旧世代と新生代
「ほーん、つまり、この中にお前の祖先が居るかもしれないってわけか」
野営地で火を囲む二人。
片やスカーレットガーデンを追放された吸血鬼。
そして、片や彼ら猟奇殺人鬼どもを従える、コボルトの隊長だった。
軍服のコボルトは、目の前の吸血鬼が持参した小説を流し見ている。
タイトルは勿論、「吸血鬼だけの世界に、俺ただ独り」の二巻である。
「……私は恐らく、トゥーリ様の子孫であると思われる」
「なるほど、うまいこと命中したわけか!!」
「茶化さないでくれ、隊長。私の階級を思い出したまえ。
高貴な血脈の名残など、少しも残っていない」
かつて庭師だった男は、火元を見つめながらそうぼやいた。
「なるほどな、お前も妹御と同じく、衝動的に殺っちまったわけか」
「そんなところは遺伝してほしくはなかったがな」
二人がそうやって、夜の番の暇つぶしをしていると。
がさり、と草木の合間から物音がした。
「隊長」
「マンティスか」
「周囲に敵影は無いっす。此度の勇者軍は腰抜けっすねぇ」
現れたのは衣服に迷彩を施した、エルフの女だった。
鉈と弓で武装している。
「マンティス、敵を侮るんじゃねぇ……侮っちまったら最後、戦争を楽しめねぇだろうが」
「くすくす……そうっすね、隊長」
マンティスと呼ばれたエルフは、鉈を抜いてその刃先を舐める。
まるでその刃に付いた血の味を想像するかのように。
「相変わらず、品のない女よな」
「今日の隊長の相手はあんたっすか、ヨコタ」
「レッドバロンと呼べと言っているだろう!!」
斥候から帰って来た彼女は、にやにやと笑っている。
「早く、早く喰いてえっす。此度の戦場は、生きのいい獲物が多いっすからね。昨日の勇者軍の新兵のガキなんて、よく鳴いたっす。
興奮しすぎて、犯しながら食ったっすよ!!」
「そうか、よかったな」
けたけた、と嗤うエルフに隊長は適当に返した。
「……こんな下賤な人喰いどもを重用するとは、隊長の考えは理解できぬ」
吸血鬼は吐き捨てるように言った。
彼女の食った、は何の比喩も無い。食欲を満たす為の、捕食だ。
史上最悪と謳われた野蛮な女だけのエルフの一族。“蟷螂”の一族。
食うに困るから食べるのではなく、積極的に人間を襲って、交尾の後に喰らうのだ。
だから、マンティス。彼女に名前なんて無い。リーパー隊の他の一族の仲間からも族長としか呼ばれない。産まれてから一度も、人間扱いされたことも無い
「血を吸うデカいヒルがよく言うっす」
「……
「やるっすか? 温室育ちの庭師風情が」
「田舎臭い喋り方しか知らぬの蛮人が、人の言葉を囀るな」
二人は喧嘩腰で、一触即発の雰囲気になったが、
その二人の喉元に、隊長のリボルバーが当てられた。
「夜中に騒ぐな。俺がお前達を使うのは、使えるからだ。
そして俺の基準では、夜中に騒いで敵に気取られる可能性を見出す奴は、部隊を追放するしかない」
追放。ここは、殺人鬼どもの懲罰部隊でもある。
ここ以外の居場所は、地獄行きしかない。
「すんませんっす、隊長。私はもっと魔王様の敵を食いたいっす」
「うむ、我が不死を証明してくださる、リェーサセッタ様を裏切るつもりは無い……」
二人は矛を収めた。人殺しの分際で、なんとも人間らしい所作で。
「ヒル呼ばわりは謝るっす。そういや、うちの祖先には吸血鬼の血が入ってるって、ひいひいばあ様が言ってた気がするっす」
「……なに?」
「ホントっすよ、うちの一族が呪われて女しか産まれないのも、それが悪さしてんじゃないっすかねぇ」
マンティスの言葉に、隊長と吸血鬼は顔を見合わせた。
そして、隊長は先ほどまで広げていた二巻を広げる。
「……まさか、マンティスの奴が、白の氏族の末裔、その片割れだというのか?」
その奇縁とも言うべき代物に、吸血鬼も目を見開く。
隊長はページを捲り、最初の方の吸血鬼の生態と歴史についての描写を振り返った。
§§§
ここはスカーレットガーデン。吸血鬼達の流刑地。
何の因果か、この世界に流れ着いた俺は、お世話になっているアーリィヤ公爵家の家令として働いている。
そんな俺がスローすぎる吸血鬼のタイムスケジュールで、城の入り口の玄関先を掃除していると。
ばっさばっさ、と羽音が聞こえた。
「ああ、ピュイか。ご苦労様!!」
顔を上げると、メイド服の袖から大きな翼の腕を備える少女が降下してくるところだった。
彼女はピュイ。ハーピーとの混血児だ。
「ヨコタ様ヨコタ様!! お手紙をお持ちしました!!」
「ああ、よしよし。良い子だ」
