ダーザイン厚生部、感染対策課所属。
オラクルネストでは囚人番号「No.8」と呼ばれていたが、ここでは「エイト」と呼ばれている。
それが今の私の名前だった。
しかしそれらの名前で呼ばれる前、私にもオラクルネストの両親に付けられた名前があった。
――東雲紫希。
それが私の本名だ。
オラクルネストを《災厄》が襲った折に孤児を助けるため、暴力を振るい生きていたあの頃。
私は収容所に入れられ、粛清としてその名前を剥奪された。
以後、本名を名乗る事はなく「No.8」――エイトとして生きてきた。
東雲紫希という存在は、あのオラクルネストで消えてなくなったはずだった。
しかしあろうことがこの男が私の真名を名乗り、自分こそが東雲紫希であると主張する。
質の悪い冗談かとも思ったが、男はその名を訂正しなかった。
自分こそが東雲紫希であるという主張を退ける事なく、どっしりとした態度で私を見る。
「ちょっと待って……それってどういうこと?」
混乱した場を整理するために、ネビュラが間を取り仕切った。
「えーっと、そちらのあなたの名前が東雲紫希で、そしてエイトの本名も東雲紫希。それで合ってる?」
私と男は同時に頷く。
「そんな出来すぎた偶然ってある!?」
訳がわからないと言った具合に額に手を当てるネビュラを、ノアールが後ろから支えた。
「お嬢様、とりあえず否定していても話が進みません。一度、そのお方のお話を聞いてみてはいかがですかな?」
年長者の余裕だろうか。
多かれ少なかれ混乱した様子を見せる感染対策課一行の中で、唯一平常心を保っていた彼がネビュラに続いてその場をゆったりと取り仕切った。
「助けていただいた方を疑うというのもひどい話です。ですが私め達も少々混乱しておりますゆえ、よろしければ貴方様のことを少しお話して頂いてもかまわないでしょうか?」
「いいだろう」
男はノアールの提案に頷くと、どこから話をしたものか、と前置きをして自分の事を話し始めた。
「俺の名前は東雲紫希。俺はそこにいるエイトの《可能性》から生まれた《現象体》だ。……正確には、だったが正しいか。俺はもう《世界》に定着して実体を得ているからな。先の闘いでスズを救うために、エイトは《不浄のもの》と契約を交わした。エイトの《可能性》を差し出すかわりに、どんな形でもいいからスズを救えと。そうした願いにより生まれたのがもう一人のエイト……つまり俺ということになる」
「もう一人のエイト……」
「そうだスズ。俺の存在意義はただ一つ、君を守る事。それだけだ。俺は今までのエイトの記憶と精神を同じく有し、君のためだけにこの場に存在する。それが《不浄のもの》と契約を交わしたエイトの願いであり、望みであるからだ。君が寿命で死ねば俺も役目を終え、この世から消える事になるだろう。だがそれまでは、何があっても俺が君の安全を守る。安心してくれ」
「……さっきスズにかしづいていたのはそういう事か」
いち早く状況を察知したネビュラが「なるほど」と小さく呟いた。
あの男が自分の分身であるとは許容しがたいが、事実を知っている自分からすれば彼の話はだいたい筋が通っている。
しかしこんなバカげた話を、すぐには納得できない人間が少なからずいるのは当たり前だ。
その最たる人間がジオリードであったようで、彼は珍しく不機嫌そうなしかめ面を隠さずに私に確認するように問うた。
「エイト。お前本当に《可能性》を《不浄のもの》に差し出したのか?」
「……ああ。半分だけだがな」
「なんという馬鹿な事を……《可能性》を二分割した私とアイゼがどうなったか、お前も知っておろう!? なぜそんな無茶苦茶な事を相談もなく進めたのだ」
「スズを助けるために、それ以外に私には差し出せるものがなかったんだ。左手も失い、体も動けない。そんな中で彼女を助けられる方法がたった一つ残っていた。それを実行したまでだ」
「しかしその後、お前自身がどうなるかまで考えてみたことはあるのか!? 私やアイゼのように、人ならざる者となった後も《世界》に定着できたならまだいい。だがそんな危険な賭けをして、ただで済まない可能性のほうが高かったのだぞ!」
「わかっている。ただ他に方法がなかった。私はスズを助ける為なら命を差し出す覚悟はできている」
「エイト、お前……!」
「ジオリードが言いたい事はわかる。だがお前にも譲れない物があったように、私にも譲れない物があったんだ。それだけの話だ」
