視線の先に見えるのは一枚の的....その中心を狙い頭の中で距離を計算しながらスナイパーライフルの角度を調整していく。
目の前の目標に意識を集中させる度に、周りの音が徐々に小さくなっていくのを感じる。
(ターゲット捕捉完了...)
やがて全ての音が聞こえなくなる感覚が訪れた瞬間、少女はトリガーを静かに引いた。
ダンッと放たれた一発の弾丸が、遠くに鎮座している的目掛けて吸い込まれる様に飛んでいく。
そして....
「.....ふぅ」
弾丸は的の中央から僅かに左へずれた箇所に命中した。
それを確認した少女...マシロはゆっくりと顔を上げて溜息をつく。
彼女は今年正義実現委員会に入部したばかりの一年生であり、新入生の中でも優れていた狙撃の腕を磨くべく今日も一人訓練を行っていた。
「これでは駄目です...もっと正確に当てないと」
中心からズレたのはほんの僅かな差、しかしそれでも彼女にとっては大きな差であった。
マシロにとって正義とは絶対的なもの。
この世界で正義は常に正しく、悪を罰するのが正義である...彼女自身そうした考えが強く、普段からそういった哲学書も好んで読み漁る程だ。
それゆえにどんな事であろうとブレてはいけない、まさに今行っている訓練も勿論同様であり、だからこそ妥協出来ない。
「もう一度...」
そう言いながらマシロは再度ライフルを構え直し、的へと意識を向け始める。
そんな時だった。
「───!」
どこか遠くの方から何者かの声が聞こえてきた。
「────!」
声の主は何度も声を上げている様だが、集中していた彼女にはその声は届いていない様でまるで気づかない。
それからどれほど経っただろうか、マシロが先程同様トリガーに指をかけたところで”彼女”は現れた。
「ね、ねぇ!」
「っ!」
突然背後から響いた声に流石のマシロも気がつき、意識が急速に戻っていく。
そうして銃から手を離し後ろを振り返ると、そこには若干息を切らしながらマシロを見つめる長身の少女が立っていた。
「貴方は...確かハツネさんでしたか」
マシロはそんな少女を見て記憶を辿る。
確か彼女は自分と同じ新入部員だった筈、初日の顔合わせ時にやけに目立っていたのを覚えている。
「よ、よかった、やっと気づいてくれて」
「いったいどうしたんですか?」
「あ、あの...もう休憩時間だよって伝えようと思って、凄く集中してたみたいだったから」
彼女の言葉に携帯の画面をタップすると、そこには休憩時間から既に十分以上経過した時刻が表示されていた。
「すみません、わざわざありがとうございます」
「ううん、私こそ集中してたのに声をかけちゃってごめんね....でも凄いね、こんな遠くから狙えるなんて」
「いえ、別に...私はまだまだ半人前ですから」
マシロは銃を片付けながら、先程の結果を思い浮かべそう呟く。
「そういえばいつもここで訓練してるの?」
「はい、時間が許す限りは。腕を高める為には毎日の訓練は欠かせませんから」
「凄いなぁ、私も毎日訓練はしてるけどここまで集中は出来ないもん。やっぱり何か目標とかってあるの?」
そんなマシロの発言に感心する様に驚いているハツネだったが、ふと疑問に思ったのかそう何の気なしに言葉を投げかけた。
「....私は、正義の体現者になりたいんです」
「正義の体現者...?」
「はい、私は正義という理想を自分自身で示したい...正義とは何かを追求し、悪に屈せず困っている方々に救いの手を差し伸べられる...そんな人になりたいんです」
彼女からの質問に一瞬固まるマシロだったが、それから目を瞑った彼女は淡々と答え始める。
「だからこそ、私は誰よりも努力を続けなければいけません」
そう締め括ったマシロに、少々ポカンとしていたハツネだったが
「うーん、正直難しくてよくわからないけど....でも、なんだか格好いいね。私はまだ大きな目標があるって訳じゃないから説得力は無いかもだけど...それだけ真剣に考えて頑張ってるんだもん、きっといつかそんな理想の人になれるよ!」
彼女なりに理解し、応援の気持ちも込めてそう言葉を返した。
「....そうです!格好良いんです!」
「え?」
が、そんな返事がマシロの中の思いを刺激したのか、彼女はハツネにズイッと詰め寄ると目をキラキラとさせながら語り始めた。
「信念を胸にひたすらに突き進む、弱きものを見捨てずその意思を貫き通す....それがいかに単純そうで難しい事か、それらを含めて理想を追い求めて色んな方達が努力してきました。この前読んだ本にはですね──」
「あ、う、うん」
いきなりの変わりように困惑しながらも話を聞き相槌を打っていくハツネ...彼女の反応に更に気をよくしたマシロの口からは次々と正義についての話題が流れてゆく。
彼女は普段あまり人付き合いをしない為、こうして誰かと思いを共有するという事に本人の胸中には不思議と高揚感が芽生えていた。
そんな彼女の語りは止まる事を知らず、終わりを迎えた頃にはとっくに休憩時間が過ぎ去ってしまっていたのだった。