白翼の守護者   作:綾海しろ

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第26章 蘇るオラクルネスト

私は今、『宵月庵』に所属するドットというプロテクターが装着された黄色いジャケットを纏った少女と一緒に、ハウンドベアという乗り物の背に乗せてもらいオラクルネストの空を飛んでいた。

一見熊のような見た目をしたファンシーなこの乗り物は、乗り物として頑丈に作られているだけではなく砲撃という戦闘機能も搭載されており、なんならこの背に乗ったまま敵に体当たりをしてダメージを与える事もできるという優れものである。

だがしかし、ドットをはじめスズやマリスベルのように可愛らしい少女が乗るならばともかく、もうすぐ三十路を迎えるいい大人である上にけして女らしくもない私が、こんな可愛らしい熊の乗り物の背に乗るのは正直かなり抵抗があった。

移動手段が乏しい我が【Fizz】の為にわざわざ出動してもらった手前、そんな事は口を割けても言えないが、出来る事なら『鶴一声』の有翼人達か、獅子のような生き物の背に乗せてもらえればどんなに良かったか……と私は今も頭の片隅で思っていた。

だが、それを許さぬ声がする。

 

――絶対こっち!わたしは熊の乗り物がいいの……!!

 

私の内側でマリスベルがどうしてもこれに乗りたいと言うのだ、仕方がない。

そんな訳で私は抗えぬ気迫に押し進められ、渋々この熊の背に跨っている。

獅子のような生き物の背に乗り颯爽と風を受け、そのイケオジオーラを爽やかにまき散らしながらこちらを見てくるジオリードや、ニヤニヤと笑いを隠し切れない《不浄のもの》が面白半分で私を見てくるのが正直癇に障るほどだが、こちらには逆らえない理由があるのだ、致し方ない。

少し離れた所では、治療を終えたスズがその白い翼をはためかせながら私たちの後をついてくる。

スズの瞳が時折ちらちらと羨ましそうに私たちを見るので、きっとスズも自前の翼が無ければこの熊の乗り物に乗りたかったに違いない。

代われるものなら代わってやりたいと思いながらも、内なるベルがそれを思う度に憤慨するので私は仕方がないと腹をくくり、ドットの後ろでおとなしく熊の背に跨っていた。

 

「迎えに来るのが遅くなってすみません、卵を倒した後に、少しやる事があったんです」

 

ドットが振り返りながら私に言った。

 

「いや、問題ない。むしろ迎えに来てもらえて助かった。我が部隊は移動手段が乏しくて、どうしたものかと困っていたんだ」

「そうでしたか、それならよかったです!」

 

ドットが少し安心したように笑うと、私もその少女に感謝の気持ちを込め微笑みかけた。

マリスベルがそんな私にまた内から睨みを利かせてくるが、別に何かやましい気持ちがあるわけでなし、この程度の人との交流ぐらいは勘弁してもらいたい。

 

「時にそちらの卵は随分と協力的だったと聞いたんだが、一体どんなやり取りがあったんだ?」

 

白い鳥を探す傍ら、オラクルネストの卵の場所を目指しながら私はドットに問う。

するとドットは少し前の事を思い出すように天を見上げながら、時間の許す限りで私に現場の状況を伝えてくれたのだった。

 

「私達『宵月庵』は今朝、緊急要請で別件の仕事を片付けてから現地に合流したので、現場には先に『鶴一声』の皆さんが到着していました。随分と間が悪くて……。その時事前にお話を伺った所、卵は既に孵化しており、禍々しい瘴気が一帯を覆い始めているとききました。それを地下室に閉じ込めておく事で、瘴気の分散を暫くの間、防いでいたという事だったんですが、いざ私達がその地下室へ降りると、そこには一羽の綺麗な白鳥のような鳥が居ました。禍々しい空気はその白い鳥からは一切しておらず、かわりに割れた卵の殻の破片は、随分と黒ずみ、腐ったような匂いがするほどでした」

 

恐らく禍々しい負のオーラの大元は、白い鳥ではなくその殻だったのではないか、とドットは言う。

 

「予想に反する出来事を前に絶句する私たちに向かい、その白鳥は声をかけてきたんです」

「一体なんと?」

「……たしか『あなた達の願いを叶えるかわりに、私を倒して、その亡骸で出来た種をオラクルネストに撒いてほしい』だったかな……?」

 

そう言うと、ドットは腰のベルトに括り付けられたスカーフのようなものをごそごそと取り出した。

 

「これです!」

 

ドットに手渡された種は、まるで米粒のような小さな茶色い種だった。

その種が随分とこんもりとスカーフいっぱいに入っている。

 

「この種を集めるのに少し時間がかかっていまして……」

 

恥ずかしそうに顔を赤面させたドットは、申し訳なさそうにもう一度「すみません」と私に謝罪した。

 

「いや、かまわないさ。きっとこの種は、その白い鳥にとって大切な物だったんだろう。集めてきてくれて感謝する」

「いえいえ! あ、そのお洒落なスカーフは『鶴一声』所属のラーヒーさんのものです。集めた種をいれる器がないという話になった際に、貸していただきました」

 

使い終わったら返してあげてほしいとドットに頼まれ、私は頷いた。

私は少し離れた所を飛んでいるスズに手招きすると、この茶色い種を見せる。

残念な事に私にはこの種に見覚えがなかったが、オラクルネストに撒いてほしいというぐらいだ、何かしらこの《世界》に関係のあるものかもしれない。

神の御使いであるスズになら、もしかしたらわかるだろう。

 

「スズ、この種に見覚えはないか?」

 

わたしは茶色い種の一粒を、そっとスズの掌に載せる。

スズはその種を受け取るや否や、驚いたように顔を上げた。

 

「エイト、この種……一体どこから?」

「先ほどドットから受け取ったものだ。アイゼとジオリードの暮らす《世界》で孵化した鳥に託されたものらしい」

「…………」

 

スズはそれを聞き、神妙そうな顔をしてもう一度その種を見つめた。

そしてそっと、その唇を開く。

 

「エイト、これはね……オラクルネストの白亜の宮殿の周りにのみ生息している、白鈴草という花の種だよ。白亜の宮殿は私達、神の御使いが暮らす宮殿。その周りに私達は、この花の種を毎年植えていたの」

 

スズは昔を懐かしむように、ぎゅっとその種を握りしめて笑う。

 

