学園黙示録 ‐Crosser of the DEAD‐   作:浜田猫@執筆中

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第7話

 とても素敵な冒険の数々だった。

多くの試練と、そして感動がそこにはあった。

 

一番最初の冒険は今でも鮮明に覚えていた。

信じられるだろうか、私たちは恐竜の時代に行ったことがある。

 実際に動いていた恐竜たちをこの目で見てきた。

命の躍動を肌で感じた。

 生の、剥き出しのの本能がそこに溢れていた。

 かつてあれほど血が熱いと感じたことはない。

今は失われた、灼熱の歴史を私は知っている。

そう言った冒険の証しは、冒険が終わっても私を現実に戻そうとはしなかった。

 

いつも五人だった。

暴れん坊でみんなを困らせるけれど、ホントは情に厚くて力持ちな武さん。

実は一番気弱な人だけれど、だからこそここ一番冷静を保っていられるスネ夫さん。

普段はとても頼りないのに、誰かに頼られたり、誰かを助けたいと思ったときに勇気を出すことが出来るのび太さん。

勝手なことをして、我儘で、いつもみんなの足ばかり引っ張ってしまう私。

そして、

…あれ。そういえば、彼がいないのは一体いつの頃からだっただろう。

 

首を振る。これ以上考えたら、彼の面影が消えてしまう気がした。

 

――現実には戻りたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

  0

 

その姿を、宮本はどこかで見たことがあるような気がした。

停車したバスの外、淡過ぎる月明かりは地上に干渉することなく、街頭による人工灯によって塗り潰されている。

――源は、ただそこに立っていた。

季節は春分を過ぎた穀雨の頃。春が始まって日が経っている。

 温かい春うららな気候に包まれているはずが、今となってはかなりうすら寒く感じる。

 夜ともなればそれも一押しだった。

 

 ◆

 

 あの三人がバスを降りた後、他のバスが目の前で転倒して炎を吹きあげた。

 三人はその向こうのトンネルを抜けたらしい。

 そのバスによって入り口が塞がれたため、本当に生きているかどうかはわからなかったが、その時の宮本はそこまで気を回すことが出来なかった。

“脱出する期を逃した!”

その好機はこの一瞬しか考えられなかった。

 これから先勝手に脱出しようと思えば誰かが、おそらく井豪と小室は止めようとする。

 それではいけない、だが二人に一緒にバスを出ようと言っても反対されるだろう、とも思った。

 このバスは現状で考えられる最上の砦、多少の敵ならば難なく粉砕し引き離せる移動要塞である。

 それを手放させるには、当然それ相応の大義が必要となる。

 宮本にとって、紫藤は単なる敵ではない―――天敵なのだ。

 逃げるか打倒しない限り必ず喰われる、放っておくだけで害悪になる。

 だから一刻も早く行動する必要があった。

だがそれは、紫藤の悪性を知る宮本だけの大義である。

 他人に教えるには、今までひた隠しにしてきた語りたくない部分まで語ることになり、それだけはなんとしても避けたかった。

結局それ以来脱出の機会は訪れぬまま、適当なところでバスを停車させて休むことになった。

 <奴ら>は音に寄ってくるため活動を抑えれば気づかれることはないだろうが、万が一を考えて二人一組で交代で見張りをすることになった。

ここで脱出しようかとも考えたが、見張りがいてはそれも適わない。

 腸が煮えくり返る思いだったが、疲れも酷かったからか一度弱気になると体はすぐに休息を求めてきた。

後ろを確認すると、剛田が座っていた席はぽっかりと空いて妙に広く感じた。

 それからシートを倒して目を瞑ると、すぐに眠気が訪れた。

だが。ふと閉じた瞼の裏に、何故か小室の顔が浮かんだ。

彼とは昔から付き合いがあり、幼い時分とはいえ一度は結婚の約束までしたことがある。

 いかにも子供らしい、ゆびきりの口約束だが、子供の頃はそれで十分だった。

 本当にそう思っていたのだ。

井豪の顔を思い浮かべた。

 彼と知り合ったのは三人がまだ中学の時で、実際は同じ小学校に通っていたらしいのだが、宮本は二人よりひとつ学年が上であったため二人に交友があることを知らなかった。

中学から三人で遊ぶことが増え、宮本が卒業する頃まで続いた三人の関係は、そのあたりから次第に変化が生まれた。

 井豪が宮本に異性として好意を抱いていたのだ。

宮本自身はは薄々ではあるがそうではないかとは気づいていたが、単なる自惚れに過ぎないとあまり考えないようにしていた。

 何より宮本は、あの時のゆびきりをまだ憶えていたのだ。

では…何故こうなったのか。

 宮本が井豪を選び、小室が授業をサボりがちになった。

 どこで変わったのか。

そう。何度思い返しても結局はそこに行きつく。

 