それに、と付け加えて私は続ける。
「その男の話が本当なら、どうやら私はその賭けに勝ったんだろう。スズを救うための存在を作り出した上で、私の身体も人の身のまま、今もこの《世界》に残っている」
片腕は失ってしまったが、私は確かに人の身のまま今もこの世で生きている。
一度は《可能性》を失い、もう立ち上がる事すらできなくなってしまったというのに不思議な話だった。
「それについては、僕からも少しお話があります」
いつの間にそこに居たのだろう。
寝ているとばかり思っていた李白が、こちらへ向かい歩いてくるのが見えた。
「李白! 貴方もう大丈夫なの……!? 帰ってきて私を下ろすなり、いきなり倒れたって聞いたわ」
咄嗟に駆け寄る弥生を片手で受け止めると、李白は笑いながら頷いた。
「ええ、もう心配ありませんよ。帰ってくるなり《不浄のもの》が僕に話しかけてきて……暫く話をしていただけです。僕も彼も随分消耗していましたから、二人とも身体を動かす方にエネルギーを割くことが出来なくて、いきなり意識を手放してしまったんです。だから暫し眠りながら彼と会話をしていました」
そう言って私たちの輪に入ってきた李白だったが、どうしたことだろう。
なんだか普段とは少し違った雰囲気を漂わせており、私達はどうしたことかと顔を見合わせた。
「李白……貴方《不浄のもの》と何かあったわね? 様子が変だわ」
アイゼが鋭い眼つきで彼を問う。
それを苦笑気味に受け止めた李白は、どうしたものかと宙を仰いだ後に私達を見回して言った。
「様子が変、ですか……困りましたね、これが本来の僕なのですが。僕が感染対策課に来た頃には、既にもう《不浄のもの》に取り憑かれていましたから、そう思うのも無理はないでしょう。でも弥生。君だったら僕の言ってる事がわかるんじゃないかな」
その言葉に弥生ははっとしたような顔をして、大きく目を見開いた。
「李白……あなたもしかして、《不浄のもの》から解放されたの!?」
興奮気味にずいと近づく弥生の身体を制して、李白は飄々と笑う。
「残念ながら、まだ《不浄のもの》は僕の身体の中にいますよ、弥生。しかし今、彼は眠っている。マリスベルと同じ状態とでも言えばわかるでしょう。弥生の結界術をその身に受けて、活動する事が出来ないみたいなんです」
「四神の光……あれが《不浄のもの》にも効いたという訳ね」
アイゼの言葉に、李白は頷く。
「そういう事です。マリスベルさんのように霊水の糸でその身を拘束している訳ではないですから、清浄な光を浴びたショックによる一時的なものでしょう。ですが僕は今少しだけ、本来の自分を表に出して喋る事ができています。雰囲気が変わったと感じるなら、多分そのせいなんでしょう。残念な事に時間が経てばまた《不浄のもの》が目覚めてしまい元に戻ってしまうと思いますが、今は一時、自由に話す事ができるようです。貴女のおかげですよ、弥生」
「あいつが居るのはまだ憎らしいけれど……でも少しの間でも李白がゆっくりできるのならよかったわ」
弥生は少しだけ残念そうに、しかしほっと胸を撫でおろした。
「……話の腰を折ってしまって申し訳なかったわね。ごめんなさい。それで、どこまで話したかしら」
「エイトさんが《可能性》を消費して紫希さんを作り出したにも関わらず、今も人の身のままこの世に存在している理由、ですね。僕が話したかったのは」
「お前にはその理由がわかるのか? 李白」
ジオリードがいぶかしげな顔をして問う。
「ええ。実は僕は先ほど眠っている間に《不浄のもの》と喧嘩をしたんです」
「喧嘩……!?」
突然突拍子もない事を言い始めた李白に、リネットが皆を代表して思わず声を上げる。
その期待通りの返事を見て満足したのか、李白はくすりと笑うと両手を広げてのたまった。
「ええそうです、契約違反だと訴えたんですよ。僕は弥生の結界術が完成するまでの間、僕の《可能性》を渡すかわりに《不浄のもの》にマリスベルの相手をするようお願いしたんです。にも拘わらず《不浄のもの》は途中で力尽き、スズさんに支援を受けたばかりかヴァレリアさんやアイゼさんにも襲い掛かり、更にエイトさんの《可能性》までもを使い、その場を鎮圧しようとした。本来ならば僕一人の《可能性》でやらなくてはいけなかったことに、沢山の人を巻き込んだんです。これは立派な契約違反にあたりますよ」
