つい先ほどまで、私の腕の中でその身を横にしながらもスズと話していたマリスベルが、突然糸が切れたようにぷつりと顔を地に伏せると、今まで確かに実体を持っていたその身体が薄く薄く、霞に紛れて消えそうなほど透き通る。
それが白い鳥がマリスべに分け与えた《可能性》を再び搾取したのだと気づいた頃には、上空に浮かぶ大きな《穴》に白い鳥が姿を消した後だった。
「お前たち、一体こちらで何が起きている!?」
ジオリードがスズのプリスターから放たれた光の柱を見上げながら駆け寄ってくると、横たわる二人の少女達の姿を見つけ驚いたように動きを止めた。
「これは一体どういうことだ……」
「詳細は省くが、スズとマリスベルが差し違えたような形になり、二人が共に倒れた。二人は未来の話をしていたのだが、スズがマリスベルに救いが訪れるよう神鳥に祈りを捧げた途端、プリスターからこのように光の柱が立ったんだ」
「では、この眩い光の柱の正体は、スズの祈りか……! まずいぞ、白い鳥がその願いを叶えるために《可能性》を使う事で、オラクルネストの卵を目覚めさせ、融合を果たそうとしている」
「なんだって……!?」
「奴は無造作に《可能性》を消費する事ができんらしいのだ。誰かの望みや願いにかこつけて《可能性》を使い、それに乗じて我々を倒すつもりでいる。実際にあやつが《可能性》を使った場合、マリスベルにどういった変化が訪れるか、私達にも見当がつかん。あやつの願いの叶え方は、どこか歪んでいるからな」
ジオリードが苦虫を嚙み潰したような顔をして舌を鳴らす。
そこに駆けつけてきたアイゼが、皆に聞こえるように声を上げた。
「私たちもオラクルネストへ行きましょう! あちらの《世界》にも『太刀花双輪華』や『商易国カルエント』『絆を信じる部隊』の三部隊が既に卵に再封印をかけているはず。そして万が一、白い鳥の《可能性》をもって卵が孵化してしまっても『14の屍天使』が白い鳥との融合を暫くの間、阻止してくれているはずよ」
「あたしの絵を描くスキルは即戦力にはならないから、状況確認のためにリネットや他の部隊と一旦通信連絡を取ってみる! 何かわかり次第エニグマフォンで連絡するから、みんなスピーカーモードにしておいてね! オラクルネストは任せたわよ……!」
隊長であるアヤミがそう言うと、一同は大きく頷き《穴》へと向かおうとする。
しかしここで新たな問題が浮上した。
《穴》は空高い上空に浮かんでおり、その裂け目まで移動する手段がすぐには思いつかないのだ。
「何か乗り物を借りてくる!? 本部に言えば、多少時間はかかれど用意はできると思うけど」
ネビュラが声を張り上げる。
しかし違う《世界》からわざわざ乗り物を取ってくるというのも、随分とタイムロスである。
その上、本部に話を付けるなら、手続きやらなんやらで更に時間を食いかねない。
一時を争うこの状態で、その時間すら今は惜しい。
「何か私達をまとめて運べるぐらい大きな乗り物があればいいのだけど……」
弥生が困ったように口元に手を当てたその時、エニグマフォンから通信が入った。
『みんな聞こえるー!? こちらリネット! 応答せよー! 応答せよー!」
ノリノリで通信連絡を入れてきたリネットが、落ち込みかけた場の空気を一掃した。
「隊長さんから詳細を聞いたから、現状を連絡するね。ジオさんとアイゼさんが住んでいた《世界》にある卵なんだけど、これはさっき『宵月庵』『鶴一声』『ΕΛΠΙΣ』『パラディス』の四部隊で撃破に成功したよ!』
「封印ではなく、撃破だと!?」
ジオリードが驚き声を上げる。
『うん! どうやらジオさんたちの《世界》の卵は、禍々しい瘴気を放ってはいるものの意思疎通が可能だったみたいで、どうしてか私たちに協力的だったらしいの。それで、自ら望んで封印ではなく倒して欲しいって言ったみたい』
「どういう事だ……卵が私たちに協力的など、そんな事があるのか?」
『詳しい状況は、今そっちに向かってる『宵月庵』『鶴一声』の二部隊に聞いてみて! 事情を話したらこちらの二部隊が、みんなをオラクルネストに繋がる《穴》まで連れて行ってくれることになったから」
