吸血鬼だけの世界で、人間ただ俺独り   作:やーなん

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強壮なる使者

 

 

 

 戦争の準備は、着々と進みつつあった。

 

 公都のポータルの前は本陣が構えられ、騎士階級の吸血鬼達が列を成す。

 都市内の吸血鬼達は総動員で、戦争の準備をさせられていた。

 

 その陣頭指揮を執るのが、アズラ公爵。と、死の氏族の貴族達。

 彼らはウキウキでノリノリでこれから始まる殺し合いの準備をしている。

 

「あの時を思い出すなぁ、マキナ」

 

 老人、いや始祖様はなんか戦国武将の総大将が座るみたいな小さな椅子に座り、その眼前には軍議をするみたいに二列になった各氏族の高位貴族たちが並ぶ。

 まさに、これから戦と言った惨状だった。

 

「リーリス、お前のオヤジとノルムは反りが合わずにいつも喧嘩してやがった。

 俺が仲裁しないと、殴り合いを始めやがる。アズラもマキナもおろおろしてばかりでよぉ」

 

 本当にボケてるのか、始祖様は子孫たちを初代と重ねている。

 実に懐かしそうにそう語った。

 

 それ自体は実に貴重なお話なのだが……。

 

「し、始祖様、お気を確かに……本当に、本当に人類と事を構えるおつもりですか……」

 

 ガクブルだった。マキナ様は半泣きで、始祖様に涙声で訴えた。

 

「ったりめぇだろ、俺が冗談なんて言ったことがあるか!!」

「えぐッ、えぐッ、みんな、みんな死んでしまいますッ」

「おめぇ男だろッ、なに泣いてやがんだボケが!!」

「女ですぅ……」

 

 マキナ様はとうとう泣き始めた。

 ボケてるのはあんたである。

 

「……戦の前に、始祖様」

「あんだよ、ノルム」

「こちらを」

 

 ノルム様は、抱えられるほどの大きさの布で包まれた物体を始祖様の前に置いた。

 彼女が布を解くと、そこに在ったのは──サーペン侯爵の頭だった。

 

 せ、戦国ぅ……吸血鬼達に、戦国時代が来てるぅ、と俺は震えていた。

 

「なんだ、これ」

「始祖様に無礼を働いた、愚か者の首です」

 

 恐ろしいことに、サーペン侯爵は頭だけになっても生きていた。

 眼がきょろきょろと、恐怖が浮かんでいる。恐るべき、竜人の血筋である。

 

「祖先を軽んじる者など、我が氏族には不要です」

「こ、公主さま……」

「黙れ下郎。再三に渡る通告を無視したのは貴様だ。もうお前は叔父でも何でもない。始祖様に詫びて死ね」

 

 竜公女は酷薄に、叔父だったモノの残骸を見下ろした。

 こ、コワい……。彼女はうちのお嬢様とは別ベクトルで、本当に誇り高く高貴な御方だった。

 

「おい、ノルム」

「はい。始祖様」

「これから人間どもとやり合うってのに、頭数減らしてどうすんだよ」

 

 ノルム様の縦に割れた爬虫類の瞳が始祖様に向けられる。

 

「竜人の血筋ってのは気性が荒くて仕方がねぇ。

 あれぐらいで目くじら立てんじゃねえよ」

 

 一番目くじら立ててたのは誰なんだ、と貴族たちの胸中は恐らく一致したに違いない。

 

「吐いたツバは呑めねぇぞ。一番槍の誉れをくれてやる!!

 ……まさか、逃げねえよな?」

 

 やっぱり一番根に持ってるじゃないか……。

 

「わかりました。叔父上、一兵卒として、戦働きをしろとのことです」

「は、はい、始祖様……」

 

 ノルム様は叔父の首を無造作に部下に放り投げた。

 

「始祖様、用意が遅れて申し訳ありません!!」

 

 アズラ公爵が、上物の陣羽織みたいな上着を始祖様に羽織らせる。

 そうしてみると、この老人のみすぼらしい格好も貫禄に変る。

 

「ささ、寒さがお身体に触ります」

「おう。お前は相変わらずオヤジっ子だなぁ」

 

 よしよし、とアズラ公爵の頭を撫でる始祖様。

 彼は感極まったように、涙を浮かべている。

 

「食料や物資も、着々と準備が整っております」

「ぎゃははは!! 俺らで国を乗っ取った時を思い出すぜ。

 数百年掛けて俺達が貴族共に成り代わって、人間が嫌いだっつうエルフどもを従えて……そうだ、ノルム、お前は竜人族の里を屈服させてたな。大義だったぜ」

「ありがとうございます」

 

