五年というあまりにも長い年月を費やしたオラクルネストの奪還。
その喜ばしい日を迎えてから一週間が経った。
私達、感染対策課【Fizz】の面々は、通常の任務に加え、継続案件としてオラクルネストの復興作業を並行して行っており、今までにも増して慌ただしい時を過ごしていた。
「それで、オラクルネスト復興任務は順調に進んでいるか? エイト」
卵の問題で滞っていた案件が山の様に溜まっているのだろう。
机から離れる事が出来ず、今も書類の整備に追われるジオリードが作業の合間に私に問うた。
「ああ。今の所、復興作業は順調だ。干からびやせ細っていた大地もいい感じに湿り気を帯びてきて、僅かな草花が芽吹き始めている。同時に《感染源》となり得るゴミなどの処理も同時に行っているため人の出入りも多いが、そこはVS能力を持つ者が細心の注意を払っている為、問題ないだろう。衰滅前の状態とはまだほど遠いが、だが着実に生命は育っている」
「そうか。それを聞いてやっと私も肩の荷が下りた。……喜ばしいことだな」
「復興作業で人が出入りする分、《観測者》の目も増えるから、自然と《可能性》も増えるんでしょうね。《最前線世界》として五年間封鎖されてきたオラクルネストだけれど、卵の脅威が去った今《準最前線世界》という扱いに変更になったから、私達も仕事の一環でオラクルネストの復興に携わる事が出来て嬉しいわ」
同じく溜まった仕事に追われているのだろう。
珍しく複数の式紙達に雑務を命じながら、それでも弥生は笑った。
その隣では李白が覚束ない手つきでエニグマフォンをいじっている。
オラクルネスト奪還後、契約の通り李白と《不浄のもの》は融合した。
今は私とマリスベルのように、李白の中に李白と《不浄のもの》という二人の人格が混ざり合っている状態だ。
不安定な存在であることは変わらない為、結局今もこうして感染対策課で監視する名目で保護されている。
そんな形で融合を遂げた二人だが、元からの李白の機械音痴はどうすることもできなかったらしい。
今後の仕事でもエニグマフォンを使用する事となり、弥生に教えてもらいながら李白がたどたどしい手つきでエニグマフォンの使い方を学んでいるのだが、その身の中では《不浄のもの》も一緒に機械の前で大混乱しているのだろうと想像すると、私は思わず笑ってしまいそうになるのだった。
だが、そんな様子すらも弥生は穏やかな表情で見つめている。
色々あったが、本人たちが納得できる形で落ち着いたのなら何よりだった。
「そういえば、今日はヴァレリアが退院してくる日だったわね」
弥生がふと顔を見上げ時間を確認する。
普段から何かと騒がしいリネットがこの場に居ないのは、彼を迎えにでも行っているのだろう。
「随分と完治するまで長引いたな、ヴァレリアは」
「そうね、ヴァレリアは自分で応急処置はできなかっただろうし……脇腹の損傷も酷かったから」
弥生の言葉に私は確かにと頷いた。
それに私と違い、マリスベルの攻撃を受ける前にスズの光の加護を受けていなかったせいだろう。
傷口から感染除去するのに時間がかかってしまったようだが、それでも先進医療と治癒の力で、無事快方に向かったのなら何よりだった。
そこにスズと紫希が任務から帰ってくる。
「ただいま! みんな」
「おかえりなさい、スズ。もうすぐヴァレリアさんが復帰してくるみたいだから、事務所を片付けて待ってましょ」
「弥生、ほんとう? 良かった……!」
スズが満面の笑みを浮かべ喜ぶ。
その後ろから紫希が手をあげると、私達を見回しながら言った。
「隊長からの伝言だ。ヴァレリア復帰に合わせて【Fizz】全体に伝達事項があるらしい。全員15時に事務所に集まってくれ」
「隊長が招集を? 随分と珍しいな」
ジオリードがにわかに反応し、首を捻る。
隊長のアヤミは普段は自らの持つVS能力の存在を隠している為、人前に現れる事は珍しい。
秘密を知った私達ですら、オラクルネスト奪還後からは一度も顔を合わせていないのだ。
何よりアトリエに引きこもり気味の彼女の姿を頻繁に見る者はほぼ居ない。
せいぜい世話係としてアトリエを出入りするシャルトリーゼぐらいのものだろう。
それが今日、皆の前に姿を現すというのだ。
何か込み入った話があるのは想像に難くなかった。
「15時まで後15分……ネビュラとノアールの姿がまだないわね。探してくるわ」
アイゼが席を立つと、ジオリードがそれに続く。
「私も行こう。あの鏡餅の姿も見当たらぬからな」
