【バトルマスター】のゆるふわタウンライフ 作:千寿院うにいくら
その日!
冬木ツバキは早起きしたので朝ドラを見て、その後の情報番組を見た後、みんなの体操で軽く体をほぐしてから、行きつけの町中華に遅い朝ご飯を食べに行ったのだった!
「朝ご飯はやっぱりここのモーニング中華粥に限るねぇ~。程よい塩味とお米の甘味がベストマッチで健康的だし~」
「ヘヘッ、ツバキちゃんにそう褒めてもらうと昼の時間帯も頑張ろうって気になるねェ」
そう言ったのは店主のチンさんである。
この店、チンミン軒はチンさんミンさん夫婦が営む町中華チンミン軒である。
チンミン軒は町中華ではあるがモーニングを提供している。
中華粥に揚げパンの定番メニューながらお値段は290円とリーズナブル。ツバキのお小遣いでも負担が小さく、ツバキが訪れる時間帯はモーニングが終わりの時間帯であり釜に残った粥を全部盛りにしてくれるため、元アスリートのツバキが健康的な一日を送るカロリーを提供してくれるのだ。
「あんた!洗い物はやっておくから昼の仕込み取り掛かっちゃいな!」
「おう!頼んだぜカアちゃん──」
そんないつもの夫婦の掛け合いを聞きながら、ツバキが菩薩顔でなみなみとどんぶりに盛られた中華粥を食していると──
「ウゴッ!!!!」
チンさんが、大きな中華鍋を持ち上げようとした瞬間だった。
チンさんの断末魔の叫び、そして、落下した中華鍋がゴワンゴワンと回る大きな音が店内にこだました。
「アンタぁッ!」
女将のミンさんが、サンダルが貼り付くような床に崩れ臥したチンさんに駆け寄る。
「……触るな……腰が……逝った……っ」
チンさんが──腰をいわした。
「あんた……昼は、行けそうかい……?」
「…………」
チンさんは、ただ弱弱しく、首を振ることしかできなかった。
「またかい、仕方ないねぇ……」
チンさんは、たまに腰を痛める。
その際には店の表に『店主ギックリ腰のため臨時休業します』と貼り紙が掲出されるため、常連にとっては割とよくあることである。
「おばちゃ~ん、どひたの?」
揚げパンをかじるツバキが厨房の様子を窺いに来た。
「ああ、ツバキちゃんごめんねぇ。この人が腰を痛めちゃってねぇ……ほら、年甲斐もなくこんな大鍋持ち上げようとするから」
ツバキが覗き見ると、ガラパゴスゾウガメの甲羅ほどはあろうかという大きな中華鍋が床に転がっているのが認められた。
「それはぁ……俺の憧れを具現化した特注品でぇ……」
「アンタは黙ってて!ごめんねぇツバキちゃん、このお鍋持ち上げるの手伝ってくれるかい?」
「は~い任せて、おばちゃん」
口にくわえた揚げパンを一気に咀嚼して飲み下し、ツバキはしゃがみこんで、転がった中華鍋に手を掛けた。
──その時、不思議なことが起こった!
「………………おばちゃん、あたし、作るよ」
「ツバキちゃん?作るって、何をだい?」
「みんなのお昼ご飯、作りたい……作らせて!」
ツバキは、何か、熱い使命感のようなものが胸の内に芽生え……そして、一気に燃え盛るのを感じていた。
「作るって……ツバキちゃん、料理できるのかい!?」
「作れるよ……チャーハンなら……自信、ある!」
ツバキは胸を張って答えた。
チャーハンは彼女の得意料理である。
そう、チャーハンは浪人生の友だからだ。
夕飯で余った冷や飯を卵と和えて醤油と胡椒で炒めるだけでゴキゲンな夜食が完成する。
もっとも、彼女は勉強をするでもなく、深夜アニメや買うわけでもない通販番組、ゲーム実況プレイの動画配信を見て夜更かしをしているのではあるが……。
ちなみに、客観的に言ってツバキのチャーハンはとても人に誇れるようなものではない。普段料理をし慣れない彼女は火力を強火にするという選択肢がない(焦がすのが怖いから)。故に、炒め物は弱火寄りの中火で行われる。
しかし、一般的に炒め物は強火で食材の表面を焼き焦がしコーティングして食材の旨味を閉じ込めるものだ。ツバキの普段使いの火力でもし野菜でも炒めようものなら野菜の細胞壁は破壊され、水分が抜けだしてべちょべちょぐしょぐしょぐずぐずのぬるいスープ煮のようなクソマズ野菜炒めが出来上がるのは間違いない。
そんなものを店に出して金でもとろうものならレビューサイトで酷評され、風評被害は免れ得ないだろう。
だが、チンさんは、ツバキから発せられる何か得体の知れない熱意のようなものを感じ取ってしまい──
「……すまねえツバキちゃん……あとは頼まあ……」
ツバキが厨房に立つことを、了承してしまった。
「任せてよ~」
巨大中華鍋を片手で軽々と持ち上げて腕まくりをするその姿は、とても頼もしく見えたという。
…………
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ワガハイは通りすがりの食通なのである。