「テラスフィアにある鈴蘭っていう名前の花によく似た、白い鈴のような小さな花弁を沢山咲かせる花だよ。私の名前も、この花から名付けられたの」

「そうだったのか……」

「この花の花言葉は『幸福の再来』。どんな苦難が訪れようとも、神託により再びこの地に幸福が訪れる――そういう神の御使い達の願いが込められた花なの」

「それではさしずめ、これは『希望の種』と言ったところか」

 

私は先ほどドットから受け取ったスカーフごと、その種をスズへと渡す。

 

「それならこれは、スズが持っていろ。アイゼとジオリードの《世界》にいた、白い鳥からの伝言だ。この種を、オラクルネストの地に撒いてほしいと」

「白い鳥が?」

「ああ。あそこの白い鳥の性質は『救済』と言ったか……どうやらこの鳥だけは、私達に協力してくれるつもりらしい」

「凄く素敵な、美しい女性の声をした白鳥でしたよ!」

 

ドットが横からその白い鳥の詳細を教えてくれる。

それを聞き、スズはその種をスカーフごと両手でぎゅっと抱きしめると、零れるようにぽつりとつぶやいた。

 

「…………夢の中の神託のあの声、この鳥の声だったんだ……」

 

私も薄々感じていた、白い鳥と神託の関係性。

スズの夢の話とマリスベルの過去の記憶を合わせて考えるならば、卵は太古の昔、オラクルネストの道端に転がる小さな石だった。

やがてその石は人々に望まれ《可能性》を消費された結果、願いを叶える石となった。

その願いを叶える石は、更に沢山の人々の望みを叶えるために《可能性》を消費して、少しずつ卵と言う形に変化を遂げる。

卵はオラクルネストの王に献上され、王と卵のやり取りでオラクルネストの王の一族は翼を得るに至った。

そして王の一族の娘は神の御使いと呼ばれるようになり、その卵の力で神託を得ることで《世界》を守り続けてきた。

そういうことになるのだろう。

 

だがオラクルネストにあったはずの卵が、どのようにアイゼとジオリードの暮らす《世界》へと渡ったのか、そこだけは今も謎に包まれている。

加えていうならば、アイゼとジオリードが卵を目覚めさせたその前に最低一人、卵を割った人物がいる。

その者が卵を危険なものだと判断したのか、何か他の理由があったのかまではわからないが、まだ雛であった白い鳥を再度卵に封印し、あろうことかそこらへ捨て置いた。

それを知らずにアイゼとジオリードは封印された卵を拾い、孵化してしまったのが今回の出来事の発端だった。

スズをはじめとする神の御使いへ神託を下ろしていたのも、その卵の力であるはずだ。

卵もスズ達の祈りという信仰心から《可能性》を少しずつ奪い、一緒に生き永らえてきた。

それならば卵にもオラクルネストの幸福を維持するための、防衛機能的な性質が備わっていてもおかしくはない。

 

「それがあの卵が持つ『救済』という性質か……」

 

もともとは人の善意からくる願いに込められた《可能性》を寄せ集めて出来たものなのであろう。

他の二つの卵とは違い、清らかな部分のみが集積された結果、こうして私たちに力を貸してくれているのだ。

神託という機能もきっとそれに含まれる。

ということはその『救済』の白い鳥が倒されてしまった今、神託はもう永遠に降りる事はないのだ。

スズもそれを悟ったのであろう。

故人を偲び、慈しむようにそっと瞳を閉じると言った。

 

「……でも、これで良かったんだと思うの。私たちオラクルネストの民達は長い間、神託によって生かされてきた。でも、人々の願いや欲望でそのシステムも汚され、ほころびが生じてしまった。人の欲望は奥深く、そう簡単に消えては無くならないもの……それなら、その欲望のはけ口とされる卵という存在を断ってしまうほうがきっといい」

「それがわかっていたから『救済』の卵は、自らドット達に降伏したんだろう」

「うん……」

 

スズもわかっているのか、そっと目を閉じて頷いた。

そんな私たちのやり取りを見ていたマリスベルが、私の内からそっと声をかけてきた。

 

――ねぇエイト。その種、とても清らかなオーラを感じるわ。

 

スズが持つ白鈴草の種の事を言っているのだろう。

確かに清らかな性質を寄せ集めて作られた白い鳥が『救済』なのだとしたら、その亡骸で出来た種も、清浄な気を纏っていてもおかしくはない。

 

――……だから、オラクルネストに撒いてと言ったのよ。『救済』の白い鳥は。

 

マリスベルはなおも内から私に言い募る。

 

――オラクルネストの『支配』の卵。それが《感染源》となりオラクルネストは穢れ、五年前に衰滅寸前というところまできた。そして今もその状態が続いてる。それなら、それに匹敵する清らかな力でオラクルネストの大地を浄化すれば、『支配』の力は相打ちとなり消滅する。オラクルネストを少なくとも、穢れのない状態に戻す事が出来るわ……!

 

マリスベルは興奮気味に囁いた。

だが、運が悪いことに『賞賛』を求める白い鳥が『支配』の卵と融合すべく、一足先にオラクルネストへとやってきてしまっている。

融合する前であっても『支配』の卵は、卵の中で一番大きな存在だ。

いくら卵の一つとて『救済』がそれに匹敵するだけの清らかな力を持っているのかは、私にはわからなかった。

まるで決戦前のあの時のようだ。

オラクルネストを救うには、まだ何か一つピースが足りない。

私が考えあぐねて顔をしかめていると、ハウンドベアのすぐ隣に追い付いた巨大な獅子の背の上で、李白が声を上げて笑った。

 

「よぉエイト、随分渋い顔してんなァ! 熊の背は、そんなに顔をしかめる程快適か?」

 

クククと人の悪い笑みを浮かべた《不浄のもの》は、私の姿をからかうようにそう言った。

だがそんな《不浄のもの》の姿が、随分と前より生き生きとして見えたのは気のせいではないだろう。

吹っ切れたとでもいうべきか、彼は今、人の輪の中で愛を感じて生きている。

そう思えたのは、一通り私をからかったその後に、こんな言葉を投げかけてきたからだ。

 

「なんだか悩みがあるみたいじゃねぇか。こういう時は一人でため込まず、俺達にも声をかけろよ。俺もお前も、一人じゃねぇんだぜ。ナァ!」

 

私の気持ちを知ってか知らずか、そんな事をのたまった《不浄のもの》という存在に、私は一人ピンとくるものを感じた。

 

