『侯爵家の策謀』
デーエックス城にて。
メインホールのパーティー会場。
今回の会議に参加することになったヤーシャ侯爵家の新当主は、居心地が悪い上に多大なストレスを感じていた。
この会議を開催された理由が、自分の祖父の叛逆である。
その事実を自らの祖父の首級と共に手紙で送りつけられたその日に、彼はリーリスの元に赴いて土下座を敢行した。
お家取り潰しを覚悟し、せめて責は自分だけにしてほしい、と懇願までした。
リーリスはこれを寛大にも赦した。土地の割譲だけで、家格の降格も無しである。
ヤーシャ侯爵家の影響力を鑑みても、甘すぎる沙汰であった。
その代わり、ニーヴァ侯爵の助力をし此度の災禍の解決に奔走しろ、と。
当然すぎる要求に、彼は伏してお嬢様の言葉を拝命した。
「そんな辛気臭い顔をするなよ。お前は悪くないじゃないか」
同じ侯爵のクリルがつまらなそうにそう言った。
他の氏族の貴族と絡むつもりは無いのか、二人は一緒に居た。
彼の婚約者のリーリスは他の貴族への挨拶回り。暇そうにしている。
「クリル殿、勿体ないお言葉です……」
「それにしてもさ、会議だなんて面倒だよね。
どうせ話がまとまるわけないじゃん。僕らに負担やら責任やら押し付けて終わりでしょ」
今回の件は、月の氏族に全面的に責がある。
若くも聡明な当主は既に今回の会議の結果を見据えていた。
「会議をした、ということ自体意味があるのかと」
「意味? 会議の席で、お前が責められることか?
お前その調子で、会議の時に余計な事言うなよ? こう言うのはふてぶてしくしてる方が良いんだ」
彼は若くても貴族だった。
最近まで名乗っていた名前が幼名になった侯爵は、その責務の重さに押しつぶされそうだった。
「マキナ様もマキナ様だよ。
今更始祖様を呼んで、とりなして貰おうだって?
戦いの最中に居なくなった奴に、何を望んでるんだか」
「死の氏族の者達に聞こえますよ、クリル殿」
「構うもんか。どうせ今回の件は僕らが悪いで落ちつくんだしさ。始祖様だってそう言うに決まってる」
ふん、と若き当主は鼻を鳴らす。
彼はこの状況そのものが気に入らない様子だった。
「そう不貞腐れるものではないぞ、クリル殿」
「ニーヴァ侯爵」
ワインを片手に、家名なき侯爵が近づいてきた。
彼は一通りの貴族との挨拶回りを終えたらしい。
「確かに始祖様について残っていることは少ない。
なにせ、五千年も前の話だ。
伝記には初代リーリス様が始祖様に言及するシーンが一つだけ存在する」
「あれだろ? 『我々に別れを告げて、立ち去ってしまった』って台詞。
人間との戦いの最中でしょ? 意味わからないよね」
ここに居る三人は教養深いので、当然あの伝記の内容を知っている。
と言うか、ちゃんとした文学が吸血鬼社会では発展してないので、幾つかの著名な書籍を把握しておけば十分なのだ。
「だが、我が家にはこんな逸話が伝わっている。
このスカーレットガーデンに追いやられたことを、始祖様のせいだと八つ当たりをした部下を、初代リーリスは激昂して八つ裂きにした、とな」
「……えぇ、あのお堅い女傑が?」
ニーヴァ侯爵の言葉に、クリルは信じられないと言わんばかりの表情になった。
「初代リーリスは、始祖様のお孫に当たる。
非常に可愛がられていたらしい。それが、姉君との確執に繋がっている、と一説には囁かれているな」
そう、実は初代リーリスは最初の六公爵の一人ではなく、その娘に当たるのだ。
月の氏族の最初の真祖の娘で、だから他家に嫁いだ姉が居る。
そしてその嫁いだ理由も……。
「あれだろ、異能を強く残していけ、みたいなこと言われて、姉君が当主の座から落ちたんだっけ?」
「うむ、そう伝わっているな。今の異能で当主の座が決まる、最初の事例となったそうだ」
「……」
これまた、ツェーラー侯爵には肩身の狭い話だった。
初代リーリスの姉君の嫁ぎ先が、ヤーシャ侯爵家。
その姉君があろうことか実の妹に反旗を翻し、出奔。当時のヤーシャ侯爵家は謹慎を受け、後方支援に徹したと言う。
「どうせ、今回もそんな理不尽なこと言われるに決まってるよ」
クリルの予想は、大当たりだった。
彼または彼女の予想を斜め上にすっ飛んで行ったこと以外は。
「しかし、何を言われても我々に拒否権などは無い。
人間の社会形態を模しているとされる我々に、王が居ないのは始祖様に配慮してのことだとされる。