オラクルネスト奪回後も感染対策課に住み着いているやかましい鳥――あかすみ。
普段は鏡餅そっくりなフォルムでどてっと窓際に寝ころび、一人呑気に日向ぼっこをしながら口やかましく過ごしているのだが、そういえば今日はその姿が見当たらない。
「あかすみなら今、隊長となんか話してるわよ」
そう思った所にタイミング良くネビュラとノアールが入口を潜り抜けてくる。
彼ら二人は卵の件で臨時でこの課に飛ばされてきたはずだったのだが、なんやかんやとその居心地を気に入り、結局このまま感染対策課に在籍する運びとなった。
任命された当初と変わらず、今も二人ペアで活動を続けている。
その二人が自発的に感染対策課に集まってきたことで、アイゼとジオリードは彼らを探す必要がなくなり、かわりにノアールが全員分のお茶を用意すべくキッチンスペースへと消えて行く。
やがて15時手前になるとバタバタと廊下を駆けてくる足音が二つ聞こえ、リネットが普段より一割増元気に声をあげて感染対策課のドアを開け放った。
「やっほーみんな! じゃじゃーん! ヴァレリア、無事退院でーすっ!」
主役はこちらと言いたげに両手を後ろのヴァレリアを指し示すリネットに、ヴァレリアは呆れた顔をしながらも、私達の前にすっかり元気になった姿を見せてくれた。
「よ、待たせたな。ヴァレリア・フォール、完全復帰だ」
「ヴァレリアさん! 退院おめでとう!」
「おう。ありがとな、スズ」
「リネットも。ヴァレリアさんが無事退院できてよかったわね」
「ほんと一安心だよ~~ありがとう弥生~~~」
リネットがほっとしたように弥生へと抱き着いている横で、ヴァレリアは「やれやれ」と顔を振り笑っている。
いつもの氷嵐ペアの復帰にその場が湧いたのもつかの間、リネットに抱き着かれた弥生が、ふと彼女の左手に何かを見つけて声をあげる。
「ちょっと、リネットこの指輪って……!」
見ればリネットの左手の薬指には、エメラルド色の宝石が入った銀色の指輪がはめ込まれている。
リネットはしまったといった具合に一瞬焦った顔をしたが、観念したのか柄にもなく顔を真っ赤にした後、ちらりとヴァレリアの方を向き、そして最終的にデレデレとモジモジを足して二で割ったような態度で指を絡める。
「えっへへ~……実はこれ、ヴァレリアからもらったの。婚約指輪」
「「えーーーーーーっ!?」」
スズと弥生が途端に黄色い歓声をあげる。
「いやぁ、ね? マリスベルとの闘いでヴァレリアも怪我したり色々あったから、なんかこう生きてるうちにちゃんとしたい事しとかないと駄目だよねぇって、話になって……ね?」
同意を得るようにリネットがヴァレリアを見ると、ヴァレリアは照れ隠しなのか頭をガシガシかいた後
「ま、リネットも二十歳になったしな。そろそろ結婚すっかって話になったんだよ」
とそっぽを向いて言い放った。
「と、いう訳で。取り急ぎまずは婚約からってことで、頂きましたっ!」
そう言ってリネットはモジモジとしながらも、とても嬉しそうに笑った。
「これはこれは……めでたいな! 若き二人の門出を心から祝福しようではないか!」
ジオリードが二人に向けて少し大げさに拍手をすると、私達もそれに続き、暫くの間感染対策課は祝福ムードで大賑わいとなった。
「よかったね、リネット。おめでとう!」
「ありがと~~スズ~~! 結婚式には是非来てね!」
「おい、リネット。まだ婚約だぞ。気がはえーだろうが」
「っていったって、ちゃんとお嫁にもらってくれるんでしょ? ならいいじゃん!」
「わーった、わーった。もらう、もらう。だから騒ぐな、鬱陶しい」
相変わらずリネットはヴァレリアに足蹴にされていたが、それでも二人はとても嬉しそうだ。
みればヴァレリアの左手にも揃いの銀の指輪が見える。
「素敵ねぇ……」
ぼおっとため息をつくようにしみじみと呟いた弥生の隣で、李白が飄々とした顔で囁いた。
「その次はじゃあ、僕たちの番ですね。どんな式にしましょうか? 弥生の好きな洋風がいいかもしれませんね。僕と《不浄のもの》が二人がかりで全力で幸せにしますから。――覚悟ができたら教えてください」
そう弥生に耳打ちする声が聞こえてしまったのは、内なるマリスベルの能力の一つなのだろう。
こちらはこちらで順調なのは良いことだ。
そんな若者たちの姿をほほえましく見守りながらスズを見ると、スズは私の視線に気づき、子犬の様に無邪気で嬉しそうな笑顔を向けたのだった。
――まったく、どいつもこいつもデレデレしちゃって!
