学園黙示録 ‐Crosser of the DEAD‐ 作:浜田猫@執筆中
狂乱のきっかけである放送が流れてから数時間。
校内は僅かな悲鳴と数多の唸りに包まれた惨状が広がっていた。
あの放送が流れた時に動き出したもの、あの放送が流れる前にことの不自然さに気付いたもの、そして単に運よかったものは、皆各々に活路を見出し生き延びている。
だがそれ以外にも、実は生き延びている者たちもいる。
ことは、昼休みにまで遡る。
1
「そう、出たんだ」
「ああ。まだ少しだがな」
校舎裏、校庭の喧騒を聴きながらこれからのことを考える。
ことが町で起こっているとなると、ここに来るのにそう時間はかからない。
早くても、五時間目の始めには来るだろう。
「もう授業が始まる。とりあえず二人に知らせよう」
「わかった」
踵を返そうとして気付き呼び止めた。
持ってきた紙袋を差し出す。
「君の分もはいってるから」
大きな顔が袋の中を覗き込む。
「使い方がわからねェぞ、俺は」
「じゃああいつに渡しておいてくれればいいよ」
「おまえは?」
「いくつか持ってる。さあ時間がない、急ごう」
外の惨状と最悪の状況を想定しながら、校舎裏を出た。
◇
「宮本さん、ここ教えてもらっていい?」
「え?」
五時限目の予習をしていたらしい源に話しかけられた。
源とは席が隣同士で、新学期からよく話す仲となっている。
趣味も合って、当初出来ないだろうと思っていた大事な友人である。
「どこ?」
「えっと――」
とその時、教室の入り口から源が男子生徒に呼ばれた。
源は「ごめんなさい」と私に言って、教室の外へと向かって行く。
少し気になって見ていると、男子生徒に引っ張られてどこかに連れて行かれてしまった。
「へぇ、源って彼氏いたんだな」
いつの間にか傍に来ていた永が、教室の扉を見ながらそう言った。
「気になるの?」
「少しね。いるようには見えなかったから」
今のは普通なら「違う」と言ってくれるところじゃないだろうか。
私じゃなかった誤解しているかもしれない。
まあ、こうやってはっきり言ってくれるところもいいんだけどね。
「でもあの男子には見覚えがないけど、あんな人二年にいたんだ」
「確か、D組だったかな。丸い眼鏡が印象的だったから、なんとなく憶えてる」
「へぇ。あとで付き合ってるのか込みで聞いてみよ」
さっき源が指差していたところを読みながら言う。
結局そのまま源は、五時限目が始まっても帰ってこなかった。
そしてそのときは気付かなかったが、高城が視界の隅で開いていた携帯を閉じて教室を後にしていた。
◇
屋上に着いたのは、五時限目のチャイムが鳴った直後だった。
扉を開き外に出ると、妙に冷たい風が吹きぬけ髪を揺らす。
目を瞑って風をやり過ごし、再び目を開けると、こんな時間に人を呼び出した傍迷惑な奴の背中が見えた。
扉を閉めて腕を組み、私は出来るだけ刺々しく言ってやった。
「めずらしいじゃない、引き篭もりが外に出てるなんて」
鉄格子に肘を突いたまま、そいつは体を開いてこちらを向いた。
「久しぶりだね高城。いつかのパーティ以来か。もっともあの時は、僕は急用ですぐに抜けてしまったし、君も最後まではいなかったみたいだけど」
富豪同士のパーティなどは、パパが「くだらん」と言って高城家は出席することが殆どない。
あるのは、パーティの名を借りた密談か、高城家に必要な用事があった場合のみ。
そしてその時はこいつが主催したパーティで、内容はまったく知らされなかった。
ただパパが参加すると言うくらいだから、無駄ではないのだろうと連れられるまま参加しただけ。
用事は済んだと言って、三十分もしない内にパパが戻ってきて帰ることになったのだけど。
「御託はいいわ。早く用件を行って頂戴」
「そうか。高城は優等生だからな、早く教室に戻らなきゃいけない。じゃあ手短に言おう」
そいつは背を鉄格子に預けて此方を向く。
私と同じように腕を組み、細く鋭い目で真っ直ぐ私を見て、酷く真面目な声で頓珍漢なことを言ってきた。
「――逃げたほうがいい、今すぐに」
唖然とし、少し遅れて私は「はぁっ?」と返した。
「意味わかんない。なんで逃げなきゃいけないのよ」