 ノルム様は始祖様に頭を下げた。

 もうツッコミは不要らしい。

 

「始祖様、ひとつ伺ってもよろしいですか」

 

 だから、俺は言うことにした。

 貴族達の視線が俺に集まって正直狼狽えたが、俺は言うべきだと思った。

 

「あんだ、言ってみろ」

「なぜ、獣人たちや他種族を奴隷にして虐げたのですか?」

 

 俺は、たとえこの場で殺されるとしても、言わなければならなかった。

 俺は転生と言う形でこの世界に来たが、故郷の人間であることを捨てたわけではなかった。

 

「……お前、人間だな? なんでこんなところに居やがる」

「始祖様もかつては人間だったと伺いました。貴方も人間の心を持っているのなら、なぜ!!」

「ヨコタッ!!」

 

 泣いていたマキナ様が、鬼気迫る表情で俺の頭を掴んで地に叩きつけた。

 

「私の従者が、戯言を……私の教育不足です」

「構わねぇよ。あれは俺も悪いことをしたと思ってる」

 

 意外にも、始祖様の語り口は穏やかだった。

 

「俺は倒した敵を辱めるのは、自分達を辱めることと同じだってお前らに言い聞かせたはずだった。

 だが、末端の連中にはそれが徹底されてなかった。やっちまったことは仕方ねぇが、二十人ぐらいケジメ取って貰ったよな、リーリス?」

「……ええ。我らの誇りを穢す者どもを、八つ裂きにしましたわ」

 

 お嬢様は、話を合わせた。

 

「俺たちゃ、ヴァンパイアよ。俺の作った、最強の種族なんだよ。

 証明しやがれや。お前達は、最強の俺のガキどもだろうが」

 

 カリスマ。本物のそれを、俺は目の当たりにした。

 ノルム様やアズラ公爵だけでなく、乗り気ではなかった他の貴族達も呑まれていた。

 

 戦う気に、させていた。

 

「……そう言えば、あの時はなぜ、始祖様は我々の前から去ってしまったのでしたか?」

 

 お嬢様が、貴族達がずっと聞きたかったことを問うた。

 

「ははは、決まってるだろ!!」

 

 始祖様は、こう言った。

 

 

「────飽きたからだよ」

 

 

 絶句、とはこの事だった。

 

「お前らは、強過ぎた……」

 

 数百年の準備、国を乗っ取り、氏族を拡大し、人類に戦いを挑んだ。

 その全てを、飽きたの一言で放り捨てた。

 

 イカレてるよ、この爺さん。

 

「俺は後はお前らだけで十分だと思った。

 だって言うのによぉ、なんで負けてんだよバカ息子どもがよぉ!!」

「申し訳ありません、始祖様」

「だからリベンジすんだよ!!

 こんな狭苦しい真っ暗な場所、もう懲り懲りだろ?」

 

 それは、父性の表れだった。

 愛情だった。

 

「安心しろ、俺が居る。お前らをここから出してやる」

「ほ、本当ですか、始祖様……」

 

 俺と一緒に頭を下げていたマキナ様が、顔を上げる。

 

「マキナ、俺が冗談を言ったことなんざねえだろ」

「はいッ、そうでしたね、始祖様ッ……」

 

 そう、冗談ではない。

 彼は本気で、戦うつもりなのだ。

 

 当時よりもずっと、彼が強過ぎるという認識のままで、吸血鬼達を。

 だが、それを誰も口にしなかった。

 

 偉大なる始祖の幻想を守るために、みんな自らの誇りの為に死ねると思ってしまったのだ。

 

 死神だった。

 人間にとっても、吸血鬼にとっても。

 

 彼は命の終わりを告げる、生きた死の風だった。

 

 

 その時だった。ポータルが青白く輝いた。

 石の門が、異界の景色を映し出した。

 

 その奥から、一人の人影がスカーレットガーデンに足を踏み入れる。

 

「こんばんわ。吸血鬼たち諸君」

 

 男の声だった。

 その男は、竜の頭部を持ち、全身を覆うローブを纏った、三メートルもの身長を持つ巨漢だった。

 

 竜人族。いや、彼はそんな種族の括りで測られる存在ではなかった。

 

「私は、マスターロードと名乗っている。

 メアリース様の名代であり、私の言葉はメアリース様の意思だと思ってもいい」

「使者か。舐められたもんだぜ」

 

 始祖様は立ち上がり、大鎌を杖代わりにして竜の人型に迫った。

 

「メアリースは人間の神だろうが。だったらあいつが決めた最強の人間を寄越しやがれ。じゃねえと俺らが最強だと証明が出来ねえだろうが!!」

「それについては問題ない筈です。死神(デス)サイズよ」

 