「……なるほど。言われてみれれば確かにそうかもしれないが」
李白の言い分は一理ある。
一理あるが――果たしてその屁理屈は《不浄のもの》に通用するのだろうか。
オラクルネストの惨状をこの目で見てきた為、《可能性》さえ奪えるのなら奴らは何をしてもおかしくない。
卵や白い鳥にそういうイメージがある私は、この言い分をどう判断していいか見当がつかなかった。
しかし李白は語る。
「本来の僕は、意外と口喧嘩が強かったんですよ。想像もつかないかもしれませんが、五年前のまだ《不浄のもの》にこの身を支配される前の僕は、随分とやんちゃで怖いもの知らずだったんです。しかし根がぐうたらなのか喧嘩は嫌いでして――痛いですから。だから随分と口先だけで相手を言いまかせてきたものです。そのおかげで周りからは「飄々として生意気なやつだ」とよく言われました」
李白が苦笑する。
「あれから五年という時間をかけて、僕の人格も《不浄のもの》を追い出そうとする正の人格と《不浄のもの》を歓迎する負の人格とに分かれていきました。今までの僕が少し人より優しく真面目そうにみえたのは、そのせいかもしれませんね。しかし本来僕は、それほど良い人間ではないんですよ。弥生が居てくれて、寒さをしのげる家と、着るものと、温かいご飯があれば、あとはわりとどうでもいいという人間なんです。その日暮らしでもなんとかなる、なんて思ってましたからね。そんな性格ですから、僕はダメ元で《不浄のもの》に損害賠償を求めてみたんです」
契約違反によって生じた損害には、賠償を請求できるはずですから。
と、そんなもっともらしい話を付けて、李白は《不浄のもの》にゆすりをかけたと言う。
「卵が犯した違反は二つ。一つ目は弥生が結界術を完成させるまでに自分一人の力でマリスベルを抑える事が出来なかった事。スズさんの支援を受けた事や、ヴァレリアさんやアイゼさんに襲い掛かった事もこちらに含まれます。そして二つ目は事態の鎮圧のためにエイトさんの《可能性》までもを消費したことです。ですから僕も二つほど《不浄のもの》から失ったものを返してもらう事にました」
「……エイトと李白の《可能性》を、か」
「ご名答です」
ジオリードの回答に李白は頷いた。
なるほど、とすべてに納得がいった。
私が《不浄のもの》に《可能性》を引き渡したにも関わらず、今も人の身でいられる理由。
それは一度は失った《可能性》を、すぐさま取り返すことが出来たからなのであろう。
「一度は本当に私の《可能性》を消費して紫希を生み出している故、それをなかったことにはもうできない。結果として《不浄のもの》は自らが今までため込んでいた《可能性》の一部を使い、補填しなければならなくなった……その結果、自身の《存在強度》が弱まり、更に弥生の結界術を浴びた事で《不浄のもの》は一時的に自我を保つことが出来なくなったのか」
「恐らくそんなところだと思いますよ。話しながら、珍しく泣き言を言っていましたから」
いい気味だといわんばかりに李白が肩を震わせ笑っている。
「卵相手にでも言ってみるものですね。おかげ様で僕が賭けた《可能性》も、エイトさんの分と一緒に取り戻す事ができました。しかし一週間後、弥生の結界術が解けてマリスベルさんが復活した頃には《不浄のもの》もその存在を目覚めさせます。このままでは僕は、一緒に行ってもまた何をしでかすかわからない」
マリスベルの負の瘴気を受けて《不浄のもの》が暴走し、ヴァレリアやアイゼに攻撃を仕掛けたことを言っているのだろう。
確かに李白の身体の中に《不浄のもの》が存在する限り、そういった不安要素は取り除けないだろう。
しかし一方で《不浄のもの》が確かな戦力になっていた事も事実だ。
母体の大きさは違うにしても、同じ卵の力としての力を得た存在だ。
それは私たちの力をはるかに上回る。
「ですので僕はもう一度、僕の《可能性》を担保に《不浄のもの》と契約をかわそうと思います」
「李白! 正気か!?」
「僕はいたって本気ですよ、ジオリードさん。《不浄のもの》の力なくして、今回の戦いを勝てたとお思いですか? 僕はそうは思いません。それによく考えてみてください。今回の相手はマリスベルだけでしたが、一週間後に封印が解けるのは彼女だけではありません。森のほとりにあるあの卵も、マリスベルより少し早く弥生の封印が解けるのです」