もうすぐ時刻はお昼時、そろそろどこかのお店に入ってランチと洒落込みたいのであるが……
通りすがりの食通はそんなことを思っていたが、折悪く、ここは彼岸時町。
この町は別にシャケが遡上する川が流れていないにもかかわらずどこからか生えてきたシャケやいくらが名物だという奇妙な町で、食のレベルはお世辞にも高いとは言えない。
「少し歩いて、食の文化レベルが高い隣町の
その時、通りすがりの食通の背筋に電撃とも思しき寒気が走った。百戦錬磨の彼の美食アンテナが、何かを感じ取ったのだ。
「っ……この、鬼気迫るものは一体……なんなのである……?」
足を止め、きょろきょろと周囲を見渡すと、その神々しいような禍々しいような形容し難き闘気のようなオーラは一軒の町中華のお店から発せられているようであった。
「一見──変哲もない、地元の人の普段使いの町中華なのである……こういう店は、味よりも量とレパートリーの多さがウリなことが多いのであるが──」
表の立て看板には『本日は“シェフの気まぐれ五目チャーハン”のみ¥650-』と書かれている。
「……ハズレ感がパないのである」
店の中を覗くと、客の入りは──上々である。
時間が昼時の盛りに差し掛かれば、列ができるかもしれない。
ちょうど、通りすがりの食通のお腹がグゥと鳴った。
「物は試し……一食、充ててみるのである」
意を決して通りすがりの食通は店の暖簾をくぐった。
入ると同時に女将の「いらっしゃい」の声がかけられ、着座と同時にチャーハンとネギの浮かぶ中華スープが饗され、飯を食うはずの通りすがりの食通は面食らった。
「一品しかないので回転が早いのであるか……?」
見れば、作り置きではないようである。できたての、醤油とごま油の香りが香ばしいホカホカのチャーハンだ。
「いただきます、なのである」
大きく半球型に盛られたチャーハンをレンゲで突き崩してみると、崩れた米の山の中からたくさんの具の正体が明らかになる。
「ふむ……ふわふわ玉子、角切りチャーシュー、ネギ……このあたりはオーソドックスなのである。かまぼこに少々の高菜、カニカマの姿も見えるのであるな。これは……ベーコンをカリカリに焼いて細く刻んだもの、である。……とりあえず好きなものを放り込んだみたいなチャーハンであるな。味は──」
通りすがりの食通はレンゲでチャーハンを一掬いし、口に運ぶ。
「これは──!……普通なのである……平々凡々の凡なのである……」
決して美味しい、と言えるほどではない。普通に食べられる、というくらいのものである。
だが、どこか懐かしい。
このチャーハンには、ノスタルジアを呼び起こさせる味がする。
学生時代や独身時代──狭いキッチンで小さなガスコンロを使って作った……あの時の懐かしいチャーハンの香りと味がする。
通りすがりの食通も例外ではなくそのような時期があった。彼も、他の客がそうしているようにいつしか皿を抱えるように持ち、レンゲでかき込むようにしてチャーハンをかきこみ、見る間に完食していた。
完食した通りすがりの食通は、椅子に身を預けて大きく一つ息を吐いた。
「味は、普通なのに──これほどの多幸感を得られるとは……なのである」
ツバキが振るう巨大中華鍋は、店主チンさんがお金のない学生にもたらふくご飯を食べて欲しいと願い、職人に特注した鍋だった。その中華鍋に込められた想いが、ツバキのバトルマスタースキルを通じて発露し、チャーハンを食べる者の脳へさながらドラッグのように働きかけ満腹感と幸福感を同時に覚えさせたのだった。
通りすがりの食通だけではない。チャーハンを食べ終わり、店を出る者すべてが心地よい満腹感を抱いて満足げな表情をして去っていく。
「……思わぬダークホースが隠れていたのである。彼岸時町のチンミン軒……覚えておくのである」
その日、通りすがりの食通の美食ノートに新たな一ページが確かに刻まれた。
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その夜。
冬木ツバキの家にて──
「お腹空いたー、お姉ちゃん何か食べるものない?」
ツバキの妹、冬木ビオラが言った。
彼女は育ちざかりであり、姉とは違って夜遅くまで勉強しているため、頭を働かせる燃料が必要なのだ。
「ちょうどお夜食のチャーハン作ったよ~。一緒に食べる?」
「うん食べるー」
よそわれたチャーハンを一口食べて、ビオラは言う。
「お姉ちゃん、料理上手くならないね」
妹には、ツバキのチャーハンは不評だった。
そして、妹の評価は正しい。大量生産の既製品の鍋をツバキに持たせれば、本来この程度なのだ。
「それはね、うちがIHだからだよ~」
ツバキは、それを自分の腕ではなくIHのせいにした。
次回、『<Equip.3>職人の竹刀』