かの御方は、我々の絶対的な上位者なのだ」
そう、だからこれから全員で特攻するぞ、なんて言われても拒否なんて出来ないのだ。出来ないのだ……。
「はあ、もうこの話は止めよう。面白くない」
「そうかね? では面白い話をしようじゃないか」
ほとほと飽きた様子のクリルに、ニーヴァ侯爵はにやりと笑ってこう言った。
「実は、ヨコタを養子にしようと思っている」
クリルの表情が目に見えて変わり、まるで漫画的表現みたいにピョンと飛び跳ねまでした。
「な、なんだって!?」
「何もおかしなことはあるまい。公爵家の家令に、何の箔も無いのは仕事に差し支えるだろう?」
ニーヴァ侯爵の言葉は尤もだった。
高位貴族の使用人とは、基本的に他の下級貴族などの次男やら次女やら、身分がハッキリしている者に限られる。
庶民を叙勲したり、人間を雇用しているリーリスが異例すぎるのだ。
つまり、公爵家以外に何の後ろ盾も無いと、他の貴族から舐められる可能性が高い訳である。公爵家に取り入った庶民の分際で、と。
「……僕らから、あいつを取る気か?」
低く、ドスが効いた声だった。子供とは思えない、殺意に満ちたクリルの言葉。
蚊帳の外に置かれたツェーラー侯爵は、何事かと二人を見ている。
「まさか。私はリーリス様にとってもそれが都合がいいのでは、と思ってね」
「だからって、人間如きを養子に? どうかしているよ」
「前例が無いだけだ。そして、彼は断らないだろう」
「……」
彼がニーヴァ侯爵をやたらと持ち上げているのを、クリルは知っていた。
「私も誇らしい息子が出来るし、我が娘にも寂しい思いをさせずに済むかと思ってね」
「寂しい思い? お前の騎士団の騎士団長で、毎日部下を限界まで扱いてるって噂の?」
「あれでいて家族には可愛らしいところがあるのだよ」
得意げにニーヴァ侯爵は言った。
クリルは苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。
「安心したまえ。私は彼にあれこれ指示をしたりしない。
それに、身寄りがないと言うのも心細かろう。
この会議が終わってから、その話をしようと思う」
「ふーん、この会議が終わったら、ね」
クリルの脳裏に、邪悪な愉悦が過ぎった。
そうだ、あいつの身体を自分みたいに、自分達以外に誰にも見せられないようにしてやろう、そう思ったのだ。
クリルはヨコタに自分をこう呼ばせている。──旦那様、と。
いずれリーリスと結婚するのだから別におかしいことではないが、そう呼ばれると、彼はほの暗い悦びと愉悦に浸れるのだ。
その後は自分に逆らえないように躾けてやろう、とクリルは口元に微かな笑みを浮かべた。自分と彼のどちらかが子を孕むなんてどうだろうか。
「まあ、あいつが了承するとは思えないけど」
「それは聞いて見なければ分からぬよ」
傍から見ているツェーラー侯爵は思った。なぜこの二人はたかが使用人に対してそんなにも牽制しあっているのか、と。
会議の裏でそんな策謀が張り巡らされてるとも知らずに、家令の人間はリーリスの影として側に侍っているだけだった。
§§§
『スーロ卿のお仕事』
居心地が悪いっす……、とスーロは内心独り言ちた。
今回の会議、それは叙勲されたスーロの騎士としての初仕事だった。
つまり、彼女のアイデンティティの半分を占めるメイド属性を放り捨て、新しく設えたサーコートに袖を通すことだった。
普段は縁のない上質な布地も落ち着きのなさを拍車をかける。
根が庶民の彼女は、これを汚してしまうんじゃ、と騎士の装束なのに本末転倒なことを考えている。
「サキュちゃん、何だか見られてる気がするっす」
「気がするんじゃなくて、見られてるんだよ」
隣に立つ同僚にして友人は、スーロに無情な現実を突き付ける。
「混血風情が何で騎士の格好をしているんだ、どこの家の者だってね」
サキュートは周囲からそんな目で見られる度に、睨み返している。
スーロは、その際に彼女の瞳が淡く光っていることに気づいていた。
もしや親友はとんでもない失礼をしてるんじゃ、と怯えている。
とは言え、好奇の目に晒されるたびに、興味を失ったかのように立ち去っていくので、スーロは有難かったり恐ろしかったり、と複雑な心境だ。
当然ながら、目上の者に異能を掛けるなんて即打ち首案件だが、騎士階級が異能を使えるなんて、吸血鬼にとってもう神話の時代の話である。誰も気づいていない。