「きゅいきゅい!! 嬉しい嬉しい!!」
俺はピュイを撫でまわした。
ピュイは俺のお腹ぐらいまでの身長しかない。
これで成人しているし、何なら俺より倍くらい生きてる。
しかし、これを読んでいるだろうハーピー族の読者には申し訳ないが、ピュイは少々頭が弱い。
鳥頭なんて訳では無いだろうが、ハーピー族は少なくともそう言う種族だと俺は聞いた。決して種族差別ではない。
この小動物感あるこの子に、我ら城の使用人一同もデカい子供として扱っている。
だってこの子、メイド服を重いとか言って脱ぎだしたりするんだもん。
いや実際に、重いのだろう。このサイズで飛行を行うのだから。
昔見たマンガで、人間に翼が生えていても、空を飛ぶには相当なムキムキでなければ不可能と書いてあった。
しかしハーピー族は魔力的な浮力で飛行するらしい。ファンタジー万歳である。
だから俺は可哀想になって、村の仕立て屋に軽量化したメイド服を特注して貰った。
キュリアさん魔法も込みで、従来の3分の1の重量である。
それを彼女に与えて以来、脱ぎ癖は無くなり、この子は俺に懐いた。
料理長には餌付けされ、もっと懐いている。
そんなチョロい生き物であるが、任された仕事は重要だ。
この城と、他の街や領地への郵便を一手に任されているからだ。
スカーレットガーデンで郵便はハーピー系吸血鬼の仕事なのだ。
しかも、ちゃんとハーピーの血が濃くなるように同族同士が同じ集落で暮らしているらしい。
ハーピー系吸血鬼ってなんやねんってツッコミは重々承知だ。
ハーピーは人間よりずっと寿命が短い種族らしいのだが、吸血鬼との混血のお陰で俺よりも長生きできるらしい。
それ以外の特徴? さあ……。
ただ、吸血鬼の血が濃くなると、彼らの特徴である翼が退化し、飛行能力を失うので、交配は厳重に管理されているらしいのだ。
それだけ、スカーレットガーデンでは重要な立ち位置にある。
実は第一巻の反響にファンレターが何十枚も届いたと書いたが、その中には何だか偉い学者の先生からのお手紙もあった。
吸血鬼との混血、それについて詳しく聞きたいのだと。
なので、混血はこの章の肝になる内容なので、キュリえもんに登場頂くことにした。
ピュイが届けてくれた手紙の話は、一旦置かせてもらうがあしからず。
「ほうほう、初代キュリアを祖先に持つこの私に、この伝記についての所感を聞きたいとな!!」
そんな感じで彼女に話を切り出したのだが、ちゃんと混血の話になるのでちょっと待ってほしい。
「人間君。そもそもこの伝記における、他氏族との戦いの発端については理解できているかな?」
キュリアさんは俺の質問に、嬉しそうに気合を入れてそう言った。
俺とお話が出来てウキウキしているのだ。なるほど、こうしてみるとファンレターで彼女のウケが結構良かったのも伺える。だが騙されるなよ読者よ。物臭な部分を詳しく描写していないだけだぞ、俺は。
「えーと伝記によると、権力争い……スカーレットガーデンの領地配分について交渉が決裂したからだと」
六公爵は、スカーレットガーデンに追放されてから、この世界の土地と言うケーキの配分で揉めに揉めたのだ。
「そう、それで大まかに三つの陣営に分かれた。
まず、中立を謳う“人の氏族”。彼女らは一度あのクソ傲慢女神に下り、他の同胞たちに便宜を図るように交渉を計った。彼らは土地を欲しなかった」
「お、おう」
キュリアさんは切れてたもんなぁ、メアリース様に……。
「次に初代リーリスを始めとした我々“月の氏族”。
始祖を至上の吸血鬼として崇める“死の氏族”。
これに後に加わる“黒の氏族”が、我ら祖先の陣営となる」
月の氏族は、月の女神を崇めている。
これに加え始祖なる吸血鬼も崇めているのが、死の氏族になる。
要するに、月の氏族より宗教色が強い氏族と覚えればいい。うちの氏族とそこまで変わらないし、氏族同士で交流もある。
「のちの争いで初代リーリスが総大将務めたので、リーリス陣営とでも呼ぼうか。
彼女らが主導し、スカーレットガーデンの土地の分配を決めようとした」
「それに反発したのが、“竜の氏族”」
うむ、とキュリアさんは頷いた。
「だが、ここには権力争いだけでなく、リーリス陣営への感情的な反発も含まれていたのだ。
たしか伝記にはその辺りの記述は少なかった筈だね」
「ええ、そうですね。主に主人公である初代リーリスの視点が多いので」
だからこうして俺は彼女の知識を求めたのだ。
解像度を高めるのは重要だからな。
「我らヴァンパイアは、純血であればあるほど強大とされるのは常識だ。
