学園黙示録 ‐Crosser of the DEAD‐   作:浜田猫@執筆中

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第4話

紫藤浩一は考えていた。

 

 これから起こすべき行動。それに至る動機。あらゆる意見に対する台詞。

 思いつく限りの可能性を案じ、対処すべき事柄の対案を立てる。

 綿密に未来を予測し、一切の無駄のないように圧縮していく。

 結果として、逃げるべき道とタイミング。必要な犠牲と物。自分を置くべき立場や言動。最終的な目的地に、そこまでの道程で起こるであろう出来事と対処法を導き出した。

 さらに思考を巡らし、他のケースも考慮し数パターンの方程式を作り上げた。

 このときこの学校の中で、間違いなく紫藤ほど生存率の高い人間はいない。

 その事実を自覚し、紫藤の口角がいやらしく吊り上がるが、周りは事態に動揺するばかりでそれに気付くことはない。

 ――まったく、愛らしいくらい愚かですね。君達は。

 狼狽えるばかりの自分の生徒達を見下しながら、冷酷な策士は静かに、自らが導き出した絶好のタイミングを待つ。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 静かに、静かに。ギリギリまで存在感を薄め、意識の影から周りを観察し続けた。

 やがて機は熟し、紫藤浩一の計画は満を持して動き始める。

 閉め切っていたはずの部屋に風が入り込む。だが紫藤は後ろの窓を見ることなく高々に宣言した。

 

「皆さん!安心してください。助かりますよ、必ず」

 

 ――皮肉にもすでにこの瞬間から、紫藤の完璧だったはずの計画は、徐々に崩壊へと向かっていた。

 

 

 

 

     1

 

 

 

「なるほど、友人と待ち合わせか」

 

「はい、まあ」

 

 さっき偶然出会った毒島先輩と鞠川先生は、なんでも車の鍵を取りに職員室に向かうらしい。

 目的地が自分達一緒だと言う事を伝えると、では一緒に行こう、ということになった。

 僕は特に異論はなく、武は首を縦に振って答えた。

 それで道中、職員室へ行く理由を尋ねられて、それに答えたというところ。

 早足で歩きながらも、前を歩く僕と毒島先輩に鞠川先生は山のような双丘を揺らしながら苦しそうに付いて来る。殿は武だ。

 

「その友人は無事なのか?」

 

「大丈夫、でしょうね。多分」

 

 自分では曖昧に返事したつもりなのだが、毒島先輩を見ると何故か笑っていた。

 

「いや、心配しないのだなとね」

 

「一応信用してますからね。それに…あいつ今、死ねないですし」

 

「ん。それは」

 

 毒島先輩の言葉を遮るように、前の教室から死体が歩き出てきた。話し声に釣られたのだろう。

 かわせるかとも思ったが、毒島先輩が持っていた木刀で押しのけてどかした。

 続けざまにもう一体姿を現す。だが間も無く木刀によって突き飛ばされ、ロッカーに激突した。

 

「何故潰さない?」

 

 武が低い声で聞いてきた。

 この状況で物騒な事を平気で聞くあたり、武はもうこの現状に正しく適応してきているのかもしれない。

 中庭へ出る扉に着き、外の様子を気にしながら答えたのは毒島先輩だった。

 

「いちいち頭を潰すのは、足止めと変わらない。それに、力は驚くほど強い。掴まれたら逃げられない」

 

「…………そうか」

 

 難しそうに頷いた。

 きっとこの世界でも、君にとってその事実は生涯杞憂だろうさ。

 

「きゃあ!」

 

 今まで話に入ってこなかった鞠川先生から悲鳴が上がる。

 見れば僕たちの足元で、カーペットに足を取られて転んでいた。

 なんなのよ、と愚痴をこぼしている鞠川先生に苦笑する。

 

「走るのに向かないファッションだからだな」

 