マリスベルが牽制のように私に囁いてくるが、とりあえずめでたい場なのでそっと奥へと押し込んでおく。
あとで彼女が満足するまで沢山話を聞いてやろうと、そんなことを考えながら。
やがて15時が少し過ぎた頃、アヤミがあかすみと共に感染対策課のドアを潜った。
「おい家来たち、俺ちゃんの登場だよぉ! 控え、控え、控えおろう~!」
あかすみがパタパタと羽ばたきその重そうな身体をなんとか宙に浮かすすぐ後ろで、アヤミはぐるりと部屋を見渡しながら私達に声をかける。
「おまたせ! やぁやぁ、みんな集まってるかい?」
一同はアヤミの一声に頷き、各々の席へと戻って行く。
やがてみんなが席に着いたのを確認すると、アヤミは本題を切り出した。
「突然招集をかけてごめんね。いきなりで悪いんだけど、本日をもって【Fizz】を解体しようかなと思って」
「えっ!?」
驚き息を吸い込んだ私よりも早く、大きな声をあげたのはネビュラである。
「ちょっとまってよ。せっかくノアールと二人、落ち着ける課が見つかったと思って本部からの打診も蹴って【Fizz】に残る事にしたのに、その矢先に解体ってどういう事? さすがに理由を説明してもらわないと納得いかないわ」
ネビュラは反射で立ち上がってしまった自分の身体を再び椅子の背に預けると、腕を組んでアヤミを見る。
「それ相応の理由があるのよね。教えて頂戴」
足を組み、腕を組み、そしてアヤミを見つめるネビュラはなかなかの貫禄である。
普段は気さくなギャルといった感じだが、こうして上司にも一歩も譲らず威厳のある態度をみせるその姿は、やはり名家ご令嬢と言ったところか。
上に立つ者としての態度が端々に染み込んでいる。
だがアヤミも負けてはいない。
あまり表に出てくることはなかったが、それでも一つの部隊の存続を数年間もの間、任せられてきた部隊長である。ネビュラの物言いに怯むことなく私達を見渡すと、落ち着いた声で口を開いた。
「実をいうと、もともとこの【Fizz】は、ジオリードとアイゼがいつか目覚める卵に備えて、《感染源》の研究をする為に立ち上げられた組織なの。ただそれだけでは研究の進みが思うようにいかなかったり《感染源》のサンプルが手に入りづらいという事もあって、彼らの研究の幅を広げるために後に人員を投下して、研究だけではなく実際に《感染源》の除去や治療などの仕事も加えたのが、この感染対策課【Fizz】のはじまりよ。私はその時に部隊長として任命されて、この【Fizz】という集まりに必要な人材を集めるためにスキルを使い、絵を描いた」
ジオリードとアイゼが一様に頷く姿を確認して、アヤミは先を続ける。
「一番最初にやってきたのは弥生と李白だったわ。弥生の家系が浄化や封印に関するスペシャリストであった事と、もともと卵の一つの封印に関与していた事からも妥当のように思われた。そして《不浄のもの》に取り憑かれた李白は《感染源》の貴重なサンプルとして、我が課で監視下に置くことで保護する事にした。当時は《不浄のもの》についての研究も暫く行われたわ」
今度は李白が静かに頷く。
「その後に、《感染源》の現場に向かって実際に何かあった際に戦うための人員がダーザインより配属された。それがヴァレリアとリネット。彼らが加わった事で、収集できるデータ量が大きく増えたわ。感謝してる」
「そういう経緯で俺たちゃここに配属されたのか」
「ほぇ~知らなかったぁ……」
「そして五年前。オラクルネスト衰滅の危機が起き、エイトとスズがダーザインへとやってきた。二人は覚えていないかもしれないけれど、二人がダーザイン本部の直ぐそばに空いた《穴》から出てきたその姿を、私は偶然目撃していた。ちょうどシャルに付き合ってもらって画材の買い足しをした帰りだったのよね。二人が倒れてるのを見てびっくりしたわ。でも、その顔を見てすぐに分かった――ああ、私が昔、スケッチブックに描いたあの子達だって」