 死神(デス)サイズ。始祖様の、最も通りの良い名前で彼はそう呼んだ。

 

「私は魔王の一族の長兄として、メアリースに創造され、我が母たるリェーサセッタ様に産み出された。

 父なる邪竜と一体化した神格である母から産まれた私は、半神半竜の代行者。

 貴方の相手に不足はないかと」

「……なんだ、わかってるじゃねえか」

 

 ガンを飛ばしていた始祖様は、破顔して彼を見上げる。

 魔王の一族。萌ちゃんが成り果てた、怪物の一人。

 

 その最初の一人が、彼だと言うのだ。

 そう、彼一人で全盛期の吸血鬼達を相手取って余りある、破壊の権化だった。

 

「で、メアリースはなんだって?」

「……敵対するのなら、絶滅させるしかない、と」

「上等だ。やってみろや」

「……死神(デス)サイズよ、自分の目的を忘れたのですか?」

 

 はあ、と彼は溜息を吐いた。

 あ、この人苦労人だ、と分かる所作だった。

 

「なんだと?」

「なぜ五千年振りに、ずっと放置していた吸血鬼達の、自分の子孫の前に現れたのですか?」

「……なんだっけか?」

 

 始祖様はこっちを見てそう言った。

 いや、知らねぇよ。このボケ老人が。

 

「貴方の偉業は聞いています。

 神々の世界が黎明の時代、天変地異の神々と戦い、全ての生命の為に戦った英雄の神。

 その時代が終わると、あらゆる戦神や武神、軍神と戦い勝利し、それにも飽きて自ら神格を捨て、人間に戻ったと」

「ああ、どいつもこいつもつまらねぇ奴らだったからな」

 

 俺の故郷の神話にも、神から人間に転生した英雄が主人公の叙事詩がある。

 それにしてもこの人、孫悟空みたいなことしてたのかよ。

 

「では問います、死神(デス)サイズよ」

 

 魔王の長兄は、始祖様に言った。

 

 

「異世界神性、──異界の神には勝ったのですか?」

 

 あ、と始祖様はポカンとなった。

 

「……思い出した」

 

 死神が、笑った。

 

「そうだ、まだ勝ってねぇ!! 

 そうだった、そいつらに勝つためにここに来たんだった!!」

 

 この人は、根っからの戦闘狂だった。

 戦うのが戦うのが大好きで大好きで仕方がない、そんなどうしようもないイカレ野郎だった。

 

「思い出されましたか?

 では今一度、人類や他の生命の為に、戦ってください」

「おうよ!! いやぁ、楽しみだぜ。異界の神ってのは、どんだけ強ぇんだろうな!!」

 

 あれ、とこの時皆は思った。

 上手く丸め込まれてくれるんじゃないか、と。

 

「だがよぉ」

 

 だが、この人はどこまで言っても、スーパー野菜人みたいな人だった。

 

「俺はお前にも勝って無ぇぞ……」

 

 始祖様にとって、目の前の化け物は眼前にぶら下がった餌に過ぎなかった。

 

「ええ、そう言われると思って、私が遣わされたのです……」

 

 何でこんな無駄なことを、とでも言いたげな、鬱屈したぼやきに似た声音だった。

 

「ポータルの奥でお待ちしております。

 是非とも、そちらの手勢で攻め込んでみてください。

 そして満足したら自分の役目を果たしてください」

「それはてめぇら次第だ」

 

 マスターロードが踵を返す。

 ポータルを通って、帰っていく。

 

「んじゃ、てめぇら、あの澄ましたトカゲ顔にひと泡吹かすぞ!!」

 

 満面の笑みで、始祖様は貴族達を振り返ってそう言った。

 そう、何の意味もない戦争は、全くもって継続されるのだ。

 

 俺は今回の会議の面々を、被害者の会と言った。

 これは、そう言う意味である。

 

 

 

 

 

 

 





次回は戦闘シーンを予定していましたが、ヤムチャ視点でカットマシマシでお送りいたします。
今のところアンケートによると、あんまり戦闘シーンは求められてはいないようなので。

皆さんの温かい応援に、勇気づけられました。それに応える為にも、予告をば。
四章は養子縁組騒動と題しまして、ヒロインたち視点でのお話を予定していますね!!

それではまた、次回!!

この作品に一番求めている物を教えてください。

  • 世界観や設定など
  • キャラクター同士の掛け合い
  • 主人公の恋愛模様
  • バトルや異能の描写
  • 主人公の毒舌(笑)
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