「そうか『鶴一声』には獣や妖の姿を合わせ持つ者たちがいる。その力を借りればこれぐらいの距離ならたやすく移動できるという事か……!」
『ほかにも『宵月庵』のハウンドベアさんが、みんなを乗せて《穴》まで移動できるって言ってたよ!』
「助かった! 礼を言うぞリネット!」
『あはは、それほどでも~。まあ私はあくまで協力要請を出してるだけだから、実際に会ったら『宵月庵』『鶴一声』の二部隊さんにお礼を言ってあげてね!』
「ああ、もちろんだ」
私が通信越しに頷くと、リネットはそれを確認して話を続ける。
『それとね! 『ΕΛΠΙΣ』『パラディス』の二部隊には、ジオさんとアイゼさんの《世界》に残ってもらって、暫くは瘴気の除去や周囲の片付けに回ってもらってるよ。だから後の事は大丈夫。それとオラクルネストの方だけど、こっちは同じく卵と接触後、会話はできたものの予想通り今は戦闘状態に入っちゃってる」
「やはりか……あやつらが簡単に人の話を聞くとは思えん」
「オラクルネストの卵の性質は『支配』と言っていたかしら……なおさら私達人間のもとに下る事はなさそうね」
アイゼが独り言ちると、弥生が思い出したように声を上げた。
「そういえば、アイゼさんとジオさんの《世界》の卵の性質は『救済』と言ってたわね。だからかしら、私たちに逆らうことなく、力になってくれたのは」
「そうかもしれないわね……あの卵にも、確かに慈悲を感じる部分はあったと。そういう事なのかしら……」
「話を戻そう。それでは私たちは森のほとりで『宵月庵』『鶴一声』の到着を待ち、《穴》を通ってオラクルネストへ向かう。それでいいな? リネット」
『うん! オラクルネストは『太刀花双輪華』『商易国カルエント』『絆を信じる部隊』そして『14の屍天使』が合同で今、卵を対処してくれてるよ! ただ、白い鳥がオラクルネストに移動してから、通信が途絶えてるの。もしかしたら何かあったのかもしれない……」
リネットが不安そうに言葉尻を濁す。
だがその消沈した空気を吹き飛ばすように、アイゼは言った。
「大きな《感染源》ともなる白い鳥が《世界》を越えてやってきた事で、一時的にあちらの空間にも歪みが生じている可能性があるわ。《世界》の《法則》が乱れて、通信が遮断されて可能性もある」
「どのみち、オラクルネストがどうなっておろうと私達は行くしかないのだ。あの白い鳥を食い止めなければ、今度こそ《世界》は滅びる。さすがに私も、二度もオラクルネストを衰滅させるのだけは夢見が悪い。……その少女が、衰滅寸前のあの《世界》を一人で守り続けていたのであろう」
ジオリードが視線を移す先には、横たわるマリスベルの姿がある。
時間は正午になっており、白い鳥が消えたその場からは禍々しい瘴気は消え、空には眩しい太陽が昇っている。
マリスベルはその陽の明るさに意識を取り戻したのか、透けた体で眩しそうに空を見上げながら口を開いた。
「……オラクルネストへ行くと言うのなら、わたしも一緒に連れて行って」
「なんだと……?」
「もう一人残されるのは嫌なの……わたしだけいつも、必ずどこかに取り残される。そんなのはもう嫌なのよエイト……」
マリスベルが私の腕の中で、しがみつくように泣いていた。
私は彼女のその気持ちを尊重してやりたいと心から願った。
――だが、ここで頷いてしまったら、彼女の存在は一体どうなってしまうのだろう。
そんな私の疑問に答えるかのように、アイゼは悲しそうな瞳を伏せその首をそっと横に振った。
「マリスベル。あなたを連れてオラクルネストには行けないわ。あなたはもう《可能性》を失いすぎている。存在強度が薄れてしまって、今ここでその実態を保っているのだってきっとギリギリの状態のはずよ。そんな状態で《穴》を通れば、あなたの存在はもう《世界》が異なる《法則》に変動する際のその歪みにさえ耐えきれない。あなただって、それはわかっているのでしょう?」
「……っ」
マリスベルはアイゼの物言いに悔しそうに唇をかみしめる。
しかしもう後は無いのだと、食い下がる様に顔を上げた。
