「.......」
昼下がりのトリニティ広場、そこは生徒達の憩いの場として今日もその役割を存分に果たしていた。
「.......」
木陰で昼寝をする者、噴水前で雑談をしている者など皆が思い思いの過ごし方をしているのがわかる。
「.......」
...そんな広場の一角で、木の裏に隠れながらある一点を見つめる一人の少女がいた。
名は下江コハル、そんな彼女の視線の先にいるのはベンチに腰掛け、他の正実メンバーと楽しそうに話しながら昼食をとっている別の少女....ハツネだった。
「きょ、今日こそ言わないと...」
何故彼女がこんな事をしているのか、それは新入生同士の顔合わせの日まで遡る。
『ごめんね、怪我は無い?』
『私、松果ハツネっていうの、貴方は?』
『コハルちゃんだね、今日からお互いよろしく!』
他の事に頭が回っていたせいで思い切りハツネとぶつかってしまったコハルだったが、彼女はそんな自分に優しく接してくれた。
だが極度の緊張と突然のスキンシップに混乱したコハルは咄嗟に...
『っ!....死刑ぇ!!!!』
と言い残し、そのまま逃げ出してしまったのだ。
あの時の事を謝らないと...常にその気持ちを抱いて何とか声をかけようとしてはいるのだが、案の定これまで一度も実行に移せていなかった。
「それでね──」
少し離れたベンチからは左右の子達に挟まれながら会話するハツネの声が聞こえてくる。
休憩時間はもう少しで終わり、声をかけるなら今しかない、コハルは勇気を振り絞り身体を木から僅かに覗かせようとして
「...あれ?」
不意にハツネが顔を動かし、こちらに視線を向けてきた。
「っ!」
気づかれた、コソコソしているのを見られた、その事実にコハルは思わず後ろに向き直り、パタパタと全力で逃げ帰ってしまう....
結局その日は一度も声をかける事なく一日を終えることとなってしまったのだった。
それからも何度か声をかけようと努力する日々が数日続いていた。
ある日は校内で歩いている時に偶然を装って、またある時は訓練中の彼女の背後に立った事もあったが、そのどれもがあと一歩のところで失敗に終わってしまう。
...大抵は勇気が出ずそのまま逃げてしまうせいではあるのだが。
「はぁ....」
今日で何日目になるだろうか、ただ声をかけて謝るだけなのにこうも上手くいかないなんて。
そうして溜息を溢し、トボトボと肩を落としながら広場を歩いていた最中
「コハルちゃん!」
「ひゃあ!?」
突然自身の右肩が何者かに掴まれ彼女は勢いよく飛び跳ね何とも言えない声を上げてしまった。
慌てて振り返るコハルだったが、彼女の視界に映ったのは見覚えのある黒い制服。
そしてたった今耳に入った聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにはこれまで散々声をかけようとしていたハツネ本人が自分を見下ろしている姿があった。
「あっ...」
「コハルちゃん大丈夫?何か暗い顔してるけど」
「......」
ハツネが首を傾げながらコハルの顔を覗き込む中、コハルはどう話を切り出すべきかここに来て再び頭を悩ませていた。
謝るだけ、数秒もかからずに終わる行為。
だと言うのに口が思う様に開かない。
そんなもどかしさに苦しむコハルだったが、ハツネは自分が何かを話したそうにしているのを察しているのだろう、彼女を前に催促することなく静かに佇んでいる。
「あ、あのね....その...ご、ごめんなさい!」
「え?」
無言の時間が続くこと数分、コハルはとうとう意を決して頭を下げると声を振り絞り謝罪の言葉を口にした。
あの時自分の不注意でぶつかってしまったこと。
声をかけてくれたのに、それに対し酷い事を言ってしまったこと。
何故自分が謝られているのかわからないハツネは初めのうちは困惑していたが、コハルの口から語られた話を聞き納得した様に頷く。
「別に私はそこまで気にしてなかったから、コハルちゃんが深刻に思う必要は無いから安心して?むしろ私が何かしちゃったかと思ってたから、何も無いみたいで良かった!話してくれてありがとう」
そしてハツネはコハルと目を合わせる様に腰をかがめると、あの時同様の笑顔を浮かべてそう告げた。
コハルも彼女の笑みにつられて同様に頬を緩めてしまう。
「じゃあ、誤解が解けたってことで.改めて...これからよろしくね?コハルちゃん」
「....」
そう言って差し出された手を見てポカンとしてしまうコハル、だが少ししてその意味を把握した彼女はあわあわと手を動かし始める。
そして目を瞑り、腕を組んで顔を背けると
「し、仕方ないから仲良くしてあげる!」
どこかツンツンとした態度で返事をした。
「ふふ...うん、ありがとうコハルちゃん」
そう言って笑うハツネを見て、コハルは片手を差し出すと彼女と握手を交わしたのだった。