――エイト、最後の一ピースはこれだわ……。

 

マリスベルも私の内で同じように囁いた。

四つに分かたれた卵のうち、零れ落ちた最後の『愛』という一ピース。

これが『救済』に加われば、この地はもしかすれば本当に救われるかもしれない。

私はマリスベルと共に心の中で頷くと、熊の背に乗りながらしっかりと笑ってみせた。

 

「……その通りだな《不浄のもの》。お前の気遣いに感謝する。ではさっそく相談にのってもらおうか。この地を……オラクルネストを蘇らせるためにお前の存在が必要だ。私達に力を貸してくれ」

 

 

* * *

 

 

皆との話し合いの場を設けるという条件でハウンズベアを降りる事を許された私は、今、巨大な獅子の背に居た。

先ほどドットやスズと交わした話やマリスベルと共に推測した話を元に、私は皆にオラクルネストを蘇らせる為、《不浄のもの》の力をどうにか利用する術がないかと皆に打診した。

 

「つまり、その『救済』の白い鳥が残した清らかな気が込められた白鈴草の種をオラクルネストの大地に撒く事で、《感染源》となっている『支配』の卵の持つ禍々しい穢れを除去できる可能性があるという事だな?」

 

ジオリードの確認に、私は先を続ける。

 

「ああ。だがオラクルネストの『支配』の卵は、卵のなかで一番大きなものだった。『救済』の白い鳥の力だけでは大地を浄化しきれない可能性がある」

「だから同じ卵の力を持つ俺様に、白羽の矢が立ったってことか」

 

李白の身を借りた《不浄のもの》が覇気のある笑みを零すと、私は力強くそれに頷いた。

 

「目には目を、歯には歯をと言うだろう。お前の持つ『愛』という卵の力を、どうにかこの白鈴草の種と共に、オラクルネストの地に注ぎ込むことは出来ないか? 二つの卵の力が合わされば、大きな卵一つ分ならなんとか浄化する事ができるのではないかと考えたんだが」

 

どうだろうか、と今度は弥生に助言を仰ぐ。

弥生の家系は代々封印や浄化を中心に活躍するバースセイバーである。

娘である彼女もその手の話題のスペシャリストだ。

意見を聞いてみない手はなかった。

 

「確かに理屈でいけば、それでオラクルネストの大地を蘇らせることは可能かもしれないわね。ただ、それはあくまで穢れが消えたと言うだけで、もとの緑の大地がすぐにそのまま戻ってくるわけではないわ。穢れを浄化した大地にはまだ何も残されていない。真っ新な状態に戻るの。そこからまた成長を遂げてやっと元の緑の大地が戻ってくるという訳ね。何も無いという事は何色にも染められるという事だから、また再び近くに《感染源》が出現すれば、水を得たスポンジのように、その大地は穢れを吸いつくしてしまう。それを避けるためにあらゆる不安要素を除去しながら、長い年月をかけてオラクルネストを見守る必要が出てくるでしょうね。つまり……この世界にやってきた『賞賛』という白い鳥。あれを野放しにしておいては、浄化も除去も意味がないという事」

「あやつが次の《感染源》になってしまっては元も子もないということか」

「その通りよ。そもそも『賞賛』が『支配』と先に融合してしまっては、それこそ打つ手がなくなってしまうでしょ? どちらにしても、私達はあの森のほとりからオラクルネストに逃げ込んだ『賞賛』の白い鳥の行く手を阻止しなくてはならない」

 

弥生は真剣な面持ちで皆を見た。

 

「生憎まだ、オラクルネストに来て以降、大きな《世界》の《歪み》を感じてはいないわ。『賞賛』の白い鳥がまだ『支配』を見つけられていないか、あるいはオラクルネストの応援部隊がそれらを食い止めてくれているかのどちらかよ」

「では早急に応援部隊と合流して、『賞賛』の白い鳥を食い止めながら白鈴草の種を撒こう。『支配』さえ消滅させてしまえれば、『賞賛』との融合はとりあえず防げる。防いだ後に『賞賛』を倒しきり《感染源》となる恐れを完全に断つ」

 

ジオリードが結論づけると、弥生もそれに頷いた。

 

「ただ問題は、どうやって《不浄のもの》の力を白鈴草の種と一緒に注ぎ込むかという事よ。《不浄のもの》は私達に与する事を条件に、のちに李白と統合される事になっている。『救済』の白い鳥のようにその亡骸を種に変えたりすることは出来ないわ。それは李白と私が許さない」

 

これだけは譲れないと弥生は皆へ周知させる。

その様子を見て《不浄のもの》は満更でもなかったのだろう。

少し嬉しそうに口元を緩めると、自ら私達の話題へと参加してきた。

 

「俺の亡骸をこの地に埋める事はできねぇが、こいつの音色に俺様の持つ力を籠めるんなら話は別だぜ」

 

竹笛を取り出すとそれを口元に当て、《不浄のもの》はそっと息を吸う。

巨大な獅子の背の上で竹笛の清涼な笛の音が一筋響き渡ると、オラクルネスト中に満ちている禍々しい瘴気が、ほんの一瞬だけふわりと緩和されたのが私にもわかった。

ガサツな物言いに似合わぬその美しい指先が優しくたおやかに笛の上を滑ると、辺りに満ちる瘴気を何度も払い、そこに束の間の清涼な空気が残った。

 

「李白の笛の腕と《不浄のもの》の力の親和性が良いのだな……思った以上に効果がある」

 

ジオリードは感心したように頷くと、《不浄のもの》は満足したのか鼻高々な面持ちで竹笛を懐にしまった。

 

「ま、こんなもんよ。どうだ、女。意外といけんだろ?」

「やるじゃない! 見直したわよ《不浄のもの》!」

 

弥生に背中を叩かれると《不浄のもの》は鼻をこすって喜んでいる。

なんだか最近《不浄のもの》を見ると微笑ましい気持ちがわいてきてしまうのは、きっと私だけではないのだろう。

みんなもその様子を温かく見守る中、ラーヒーが階下へ手をやり皆を促す。

 

「さて、お話も纏まったようですし……そろそろ私達も出陣いたしましょうか。ほら、応援部隊の皆さんの姿が見えてきましたよ」

 

見ればここより少し離れた階下では『太刀花双輪華』部隊の一人、太刀花藍が、森のほとりから逃げたものよりももう一回り大きな白い鳥と激しい攻防を繰り広げているのが見える。