 そう言って毒島先輩は鞠川先生に近づき、ビリリ、と先生のスカートの横裾を破った。大人な紫色が見えるくらいもう思いっきり。

 すると鞠川先生はブランド物なのにぃ、とよくわからない反論をしてきた。

 

「命と服、どちらが大切だ?」

 

「う~、両方!」

 

 仕草は愛らしくはあったが、台詞は単なる我侭でしかなかった。

 外見と中身が面白いくらい相反しているお方である。

 毒島先輩も、武でさえ呆れている。

 ――女生徒の悲鳴は、そのときに聞こえた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「これは、職員室か」

 

 毒島先輩が走り出しその後に続く。

 階段を駆け上がり、職員室の前の踊り場に着いた時、驚いたことに小室たちと鉢合わせた。

 向こうも僕を覚えていたらしく、互いに一瞬顔に出るが、パスッ、という音に意識が引かれた。

 見ると職員室の扉の前で、男子生徒が釘打ち機で歩く死体を狙撃している。

 けどざっと見るだけでこの場には七体ほどいた。一人では無理がある。

 しかし、そう考えたのは僕だけではなかった。

 

「右はまかせろ!」

 

 毒島先輩は、男子生徒を除いて武器を持っていた小室たちが、死体を掃討しようとしているのを悟り声を上げる。

 それによって小室たちは目標をより小さく定める事が出来た。

 女生徒が棒を巧みに使い一体、小室がバットを懇親の力で振り下ろし一体を仕留めた。

 

「ほう」

 

「ぬがあっ!!」

 

 感心したようにそれを眺めた毒島先輩は、非常に洗練された構えを取り一切の隙を切り落とす。

 その横で、獲物を見つけた肉食獣が咆哮を上げていた。

 二人は正反対の姿勢で死体に向かっていく。

 

「――来るなぁ!」

 

 しかしてその悲鳴は、雄たけびを貫いて僕に届いた。

 見ればそこにいたのは、さっき屋上に呼び出した高城沙耶だ。そしてそのすぐ手前には、彼女に今まさに喰らい付こうとする捕食者の姿。

 高城は後ろの棚から記念杯やらを投げつけるが、その抵抗は無駄だ。

 あれらは痛みを感じない。物理的な衝撃が強くない限り怯む事はない。

 

「高城!」

 

 全員が気付いていたが、間に合わない。

 どう頑張っても、僕らの誰よりも早くあれは高城に噛み付く。

 釘打ち機を持った男子生徒が鬼の形相でそれを向けるが、釘がなくなったらしく打つことが出来ないでいる。

 全員が高城の死を予感した。

 

「――っ」

 

 そのとき、視界の隅で何かが光った。

 それを目にした僕は、咄嗟に目の前の扉を開け放つ。

 ――その瞬間、この場の唯一の捕食者の頭は不思議な音と共に弾け飛んだ。

 

「え?」

 

 力なく横に倒れる死体を眺めながら、高城はわけもわからずと言った様子で声を上げた。

 間一髪間に合ったが、中々無茶なことをしてくれる。

 結果的には助かったけど、今後は控えてもらいたい。じゃないと僕が怪我をしていた。

 動く死体の頭がいきなり弾けるなんていう怪奇現象を目にした皆は唖然としている。

 武だけは冷静に、開けた扉、次に反対側の校舎を見ていた。

 そんな彼らを尻目に、僕は高城に近寄った。

 

「大丈夫かい?」

 

「ほね、かわ……」

 

 体を震わせながら、高城は僕を見上げてくる。

 だから言ったのに、あのとき。

 

「忠告したはずだけどね。まあ、信じないのはわかってたけれど」

 

 今更とやかく言うつもりはない。

 こうして皮肉を言ったのは、僕が我慢できそうになかったからだ。

 後悔しないために選んだ道で後悔するのは、自分の選択が間違っていたということになる。そんなのは癪だろう。だから言った。それだけだ。

 ただ高城は、そんな皮肉すらも聞こえていないらしい。

 いつもの高慢ちきな態度は消え失せ、ひたすら耐えるように体を震わせていた。

 