「……ねえサキュちゃん、本当に立っているだけでいいんすか? 御給仕とか、ご要望を聞いたりとか」
「そんなのはメイドの仕事でしょう? マキナ様のお城では人形の仕事みたいだけど」
自分メイドでいいっすよ、とスーロは力無く呟いた。
メイドとして待機するならともかく、騎士としてどういう待機をすれば良いのか、彼女にはわからなかったのだ。
「でも、別に何もしないわけじゃないよ」
「え、本当っすか?」
「うん、あれを見て」
サキュートが、視線だけで自分達の主人を示す。
すると、リーリスは丁度、竜公女──ノルムと挨拶を交わすところだった。
「あれがお嬢様のご先祖様と剣を交わした仇敵、竜の氏族のお姫様。
もしあっちが因縁を付けてきて、お嬢様が襲われそうになったら私達が身を挺して守るの」
「……それって、死ねってことっすか?」
「そうだよ?」
サキュートは当たり前のようにそう言った。
スーロの表情は真っ青になる。
勿論彼女にだって、リーリスの為に死ぬ覚悟はある。
だが、それは彼女の役に立つためであって、こんな場所で無意味に死ぬことではなかった。
当然ながらリーリスの身柄を守るのも重要なことだが、少なくともスーロの想像していた死に方ではなかった。
「相手は竜の化け物だよ。その一撃を防いで死ねるなら、末代まで語り草に成るよ」
「そ、そうっすね……」
スーロは階級の差を、先日の戦いで嫌と言うほど思い知った。
本当に無造作に、炉辺の石ころを蹴飛ばすようにスーロは蹴散らされた。
始めて異能を使えた時の興奮や万能感なんて消え失せた。サキュートの言う通り、思い上がりだったのだ。
それでも鍛錬を続けてるが、まるで強くなってる気がしない。
まるでそれが、彼女の限界だと言うように。
「あ、よかったね。喧嘩にならなかった」
「ほッ」
お互いのお嬢様は、取り留めのない挨拶だけを交わして立ち去った。
スーロだけでなくサキュートも安堵の息を吐いた。彼女だって別に死にたいわけではない。
そして、壁際で待機していた二人に、自分の氏族の元へと戻るノルムが横切った。
「程ほどになさい」
一瞥。一瞬視線を向けられたサキュートはすくみ上がった。
そして、何事も無くノルムは二人の前を過ぎ去って行った。
「……ほら、やっぱり良くないっすよ」
高貴な御方から見咎められ、見逃された。
その事実を血の気の引いて脂汗をだらだら流している親友に促すスーロ。
「う、うん……そうだね」
「でもよかったっすね。よくわからないっすけど、高貴なお嬢様同士っていがみ合ったりするもんなんすよね?」
安堵したおかげか、気が緩んでそんなことをスーロは言い出した。
「まあ、私達の仕事が無いならそれにこしたことはないよ」
「他には、どんな仕事があるんすか?」
「そりゃあまあ、戦いとか?」
「なら、大丈夫っすね」
「そうだね、戦いなんて起こる筈ないもんね!!」
二人に新たな仕事が発生するのは、もう少しのことだった……。
あらすじを覚えていますか? 吸血鬼全員、ヤンデレなのです。
それにしても、ついに恐れていたゼロ評価を頂くことになってしまいました。
何が面白いのか分からない、とかボロクソ言われてしまいましたww 好みの問題はどうしようもないっすねww 笑うしかないっすww
悔しいので本日二回目の更新です。今後は今回のアンケートを参考に、ストーリーを軌道修正していくつもりなので、作者の努力を見守って下されば幸いです。
ではまた次回!!
この作品に一番求めている物を教えてください。
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世界観や設定など
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キャラクター同士の掛け合い
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主人公の恋愛模様
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バトルや異能の描写
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主人公の毒舌(笑)