「あの時、私達を助けてくれたのは隊長さんだったんだ……」
スズがぽつりと呟くと、アヤミは力強く頷いた。
「助けたっていっても、シャルが応急処置してくれてる間に、慌てて本部に連絡入れて治療してもらっただけだけどね。けどそのまま本部に掛け合って、この子たちはうちの課で引き取るって決めたんだ。あとで話を聞いてみたら、オラクルネストから来たって言うじゃない。私とジオリード達は、その時にはじめてオラクルネストの卵の封印が解かれたことを知ったってワケ」
「なるほどな……あの時助けてくれた事、感謝している」
「いや、あたしほんと何も出来てないんだってば。ただ絵を描いただけでさ」
アヤミが申し訳なさそうに頭を掻く。
それでも生まれも育ちも違う私達が、この【Fizz】という場所に召集された事は奇跡に等しい。
その奇跡が起きたのは、アヤミという存在が居たおかげだろう。
「その後からはもうわかるわね? 卵の《感染源》が森のほとりで発見され、それをどうにかするべくネビュラとノアールが本部から配置されて、そして今に至る。……でも、卵の事件はもう綺麗に幕を閉じたわ。卵は全て消え、オラクルネストはなんとか衰滅の危機を乗り越えた。そろそろジオリードとアイゼの贖罪の日々も終わりにしてもいい頃だと思うの」
アヤミはジオリードとアイゼを見ると、そっと彼らに声をかけた。
「お疲れ様、二人とも。あなた達はよく頑張った。……なんて、年端もいかない私みたいな小娘が言えるような台詞じゃないけど。でも二百年以上もの間、二人はずっと自分の罪を抱え、苦しんできた。もう十分よ、そうでしょ? だから今日この時、【Fizz】の解体をもってあなた達の贖罪は終わり。そういう事にしましょ。異論のあるものはこの場で、速やかに手を上げて」
アヤミが一応確認するように私たちを見回したが、挙手するものは勿論いない。
ジオリードとアイゼの二人を除いては。
「みんなありがとう。多数決で決まりだね。ジオリード、アイゼ。これからはただの一人のバースセイバーとして、私達に力を貸してもらえる?」
「……本当に、それでいいのか? 私の罪は、許されていいものなのだろうか……」
ジオリードが珍しく躊躇いがちにそう告げると、アヤミはぷはっと吹き出すように破顔しながら
「いいの、いいの。過ちを起こさない人間なんて、この世に居ないでしょ? あたしだってそう。あたしは自分のもつこのスキルを、極力人に見せないで、隠して、人目を避けて、そうやって今まで生きてきた。その選択だって、一生懸命考えた末に出した結論だったけど、でもね。今回の件でスキルを使って、皆と触れ合う事ができて、もしかしたら違う道もあったんじゃないかなって、思い始めたんだよね」
珍しく筆を持っていない右手を、アヤミはじっと眺めている。
「あたしの力は確かに使い方を間違えれば、誰かの人生を狂わせたり不幸にしてしまう可能性があるのかもしれない。そういう縁を作ってしまいかねない事は今でもよくわかってる。……けど、今回の卵の件で沢山の応援部隊のみんなの力を借りて思ったの。一人では出来ない事も皆でなら出来る。そういう事もこの世には確かにあるんだって。だから、あたしも【Fizz】と共に生まれ変わろうと思う」
自信に満ちた信念を瞳に宿らせ、アヤミは告げた。
「今まではアトリエに籠ってばかりだったけれど、これからはあたしも現場に出る! そして人と人との縁を紡ぎ続けるわ。 その為の第一歩として、【Fizz】を解体して新しく【アズライトフィズ】と【ヴァイオレットフィズ】という二部隊を設立する!」
「まさかの分隊!?」
リネットが驚きの声を上げる。