「言っても信用しないだろうから、忠告だけしておこうと思ってさ」
「……で、用件はそれだけなの?」
「うん」
怒りを通り越して呆れた。
人をこんなところに呼び出しておいて、話の大筋も言わないでただ「逃げろ」ときたものだ。
それで素直に「はい」と逃げるような人間がどこにいるというのか。
自分で言っておいて、逃がすようなことをしていない。言動がまったく一致していない。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、何か言う気にもならずそのまま後ろの扉を開けて中に入った。
「呆れた。あそこまでとは思わなかったわね」
前々からなにを考えてるのかまったく分からなかったけど、ここまでくるとただの馬鹿にしか見えない。
今から戻って、やっぱり一発お見舞いしてこようか。
そう思い顔上げて、
「悪いな、退いてくれ」
体の横を岩が通り過ぎていった。
「え?」
振り返ると、はちきれそうなガクランが扉の外に出て行くところ。
閉まる扉を、私は唖然と眺めた。
「なに、今の?」
あんなボディービルの選手が制服を着たような男子生徒が、この学校にいたなんて記憶にはない。
じゃあ一体誰、あれなに。
あんなのが廊下を歩いていたら、確実にいっぱつでわかる。
なのに知らない。
いや、一度だけ似たようなものを見た気がする。
あれは、入学式の時だったか。
今から約一年前のことだが、あの時に確か見た記憶がある。
それ以来見ていないということは、学校に来ていないということだろう。
ということは今は、留年でもして一年生をしているのだろうか。
「ま、興味ないけど」
知らないが、知る気もない。
無意味な思考を切捨て階段を下りていく。
教室までの途中、外側の階段を使っていた私は偶然、あいつの背中を見つけた。
鬱憤を晴らすように言ったのは悪いとは思ったが、さりとていつまでもウジウジしているそいつにまた腹が立ち、もやもやした気持ちを抱えたまま教室に入った。
――あの惨劇は、それからすぐに始まった。
2
「……ひどい」
震える彼女の手を引き、腐臭の漂う廊下を走る。
壁や床の至るところに、誰のものかも判らない血が飛び散っている。
死体は見当たらない。
おそらく餌を求めて歩き回っているのだろう。
今まで出会わなかったのは、運がよすぎた。
「二人とも、大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。ちゃんと待ち合わせしてるから、そこに行けば会えるよ」
本当はこんな光景、彼女には見せたくなかった。
彼女は今日ここにいるはずはないのだが、どうしてもと言って最後に登校させたのだ。
昨日のは軽い冗談だったが、まさか本当に今日事が起こるなんて、タイミングが悪すぎた。
「――ひっ」
立ち止まる。
手を放し、庇うように手を出す。
「下がって」
いた。
低い呻き声を発し、爛れた肉を落としながら近づいてくる。
右手で、制服のズボンの背中に差したソレを握る。
もう後戻りはできないんだろうなぁ、なんて楽観的なことを心で呟きながら、ソレを相手に向けた。
大丈夫だ。
ことあやとりとこれに関しては、絶対の自信がある。
この腕があれば、何度だってみんなの窮地を救える。
――彼がいた頃も、そしてこれからも。
「ごめん」
引き金を引く。
乾いた音と共に、手に衝撃が伝わる。
その直後、パキャ、という不思議な音が鳴り――人間だったものは、頭部を破壊されて力なく崩れた。
「っ」
振り返る。
そこには涙を流し、震えながら胸の位置で手を握り締める想い人がいる。
この子だけは、絶対に守る。
改めてそう心に決め、左手を彼女に向けた。
目を開け、僕の手を見た彼女は、涙を拭って手を取る。
小さな手は、やはりまだ震えていた。
けど彼女はこういうときに弱音を吐くようなことはしない。
だから僕も、今はもう弱音は吐かない。
「スネオとたけ…ジャイアンも、後できっと会えるよ。行こう、しずかちゃん」
そう、勇気付けるように笑いかけると、
「そうね。行きましょう、のび太さん」
精一杯、愛らしい笑顔を浮かべてくれた。
――終わりは、はじまった。
何のクロスかもうおわかりですね。