 ――宮本が留年したことだ。

 

 その原因が紫藤だった…いや、原因を辿ればもっと奥があるのだろうが、宮本が恨むべきと定めたのはやはり紫藤だった。

宮本は傷心していたのだ、父のために憤ってもなにもしてやれず、もうどうしていいのかわからなくなっていた。

 そんな時井豪は優しかった…小室は、気づいてくれなかった。

 今までのはその結果だったのだ。

しかしあの状態の宮本は、心から不安で仕方がなかった。

 井豪は優しすぎたから、自分がその優しさに甘えてしまうのがとんでもなく怖かった。

宮本は、今なお自分がわからないでいる。

 果たして井豪が本当に好きなのか、それとも未だ幼い頃の遠い記憶を幻想しているのかわからなかった。

――“でも、永は優しいから…”

きっと許してくれる、許してしまうのだろう。

 たとえ世界がこうなっていなくとも、いつかこの先自分の本当の気持ちに気づいてしまった時、そしてその好意の先にいるのが井豪ではなかったとしても。

全て、甘えだった。

 それももう、失われた世界の話だった。

隣を見ると、井豪が難しそうな表情で眠っていた。

前を見れば横座りの席で一人、小室が船を漕いでいた。

 二人も私も、短い間隔で何度か浅い睡眠を繰り返していたらしい。

 

「…ごめんなさい」

 

 沈む声は、誰に聞き取れるものでもない小さな声だった。

 誰にも聞こえてはない。

バスを見渡すと、誰も彼もが寝静まっていた。

 

あの紫藤ですら。

 

宮本の裡に黒い感情が込み上げてくる。

――“今ここであの喉を掻けば…”

自然、手が立てかけられた棒に向かった。

この世界にはすでに秩序などない。

 人が人を喰らう地獄だ。

 ならば、生者の一人を殺めたところで、何かが変わるわけでもない。

 今なお増え続けているであろう死体が、またひとつ増えるというだけだ。

皆を起こさぬよう、前の手すりを潜りぬけ足音を立てないように注意して移動した。

ここに来て違和感があった。

 だが紫藤を殺せる絶好の機会である今、そんな些末なことに気を配らせる余裕はない。

紫藤は腕を組んで眠っている。何かを考えながら寝ていたのだろうか。

――“次は一体どんな悪事を考えているっていうの?”

侮蔑と憎悪を込めた視線で見下し、きっちりと構えまで取って狙いを定めた。

狙うは首だ。心臓を狙ってもいいが、死ぬまでに声を出されて誰かに気づかれてはまずい。

 いつかはばれることでも今は避けたい、せめてこのバスを出るだけの時間は欲しかった。

一撃で気道と声帯を穿つ。

 穂先は尖っておらずとも、そんなものは技量でどうとでもなる。

張りつめた気を一気に爆発させようとした。

 

 

「――うぅんっ」

 

 

 途端、その声が響いた。

思わず動作を止めるほど驚き、次いで誰か起きたのではないかと危惧して周囲を見渡す。

幸い誰も目を覚ましていない。

 構えを解いて振り返ると、バスの前方の運転席にその声の主はいて、依然ぐーすかと幸せそうに眠っている。

 思わず毒気が抜かれ、ため息と一緒に棒を下した。

そして、この瞬間先ほどの違和感の謎が解けた―――見張りがいないのだ。

まだそう時間も経っていない。

 ということは、見張りの組は一番最初の鞠川と源のペアのはずであるだが本人はあの通り。

――“じゃあ源は?”