これは今も変わっていないが、例外がある」
「竜の血筋ですね」
「そう、竜人と吸血鬼の交配。竜の氏族の初代は、竜人族に目を付け、それを実行したとされる」
竜人族。吸血鬼たちすらをも上回る、チート種族。
あらゆる種族で、吸血鬼が上の中なら、彼らは上の上。文句なしの最強種族。
そんな奴らと交配したのだから、弱くなるわけがない。
不死身、不老不死、ドラゴンパワー!! の三拍子の揃った超チート種族の誕生である。
「その効果は絶大だった。
竜の氏族は、六氏族で最強の氏族へと成り上がった。
つまり、リーリス陣営と竜の氏族との領地争いは、旧来の吸血鬼と新吸血鬼の戦いだったと言うわけだ」
少なくとも、竜の氏族と戦うのに、リーリス陣営は三氏族で当たらなければならなかった。
それだけ、彼らは強大な氏族だったのだ。
「ここで白と黒の氏族が出てくる。
始祖様が我ら六氏族を率いてあのクソ女神に挑んだ際、参戦した他種族が存在した。
それがエルフ族と、ダークエルフ族だった」
両方ともに、上の中に位置するファンタジーで定番の強種族。
二氏族がそれらと同盟を組み、子を成した。
それが、白と黒の氏族の名前の由来だった。
「エルフ族と手を組んだのが“白の氏族”。
ダークエルフ族と手を組んだのが“黒の氏族”。
人間相手に戦っている間は良かったのだが、スカーレットガーデンに来た途端、お互いのエルフの血を憎みだした」
これには語りながらキュリアさんも苦笑いだった。
「しばらく争い合っていたのだが、エルフの高いプライドまで受け継いだ白の氏族が竜の氏族に合流し、敵の敵は味方と言わんばかりにリーリス陣営に黒の氏族が合流した。
大まかな流れはそんな感じかな」
一旦キュリアさんはそう締めくくった。
ここまでで大体、伝記の八巻ぐらいまでのあらすじはそんな感じだ。
詳しくはどうせ増刷して書店で俺の本と並んでるだろう、伝記全十巻をお買い求めください。(ダイマ
「記録によると、始祖様は異種族との交配を積極的に推奨したらしいのだ。
だから六氏族の内、三氏族は他種族の血を受け入れた」
純血じゃないなら、真祖じゃないじゃん。
と、思われるだろうが、公爵家だけは純血を維持しているのだ。
詳しい理由は俺は知らないが、結局のところ他種族の血筋なんて、吸血鬼にとって道具に過ぎなかったのだろう。
「だが、スカーレットガーデンには純粋な竜人も、エルフもダークエルフも居ない。
始祖と共に戦った吸血鬼以外の種族と、我々の祖先は引き離されたと聞いているよ」
俺はキュリアさんの言葉にハッとした。
つまり、他種族の血を受け入れたその三氏族は……。
「メアリース様は、それ以外の奴隷の子孫だった混血児たちもまとめてこちらに追放したんですね……」
「そのようだね。我々吸血鬼以外にとっては、その方が良かったのかもしれないがね」
「……」
俺は複雑な気分だった。
どんな出自であるとしても、無数の親子や家族が引き離されたのだ。
新世代の吸血鬼と、旧来の吸血鬼の領土争い。
その結果は、初代リーリス達“月の氏族”がスカーレットガーデンの三割の土地を手にしたことが全てを物語っている。
俺がこちらの世界に来てから、それ以降の歴史について簡単に調べた。
大きな出来事はいくつかあった。二千年前から千年前までの暗黒期もそうだ。
だが、新旧吸血鬼同士の直接的な全面戦争は、それ以降は存在していなかった。
吸血鬼にとって、格付けは絶対に等しい。
あの領地争いで、両陣営の格付けは決定していたのだ。
そんな価値観のお陰か、長らく、いや長すぎるほどの平和を吸血鬼たちは享受してきた。
津波も地震も噴火も飢饉も無い。
月の女神が神話で発揮したと言う、不可侵の安寧の中で彼らは生きてきた。
そんな六氏族の長たちが、今度顔を合わせて話し合いをすることになるのだ。
「ヨコタ様ヨコタ様ッ、もっと撫でて、よしよしして!!」
「あーよしよし、ピュイはカワイイなぁ」
俺は姪っ子を思い出して、ピュイを可愛がる。
ハーピーは空を飛ぶ種族だが、意外とその飛行は負担になるらしい。だからその労は労わなければならない。
吸血鬼混じりで普通のハーピーよりは身体の強いピュイでも、それは変わらない筈なので、これ幸いと構いまくる。
「じー……」
すると、視線を感じたのでそちらに目を向ける。
スーロだった。生垣から顔を出して羨ましそうにピュイを見ている。
「きゅいきゅい!!」
「あー、カワイイ、カワイイなぁ!!」
俺は無視して、ピュイを猫可愛がりする。
