数か月後。
紫希と共に【T+/M+】フューチャー・ミスティックの森のほとりを訪れたスズは、卵の影響で荒れた土地の復興作業をする部隊に混じり、その地の復興に尽力していた。
オラクルネストほどではないがマリスベルの瘴気に侵され衰弱していた土地が、ここ数か月でみるみると成長を遂げる姿を見るのが、スズは何よりも嬉しかった。
「スズ、そろそろ一旦休憩にしよう。お茶を持ってきた」
「ありがとう紫希。一本もらうね」
額からこぼれる汗を拭いながら、スズはお茶のボトルを受け取ると、紫希と共に木陰に腰を下ろす。
森のほとりは正午を過ぎ、陽の光を存分に受けながらその水面を幻想的に輝かせている。
ふと視線を下ろすとすぐ傍に小さな白い花が一つだけ咲いているのを見つけ、スズは目を見張った。
「これって……白鈴草?」
ドットが白鈴草の種を持ってきてくれた際に、少しだけ零してしまったのだろう。
本来ならばオラクルネストに咲いているはずのその花が、巡り巡って奇跡のように森のほとりに咲いていた。
異なる《世界》の種ではあるが《感染源》になる事もなく、鈴蘭と同じように似たような花として、この地に適応して綺麗な花を咲かせたようだ。
「紫希、見て。とっても綺麗」
「ああ、綺麗な花だな……」
紫希が頷くその隣で、スズはその白い花弁の花をそっと撫でると空を見上げた。
どこまでも続く青空。
そこに一羽の小鳥が飛んでいく。
あの白い鳥も、オラクルネストで元気にやっているだろうか。
そんなことを考えながらスズはもう一度だけ、その白い花弁をそっと撫でる。
エイトが自分の前髪を撫でてくれた時にように。
* * *
私がマリスベルと共に復興作業の為にオラクルネストに訪れると、そこには一凛の花が咲いていた。
白くて小さい花弁がいくつもついた花。
たしか名を白鈴草という。
スズの名前の元にもなった花だ。
オラクルネストを奪還したあの日、空から撒いた種がついに芽を出したのだろう。
視線を上げれば、一つだけだと思った白い花が道行く先にもぽつぽつと咲いているのが見える。
私達はそれに誘われるように白い花を追って歩き、湖の前に出た。
「……これは」
そして思わず声をあげる。
その白い花は驚くべきことにオラクルネストの湖の周りをぐるりと一周覆うように、そこ一面にその根を広げ、愛らしい花弁を開いていたのだ。
――やっと咲いたのね。
マリスベルが満足げに見下ろすその白い絨毯の中で、もぞりと動く少女の人影がある。
その身体を起こした少女は、銀の髪に赤い差し色の髪の毛を風に靡かせながら、寝起きのようにぼんやりとした顔で私たちを見上げた。
目と目が合ったその瞬間、少女は瞳を瞬かせた後、嬉しそうな顔をして立ち上がる。
そしてその背にある黒い翼をはためかせながら私に向かって駆けてきたのだ。
「……エイト!」
「マリスベル……!?」
私と統合されたはずの少女の姿がなぜ目の前にあるのか。
混乱した私に向かい、内なるマリスベルは囁いた。
――《観測者》が居なくなれば、この地は本当に滅んでしまうところだったの。だからオラクルネストを保持するために、わたしの《可能性》を分けた子を残してきたって言ったでしょ?
つまり彼女は、マリスベルの本体とも言える姿らしい。
この少女が身を引き裂き《可能性》を分け、そうして今のマリスベルや沢山の《現象体》の姿を生み出していたことになる。
「迎えにきてくれたのね、エイト!」
実体を得たマリスベルは私に向かって飛びついた。
それを見て、内なるマリスベルは黙って微笑む。
「マリスベル……お前、無事なのか?」
オラクルネストの地は、今や浄化され瘴気は全てなくなっている。
そんな状態の中に負のオーラの塊であるはずの彼女の存在がなじむことができるのか、私はそれが気がかりで仕方なかった。
だが私の心配をよそに、マリスベルは嬉しそうに笑った。
「大丈夫よ、エイト。オラクルネストに残っていたわたしは、ほんの僅かしか《可能性》が残っていなかったからほとんど仮死状態だったけれど……それが反対に良かったみたい。この地が浄化されていく中でわたしの身体も一緒に浄化されて、復興していく間に少しずつ少しずつこの《世界》に再適合していくことができたみたいなの」
それどころか復興作業で人が出入りしたことで人の目も増え、彼女自身の《存在強度》も高まり今に至ったようだった。
「わたしの半分は既にエイトに融合されてしまっているから、その半分は引き続き普段はエイトの中に居るね。でももう半分はほら、ちゃんと実体化できてる!」
マリスベルが嬉しそうに私の前でふわりと翼をなびかせて一回転してみせる。
「だからね、これからはわたしがエイトを守ってあげる!」
スズそっくりな子犬のような人懐っこい笑顔で、目の前のマリスベルが笑った。
その姿を前にして、私は熱くなった目頭を押さえる事しかできない。
「どうして? エイト、なんで泣いてるの?」
マリスベルがおろおろと覗き込んでくる様子を、私はただ泣きながら見守った。
「……大丈夫、ただ嬉しくて。だから涙が出てしまったのさ」
白い花畑の中で、私はマリスベルの銀色の前髪をくしゃりと撫でる。
空は快晴。
私の前には青い空と白い花畑がどこまでも続いている
その空と花畑の間を、白い鳥が一陣の風に吹かれて走り抜けて行った。
――あれはあの時の白い鳥だろうか。
そんなことを考えながら、私はマリスベルの身体を抱き上げた。
もう二度と、この手から大切な者をこぼれ落とす事がないように。
【Fin】