「それでも。それでもわたしも、連れて行ってよ……! どうせこのまま、この《世界》の存在でもないわたしがここに残れば、いずれ《可能性》は途絶えて消えてしまう。それなら最期ぐらい、わたしは大好きな腕の人の中で眠りにつきたい。今度こそ、一人ぼっちじゃない《世界》で。お願いよエイト……!」
負けん気の強かったその瞳から溢れ出る涙をぬぐうことなく、マリスベルは叫んでいた。
この世から消える事を受け入れた潔いその姿は、随分と小さく脆い。
彼女の《可能性》は今この時も存在するために消費され続けているのだ。
マリスベルの体はもう、とうに消えかかっている。
彼女の言う通り、残された時間はほとんどないのであろう。
それを悟った皆が、どうすればいいかと顔を見合わせている。
彼女の願いを受け入れるべきか、それとも否か。
どちらにしても、彼女が今後も存在しうる道は無いように思われた。
――それでも、私はスズを守ると決めたんだ。
スズの片割れであるマリスベル。
彼女の《可能性》が費え、消えようとしているのなら足せばいい。
白い鳥が卵と融合しようとしているように。
その《可能性》が分割できるというのなら、足す事だってきっと出来なくはないだろう。
「わかった、マリスベル。お前を連れて、オラクルネストへ行こう」
「エイト……! あなた本気なの!?」
弥生の問いかけに、私は黙って頷く。
それを見たマリスベルは、少しだけほっとしたように嬉しそうに微笑んだ。
「紫希。お前はこれからも、スズの事を守れるな?」
「その為に俺は産まれた。――それを信じられるか否かは、お前のスズへの気持ち次第だろう」
「……そうか」
紫希から返された言葉に、私はふと笑いがこみ上げるのを感じた。
この忌々しい男にはもう、私のやろうとしていることなど遠にお見通しだったというわけだ。
だからこそこの男になら私はスズを託すことが出来る。
「ならば、スズはお前に任せた。……これからは私がマリスベルを守る」
その声に、マリスベルは反射的に顔を上げる。
「守るって……一体、どうやって……」
「マリスベル、お前の《可能性》が足りないというのなら、私がお前の一部となろう」
私ははっきりと皆の前でそう言った。
マリスベルが驚き、口をぽかんと開けているのが見える。
だが私はもう引く気はなかった。
私が彼女を守り続けるために一番いい方法は、きっとこれしかないのだから。
「卵だって《可能性》を分割したり融合させる事ができるんだ。それならばマリスベルの存在強度を補完するために、お前の《可能性》と私の《可能性》を一つに合わせる。そうすればマリスベル、お前の存在強度は補完され《世界》を股にかけた移動にも耐えることが出来るだろう。私はVS能力を持っているから《世界》を移動したとしても《感染源》になる事はないだろう。今のマリスベルの消えかけたような存在強度ならば、私の力で《感染》を抑えられる。これなら問題はないだろう?」
彼女が一人ぼっちは嫌だというのなら一番近くで守り続ける。
それさえ叶える事ができるのならば、私はどんな姿になってもかまわない。
「そのかわり、もうスズや他の人を襲うのはもうやめるんだ」
私は諭すようにマリスベルの前髪を撫でた。
だがマリスベルは納得がいかないようで、戸惑い、不満を露わにする。
「……簡単に言うけれど、エイトと融合してもし《可能性》を継ぎ足す事ができたとして、実体を保てる保障なんてどこにもないのよ……!? もしかしたら化け物みたいな見た目になってしまうかもしれないし、何よりわたしと一緒になれば、スズにだって二度と会えなくなるかもしれない。それでもエイトは、わたしと一緒に居られるって言うの……!?」
駄々をこねる子供のようにマリスベルは私を見上げた。
私はそれを否定することなく静かに頷く。
「どうせ利き腕はもう無くしてしまったんだ。人型を保っていたところで、これではもう何も守れやしない。さっきだってマリスベル、お前に守ってもらったばかりじゃないか。それならいっそ、化け物にでもなった方がまだマシだろう。それにスズにこの先一生会えなくなったとしても、マリスベル、お前を護ることはできる。お前はスズの一部だ。なんの問題もない。どちらかを護りたい訳ではないんだ。スズもマリスベルも、どちらも私にとっては護るべき存在なんだ」
私は嘘偽りない本心を口にする。