助手席に座っているのかとも思ったが、どうやら違うらしく、バスを見渡してもそれらしい影はない。

一体どこに行ったのかと思いふとバスの外を見た。

 

 

 いた。

 

 

何故か、心臓が凍りついた気がした。

 まるで氷の手で心臓を握られたような、そんな悪寒が背筋を奔る。

いつからそこにいたのか。

 宮本は唖然としながらも、そこから目を離すことが出来ない。

 

バスの外で、人工灯から逃げるように闇に立つ源が、ジッとバスの中にいる宮本を見上げていた。

 

 1

 

「なぁにやってんだかまったく」

 

「こっちのセリフだって」

 

 車がエンストした。

 よりによってガソリンスタンドに入ろうとした所でだ。

給油どころじゃない、最早この鉄の馬は一歩たりとも動こうとしないのだ。

 

「仕方ないだろ、これは完っ璧に車の問題だ」

 

「法定速度ぶっちぎっといてよく言うよ」

 

 どこで憶えたのかも知らないドライブテクニックを発揮したがるのはいいが、普通に曲がればいいところで無理にサイドターンしたり、わざと行き過ぎてトップスピードでUターンするのはいただけない。

 百キロオーバーのスピードを維持したまま右へ左へ、後ろへ前へと三分に一度は波が押し寄せてくる。

 おかげで二十分しか寝られなかった。

 

「文句言うなら、この無免許のスネ夫様が運転する車なんかに乗るなって言うんだ」

 

「威張るなよ。で、どうする?」

 

 足がなければ移動は困難だ。

 もちろん出来なくはないが、面倒事が一気に増える。

 なにより疲れるし、しずかちゃんと合流するタイミングがかなり遅れることになる。

 なるべくなら今日中にでも合流したい。

 そのためには、午前中のうちには武器を回収しなければ。

 

「どうするったってなぁ」

 

 スネ夫はハンドルに伸し掛かった。

 辺りにけたたましいクラクションの音が鳴り響く。

 

「…最悪」

 

 僕はシートベルトを外した。

 後部座席に座っているジャイアンは、そそくさと扉を開いて外に出ていた。

 

「コレは完全に僕のせいだ。謝る」

 

 心底楽しそうに言われてもまったく謝られた気がしない。

車から降りて周囲を確認すると、歩く死体はまだ近くには見えないが、遠くの方に何体かの影が見えた。

 明らかにこっちに向かってきている。

 

「さ、て。とりあえずお腹もすいたし、あのスタンドでも覗いてくるよ」

 

 のび太は残っていてくれ、と勝手なことを言い残して、スネ夫はジャイアンを引きつれて目の前のガソリンスタンドに入って行った。

 また勝手なことを、と僕はごちながら、ズボンの背に差したリボルバーを手に取る。

 このロシア製リボルバーは中々優れもので、サプレッサー(消音機)の効果が発揮できないリボルバーでの消音を可能にした代物だ。

 リボルバーは銃身と弾倉の間にある隙間に、発砲時に大量のガスが破裂音を発生させるため、サプレッサーで発砲音を消すことが出来ない。

 このナガンM1895リボルバーはガスシールによって加工されており、そのガスの破裂音を抑えているため、さらにサプレッサーを付ければかなり発砲音を削ることができる。

 もちろん完全に音を消すことはできないが、これから銃を使う際は少しでも音は小さい方がいい。

 弾薬を確認すると、四発入っていた。

 ポケットから弾薬を取り出して、弾倉に一発ずつ弾丸を装填する。

 サプレッサーを付けてから、左右に開いた道を一瞥し最も近い目標に狙いを定める。

 距離や風向きなどを考えて銃口をずらし引き金を引くと、人型が一体ポテッと倒れた。

 着弾音は聞こえなかったが、倒れた音に気付いた連中がわらわらと集っていった。

 

「お、当たっちゃった。ラッキー」

 

 フラフラと近づいてくる連中との距離は、まだ二百メートルほど離れていた。

 

 

  ◇

 

 

 連中との距離が五十メートルに差し掛かろうかという頃、チンピラに絡まれた。

 

「車を渡せぇ!」

 

 ナイフを突きつけられる。

 

「どうぞ」

 

 鍵を渡した。

 普通ならありえない返しのはずだが、このチンピラは余程焦っているらしく、車が手に入るという事実以外目に入らないらしい。

 僕の手から鍵を掻っ攫うと、さっさと車に乗り込んでしまった。

 さて、こうなると車番はお役御免となるので、僕もさっさと車から離れてガソリンスタンドへ向かう。

 というか、何故乗れもしない車のお守をしなければならないのか。

 最初の時点で気づけなかったのでこれはもう僕の失態だが、このやるせなさはどうも当分燻ってしまいそうだ。

 僕がガソリンスタンドに着くと、丁度同じタイミングで二人が出て来た。

 

「お金と、少しだけあった食べ物と、あと使えそうなものは片っ端から持ってきた」

 

