャラクターの特大ぬいぐるみが積まれたクレーンゲームの台が置かれていた。
「可愛い....やってみます!」
そう言いながら意気揚々と硬貨を投入した彼女はレバーを握ると慎重に操作していく。
やがてアームが降りぬいぐるみの胴体を捉えた──かに見えたが、巨大なぬいぐるみの重みに対し細いアームの力があまりにも弱すぎたのかアームは虚しくぬいぐるみの表面を滑るだけで持ち上がることは無かった。
「うっ...全然駄目です....」
「ハツネちゃん交代!次は私やってみる」
他の1年生達も次々に小銭を投入して挑んでいくがアームら変わらずぬいぐるみを撫でるのみでびくともしない。
「やっぱりあんなに大きいのは簡単には取れないようになってるのかな....」
諦めかけた空気が漂う中、ハツネがくるりと振り返りじっとツルギを見つめた。
「あのツルギ委員長!最後にお願いしてもいいですか?」
「....私か?」
これは先ほどまでのスポーツとは違う、純粋な力で解決できる問題ではない。
だがそれでも....
(こんなにも期待されてる....!)
浴びせられる彼女達の期待の眼差しにツルギの身体は自然と動いていた。
「ぎぎぃぃ....」
呼吸すら忘れる程の集中力でレバーをミリ単位で操作しアームをぬいぐるみの真上へと移動させる。
────ここだ!
「うるぅぅぅぅ!!!!」
低い唸り声と共に降下ボタンを押し込みアームが降下を始めると、ツルギはケースに顔を押し付けながら血走った目で獲物を睨みつける。
「落ちろ...掴め...掴むんだ....キシャァァァッッ!!」
クレーンゲームをやっているとは思えない程の凄まじい気迫....他の利用客も何事なのかと足を止めツルギ達の方を見ている始末。
もはや怨嗟の呪詛に近い気迫に押されたのか、それともボタンを押し込んだ際の衝撃で筐体内部のクレーン機構が物理的に噛み合ってしまったのか──細い筈のアームの爪がぬいぐるみの表面に信じられない深さで食い込んだ。
ウィィィィン
ぬいぐるみを一切揺らすことなく垂直に持ち上げたアームはそのまま移動し爪を開くと、ボスンという音と共にぬいぐるみが落下した。
「と、取れたぁーっ!!」
「一発!一発だよ!」
「委員長って本当に凄いんだ!」
その場で巻き起こる拍手の嵐、ツルギ本人も呆然としながらも取り出し口からぬいぐるみを引き抜き手渡す。
「...ほら、お前達のだ」
「えっ、い、いいんですか!?委員長が取ったのに...」
「ありがとうございます!大切にします!」
「....ああ」
ツルギは彼女達の嬉しそうな姿を見て、あの日ハスミが話していた"仲間と楽しむ事も大切だ"という意味が改めて理解出来たのだった。
その後もエアホッケーでパックを高速で弾き火花を散らしたり、レースゲームではハンドルが取れかかったりとツルギ達は時間の許す限り遊び倒した。
途中で立ち寄ったフードコートでは山盛りのフライドポテトやハンバーガーを囲み、普段の任務では決して見られない後輩達の他愛のない雑談に耳を傾ける。
その時もツルギが時折短い相槌を打つだけでハツネ達は楽しそうに笑ってくれていた。
ただ楽しむという事に集中して過ごした時間はあっという間に過ぎ、施設を出る頃には空はすっかり茜色に染まっていた。
「今日は本当に楽しかったぁ...」
「今度はコハルちゃんとかマシロちゃん達も誘って皆で来たいね」
「賛成!」
そんな会話をしながら歩く後輩達の背中をツルギは一歩引いた位置から見守っていると、ハツネ達が足を止め振り返った。
「ツルギ委員長、今日は私達のワガママに付き合ってくださって本当にありがとうございました!」
「また今度他の場所でも行きましょう!」
「...ああ、また誘ってくれ」
「はい!」
告げられた真っ直ぐな言葉にツルギの胸が小さく跳ねる。
やがて少女達の明るい笑い声がトリニティへの帰路をゆっくりと包み込み、夕日に消えていくのだった。