「高城?」

 

 僕は『怖がっている高城』というものが想像できなかった。

 何故って、普段の高城を知っていたら自然とそうなってしまう。自信に満ち溢れ、それに足るだけの実力と才能を持ち合わせる才色兼備、眉目秀麗な美少女だ。

 だから俯いていた高城が顔を上げた時、僕の表情はさぞ愉快な形をしていたに違いない。

 

「……ひぅっ…骨川ぁ……うぅ…」

 

 泣いていたのだ。あの高城が。あの高城沙耶が、泣いていたのだ。

 その上ガクランの裾を握ってきたりしている。

 

「え、ちょ、たか、ぎ?」

 

 突然恥ずかしい気持ちになり、高城が泣いているということだけでも若干ショート気味だった思考により拍車がかかる。下手をすると今の僕は、高城よりも混乱していると思う。

 だがそんな中、本当は誰かに抱きつきたいのだろうと判断できる一部冷静な頭が憎らしかった。

 

「ぅ…っ……ひぅ……」

 

 それでも抱きついてきたりはしない。必死に堪えているようだ。

 高城がここまで感情を顕にしたのは、まだ自分の感覚を取り戻せていないからだ。

 あのとき高城は、自分でも「もう駄目だ」本能で思ってしまったのだろう。そのときに彼女は一度理性を手放してしまったのだ。

 手放した理性は簡単には戻ってこない。個人差はあるが、それなりの代償行為が必要になる。高城の場合はこれだった。

 僕に抱きついてこないのは、ひとえに彼女の高い自尊心、矜持の成せる業だ。

 そこには感心するばかりである。

 

「………」

 

 多少冷静さを取り戻した僕は、毒島先輩に目配せをする。聡い上に空気も読めるらしい先輩は、僕の視線だけで意図がわかったらしく、高城に近寄って震える肩を抱いた。

 大丈夫だ、大丈夫、と幼子をあやす様に優しく背中を擦る。

 僕の服を掴んでいた手は、いつの間にか離れていた。

 この場を毒島先輩に任せて、置いてきぼりになっている彼らへと向き直った。

 

「鞠川先生は知ってるね。彼女は三年A組の毒島冴子先輩。こっちは二年D組の剛田武、そして僕は、同じく二年D組骨川スネ夫」

 

 僕の声に、毒島先輩と高城以外が反応した。

 

「俺は二年B組の井豪永。こっちから宮本麗と、小室孝だ」

 

 そう答えてくる井豪が、なんとなくあいつに似ていると思った。僕にものび太にもない、天性の何かを感じられた。

 生まれながらのリーダーという奴だ。

 

「あ、えと、B組の平野コータ、です」

 

 昔の武みたいな体型だ。

 抱えている釘打ち機の改造を見るあたり、のび太寄りの技能も持っているのかもしれない。殺傷性を持つ釘打ち機など、半端な知識や技術で出来るような改造ではなかったからだ。

 

「宮本?」

 

 と、武が訝しげな声を上げた。

 何かと見ると、武は強面な顔をより一層厳つくして宮本麗を睨んでいた。

 

「っ」

 

 宮本が棒を構えた。

 こんな状況であることに加え、さっき武が彼らを助けた時の光景を思い出したのだろう。

 頭で考えるより先に、心と体が警笛を鳴らしたに違いない。

 一瞬抑えようかとも考えたが、武は滅多な事で人を襲うことはない。彼を信じる意味で、まだ静観していようと思い止めた。

 

「おまえの親父は宮本正か?」

 

 小さくなりつつある高城の嗚咽が聞こえる。そんな僅かな沈黙はやはり、武の一言で破られた。

 

「っ!な、なんでお父さんの、名前を」

 