「そうよ。卵の一件でネビュラとノアールという新しいメンバーも加わったし、この課も人が増えてきたでしょ? でも卵の件でも思ったのよ。現場は必ずしも、一つの部隊で処理できる問題ばかりではないんだって。だったら人員を確保できる幅を設けた上で、常に連携を取れる部隊を用意する必要がある。その手始めに私達【Fizz】を新しい部隊の中核メンバーとして二つに分けるわ」
「アズライトフィズの隊長はアヤミ、そしてヴァイオレットフィズの隊長はこの俺ちゃん、あかすみだぜ。いぇいいぇい♪」
「はぁ~!? あんたが新しい隊の隊長!?」
「そりゃそうよ、だって俺ちゃんはアヤミの手でこの世に生まれた高貴な存在ですからねぇ~! ププッ。ヴァイオレットフィズの隊長になった暁には、ネビュラを配下に置いて今までの鬱憤を晴らさせてもらいます、覚悟しとけよ」
あかすみがククク……と謎の暗黒微笑を浮かべてネビュラをみやる。
だがそのあかすみの頭を、アヤミは思い切り叩いた。
「べほぶっ!」
「煩いわねこの鏡餅。ネビュラ、気にしないで。こいつあたしの使い魔みたいなものだから。あたしの命令には絶対に逆らえないのよ。裏切れないから分隊の隊長にするの」
「ギクゥ!」
「だからあたしとあかすみで二部隊を作り、今後は常に連携を取りながら任務に参加しようと思う。その初期メンバーとなるのは、あなた達以外は考えられない。あたしがこの手で集め、最も信頼できる仲間だから」
アヤミは一人一人、確かめるように私たちの顔を見た。
「みんなお願い。これからも力になってもらえる?」
覇気の込められた問いかけに私達はそろって頷くと、アヤミは安心したと言わんばかりにほっとしたように顔を崩した。
「あぁ、よかった……!」
「当然だろう。今まで散々助けられたのは私達のほうだ」
「これからは私とジオが、新しい部隊であなたに力を貸す番ね」
ジオリードとアイゼがそう告げると、他の皆もそれぞれアヤミへと口を開いた。
「【Fizz】を解体するっていうから何事かと思ったら、より発展形にするっていう意味ね。いいじゃない。そういうのなら大歓迎よ。あたしはヴァイオレットフィズに入って、引き続きあかすみの教育が係を続けるわ」
ネビュラがニヤリと笑うと、あかすみが抗議するように羽をぱたつかせる。
「あっ、あっ、そういうのって良くないと思いますよ! 部隊員なら隊長の尊厳を敬って粛々と任務を果たしてほしいと俺ちゃんは思う訳だが」
「あっ、それいいねぇ! ネビュラが居れば一安心だわ。ネビュラ、ヴァイオレットフィズ所属に決まり」
アヤミがパチンと指を鳴らす。
「いやーーー! やめて! ネビュラだけはやめて! 俺ちゃんを助けると思って慈悲を……!」
「あーっはっはっはー! あかすみから言い出した事でしょ? それに隊長命令ならしょうがないね! あかすみの教育ならこのネビュラ様にまかせてよ!」
「いきなり地獄だ……俺ちゃんのめくるめくスーパーハッピー新部隊ライフが……」
あかすみがべそべそと泣いている傍で、ノアールが恭しくアヤミにお伺いを立てる。
「お嬢様がヴァイオレットフィズに所属するのでしたら、私めもそちらに……?」
ネビュラが所属する部隊なら、当然ノアールもそこに配属されるのだろう。
ノアールは勿論、誰もがそれが当然であると思っている私達の前で、しかしアヤミは首を横に振った。
「その件なんだけど、せっかくだから今共に活動しているペアは全て別々の部隊に分けようかと思ってるの」
「えっ、なんで?」
リネットが我慢できずに疑問を投げかける。
今まで共にペアで活動を続けてきたという事は、それだけ相手の事を理解できており、息があっているという事だ。
そのペアを今更のように別々にするメリットが急には思いつかないのも無理はない。