『太刀花双輪華』と言えば、Sランクの中でも指折りの実力を誇る部隊の一つだ。

私のような人間でもいくらかは顔と名前が一致する人がおり、その最たる者が先ほどの藍と、アフロと呼ばれるもこもこした巨大なピンク色のウサギのような謎の生物だった。

アフロと呼ばれている謎の生物は、タフな身体を武器に白い鳥を挑発し、敵視を藍から自分へと向けさせると、今度は藍が一転して防御から攻撃へと繰り出す。

二人のコンビネーションで白い鳥を翻弄している傍ら、同じくSランク帯の部隊『商易国カルエント』のヌシュキーという黒いフードをかぶった少女が、鋏を片手にこちらを見上げ笑いながら事前に渡していたエニグマフォンを使い、我々にも聞こえるように通信を入れてきた。

 

『へひひっ。愉快な依頼主達がおいでなすったよ? ソーサー』

 

その少女の隣では、人間の体を模したかのようなほぼ全身機械仕掛けの男が一人、洒落た赤い帽子を被り直しながら口を開いた。

 

『【Fizz】様ご一行様が到着された様子。そろそろ私達も参りましょうか?』

 

その声に応えたのは現場には居ない、一人の男の声だった。

 

『【Fizz】ご一行、ようこそオラクルネストへ。そうだな、そろそろ俺達も真面目に仕事をしようかメハーク。何、情報はある程度揃った。ヌシュキー、俺の情報収集に誤りが無ければ負ける事はない。……今得た情報を活用して畳みかけるぞ』

『ふん、待ちくたびれたよソーサー。時間も有限、体力も有限。使うなら、使えるうちに使ってよ。罠も鋏も余るぐらい用意してるんだから』

 

ヌシュキーがソーサーの一声で懐から縄のような何かを取り出すと、藍とアフロが相手をしている白い鳥の首を目掛けてそれを鋭く投げつける。

虚をつかれた白い鳥が一瞬たじろいでいると、その間に縄の先についた留め具のような不思議な形の罠が、白い鳥の首の動きを封じるようにしっかりと固定化した。

 

『この白い鳥は分析したところ、普通の鳥と体の作りはそう変わらない。なら普通の鳥と同じように眼球を動かす事は出来ないはずだ。首を動かし視界をカバーしているのだろうが、それなら首の動きを封じてしまえば奴の視覚は狭まり、判断力は必ず鈍る。――そこに止めだ』

 

通信からソーサーの声が途切れた瞬間、白い鳥の眼前に突如現れた一人の男。

その男は背に流した濃い紫色の三つ編みを華麗に揺らしながら、ただ一言我々の前で口を開いた。

 

「看破」

 

腕にはめたジャマダハルのような武器で白い鳥の両目を一思いに突くと、白い鳥は絶叫をあげ上体を大きく振り回す。

そこですかさず藍がソーサーと位置を入れ替え、今度は横に一振り、その鳥の目を引き裂いた。

 

「見事だ」

「こちらこそ助太刀頂きありがとうございます。お陰で暫く敵の動きを無力化できました」

 

ソーサーが藍の切り込みを湛えると、藍はそれに応えるように微笑み、礼儀正しく頭を下げる。

 

「これがSランク部隊の実力か……」

 

私が獅子の背の上で感嘆の声を漏らすと、隣に立っていたラーヒーが微笑みながら頷いた。

 

「皆さんさすが噂に違わぬ実力をお持ちのご様子で。これでは朝飯前といった感じですねぇ。我々の力はもしかしたら必要ないかもしれません。どうしましょうか、オラクルネストの白い鳥はこちらの二部隊にお任せして、私達は森のほとりから逃げた『賞賛』の白い鳥を探すと言うのは」

 

ラーヒーの提案に、私達は頷く。

 

「そうしよう。この分なら『支配』の白い鳥はあのまま任せて問題ない。私達は『賞賛』の鳥を見つけ次第二手に分かれ、対処する間にこの白鈴草の種を撒く。これでどうだろう?」

「全ては皆さんの意のままに。種を撒くにはこのまま空を飛んでいた方がきっと楽でしょう。私とイーラがこのままスズさんと李白さんを乗せて、オラクルネストを巡回しましょうか」

 

ラーヒーがそう言うと、巨大な獅子の背が一瞬ぴくりと動き私達は思わずよろける。

 

「イーラ、しっかりしてください。まだもうちょっとこのまま竜の姿でいてもらわなくては困りますよ」

「竜? 獅子ではなく?」

 

私が目を丸くすると、ラーヒーは少し困ったような顔をした後、獅子の鬣のような突起をひと撫でしながら目を細めた。

 

「今私達を背に乗せ運んでくれている、この者の名はイーラと申します。一応竜? という事になっておりますが、獅子のように見えてしまうのもわかります。ほら、こんなに鬣が開いていますからねぇ」

 

その突起のような鬣をなでなでとしながらラーヒーは呑気に笑う。

しかしその様子が気に食わなかったのであろう、イーラは再び体を揺らすと威厳のある低い声で私達に呼びかけてきた。

 

「我の背に乗っている分際でとんだ戯言を……お前たちはただ黙って我の乗り心地に浸っておればいいのだ。口答えは認めぬ」

「……といった具合に少々気難しい性格をしておりますが、イーラは普段は小さな猫のような可愛らしい姿をしておりますからご安心を。皆様に危害を加える心配はありませんので」

「我は猫ではない! ふん、これが我の本来の姿だ。雄々しく、禍々しく、それでいて美しかろう。もっと我を褒め称えるがよい」

 

イーラが少し背を揺らし私達に同意を求めると、スズはその鬣のような突起に捕まりながら「イーラちゃん、大きいし、優雅だし、凄いね」と頷いた。

 

「……ふ、フン! 小娘に褒められても嬉しくなぞないわ! くだらない話などしておらず行くぞ! しっかり捕まっておれ、敵はもう目の前だ!」

 

獅子の背改めイーラの背が左に傾くと、旋回するように森のとある一点へ向かいその身を下降していく。

見れば目前には白い鳥と戦う『絆を信じる部隊』と『14の屍天使』の姿が見える。

 

「みつけたぞ! 『賞賛』の白い鳥!」

 

ジオリードのその一言で、私達は武器を握るとそれぞれが臨戦態勢に入る。

 