それに自分が居なくなったとしても今度は紫希がきっと、スズを護り続けるだろう。
託す者がいるからこそ、私は安心してこの身をマリスベルに捧げる事が出来るのだ。
「それともマリスベル、お前は私が嫌いか? 化け物になった私では満足できないというのなら仕方がない。別の道を探そう」
「そんな訳ないじゃない! エイトはどんな時でも、今もこうやって私を大切にしてくれるの! だからエイトがどんな姿になったって……嫌いになんてなるわけない!」
「そうか。なら問題ないじゃないか」
涙を溜めて不機嫌そうに見上げるその幼い顔に、私は微笑んでみせた。
「お互い欠けた者同士が補い合うんだ。遠慮はいらない。私はお前の血となり肉となり、一番傍でお前を守ろう。たとえうまくいかず消えてしまうとしても、私は最後までお前と一緒だ、マリスベル」
私はマリスベルを抱き上げると、そっと前に下ろした。
その姿はもう随分と朧気で立つ姿さえ頼りない。
――だからこそ、彼女が望む限り守り続けよう。
私は黙ったままスズを見る。
スズは何か言いたそうな顔をしてこちらを見ていたが、私を止めようとはしなかった。
だからこれはきっと、彼女の望みでもあるのだろう。
振り返り紫希に「スズを頼んだぞ」とだけ言い残す。
紫希は何も言わぬまま、黙ってただそれに頷いた。
私にしてみれば、それで返事は十分だった。
「エイト、本当にいいのね……?」
私の決意は変わらないのだと悟り、悩んだ末にマリスベルは口を開いた。
「問題ない。今まで傍に居てやることが出来なかった分まで、お前と共に居よう」
「……後悔しても、知らないんだから……!」
マリスベルはそう言うと、私の両手をゆっくりと握った。
私はひとつ息を吐きだすと目を瞑る。
――これから私は、マリスベルの一部となる。
この世からエイトという存在は消え、私という存在は東雲紫希ただ一人になるのだ。
後悔なんてなかった。
ただこの融合が上手くいき、マリスベルのその身がこの世に存在してくれることを祈った。
だが想像したものとは反対に、まるで体中の血液が逆流してくるかのように私の手からマリスベルの気配が流れ込むのを感じた瞬間、私は目を見開いた。
目の前のマリスベルの存在が揺らめき、霞の様に消えてなくなろうとしている姿を見た時、私はこの融合の本当の意味を悟った。
「マリスベル! お前……!」
そこまで言いかけたその時、私の体内に一人の少女の意識と記憶がはっきりと芽生えたのが分かった。
衰滅した大地を一人彷徨い歩き、卵と共に思いを語り、スズに向けた憎しみにもがき続けてきたその姿。
悲しみと、絶望と、怒りと、不安と、そしてそんな濁った感情の中で一瞬だけ爆ぜる感謝の記憶。
それが私の内側から語り掛けてくる。
――エイト。私達が二人一緒になるのなら、私があなたの体に入るわ。
目の前からは確かに消えてなくなったのに、その幼い声は私の一番すぐ傍からなおも聞こえてくる。
――わたしの体はもうぼろぼろなんだもの。どうせ実体を得て生きていくのなら、あなたの丈夫な体がいい。
マリスベルは私の内側で、まるでタオルケットに包まれ眠るスズのように呑気に欠伸をした。
――ここはとってもあったかいね、エイト。これからはあなたに包まれて眠れるなら、もう怖い夢もみなくてすみそう。嬉しいな。
今までで一番幸せそうな声が脳裏に響く。
確かに私たちは今、融合した。
だがこれは、私が思っていた結末とは違う。
「どうして……」
私はもう二度と抱きしめる事の出来ないその身体を抱くように、己の身を抱きしめた。
声にならない涙が一滴頬を伝う。
こんなつもりではなかったのに。
今度こそ、私があの子を守ってやるはずだったのに。
頬から転げ落ちた雫が一滴、ぽたりと地面に落ちた。
――エイト、どうして泣いているの?
それはお前が、この世から消えようとしているからだろう。
そう言い返してやりたいのに、その存在はもう目の前に居ない。
最後まで言う事をきかず、己の意思を貫き通した少女。
この頑固さはやはりスズと同じなのだろう。
そして結局人を犠牲にできないところも、やはりまごうことなくスズなのだ。
だからこそ守ると誓ったのに――!