「ヨコタさーん、お嬢様にお手紙届けなくて良いっすか?」
「お嬢様はティータイムの時間だ、知ってるだろ」
「むー!!」
スカートの下の尻尾をバサバサさせて嫉妬してるスーロ。
ピュイは面白がって翼をバサバサさせる。煽ってるわけではない、この子にそんな知能は無い。
「ふふふ!!」
「きゅいきゅい!!」
そうしているうちに、犬っころと小鳥はバサバサしあって遊び出した。
やれやれ、と俺はアホの子二人を置いて、お嬢様に手紙を届けに向かった。
「お嬢様、ヨコタです。マキナ様からお手紙が届きました」
本来ならお嬢様のティータイムの邪魔をしてはいけない。
が、差出人の名前は、人の氏族の長。マキナ公爵からだ。
初代は吸血鬼とは思えないほど穏やかな性格で、あの始祖を父にお持つとは思えないほど周囲に気を配る苦労人だった。
どうやら、それは今代まで変わっていないらしい。
彼女の領地は祖先がメアリース様に恭順を示した為か、その恩寵を受けてスカーレットガーデンで唯一電化を果たしているそうな。
う、羨ましい!! お嬢様に恩が無ければ、俺はそっちに行きたかった……。
まあそう言うわけで中世で止まってる吸血鬼社会とは思えないほど工業化をしてるので、俺の本の出版とかもここでやって貰っている。
そんな重要人物からの手紙なので、俺は一刻も早く届ける必要があると判断した。
「入りなさい」
「はい、失礼します」
俺はお嬢様の私室に入室を許されたので、ドアを開ける。
「ッ、失礼しました」
お嬢様はお着替え中だった。
ティータイムを終え、メイド長が着替えの手伝いをしている。
「構わないわ」
視線を逸らす俺にお嬢様は、短くそう言った。
メイド長も何も言わない。……この人、俺とお嬢様のあれやこれやについてを聞いてるな。彼女は公爵家に仕えてる節がある。
「私と貴方は一心同体じゃない。そうでしょう?」
ははは、お嬢様はレースにでも出るのかな? 俺はいつからトレーナーになったんだか。
「こちらがお手紙です、どうぞ」
「そろそろ来ると思ってたわ」
お嬢様は手紙を受け取ると、蠟でされた封を切った。
「会議の開催場所と日時が決まったわ」
「おお、ついに」
女神メアリースのゲダモノ討伐令から三週間。
スローペースな吸血鬼からすれば、いや各国の首脳会議の日程とすれば人間でも凄く早い決定だった。
「場所は、マキナの居城。デーエックス城よ」
俺は、あっ、と察した。
そこは、伝記にて幾度となく氏族間の会議が行われた場所だった。
そして毎回、お約束のように交渉が決裂して半壊している場所であった。
「だ、大丈夫でしょうか、あの曰く付きの場所で……」
「それが、マキナは切り札を用意しているそうよ」
「……切り札?」
「三日三晩の祈祷を行い、月天様に助けを乞うたそうよ」
言うまでも無いが、月天様とは月の女神への敬称である。
ってか、向こう側も交渉が決裂するって思ってんじゃん!!
「それによると、始祖様をこちらに送り、話を取り持ってくださるそうよ」
そう言ったお嬢様は、僅かに緊張した面持ちであった。
……俺達、いや六氏族の長たちは知らなかったのである。
なんで五千年も吸血鬼達を放置していた始祖が、今更戻ってくるだなんて言い出したのか。
そう、誰も知らなかったのだ。
吸血鬼たちの始祖が、あんな人物だとは……。
取り急ぎ三章の一話目を投稿しました!!
なお、氏族の設定は固まったけど、他の六公爵のキャラはまだ固まってない模様。
まあどの道彼女らの掘り下げは後回しになるんですけどね……。
今回は説明回、というより作者が設定を忘れない為のメモ回でした。
次もなるべく早く書きますので、もうしばらくお待ちを!!
ではまた、次回!!
どのヒロインがお気に入りですか?
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皆のワンコメイド、スーロ
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属性過多の騎士、サキュート卿
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ダウナー系美女、キュリア
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正道こそ王道、リーリスお嬢様
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いざ我らの妹様、トゥーリ