「スズ、お前とラーヒー、そして《不浄のもの》はイーラの背の上にいろ。種を撒いても『賞賛』の白い鳥が《感染源》と化してしまっては意味がない。確実に処理出来たと分かった段階で合図を送る。そうしたらその種を、竹笛の音と共にオラクルネスト中へまき散らすんだ」

 

私が言うと、スズは黙ってしっかりと頷いた。

 

「スズさん達の事でしたらお任せ下さい。私が必ず、お守り致します」

「ああ、頼んだぞラーヒー」

「かしこまりました。では皆さま、改めてご武運を」

 

ゆっくりと手を振るラーヒーの見送りを受け、私達はスズと《不浄のもの》を残しイーラの背から飛び降りる。

 

「エイト! 紫希! みんな! 気を付けていってきてね……!」

 

別れ際、スズが私達に向かい光の防御魔法を張るとイーラも一言

 

「どうしても困った時は我を呼べ。少しばかり手助けしてやらぬこともない」

 

そう低い声で告げ、上空へと舞い上がる。

 

「この小娘を守る為だ、我は少しばかり攻撃が届かぬ所で様子を見ている事とする」

 

それだけを言い残すとイーラは私達の前から姿を消した。

そこに入れ違いで現れたのは『絆を信じる部隊』の面々である。

ツンツンとした黒髪を風に揺らし駆けてきた赤い瞳の少年が、遠ざかるイーラを見上げながら声を上げる。

 

「おーい、ラーヒー! もう行っちゃうのか!?」

「ああ、申し訳ない。私は【Fizz】のエイト。ラーヒーには訳あってうちの部隊のスズを守ってもらっているんだ。もう戦闘が開始されているようだったので、イーラと共にすぐ上で待機してもらっている」

「そうか、それなら一安心だな! 俺は『絆を信じる部隊』のユーガ。こっちは俺の相棒のトビ。俺らはラーヒーの友達なんだ。よろしくな!」

 

ユーガが人の良さそうな笑顔を浮かべると、隣の青い髪を片目に流した少年が一言ちくっとユーガに口を出す。

 

「おいユーガ、悠長に挨拶なんかしてる場合じゃねぇだろ。もうあっちでは『14の屍天使』の奴らがあの鳥と戦闘をはじめてるんだ。俺らもこいつらをさっさと案内して『14の屍天使』に加勢するぞ!」

「おっと、そうだった! サンキューなトビ!」

「エイトと言ったか、そこのお前達ももちろん行くよな?」

 

トビと呼ばれた青髪の少年が私達に一応確認するように問うので、私達は一様に頷くと二人の少年の後を追いかけた。

行く先では『14の屍天使』の少女達が、華奢な身を更に削りそうになりながら白い鳥と激しくしのぎを削っている。

 

「どういう事……あの白い鳥、さっきとは比べ物にならないぐらい大きな瘴気を放っているわ……」

 

近づくにつれその禍々しさをひしひしと感じるようになり、思わず弥生は袖で口を覆う。

 

「さっきは逃げるようにオラクルネストへ飛んだというのに、一体何故なの……?」

 

アイゼが解せないと言った様子で呟くと、その姿を見つけた『賞賛』の白い鳥が声を高々に羽を広げた。

そのはためきで、私達も『14の屍天使』部隊の少女たちの体も、地に打ち付けられそうなほどに強く吹き飛ばされる。

だがそんな事はお構いなしに白い鳥は地を蹴ると私達の前まで飛び、驚くほどに甲高い声を上げる。

 

「ママ達! 僕を追ってわざわざこっちの《世界》まで来たんだね……! 本当に……心の底からしつこいなぁ……!」

 

忌々し気に笑ったその鳥は、しかし先ほどの尾を撒く姿はどこへやら、小馬鹿にするような目で私達を見下ろしている。

確かにその身から滲むオーラは、つい先ほどまで森のほとりで対峙していた頃よりも遥かに暗く、重い。

まるで《可能性》を継ぎ足したかのような確固たる存在強度を前に、私達が思わずその身を一歩後退させると、それを見た白い鳥はさも楽しそうに愉快な声を上げて笑った。

 

「ははは! どうしたの? 僕の力がそんなに怖いかい? そりゃあそうだよねぇ、だって今の僕はさっきの僕とは比べ物にならないほど《可能性》に満ちている……!」

「……あなた、さっきスズの願いを叶えることで《可能性》を消費して何かしたわね?」

 

アイゼが後ずさりながら問うと、その白い鳥は口の端を釣り上げてまるで悪魔のように微笑んだ。

 

「さすがママ。なんでもお見通しかぁ。そうだよ、僕はあの強い想いを抱いて祈りを捧げていた少女の願いを叶えた。ちゃんとマリスベルは救われたでしょう? ほら、そこの黒い左腕をしたあの人と一緒になって」

 

鳥はわかっていると言わんばかりに私を見つめる。

 

「どういう事だ……先にオラクルネストへ飛んだお前が、何故そのことを知っている?」

「何故って、僕が彼女の望みを叶えられるよう仕向けたからだよ。マリスベルの《可能性》を根こそぎ奪って、そのままではもう彼女が存在してはいられない程、存在強度を薄めて薄めて君たちに託した。まるで消えかけた蠟燭の火のように彼女は霞んでみえたでしょう? 君たちはマリスベルを放ってなんておけないよねぇ! わかるよ。だって特に君は、あの忌々しい『救済』とあまりにも同じ匂いがしたからね」

「忌々しい? 『救済』の白い鳥、あれは仲間ではなかったのか? お前達の一部なのだろう、あの鳥も」

「ああそうさ。だからこそあまりにも邪魔で、憎らしい。僕や『支配』がやりたい事を、あいつはとにかく邪魔をするんだ。だからパパとママが僕らを四分割してくれた時、とても心が躍ったよ。やっとあの邪魔者を厄介払いできるってね」

 

だからこそ、アイゼやジオリードを恨んでなどいないのだと白い鳥は笑った。

二百年以上の間、たとえその身を封印されていたとしても、封印は時間と共に必ず解ける。

ただの生命体ではない卵たちには、時間の概念などさして問題とならなかったのだ。

潤沢な《可能性》を保持し眠りについている限り、彼らは動けなくともその身を消滅させる恐れはない。

相容れない己の一部である『救済』という存在と分離する事さえできれば、やがて封印が解けた後、自分は自由に羽ばたける。

この白い鳥はずっと、そうやって虎視眈々とこの時を待っていたのだ。

 