 全部ジャイアンが持っている。

 相当な物量があるはずなのに、彼が持つとそれも少なめに見える。

 たぶん本人が軽そうに持っているからだろうと思う。

 

「あいつらは何をしているんだい?」

 

 スネ夫が見ている方を振り返ると、チンピラに渡したバンにやって来た多くの連中が集まっていた。

 よく見ると、まだチンピラは中にいた。

 かなり焦っている様子で、すでに逃げ場を断たれてバンから抜け出せなくなっているらしい。

 

「やや、あいつらが一カ所に集まってくれるなら、これはこれで好都合じゃないか。のび太、憶えとくといい。これが不幸中の幸いと言うんだよ」

 

 ならばあのチンピラは“好事魔を生ず”だろうか。

 

「さ、じゃあ気づかれないうちに、あれを避けて抜けようか」

 

 スネ夫とジャイアンはさっさと歩き出した。

 どうしようかと迷う。

 あの時に一言「エンストしてますよ」と言えば、あのチンピラは車に乗らなかっただろうか。

 なんとなく僕の言うことを信じてくれそうになかったから何も言わなかったけど、それは僕が勝手に思って考えたことだし。

 やっぱり無理にでも助けるべきなのだろうか。

 残りの弾数を考えると少しきついけど、助けられないこともないのだ。

 

「どうしよう」

 

 僕が立ち止まって考えていると、スネ夫が振り向き「どうしたのび太」と顔で訴えかけてきた。

 一応頭をかくジェスチャーで答えると、スネ夫はそれをどう受け取ったのか、納得したような顔で拳銃を取り出した。

 

「あ、それは―――」

 

 途端、チンピラが乗ったバンは、虫のようにわらわらと集っていた連中と一緒に木端微塵に吹き飛んだ。

 赤々とした炎が噴き上がり、パラパラと破片が落ちてきた。

 

「さ、これで安心して通れるだろ。まったく世話が焼けるなのび太は」

 

 どうやらスネ夫は、連中に捕まることを恐れて動けなくなっていると勘違いしたらしい。

 バンを見やる。

 たぶんあのチンピラも、バンの破片と同じように横たわっているあれらと同じく、体のパーツを方々に飛ばして絶命しているだろう。

 

「……赦してくださいね」

 

 ある意味幸せだったのかもしれない、とそこで思考を完結させた。

 僕は気持ちばかりの黙祷を捧げ、スネ夫たちを追いかけた。

 目的地は、この街にあるスネ夫の別荘だ。

 

 

  2

 

 

 男は一人、極めて冷静に惨状を眺めていた。

 彼の周りにいるのは僅かばかりの生存者たちだが、その誰もが現実から目を背けるように俯くか、魂が抜けたように惚けている。

 皆すでに身内への連絡を試みて、ことごとく失敗している者たちばかりである。

 

「殺人病か」

 

 場所は床主空港のターミナル。

 滑走路を向いた壁面は全てがガラス張りとなっているため、そこからは外の様子がよく見えた。

 肉が崩れ落ち、動かない足を引きずりながら歩く、人間だった何か。

 一人や二人ではきかない、今ここにこうして生き残っている人数よりも多く感じられる数が、航空機が通る滑走路を我が物顔で闊歩している。

 世間が言うにはあれらは、殺人病を患ってしまった殺人病患者らしい。

 男はそれを聞いても、一切反応しなかった。

 周りが恐れ慄き泣き出す中一人、それが順当な反応だろう――と達観していたのだ。

 

「これだけ事態が悪化しないでいられるのは、その広告のおかげだろうけど。それもいつまでもつかな」

 

 男がそうぼやいても、聞く者は誰もいない。

 どれだけ近くにいたとしても、彼らは皆一様に外界との接触を隔絶させてしまっている。

 自分の殻に閉じこもっているのだ。

 そしてそれだけで済んでいるのも、今の状況が殺人病という未知の感染症によって引き起こされているという事実が確認されているからである。

 それが真実である必要はない、ただ世間が納得できるように情報操作できれば、事態は一応の沈静化を図れるのだ。

 もちろんそれは急場凌ぎ、おそらく一週間も持たないのだろうと、彼は推測している。

 

「博士」

 

 彼の近くにいた一人が話しかけてくる。

 纏っている白衣を掴んでくる手は力なく、目は虚ろで濁っていた。

 まさしく、この世の終わりを目撃した顔だ。

 