そんな私の想いを無視するかの如く、私とマリスベルの体が一つに溶け合う。
マリスベルの持つ人ならざるものの禍々しい性質が私の体を蝕むと、それらは人の身を保っては居られないほど強く私の精神を揺さぶった。
確固たる意志とその身を保つことがとても難しい事のように思え、私は獣のような唸り声を思わず上げそうになる。
血が湧き濁り、体中が沸騰しているような気さえして、何一つ自分の意思で動かす事すらかなわない。
軽い暴走状態だ。
本当に化け物にでもなってしまうのではないかと思ったその時、紫希の叫ぶ声が聞こえた。
「エイト、このまま一人で消えるつもりか? スズは、俺とお前で護るんだろう……! これからも!」
刹那、紫希が自らの《可能性》を込めた鎌を私に向かい鋭く投げつける。
それと同時にスズのプリスターが僅かに作動し、私目掛けて僅かな《可能性》を込めた眩い光を放ったのだ。
「ごめん、やっぱり私は、エイトにもこの世に存在していてほしい……!」
スズがそう叫んだと同時に、マリスベルの声が脳内に響いた。
――わたしも、エイトがこの世に《存在》していてほしい。
瞬間、私の体に赤黒い何か得体の知れないエネルギーが満ち溢れた。
禍々しくもあり、力強く、そして熱い。
あのマリスベルの黒い翼が黒い両腕にかわる瞬間のような威圧感のあるそれは、無いはずの私の左腕を黒く象っていた。
「これは……」
――左腕……返すね。といっても、私の力で形を作ったあくまで仮初の腕だけれど。
しかしその腕は、確かに実体を保ち、握る事もできれば物質に触れる事も出来た。
――欠けた者同士補いあうって、さっきエイトは言ったでしょ? だからあなたの足りない部分はわたしの力で補うの。戦う時はその腕をちゃんと別の形に変えてあげるから。
「一体どうなっている!? 何が起きた、エイト……!」
ジオリードの問いかけに、私は茫然としながらも事実だけを答えた。
「マリスベルに私が融合するはずが……マリスベルの意思でどうやら逆になってしまったらしい。そして私の足りない左腕を、こうして彼女の力で補ってくれている……」
そっと左腕にコンバットナイフを握ってみると、ぎこちないながらもしっかりとその重みが伝わってくる。
しかし脳内からはそれでは駄目だと彼女の声が聞こえた。
――その腕は仮初の腕だって言ったじゃない……! 戦う時はこうやって、わたしが四本指の腕を象るから。
人の手をしていたそれが、急にマリスベルの黒い羽のように大きく撓むと獣の腕のような長い爪を携えた黒い腕へと姿を変える。
「これは……マリスベルの使っていたあの黒い腕……!?」
「どうやらそうらしい。こうして、あの子はわたしの一部となって共に戦ってくれるようだ……」
――ようだ、じゃない! 戦うの! わたしとエイトはもう、一心同体なんだからね……!
私の内側に入り込んだところで、その癇癪もちな姿は変わらないらしい。
わたしは一番傍で感じる彼女の存在を、心の中でゆっくりと抱きしめた。
そしてスズと紫希へと改めて向き合う。
「……お前たちが助けてくれたのか」
人ではない化け物になり果てる可能性だってあった私の体を、スズが、紫希が、そしてマリスベルが少しずつ《可能性》を分け与えてくれて、私はこの世に繋ぎ止められている。
マリスベルの人ではない力を持ちえながらも、この世に定着し存在できている理由はそれ以外に考えられない。
「エイト……目が」
スズが下から顔を覗き込むように、私の前髪をかきあげる。
やがてその瞳の色を確認して、スズはほっとしたように一筋の涙を流したのだった。
「ベル、ちゃんとそこに居るんだね……」
スズから手渡された手鏡で恐る恐る自分の顔を覗き込むと、そこにあったはずの琥珀色の己の瞳が、片方だけ真っ赤な血の色に染まっている。
マリスベルの瞳の色だ。
――これでエイトは正真正銘、わたしの物、だね?
私の内側で、マリスベルがいたずらをした後の子供のような声色で笑うのが聞こえた。
「………お前がそれで、満足しているのならいいさ」
守るはずの存在にまたも守られながら、私は瞳を閉じる。
予想とは違う形になってしまったが、それでもマリスベルが喜んでいるのがわかる。
ならばきっと、これでよかったのだろう。
私はマリスベルに与えられた仮初の手を握りしめる。
「お前のお陰だ、これでまだ戦える……!」
新たな誓いを胸に顔をあげると、ちょうど遠くの空から『宵月庵』『鶴一声』の二部隊がこちらに向かってくるのが見え始め、私達は歓声をあげると大きく両腕を振った。
「申し訳ありません! 大変お待たせしました……!」
『宵月庵』のドットと呼ばれた黄色い服を着た少女が熊のような乗り物から飛び降りて一礼すると、そのほかのメンバーも次々と地上に降りて森のほとりへ終結した。
「ちょうどいい所に来てくれた。これでとりあえず、マリスベルを連れてオラクルネストへ乗り込めるな」
ジオリードが私の様子を確認するようにこちらを見たので、私はそれに力強く頷き返す。
「行こう、オラクルネストへ」
斯くして時は満ちた。
私達は『宵月庵』『鶴一声』二部隊の力を借り森のほとりの頭上に開いた大きな《穴》へ身を投じると、白い鳥が待ち構える、オラクルネストへとついに降り立ったのだった。