「ありがとう、パパ。ママ。僕をあの時四分割にして封印してくれて。お陰でとても身軽になれた。最高の気分だよ……! しかもあろうことか『救済』は君らに力を貸す為に、己の身を差し出したんだろう? あの邪魔者の《可能性》が消えた時、僕は嬉しくて身震いしたよ。遠くに離れていたってわかるさ。あれは確かに僕らの一部だったのだから」

 

白い鳥の物言いに、腸が煮えくり返りそうになるのを寸でのところで抑える。

 

「それではお前は、スズの純然たる祈りを利用し、マリスベルの存在を蹴散らし、それらの想いを踏みにじり、仲間である『救済』すらも見殺しにして、今ここに居るというのか……!」

「そうさ。すべては僕が『賞賛』されるため。その為になら『支配』、あいつの力だって僕は利用する」

 

目の前の白い鳥から放たれる瘴気の正体に気づき、弥生が血の気の引いた顔をして口を押さえた。

 

「あなたまさか……仲間である『支配』の鳥からもその《可能性》を奪ったのね……!?」

「ママの仲間は察しがいいね。その通りさ。オラクルネストに着いたその瞬間までは『支配』と融合し、君らを蹴散らしてしまえばいいと思ってた。だが『支配』の姿を見た時に、気が変わったんだ。あいつは僕よりも大きな《可能性》を持っている。僕があいつと融合してしまえば、核となるのは『支配』となってしまうだろう? そんなことをしたらせっかく手に入れた自由を、僕はまた手放す事になる。それなら『支配』の《可能性》を奪い取り、僕こそが核となる存在になってしまえばいいと気づいたんだ」

 

「スズの願いを叶える事で《可能性》を消費するチャンスを得、そしてオラクルネストにやってくるなり、仲間でもある『支配』の鳥から、その《可能性》の一部までもを横取りする……そなたは本当に、救いようのない存在となってしまったな……」

 

諦観の境地に至ったジオリードは深いため息をつくと右手を差し出す。

紅蓮の炎が彼の怒りを象徴するかの如く燃え盛り、その白い鳥へと向けられた。

 

「今のお前はもう人の手には負えん。傲慢で、醜く、そしてあまりにも無慈悲だ。そのような存在で、どうやって人々の賞賛など得れようか。人の真意を見て見ぬふりをするというのなら、ただ仮初の理想を胸に、地獄の業火の中で苦しみ続けるがいい……!」

 

放たれた炎が白い鳥目掛けて襲い掛かると、それを皮切りにアイゼが己の身体を強化しながら叫んだ。

 

「情けは無用よ! 総力戦で、あの子を打ち取る……!」

「そうだそうだ! やっちまえ俺ちゃんの家来ども! あの白いボンクラにわからせてやるんだよぉ! お前のそれは、ただの思い上がりだって! ほらほら~~ぼーっと突っ立ってないでエイトと紫希も、俺ちゃんの手足となって働いてください。え? 俺ちゃんはここで見てる」

 

烈斗の繰り出した炎で焦げて、焼き鳥になっていたはずのあかすみも、イーラの背の上でしっかり休んだのだろう。

今やすっかり体力を取り戻し、やかましい口を挟んでくる。

 

「口うるさい奴だ……だが、ここが正念場だぞ。紫希!」

「わかっている、エイト。――行くぞ!」

 

黒い大鎌を構えた紫希がその長い手足で電光石火の如く駆け出すと、アイゼを追い抜き、ジオを抜き去りその先頭に立つ。

 

「俺がお前達の盾となろう、貴様の相手は俺だ、白い鳥!」

「ならば私が剣となる! マリスベル、力を貸してもらえるな……!」

 

――もちろんよ、あの憎い白い鳥をボコボコにしてやって!

 

内からマリスベルが返事をすると、即座に私の左腕を頑強な黒い腕へと姿を変えた。

その様子を見た白い鳥が、腹立たしそうに声を荒げた。

 

「……マリスベル、僕の味方になると言ったのに、裏切る気かい?」

 

――わたしのお願いを無視したあげく、先にこっちを裏切ったのはあんたじゃないの!

 

腹を立て、地団太を踏む勢いでマリスベルが大暴れする様子を尻目に、私は笑った。

 

「先にマリスベルを裏切ったのはお前だと言っているぞ。身から出た錆だ。それにスズの神聖な祈りに対する仕打ちも忘れてはいない。彼女たちの分まで、私達が相手をしよう」

 

黒い腕を大きく振りかざし、目の前の禍々しい瘴気を振り払う。

刹那、その後ろから黒い髪をした細身の少女が一人、私に前にまろびでて白い鳥へと奇襲をかけた。

 

「……絶望を振り払うのは僕の領分だよ。この程度の瘴気なら、僕にはなんてことはない。さぁ戦闘を始めようか。準備はいい……? 僕が最初に、あの鳥へと続く一筋の道を切り開く!」

 

黒髪の少女がひと際前に飛び出すと、声を上げようとした白い鳥の口を塞ぐように叫んだ。

 

「屍の山を築き、数多の厄災を退け封印した……新たな世界のための礎となれ! 消えろ! 屍天斬消!」

 

少女の魔術が白い身体に炸裂すると同時に鳥はその声を失い、焦ったように大きく身をよじる。

その悶える姿を背に黒髪の少女は華麗にその場に着地すると、ゆっくりと私達を振り返り言った。

 

「はじめまして。僕は『14の屍天使』のユキア。今日はこの場に招待してくれてありがとう。あの鳥の言葉は暫くの間、封じたよ。今なら楽に攻撃できると思う」

「同じく『14の屍天使』レーゼ、ただいま参上っ! お前らが攻撃をぶちかます前に、俺のこいつもお見舞いしてやる!」

 

レーゼと名乗った金の髪を揺らしたツインテールの少女が私達の前を軽々と飛び越えると、一言

 

「イージス!」

 

と叫んだ。

途端、彼女の体の周りに銀鎧の一式が姿を現す。

どうやっているのかレーゼはそれに一切の手を触れることなく、一つ一つその銀色の鎧を身に纏いながら白い鳥へと駆けてゆく。

そして右手に力を込めたかと思うと、軍神の如く力強い一撃が白い鳥を抉った。

 