だがアヤミは逆だと言う。
「息があった二人だからこそ分けるのよ。今回【Fizz】を二部隊に分ける理由、覚えてる?」
「人員を確保できる幅を設けた上で、常に連携を取れる部隊を用意する…だったか?」
ヴァレリアの言葉に、アヤミは大きく頷いた。
「そう。つまりお互い最も連携が取れる相手が、他部隊に居てほしいの。アズライトフィズとヴァイオレットフィズは、出来る限り合同任務という形をこれからは取っていきたい。だからお互いペアとなる相手は他部隊にいてもらい、その相手とペアを組んで活動してもらう感じね」
そうする事で必然的にお互いの部隊の情報が、常に相手の部隊に流れる形となる。
普段から情報交換ができていれば、いざという時のフォロー速度にも繋がり、結果として任務の処理はしやすくなり、連携が取れる事で絆が生まれる。
アヤミはそういったシナジーが生まれる部隊を作りたいのだと言う。
「そういう理由でしたら、私めはアズライトフィズにご厄介になろうと思います」
これからもネビュラと変わらずペアが組めるのなら、ノアールには特に問題がなかったのだろう。
ノアールがアヤミの提案を受け入れアズライトフィズ入りを果たすと、スズも片手をあげてそれに同意した。
「隊長さん、わたしも違う理由からだけど分隊に賛成するね。あと、今まではエイトとペアを組んでいたけれど、これからペアを変えてほしいの」
「と、いうと?」
「今のエイトの中には、マリスベルの存在がいるでしょう? わたしの負の部分を寄せ集めて作られた彼女は、わたしの事をあまり快くは思っていない……」
――当然でしょ!
私の内でマリスベルが声をあげる。
「エイトと一緒に活動することで、彼女の気持ちをそこねたり、エイトを困らせたりしたくないの。それにわたしの身体も、マリスベルという負を寄せ集めた存在が近くに居る事で、いつまた《現象体》を生み出してしまうかもわからない。それはわたしにとっても、マリスベルにとっても望むことではないと思うから……」
スズはそっと胸に手を当てる。
「ずっと考えていたの。どうしたらいいのか。いっぱいいっぱい考えて、そしてやっと結論が出たの。わたしは彼女から距離をとって存在していたほうがいいんだって」
「スズ……」
そんなことはない、とはマリスベルの想いをよく知る手前、言ってやる事はできなかった。
だが当たり前のように傍に居た少女が私の手から離れていくのだという事に、なんとも言えない喪失感を覚える。
「勿論、二部隊合同で何かしなくちゃいけないときは別だよ。わたしはエイトの事を嫌いになった訳でも、一緒にいたくない訳でもないんだから。でも今の状態でエイトとずっと一緒にいるのは、マリスベルにとってもわたしの身体にとっても良くないんだと思う。だから適度に距離を取れる形にできたらいいなって……ずっと考えてたの」
「そうか……そう決めたんだな、スズは」
「うん」
彼女が頷く。
案外彼女は頑固者なのだ。
散々考えてそう決めたというのなら、私にはもうどうする事も出来ないのだろう。
――だが、それでいいんだ。
五年前、スズと出会ったその時から、私の誓い変わらず今も胸にあり続ける。
彼女が持つその使命を果たせるよう、近くで、そして遠くで守り続ける。
それだけだ。
「それなら、私に異論はない。私はいつだってスズ、お前の気持ちを尊重してやりたいんだ」
「……エイトっては、昔からいつもそう。たまにはごねたり、我がまま言ってくれたっていいのに」
スズが少しだけ拗ねたようにそう言ったが、だが次の瞬間、いつものように眩しい笑顔を見せて笑った。
「でも、わたしは……そんなエイトが大好きだから」
――ふん、何を今更そんな当たり前のことを言って。今も昔も変わらずに、わたしの方が大好きよエイト!!!
