「お疲れー」
「お疲れ様!」
その日自治区内の定期巡回を終えた私は他の子と交代のために正義実現委員会本部へ向かっていた。
今日は特に大きな任務も無かったし、後の時間は訓練をして過ごそうかな....あ、コハルちゃんに会いに行くのもいいかも!
「──待ってください、そちらの正義実現委員会の方」
...そんな事を考えながら歩いていた時、どこか凛とした声が私の後ろから聞こえてきた。
(この声...誰だろう?正義実現委員会に用事の人かな?)
あまり聞き覚えの無い声に私は考えながら振り返ると、そこに立っていたのは青い髪をした知らない人だった。
「えっと、私ですか?」
「はい、驚かせてしまいまして申し訳ありません。あれから貴方の様子が気になっていたものですから」
(えっ、私のことを知ってるみたいだけどどこかで会ったことあるっけ...?)
記憶の引き出しをひっくり返してみる。
確かに正義実現委員会に入ってから確かに色んな先輩方や他部活の方と関わる機会は増えたけれど、目の前の人の記憶は全く無い....
私がどうしようかと目を泳がせていると、その人は私の様子を察したのか頷いてから口を開いた。
「以前負われたお怪我の具合はもうよろしいのですか?」
「え、怪我?....あっ!」
そう言われた瞬間、私の頭の中のパズルのピースが一気に噛み合わさった。
そうだ、あの日保健室に運ばれた時に誰かが周りの子達に治療の指示をしてた姿を一瞬だけ見た気がする。
「あ、もしかして救護騎士団のミネ団長...ですか!?」
「ええ、思い出していただけたようで何よりです」
「覚えていてくださったんですね...!見ての通りもうピンピンしてます!あの時は本当にありがとうございました!」
そう言うとミネ先輩は小さく笑いかけてくれた。
なんて優しい人なんだろう....ミネ先輩からすれば私なんて何人もの治療者の1人にすぎないのに覚えていてくれたなんて...。
「お気遣いありがとうございます!ミネ先輩は今お休みですか?」
「そうですね、今はセリナ達も別の場所に行かせていますから....」
ピピッ、ピピッ、ピピッ。
その瞬間、唐突にミネ先輩の方から鋭い電子音が鳴り響いた。
「失礼します」
ミネ先輩は急いで端末を取ると先程までの空気を一変させて真剣な表情を浮かべた。
「はい...ええ、場所は商業区の大通りですね?被害状況は?...なるほど、怪我人発生現在も暴動が継続中と。わかりました」
一通り何かを話し終えたミネ先輩は端末を切るとすぐにどこかは行こうとその場から動き出す。
「み、ミネ先輩何かあったんですか?」
気になった私が先輩の後をついていきながら尋ねると、そのまま歩きながら教えてくれた。
「商業区の一角で騒乱が発生したようです。すでに負傷者も出ているそうで、これから"救護"しに行かなければなりません」
「怪我人が!」
商業区といえば一般の生徒や買い物客で賑わう場所の筈、そんなところで怪我人が出ていて暴動が続いているだなんて....救護騎士団は医療組織だ、暴れている人達がいる危険な現場で怪我人の手当てに専念しなければならないのは危険過ぎる....
「ミネ先輩!私も同行させてくれませんか!」
「...同行ですか?」
「はい!救護騎士団の皆さんが安心して怪我人の方の手当てができるように周囲の安全を確保するのが私達....正義実現委員会の役目です!」
胸を張ってそう宣言すると、ミネ先輩は驚いたように一度目を見張ってそれから嬉しそうに頷いてくれた。
「素晴らしい志ですね、では共に参りましょう」
「はいっ!」
そうしてミネ先輩の快諾を受けた私はそれから現場へ向かって駆け出した。
──でもこの時の私はまだ何も知らなかった、救護騎士団の団長が掲げる「救護」という言葉の真の意味を。
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それから到着した現場には耳を劈くような怒号とガラスの割れる音が響き渡っていた。
「ふざけんじゃねぇぞ!どこだ、買い占めた奴はどこに隠れやがった!!」
「アタシ達が朝の5時から並んでた限定の『プレミアム・トリニティ・ミルフィーユ』だぞ!?それを1人で30箱も買い占め様だなんて許されると思ってんのか!!」
「出てこい!出さないならこの辺の店を片っ端から蜂の巣にしてやる!!」
カフェテラスの白いテーブルやパラソルは無惨になぎ倒され、ショーウィンドウにはヒビが入っている。
そして道路の端には巻き添えを食らって流れ弾や破片を浴びた一般の生徒や住民の人達が倒れれていた。
その原因は今叫びながら暴れているスケバン達十数名、どうやら目当てのお菓子が売り切れて買えなかったっていうあまりにも理不尽な理由で荒れていたらしい。
「ひどい...お菓子が買えなかったからってこんな一般の人達を巻き込むなんて!ミネ先輩!先輩は倒れている負傷者の方の手当てをお願いします!あの暴れている人たちの相手は私が引き受け──」
と言いかけたその瞬間。
「....助けを求める声がある、そしてそこには傷を生み出す原因がある」
ミネ先輩の声が信じられないほど静かに響いた。
私が視線を戻した時にはすでにミネ先輩は私の一歩前に出ていて、巨大な盾を正面に構えながらスケバン達を睨みつけている。
「救護とは....患者に苦痛を与え続ける病巣そのものを根元から速やかに切除することです」
「え?せ、先輩?」
「戦場に救護の手を!」
そう私が声をかける暇すら与えられない内に....