「これがぁ……俺のぉ……全力だあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

貫くように放たれた一撃に白い鳥がその羽を豪快に散らすと、先ほどまでの怯むような威圧感が緩み、辺りの瘴気が目に見えて薄れてゆく。

 

「白い鳥の存在強度が弱まった……!?」

「あいつの防御を一時的にちょっと削いでやったんだ。これでもっと戦いやすくなっただろ!?」

「ありがたい! これなら楽に近づける……ッ!」

 

私はマリスベルと共に黒い腕に力を込めると、レーゼとは反対側へ回り込み、その白い羽を遠慮なく引き裂いた。

 

「こちら側は私がやろう!」

「―――――――!」

 

両腕を捥がれ苦しそうに白い鳥は戦慄くが、しかし先ほど使ったユキアのスキルのお陰でその声はけして響かない。

私達は白い鳥が声を上げれないのを良いことに、そのまま一気に攻め込んだ。

 

「俺が敵視を集める! お前たちは何も考えず、最大火力をぶちかませ……ッ!」

 

そう言い放つや否や、紫希が風よりも早く大鎌を振り回し奴の足元を掬うと、白い鳥が大きく体勢を崩した隙に距離を取り鎌を眼前目掛けて投げつける。

大鎌は勢いを保ちながらも巨大な盾に変形し、なおも白い鳥へ目掛けて飛んで行く。

紫希は間髪入れずに走り出すと、その大盾の上に飛び乗った。

そのままスライディングでもするように風を斬り、大盾と共に突き進んでいく。

盾が白い鳥の目の前に差し迫った時、紫希は盾を蹴り上げ上空へと飛び上がった。

黒い大盾が真っ直ぐに白い鳥の双眼目掛けて食い込むと、白い鳥は声にならない絶叫を上げて我々の前でのたうち回る。

その姿をしかと確認しながら、紫希は空中で大盾を長い鎌へと再び変形し、その白い鳥の禍々しい双眼を見事に切り裂いた。

先ほど見た『商易国カルエント』と『太刀花双輪華』の戦い方を応用したのである。

 

「分身のくせに学習能力が高い奴だな……!」

「お前の分身だからこそ、これぐらいできて当然だろう!」

 

紫希と憎まれ口を叩きながら私も黒い左腕に力を込める。

ジオリードが再び右手に紅蓮の炎を纏わせ、アイゼはその人ならざる長爪を構え高く飛ぶ。

ネビュラが再度紫希へと敵視が向くよう対象誘導をかけると、ノアールはすぐさま紫希の援護に回った。

今まさに白い鳥へと飛びかかろうとしている私達の後ろで、弥生は懐から護符を取り出すと四神を武の力を今ひとたび借りるべく印を結び、空高くその護符を掲げた。

漲る力を全身に込めて私達は振りかぶった。

それに合わせて烈斗が爆ぜる火の粉を巻き上げ、己の右手に力を込める。

 

「俺はテメェみたいなふざけた野郎が大嫌いだ、白い鳥! 神も悪魔も関係ねぇ、お前が『気に入らねぇ』、ただそれだけの理由でぶっ飛ばす……!」

「俺も怒ってるぜ! 誰かを大切に想うその気持ちを利用して、嘲笑うなよ! 人の気持ちを踏みにじる奴は、同じように踏みにじられても文句は言えないんだからな!」

 

ジェラルドが剣の切っ先から己の怒りを込めて大海原のごとく逆巻く炎を迸らせると、今度はヴィクトールがその長いハルバードの先を白い鳥に向けて叫んだ。

 

「そうだとも! 今君がこうして僕たちに矛先を向けられるのには正当な理由がある! それを真摯に受け止め、猛省し、来世では心清きものとして出直してくるがいい……!」

「私達は善き人として、善き未来を創る為に、問題があるのならそれを正していかねばなりませんから……!」

 

ユカリが白い鳥へと向かいゆく仲間たちの速度を加速させる。

皆がそれぞれの想いを込めて、白い鳥のその身体に全力の一打を打ちこもうとしたその時。

 

「「これで終わりだッ……!」」

 

私と紫希が同時に叫ぶと、内のマリスベルがその呼吸に合わるように黒い左腕へと猛烈な力を送った。

私の仮初の左腕は彼女の黒いオーラを纏い、風を斬り、白い鳥の胴体を思いきり切り裂いた。

そこに注ぎ込まれる数々の仲間たちの攻撃。

時が過ぎ白い鳥はやっとの事その声を取り戻す事に成功したが、しかしその身はもう立ち上がる事すら出来なかった。

 

「チェックメイトってやつじゃ~~ん?」

 

満面の笑みを浮かべたあかすみが勝ち誇った声を上げると、白い鳥はただ項垂れ、そして敗北を認めた。

 

「…………僕が負けるなんて。どうして、どうしてだよ……!」

「そんなの決まってるだろう。お前が己の事ばかりを考え、人々を自分の欲に巻き込み、そして何より慢心したからだ。助けてくれる仲間もいない状態で、策すらもころころ変えてしまう。そんな信念すらない者は、遅かれ早かれいつか己が身を亡ぼしていただろうよ」

 

一番近くに居た紫希がそれだけを告げると、白い鳥は瞳を伏せ押し黙った。

 

「勝負あり、だな」

 

私がそう言うと、あかすみはアヤミから預かっていた契約書を持ってきて白い鳥の前へと置いた。

 

「俺ちゃんとの契約、忘れちゃいませんよねぇ? ププッ。さぁさぁ! 今まで蓄えてきた《可能性》全てを使って、俺ちゃんたちの望みを一つ叶えてもらいましょうか! いぇいいぇい♪」

「……君らの望みは一体なんなんだい」

「私達はこれから、オラクルネストを復興させる。『救済』の亡骸をこの地に撒き、オラクルネストの大地を浄化するんだ。だが、この地に再び《感染源》が押し寄せられては意味がない。だからお前は、その人の望みを叶えるというその力を捨て、このオラクルネストに暮らすただの普通の一羽の鳥となり、この《世界》を見守るんだ」

 

《観測者》が居ない《世界》はその存在そのものが滅びてしまう。

だからこそ生命は必要だ。

例えどんなに荒れ果てた《世界》にも。

例えどんな小さな生命だったとしても。

 

「お前はその、最初の一羽になるんだ」

 

私が告げると、白い鳥はあきらめたように静かにため息をついたあと、仕方がないと小さく頷いた。

 