「……!」
言われてみればその通りだ。
マリスベルの事がありすっかり忘れていたが、森のほとりの卵にかけた鬼門封じの封印術が解けるのはマリスベルのそれより一日早いのだ。
そもそも卵と《不浄のもの》を融合させてしまっても《感染拡大》が進むだろうし、それらと共にマリスベルを同時に目覚めさせてしまっては、何が起こるとも限らない。
何せマリスベルはオラクルネストにある卵と、その精神を一部共有してしまっている。
最悪の場合、マリスベルを通してオラクルネストの卵が《不浄のもの》達と融合しようとも限らない。
「つまり、卵とマリスベル。二つは分けて攻略しなくてはいけないという事ね?」
弥生の問いかけに、李白は頷く。
「その通りです。一昨日の昼間に卵の結界を張り、昨日の深夜にマリスベルさんを封印しました。卵とマリスベルさんの結界術が解けるタイムラグはせいぜい一日と少しでしょう。その一日と少しの間に、僕たちは卵を片付け、マリスベルさんと再び対峙しなくてはなりません。間に休息を挟むのは難しいでしょう……連戦が予想されます。その状態で《不浄のもの》の戦力無くして打ち勝つことが出来ますか?」
李白の言葉に、誰も声を上げる事は出来なかった。
マリスベル相手ですらこの有様だったのだ、それよりも更に大きな力を持つ卵と戦った後、また今日のような死闘が再度繰り返されることは避けたい。
「《不浄のもの》は小さいですが、曲がりなりにも卵の一部です。卵の力に対峙できるとしたら、それはやはり卵しかないでしょう」
「目には目を、歯には歯を、ってやつね」
ネビュラが納得したように頷く。
「しかし李白の持つ《勾玉》は卵の中でも極めて小さい。目には目をと言ったところで、他の卵に勝てるかどうか」
ジオリードはそう言って暫し考え込む。
そしてふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「……最初に卵の封印が解けたきっかけは、あの【T=/M+】ニュートラル・ミスティックの森のほとりにある卵の管理者がいなくなり、封印が解けたことがきっかけだったな?」
「そうよ、それがきっかけで他の卵の封印が緩み、結果として李白の持つ勾玉と、オラクルネストの卵の封印は弱まり今に至った。最初の卵……私とジオが暮らしてい【T-/M+】オールドミスティックにある《世界》の卵は、唯一まだその封印が解けていない。……でも、それも時間の問題なのかしら」
アイゼが愁いを帯びた瞳を伏せる。
だがそれを聞いて、ジオリードの顔に覇気が戻ってきた。
「他の卵の封印が解けかかっている以上、その可能性は極めて高いだろう。だがどうだ。どうせ森のほとりの卵を叩かねばならんなら、いっそのこと他の卵をその時間帯に、再度封印してみるのだ。他の卵の封印が解ける事で卵の力が強まるのだとしたら、反対に一時でも他を封印してしまえば、卵の力も一時的に弱まるのではないか? 少なくとも、今以上の力を出すことはできまい」
なるほど、頼る先の卵が眠りについている状態ならば、確かにその卵が持つ力以上のものを発揮する事は難しいかもしれない。
ジオリードがいう事は、なかなかに理にかなっている。
「それなら他の部隊の力を借りましょう。どうせ遅かれ早かれ卵の件は、A~Sランク帯の部隊に協力要請をすることになってたはずよ。それがちょっと早まるだけの話でしょ? それにこの方法で森のほとりの卵を完全処理する事ができれば、卵の処理法は確率される。他の卵も順々に周りを封印して倒してしまえばいいわ」
ネビュラが名案とばかりにパチンと指を鳴らした。
しかしそれでも依然として、問題は残っている。
森のほとりの卵を討伐する際に《不浄のもの》の力を借りたとしても、それでもまだ卵同士の力の差は埋まらない。
後一手か二手、切り札となるものが欲しかった。
「卵の討伐には、俺も参加しよう」
話を聞いていた紫希が名乗りを上げた。
「どうせ卵の討伐にスズは参加するんだろう? ならば俺も同行する。スズを守る事が俺の使命だからだ」
「そりゃあ貴方みたいな強い人が協力してくれるならあたし達も心強いけど、エイトはそれで大丈夫なの?」
ネビュラが一応確認を取るように私を見た。
私は暫し考えたのち、小さく頷いた。