「一体、いつになったら私たちは、私たちの家へ帰れるのでしょうか。この騒ぎはいつ、いつ収まるのでしょうか」

 

「……安心してください、もうすぐですよ。今、この事態を収拾するために、様々な人たちが全力を尽くして動いてくださっています。もうすぐです。もう少しの辛抱ですよ」

 

 博士と呼ばれた男はそう言うが、どうも言葉が頭に入ってこないらしく、話しかけてきた人はそのあともずっと同じようなことを訊いてきた。

 最初の数分は耐えていたが、壊れたレコードのように同じセリフを「でも」だの「やはり」で繋げて繰り返してくるのにいい加減うんざりして、無理やり会話を締めてその場を立ち去った。

 どう喚いたって、結局なにも出来なければ、自分たちはジッとしているしかないのだ。

 ロビーに出る。

 時刻は日が空けたばかり。

 誰一人、一睡もできなかったらしい。

 太陽が顔を出して数時間も立っていないというのに、目を開けていない人間は誰もいなかった。

 空いているベンチに腰かけると、向こうから黒い制服を身に纏った二人組が近づいてきた。

 明らかに航空関係の制服ではない。

 一人は男性で白いキャップをかぶり、もう一人は褐色の肌をした女性。

 

「早起きですね、博士。それとも寝られないッスか?」

 

「ええまあ、状況が状況ですから」

 

 キャップを被った男性が話しかけてくる。

 彼らは特殊急襲部隊、通称SAT。

 世界がこうなる前に、県警から空港警備の為に派遣されていたらしく、幸か不幸か今回の事態に鉢合わせたのだ。

 

「ま、安心してくださいよ。俺らは博士の警備も仰せつかってますんで、何かあれば俺らが助けますんで」

 

「ありがとうございます、とても心強いです。あと、敬語は別にいいですよ。僕はまだ成人してもいない子供ですし」

 

「いやいや、そんなわけにもいかんでしょう。我々にも立場というもんがあるんです」

 

 どうも目上の人間に敬語を使われるがむず痒く、それが知り合って間もない人間であればなおさらだった。

 

「じゃあ、これでどうです?」

 

 男はそう言って、白衣を脱いだ。

 キャップの男は意味が分かっていないようだが、後ろにいた褐色の女はクスッと笑った。

 

「博士って言うから、勉強だけのお堅い世間知らずかと思ったけど。なかなかどうして、ユーモアがあるわね」

 

 女性の口調は砕けたものだった。

 どうやら意味を汲んでもらえたらしい――男はそう思いながら白衣を畳んだ。

 キャップの男も、女性の言葉を聞いてようやく意味がわかったらしい。

 

「なるほど、ならそうなるわな」

 

 キャップの男が笑った。

 

「お仕事ですか、これから」

 

 二人に訊くと、キャップの男が「まあな」と返したのに被せて「飛行機を飛ばすから、滑走路を掃除してほしいと言われたわ」と女性が呆れたように言った。

 

「乗客を選別して荷物を運搬してしてたらおそらく半日かかるだろうから、その間滑走路全体を監視しなけりゃならないらしい」

 

「半日伏せてなきゃいけないってことよ」

 

 それは嫌にもなるだろう。

 それなりの装備をするのだろうが、まさかあの連中の中に棒立ちで長時間警備するとは思えないので、おそらく物陰なり連中の手が届かない場所に伏せていることになる。

 それを半日。

 聞いただけで疲れそうだ。

 

「僕には、頑張ってくださいとしか、言えないです」

 

「まかせな。これが終わったら、俺らは博士の警備に回るからな。きちんと目的地まで送り届けるぜ」

 

 キャップの男、田島は「じゃな」と言って去って行った。

 

「…訊きたいんだけど」

 

 褐色の女、南リカは男を見て「床主に行く、と聞いたわ」と言った。

 

「はい。出来れば、連れて行っていただきたいんですが」

 

「ガールフレンドでもいるの?」

 

 南は笑いながら冗談っぽく訊いてくる。

 ただその目は至って真剣なものだった。

 

「友だちがいるんです」

 

「……そう」

 

 南は男に背を向け、田島を追いかける。

 その去り際「なら、絶対に送り届けますよ。出木杉英才博士殿」と、顔の横で手を振って言った。

 

「ありがとうございます」

 

 出木杉と呼ばれた男は、立ち去った二人にそう言うと、脱いだ白衣を羽織り直した。

 

 

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