「それじゃあ僕が人の望みを叶えるのは、これが最後という事になるんだね」

「そういう事だな」

 

ジオリードが肯定すると、白い鳥はふと笑みを浮かべ紫希を見つめた。

 

「僕が己の事ばかりを考え、人々を自分の欲に巻き込んだ……か。言ってくれるな」

 

先ほどの紫希の言葉を反芻し、ぼろぼろの翼ををすくめてひとしきり笑った白い鳥は、最後の最後も変わらない人を見下したかのような笑顔を私達に向けると、まるでこれからパーティーでも始めるみたいに妙に明るいテンションで口を開いた。

 

「いいだろう! 君たちの願い通り、僕は僕の持つすべての《可能性》を消費してただの白い鳥になろう。だが、鳥になる程度では今まで僕がため込んできた《可能性》全てを使い切る事なんて出来やしない。だからそうだな、余興にもう一つ、君達の願いを叶える代わりに呪いをかけよう」

 

白い鳥は紫希に向けて、ひとたび羽ばたきをするとその羽根を一枚足元へと送った。

その一枚の羽根はみるみるうちに黒ずむと、紫希の足元を淀んだ穢れで覆っていく。

やがてその穢れは鎖のようなものとなり紫希の足に絡みつき、やがてその鎖は私の足元へと繋がれた。

 

「白い鳥……お前一体、何をした?」

 

私が問うと、白い鳥はただ面白そうに顔を歪ませ紫希に告げる。

 

「僕を最後まで散々コケにしてくれた君に最後のプレゼントを贈ったんだよ。僕は今、お前に時を止める呪いをかけたんだ。だから君は金輪際、今のお前以外の何者にもなれやしない。僕の持つ《可能性》全てを使い、紫希、君の持つ《可能性》を現在に固定化したんだ。だから君は今後、もう一生歳を取る事はない。かわりに君の持つ《可能性》を今持つ運命や宿命、使命以外に費やす事も出来ない。君は他の人間が当たり前のように時を進め、変わっていくその中で、ただ一人永遠に今という時を繰り返し生きてもらおう」

 

白い鳥は楽し気に笑うと、今度は私を見て言った。

 

「だが、悲惨な状況を迎えて勝手に命を絶たれてしまっても、それはそれでつまらない。どうせなら永遠に、その進まない時の中で一人もがき苦しんで生きて欲しいからね……! だから紫希の《可能性》を持つもの全てに関連付けを行わせてもらったよ。つまりエイト、紫希が死ねば問答無用で同じ《可能性》を分かち合った君も死ぬ。だから君は命がけで紫希を守るしかなくなった。……と、いう訳さ」

「……なんという事を」

 

あまりにも勝手な物言いのそれを捕まえて呪いを解除させようとする前に、その白い鳥は全ての力を手放すと一匹の白い小鳥へと姿を変えた。

約束を果たした小鳥はもう、人の言葉を話す事は二度となかった。

ただ私達をおちょくるようにその身をひるがえして小さく囀ると、オラクルネストの空へと飛んで行く。

 

「待て! 白い鳥……!」

 

思わず手を伸ばし声をかけたが、だがその鳥はもう私達の言葉を聞いてはいなかった。

『賞賛』の白い鳥は全ての《可能性》を費やして私達の望みを叶えると、最後に置き土産を残し、ただの鳥に生まれ変わったのだ。

もう二度と人の望みを叶えることは出来ないのだろう。

 

――代わりに自由を手に入れた。

 

この荒廃したオラクルネストで懸命に生き、そして死にゆく一羽の小さな生命として。

 

「……行こう、スズの元に。私達にはまだ、やる事が残っている」

 

五年ぶりにこの地に生まれた小さな生命。

それを生かすための大地を取り戻さねばならない。

空で様子を見守っていたイーラが、ゆっくりと私達の元へと降りてくる。

 

「エイト! 紫希! みんな……! 大丈夫だった?」

 

スズがイーラの背を飛び降りると、一目散に駆けてくる。

私達はその小さな体を受け止めると、しっかりとその青い瞳に微笑んでみせた。

 

「決着がついたのだな」

「ああ。白鈴草の種を、オラクルネストの大地に撒こう」

 

そう告げると、イーラは再び私達をその背に乗せて空へ舞い上がる。

時は夕暮れ。

スズはポケットから白鈴草の種の入ったスカーフを取り出すと、その風を斬るイーラの背の上からゆっくりと撒いた。

茜色の空を霞ませるほどの瘴気が覆う中、風に吹かれ、白鈴草の種ははらはらと大地へと降り注いでいく。

《不浄のもの》が竹笛を取り出すと、皆が見守る中、静かに息を吸った。

竹笛の清涼な笛の音が一筋、私達の間を吹き抜けてゆく。

オラクルネストを取り巻く禍々しい瘴気は、ゆっくりと、だが確実に音もなく崩れるように消えゆき、眼前に沈みゆく赤い夕陽が姿を現した瞬間、私達はついに歓声を上げた。

枯れ果てた大地に降り積もる白鈴草の種が、夕日に照らされ鈍く光る。

その生命もまだ何も存在していない夕暮れ時の空の下、遠くから小鳥が囁く声が聞こえる。

 

「私達のオラクルネストが帰ってきた……」

 

スズが涙を零しながら、湧き上がる感情を胸にぽつりと呟いた。

種を包んでいたスカーフをスズから受け取り、私はラーヒーへと手渡す。

だがラーヒーは首を振ると、そのスカーフをそっとスズの手に戻して言ったのだ。

 

「そのスカーフは記念に差し上げますよ。この地が今日、再び蘇った記念として」

 

そして優しそうに目を細めた。

 

「ありがとう、ラーヒーさん……っ」

 

スズはその綺麗に畳まれたスカーフを受け取ると、こらえきれない涙を拭うように目頭を押さえ、そして声を上げて泣いた。

子供のように泣きじゃくるその柔らかな銀の前髪を私がいつものように撫でると、マリスベルが少しだけそっぽを向いたようにむくれた気がしたが、しかし彼女はそれ以上、後は何も言ってはこなかった。

 

私達はスズが泣き止むその時まで、ただ沈む夕日を見つめていた。

やがてそこに駆けつけた応援部隊の面々達が、私達の姿をみつけ眼下から声をかけてくる。

その横を、たった一羽の白い小鳥が悠然と駆け抜けていく。

 

――まるで、私達の姿を見守る様に。

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