ドォォォォンッ!!!
ミネ先輩の足元の石畳が爆砕した。
「え?」
まるで何かが発射されたかの様な衝撃が走ると同時にミネ先輩はスケバン達の元へと勢いよく突進していた。
「な、なんだコイツ!?」
「ちょ、何だよ!...ぎゃあああっ!?」
一番手前にいたスケバンが銃を構えようとした瞬間、ミネ先輩が構えていた巨大な盾が彼女の顔面に炸裂して真後ろに吹き飛んでいく。
そしてミネ先輩は流れるような所作で盾を引き戻すと再び構え直して次のスケバンに狙いを定めた。
「ひっ!?な、何なんだよアイツ!?」
「アレって...まさか噂の救護騎士団の団長か!」
「撃て!さっさと撃って逃げるぞ!」
パニックに陥ったスケバン達が一斉に銃を撃ちまくる。
無数の銃弾がミネ先輩1人に飛んでいくが、僅かな動きだけでその全てを受け切り前進し続ける。
「無力化します、大人しくしてください!」
そして1人、また1人とスケバン達は気絶させられその数をどんどん減らしていった。
「ゴハッ!?」
「ぎゅっ!?」
「た、助けてくれ!!!」
中には逃げ出そうとする人達もいたけれど、そんな彼女達にもミネ先輩は盾を投げつけたり掴んで地面に叩きつけたりしながら"救護"していった。
(あれ、何で救護しにきた筈の先輩が暴れてる人達を気絶させてるんだろう....怪我人の手当ては?)
私は目の前の光景が自分の知っている救護方法とあまりに違いすぎて思わず固まってしまっていた。
「た、助けてぇぇぇっ!」
そしていつの間にか最後の1人になったスケバンの少女が脱兎の勢いで路地の奥へと逃げ出した。
....それをミネ先輩が見逃す筈が無かった。
先輩は路地の奥を見据えたまま深く息を吸い込む、そして僅かに屈んだかと思えば最初の時以上の衝撃音と共に先輩の身体が空中に浮かび上がった。
あの盾を持ちながらどうやってあんな高さまで飛び上がれるのか....もはや跳躍ではなく飛翔の域に達している。
「そこまでです...大人しく救護を受けてください!」
そのまま空中で盾を傾けたミネ先輩は流れる様に逃げているスケバン目掛けて降下していく。
「う、嘘だろ!?」
そして見事に命中し、辺りには砂煙が立ちこめる。
その後煙が晴れ現れたのは満足そうに頷いているミネ先輩と、先輩に押し潰される形で地面に顔から倒れ伏していたスケバンの姿だった。
「これで周囲の安全は確保されました、"救護"完了です」
そう何事もなかったかのように高らかに宣言したミネ先輩はそれからすぐに倒れているスケバン達の元に向かうと1人1人を抱えると運び始める。
「申し訳ありません、救護者を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「あ、は、はい....」
「団長ー!またそんな無茶を....!」
それから数分後、ミネ先輩の要請を受けて駆けつけてきた他の救護騎士団の人達が大量のストレッチャーを伴って現場に到着していた。
「申し訳ありません、ですが放置すればさらなる被害が拡大すると判断したので」
「確かに結果オーライでしたけど....また変な噂が広がっちゃいますよ?」
そう言いつつも他の部員の人達は慣れた様子でスケバン達や倒れていた一般市民の方々を運んでいく。
それから私も手伝いつつ全員を運び終えるとセリナさん達は急いで学園の方へと患者の人達と一緒に戻っていった。
そして現場には私とミネ先輩だけが残された後、私はミネ先輩と話をしていた。
「ハツネさん、でしたね?今日はお疲れ様でした。手伝っていただき感謝します」
「い、いえ!私は殆ど何も....ただ見てるだけになっちゃってましたから」
「そんな事はありません、私が動いている間他の一般市民の方を避難させていましたよね?被害が出ないようにする十分な行動です。それに貴方が背後にいたからこそ私は迷うことなく前に進めたのですから」
ミネ先輩はそう言って私に手を差し出してくれた。
(....初めは驚いたけど、凄く芯のある人なんだなぁ)
先輩なりの信念を感じた私は内心で尊敬しながらその手を握り返す。
「ありがとうございます、ミネ先輩!」
「これからも頑張ってください....それと怪我には気をつけてくださいね?もし万が一また傷つくようなことがあれば──」
ミネ先輩はそこで言葉を区切りると私の目をじっと見つめた、その瞳の奥には先程の"正義の光"がチラリと揺らめいる。
「──その時は私が全身全霊をもって貴方を責任を"救護"して差し上げますから」
ヒュッと喉の奥が鳴った、私の本能が全力で警鐘を鳴らしている。
「は、はい!絶対に、絶対に怪我はしません!全身全霊で気をつけますっ!!」
「ふふ、頼もしいお返事ですね」
私の返事に満足そうに頷いたミネ先輩はそのまま学園へ向けて歩き出す。
(...絶対に気をつけよう)
私はただただ夕陽に照らされた先輩の後ろ姿を見ながらそう心底から強く誓ったのだった。