 狼狽する宮本。武はその反応で満足したのか、そうか、と言って興味をなくしたと言うように顔を逸らした。

 しかし、宮本はそれでは引き下がれない。

 見ず知らずの他人に、自分の親の名前が知られているのだ。何かあると思うほうが普通だろう。

 

「ねぇ!何か知ってるのなら答えて!」

 

「麗、落ち着け!」

 

 そう叫ぶ宮本は、どこか切羽詰っているように見えた。

 瞳孔は開ききり、武に問いただそうとするばかりで、抑え付けている井豪の姿もまるで見えていない。小室ばかりは何事か分からず、普段の宮本ではありえない行動だったのか唖然としている。

 そんな宮本を再び見た武は、固く閉じてたった口を重々しく開きこう言った。

 

「昔世話になっただけだ。良くも悪くも正義感に熱い、いい刑事だった。娘がいると聞いたのはその時だったが、それ以来会っていない」

 

 武は無感動に言い放つ。すると、ピタリと動きを止めた宮本の意気が目に見えて消沈していった。

 井豪が抑えるのをやめると宮本は俯き、しばらくして小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 何かと事情があるのだろう、深く考えないようにした。

 

「まあ、とりあえずひと段落は着いたことだし、高城も復活したようだし。積もる話は中で、ね」

 

 空気を払拭するには場所を変える必要がある。

 赤い目で睨んでくる高城を一瞥し、全員に職員室に入るよう促した。

 中が無事なのを確認した毒島先輩が入った後、次々と入り僕と武だけが残った。

 

「あの二人はいいのか?」

 

「なんとかなるんじゃない?さっきも言ったけど、あいつ今死ねないしね」

 

 さっき飛んできたものを通すために開けた扉を閉めて鍵をかける。中庭を挟んだ向こうの窓の中を眺めると、向こうは脱出の算段でも立てているのか窓に背を向けていた。

 いつも通り厄介ごとに巻き込まれているようだ。

 

「あいつにプライドってものがあればだけどな」

 

「ないよそんなもの。だからこそ彼女はのび太を選んだんだ。本人は気付いていないかもしれないけどね」

 

 踵を返し、職員室に入っていこうとする。それを呼び止めるように、武はもう一度僕に聞いてきた。

 

「なら、なんで死ねないんだ?」

 

「意地だよ。変なことを聞くねジャイアン。あいつがなけなしのプライドでそれを買ったのは、小学校の頃だったろう」

 

 死んでも何かを守るという意地。それは、プライドなんていう枷を付けていたら持つことすらできない。自分が自分にかける一種の呪いめいた意地。

 なにせ自分の体が動き続ける限りは、大切なものを守り続けなければならないのだから。呪いと言ってしまっても差し支えはないだろう。

 のび太はその意地を、プライドとを天秤にかけることもせず手に取った。それほど、大切な何かを守ろうと必死だったのだろう。敢えて何をと、言うことでもないだろうが。

 

「だからあいつは死なないよ。守りきるまで、泣かせてはならないという呪いに殉ずるまで。さっき高城を助けたのも、きっと彼女の知り合いだからさ。交際もしてないのに、尻に敷かれてるんだからなぁ」

 

 ははっ、と笑いながら、僕は自分に驚いた。こんな状況でまだ笑えているなんて、いよいよ自分の精神を疑いたくなる。

 けど生憎、似たような状況は何度もあった。そのたびに僕は彼を見る。

 すると――

 

「ふん。なるほど、確かにな」

 

 すると武は、いつもこうして獰猛な笑みを浮かべている。

 それによって僕は、いつもの僕を取り戻せた。

 心掛けたいつもの笑みを作り、壊れた獣を連れて職員室に入った。

 死ねない仲間と、守られる仲間を待つために。

 

 




前までに書いた話にサブタイは付けません。
どんなこと書いたかは憶えてるんですが何を思って書いたかまでは憶えてないんで。
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