マリスベルが負けん気強くスズに貼り合うその気配を感じて、私は思わず噴き出した。
「わぁ! ちょっとエイト……どうしたの!?」
「いきなり笑い出したわね……」
「スズとペア解体が決まってどっか壊れちまったんじゃねぇか?」
珍しく笑いが止まらぬ私の姿に、周りの仲間たちが何事かと動揺を見せる。
その姿すらも今の私にはあまりにも可笑しくて、つい声を上げて笑ってしまった。
騒然とする皆の片隅で、紫希だけが穏やかな瞳で私を見ているのがわかる。
あいつが私の分身なのだとしたら、今の私の気持ちなぞ、とっくに理解出来ているのだろう。
「安心しろ、スズのペアは俺が務める」
「ああ、紫希。……頼んだぞ」
「言われるまでもない」
私達は顔を見合わせ、そして後は物言わず右腕同士をぶつけ合った。
紫希とのやり取りに、それ以上の言葉は必要ない。
あいつが私の気持ちをわかっているように、私だってあいつの気持ちなぞとっくに理解できているのだ。
お互い様というやつだ。
「じゃあ決まりね。スズはアズライトフィズに、紫希はヴァイオレットフィズに入ってもらうわ。ついでにエイトもヴァイオレットフィズ部隊よ。紫希が白い鳥に呪いをかけられたでしょ? 二人の命が紐づけられてしまっているのなら、エイト。スズを守る為にもあなたが紫希の力になってあげてね」
アヤミがぴしゃりと言い放つ。
そういえば白い鳥との闘いの末、あの白い鳥が最後にとんでもない置き土産を置いていったのだ。
紫希の《可能性》はあの時の状態のまま今も時を止められてしまっている。
彼は今も生きているが、これから先、歳を取る事はない。
紫希の持つ《可能性》も減る事はあっても増える事はせず、たとえスズが願ったとしても「スズを守る」という使命以外にはその《可能性》も、もう使う事ができないのだろう。
いかな実力があろうと、己が身を守る事が出来ない武人は脆く儚い。
更に私と紫希の魂は紐づけされ、紫希の命が尽きれば私の命も尽きるという呪いをかけられている状態だ。
そもそも紫希という存在が、スズを守る為に生まれている以上、スズが死ねば紫希が死んでしまい、紫希が死ねば私が死に、私の肉体が無くなればマリスベルが存続していられなくなる……という完全に負の連鎖が完成してしまっている。
粗方の問題が綺麗に片付いたにもかかわらず、非常に面倒くさい問題を最後に残し、あの白い鳥は飛び立っていった。
こればかりは少々、頭が痛くなってくる。
「何、安心しろ。【Fizz】が解体されたとしても、私とアイゼは《感染源》除去の研究を続けていくぞ。紫希にかかった呪いなぞ、いつか解除してみせよう」
「六花家でも同じような事例がなかったか、実家に戻って調べてみるわ。呪いには必ず解除する方法があるはずだもの。諦めずに探していきましょ。呪いはきっと解けるわ」
ジオリードと弥生が頼もしいことを言ってくれる。
その仲間たちを背に、スズは笑った。
「それまでは、わたしも紫希とエイトを守るね。ずっと守られてばかりだったんだもん。今度はわたしの番だよ」
「スズだけじゃない、あたし達もついてるしね。それにあたしたちの手だけで無理そうだったら、また他の人にも力を貸してもらいましょ! という訳で……これよ!」
そう言ってアヤミは、一枚のポスターを私達の前で掲げた。
「……ユニオン、バッセのアトリエ?」
「何々……『課の垣根を超えたバースセイバー同士の相互支援を目的としたサークルです。情報収集や戦闘訓練をはじめ、困った時にお互いを助け合い、支え合い、バースセイバー同士の交流の場となる事を望みます。参加部隊・メンバー募集中!』」
リネットとヴァレリアが読み上げてくれたそれを聞き、私達は顔を見合わせた。
「要するに、今回の卵の件で力を貸してくれた応援部隊のようなものを、一まとめにしてサークル化するってことか?」
「その通り」
紫希のまとめに頷くと、アヤミは笑った。