「……私の腕はご覧の有様だ。たとえ戦いに同行できたとしても、前のようにスズを守る事はできまい。紫希、お前が私の願いから生まれた存在だと言うのなら証明してみせろ。その強さを」
スズを守りたいという、強い意志を。
この男が私の望む理想の姿であると言うのなら、それは誰よりも強く、そして誰よりも深くスズを愛していなければならない。
今度こそ、たとえ《世界》が衰滅しようとも彼女を守りぬける力。
私が望むのはそれだけだ。
「いいだろう。俺はお前の分身だ。お前の考えていることは手に取る様にわかる。俺は卵との闘いで、必ずスズの身を守ろう。そしてお前に証明してみせる。俺こそが東雲紫希なのだと」
「……好きにするがいい」
この男が私の分身であると言うのなら。
それこそ私が放っておいてもスズの傍を離れる事はないだろう。
その証明を見届ける事ができたとしたら。
――私は初めて、マリスベルに手を差し伸べる事ができるかもしれない。
口には出さなかったが、そんなことを心の中で思った。
スズが何かを察したのか不安そうな目をこちらに向ける。
その前髪を軽くひと撫でしてやると、私は皆を見渡し言った。
「さあ、これで残すは一手だ。もう一押し何かを掴むことができれば、卵と対峙する事ができる」
しかしそう簡単に、最後の一手がみつかるとは限らない。
どうしたものかと皆が首を捻る中、リネットはソワソワと私と紫希の姿を交互に見たかと思うとひとしきり何かを考えるように宙を仰ぎ、やがてそっと手を上げた。
「あの……思ったんだけどさ。さっき目には目を、歯には歯をって言ってたじゃない? あれって卵以外でもできないのかな? 例えばこう、スズとマリスベル、エイトと紫希、李白さんと《不浄のもの》みたいに、同じだけど相反するような存在をぶつけるみたいな」
上手く言語化できないリネットが、あれこれとジェスチャーを加えながら喋る。
「よく言うじゃない? 似た者同士ほど嫌いになるとか自分の敵は自分みたいな、そういうの。あれって卵にも存在しないかなーって思っちゃったりなんかして……こう、存在そのものは同じなんだけど相反する存在みたいなね」
「……相手の手の内を最もよく知るものに最もいやらしい攻撃方法を使わせ、卵に相反する力をぶつけ相殺する……そういう事か?」
「ジオリードさん! そう! 多分それ!」
リネットがすっきりとした顔をしてうんうんと顔を縦に振る。
「《現象体》みたいに、なんかそういう生物なり装置を生み出せないかな? 無理かなぁ…?」
「ふむ……確かにそれが実現できれば、いやらしい手となる事は間違いないが」
ジオリードはリネットの案を聞いて、暫し顎に手を当てて考え込む。
その時突然、開かれた窓の外、中庭側から窓のカーテンが勢いよく開かれた。
「もしかしたらそれって、隊長さんにお願いしてみたらいいんじゃないですか?」
「わぁ!」
開け放たれたカーテンから顔を出したのは、片手に本を抱えたシャルトリーゼである。
「うふふ、ごめんなさいね。少し休憩しようと思って中庭のベンチに遊びにきたら、なんだか面白そうなお話が聞こえたもので」
窓のすぐ近くにいたリネットがびっくりしたように飛び跳ねたので、そんな彼女に小さく謝罪したシャルトリーゼは、窓の外からジオリードに声をかける。
「ジオリードさん、隊長さんでしたらそろそろ起こしても大丈夫そうですよ。やっとこの間スキルを使い終わったのが回復したところですから」
「なるほど……その手があったか」
ジオリードは口元ににやけた笑みを浮かべると、リネットを振り返る。
「リネット。お前が出したそのアイデア、なかなかに名案かもしれんぞ」
「へっ?」
「お前のその案を実現する方法を思いついたのだ。これから皆で、隊長に会いに行こうと思う」
「え……隊長さんって、ジオリードさんじゃなかったの?」
弥生が怪訝そうな顔をしてジオリードに問う。
誰もがみんな、そう思っていた。
彼こそが感染対策課【Fizz】の発起人であり、責任者であると。
だが、ジオリードはそれを否定した。
「私が【Fizz】の発起人であることは間違いない。この件の統括であることも間違いないだろう。だが、我らが隊長は別にいる。この課のメンバーを選出したのもその隊長だ。私ではない」
「そうだったのか……では、一体誰が?」
私の問いにジオリードは答える。
「会えばわかる。感染対策課の寮の一番奥に小さなアトリエがあるのを知っているか? 隊長はいつもそこに居る」