「今回あたし達は幸運にも沢山の部隊の協力を得て、よしみを結ぶことができたけれど、他の部隊がそうだとは限らない。それに今回あたしたちに生まれたご縁だって、放っておけばいずれそのまま薄れて消えてしまうでしょう? だったら常日頃から交流を深め、より親睦を深めておいたらどうかなって」
「確かに……それが出来ればいう事ないな」
ジオリードが納得しているすぐ傍で、リネットが黄色い声をあげる。
「じゃあもしかして生のあざらしさんが見れて、一緒に遊んだりできるかもしれないってこと!? 私、当日はオペレーターしてたから、結局鼻セレブ隊のあざらしさんに会えてないんだよねぇ、一度見てみたいと思ってたからアトリエに入ってくれたら嬉しいなー!」
「一応今回協力してくれた部隊すべてに声はかけてみるつもりよ。あちらの部隊にその気があれば、そのアザラシとも会えるかもね?」
「わーい! やったあ!」
喜ぶリネットを尻目に、私もこれはなかなか良い案だと口を開く。
「今回助けてもらった部隊は皆総じて強かった。実際に『太刀花双輪華』や『商易国カルエント』の戦い方を見た時にはその強さに感動したからな。この仮初の左腕を使いながら、私もこれから新しい戦い方を構築していかなければならない。相談にのってもらえるような人が増えるのは、私としても嬉しい」
「俺も実際『太刀花双輪華』と『商易国カルエント』の戦い方を参考にしたところもあったしな」
私と共に紫希も頷いている。
「わたしは今回、本当にいろんな人に助けてもらったから……今度はわたしが、みんなの役に立てたら嬉しいな。ユニオンができたら、そういう恩返しだってきっとできるよね?」
スズがアヤミに問うと、アヤミはニカッと歯を見せて笑い、そのスズの想いに応えたのだった。
「ならば善は急げだ。今日この時をもって二部隊に分かれ、そしてユニオンを設立する。私達は隊長のその想いについていこう。これからも頼んだぞ」
ジオリードの言葉に、アヤミは大きく頷いた。
「……まかせてよ!」
* * *
こうして感染対策課【Fizz】はその役目を終えた。
我々の部隊は隊長アヤミが率いる【アズライトフィズ】とあかすみが隊長を務める【ヴァイオレットフィズ】の二部隊に分かれ、これからも感染対策課という歯車の中の一部分として存続し続ける。
そしてダーザイン本部の掲示板に貼られた一枚のユニオン募集の張り紙から、また新しい物語が始まるのである。
「バッセのアトリエ……ユニオン募集? へぇ……」
通りすがりのかえるのような見た目の男が、その張り紙を見上げながら言う。
「なんか面白そうなものが出来てるわね。何々……課の垣根を超えたバースセイバー同士の相互支援を目的としたサークルです、ですって」
燃えるように赤い髪をした少女が、猫耳をぴくつかせながらそのポスターを覗き見た。
その隣で緑の髪の少女が、ふと何かに気づいたように顔を上げる。
「かえるさん、かえるさん。そのユニオンの主催、この間の大規模救援部隊を募集してた所ですよ! もともとは【Fizz】っていった名前の。今は二部隊に分かれたって聞きましたけど、ユニオンまで立ち上げたんですね」
「なんだか面白い事ばかりしてる部隊だねぇ。ほーんの少しだけど、興味が湧いてきたよ」
「ほんとかしら」
赤髪の少女に疑うような目でねめつけられたその男は、ふ、と小さく笑いながらその場を後にした。
彼らもまた、のちに私達と縁を結ぶ部隊の一つとなるのだが、それはまだもう少しだけ先の話だ。
今はまだ、何もかも始まりに過ぎない。
その後にもちらほらと、ポスターの前に足を止める人々が現れては消えて行く。
そうやって奇跡と奇跡が重なり合ったその先で、私達は出会い、絆を紡いでいくのだ。
――Fizz。
まるで泡のように発生した一つ一つの小さな出会いが、やがて水面に大きな波紋を広げていくように――