マキナの人形劇
「はぁ……」
六氏族会議が終わってから、マキナは仕事に手が付かずに溜息ばかり増えた。
デーエックス公爵家は、昔から異能を鍛える為に使用人を最低限にして、残りは自ら作り上げた人形を操り、城内の仕事をこなす。
ある程度は機械化し自動化しているとは言え、マニュアル操作が適時必要となる。
そんなマルチタスクを、彼女は当たり前のようにこなす。
彼女の領地は、この公都とその周辺だけ。
氏族の規模は他の公爵家と比べても半分にも満たず、貴族の多くは公都の高級住宅街に住んでいて、領地を持っている者はほんの僅かな高位貴族しか居ない。
この都市はスカーレットガーデンで最も発展しているが、それはリソースの全てをここに注げているからでもあった。
貴族達も領民も、その裕福さを享受している。
例えそれが、吸血鬼という種族の標本として生かされているとしても。
マキナは思い返す。
先の会議は、色々と疲れ果てたが、いい出会いもあった。
「盟友……」
人間。本物の、人間。
マキナは机の下から、人形劇で使う手板に糸で繋がれた小さな人形を二つ出した。
毛糸で出来た、粗末な人形だった。片方は黄色の毛糸を主にした、マキナの人形。
もう片方は、黒い毛糸を主にした執事服の人間の人形だった。
「どうしましたか、マキナ様。仕事に集中しないとダメですよ」
人間人形は身振り手振りで、ぐったりしているマキナ人形にそう言った。
「……空虚なんだ」
身体を前に折り曲げ、疲れ果てているのを表現しているマキナ人形は顔を上げる。
「君と語り合った時間が、愛おしい。あの時間がもう訪れないかと思うと……」
「ええ、私はアーリィヤ公爵家の家令ですからね」
「そう、我が家に君は居ないんだ……」
「マキナ様、私は貴女の心の中に居ますよ」
人間人形はそんなキザったらしい言葉を吐いて、マキナ人形の身体を支える。
「そう、君は私の心の中にしか居ないんだ……。
私にも婚約者は居るが、顔を合わせたのは両親が生きている頃で、それ以来一度も会ったことが無い。私に興味なんて無いんだ」
「それは、なんてことでしょう。私だったら、そんなことはしないと言うのに!!」
人形芝居はどんどんと堂に入り、ドラマチックになっていく。
「なあ盟友よ、地位も名誉も捨てて、共にこんな狭苦しい領地から出て行かないか?」
「ああ、マキナ様。しかし、私にはリーリス様が」
「私の財産あげる」
平坦な声で、吊り下げられたマキナ
「ほ、他に欲しいモノはある? そうだ、別荘もあるよ。そこで暮らそうよ。
そこで好きなだけ、私達の好きなものについて語り尽くして、楽しんで生きようよ……それだけで、それだけで良いんだ」
「うれしいです、マキナ様」
想像しただけで、ぞくぞくした。
全部全部捨てて、彼に全て捧げて。
「でも、もう、それだけですよね?」
人間人形は、すこし高い位置からマキナ人形を見下ろしそう言った。
「もう私に何もあげられませんよね?」
「……尊厳をあげる♡」
「つまり、どういうことですか?」
「はあはあ、私を好きにしていいよ♡」
両手の手板と手板が、カチンと当たる。普段のマキナなら仕出かさないミスだ。
人形と人形の糸と糸が絡み合う。
「はあはあ、私が使用人になる、貴方に奉仕する♡」
「なら今日からお前は犬だ!!」
豹変する人間人形。妄想はどんどん膨らんでいく。
「おら、それが高貴な真祖の吸血鬼なのか!!
お前は犬以下だ、ブタのようにブヒブヒ言え!!」
「はい、あの漫画の女当主みたいに、私に命令して、支配して♡」
月が沈むまで、マキナの狂った人形劇は続いた。
「観念しなさい、あなた達は騎士団に包囲されている」
「嫌だ、私達は愛し合っている!! さもなくば、ここで二人揃ってあの世で自由を──」
リーリス人形とマキナ人形を手にした彼女は、そこで我に返った。
「……死後の自由など、人間の幻想じゃないか」
マキナは冷めきった表情で、人形を放り捨てた。
「続きは後にしよう。騎士人形はどこに置いたかな……」
そこで、ふと彼女は閃いた。
「そうだ!! 連合騎士団だ!!
あれは別に騎士階級だけしか入団してはいけないわけじゃない!!」
貴族がなぜ尊い一族なのか。
それは、いざと言う時に兵を率いて外敵と真っ先に戦うからだ。
それが貴族の責務である。
「よし、研究道具や資料を持って、リーリスのところに向かうぞ!!」
こうと決めたら一直線。吸血鬼にあまり見られない行動力こそ、マキナの長所だった。
そうして、彼女は公務を他の貴族に押し付け、アーリィヤ城に押しかけたのである。
§§§
マキナが城に押しかけて、三日。
流石にすぐやることは無い。
彼女は占拠した空き部屋で、独り人形劇に興じる。
「め、盟友よ。今夜は共に語り合おうじゃないか」
「申し訳ございません。夜はその、お嬢様とクリル様の夜伽をしなければなりませんので」
テーブルの上で、マキナ人形と人間人形がそんな会話を交わす。
「ああ、夜中まで主人の警護とは、君の忠義心は素晴らしいね」
「勿体無いお言葉です」
ぺこり、と人間人形は頭を下げて、テーブルの上から退場する。
「夜の営みの最中は、最も無防備な瞬間だ。警護の者が居るのは当然のこと……」
夜伽とは、男女の営みの他に、複数の意味を持つ。
その中には傍で警護をすることも含まれる。
日本でも、徳川幕府の将軍が子作りの際は隣の部屋に女中を待機させていたという話もある。
高貴な者に夜のプライベートなんて無いのである。
「き、気になる……」
マキナ人形は、てこてこと動いて、テーブルの上に急遽設置された衝立をリーリスの私室の壁に見立て、そこから顔を出して覗き見をし始めた。
「どうですか、お嬢様」
「ええ、ありがとう。高まって来たわ」
室内では何と、リーリス人形と人間人形が、ベッドに見立てたハンカチの上でむつみ合っていた。
「ねえ、キスをして」
「はい、お嬢様」
口づけを交わす、二人の人形。
そこに、クリル人形が近づいた。
「おい、僕をのけ者にするな」
「すみません、クリル様」
「旦那さま、だろ? お仕置きされたいの?」
「……はい。旦那様」
人間人形が、クリル人形とも口づけ交わした。
マキナ人形は、その光景を無言でジッと見ていた。
人形を操る黒子は、ぽたぽたと涙を流していた。
一人の乙女の恋が破れ、脳が破壊される瞬間だった。
彼女が自分の中で感情の整理を付ける為だけの、人形劇が続く。
「おやめください、おやめください、旦那様!!」
「あははッ、元に戻して欲しいなら、もっと媚びへつらえよ」
「ひ、ひぃ、お許しを」
「いいか、それを元に戻せるのは僕だけだ。お前は僕と、リーリスの物だ。わかったか?」
「はい、私は旦那様とお嬢様のモノです……」
二人を演じながら、ごくり、と黒子は唾を飲んだ。
「ほら、ヨコタ。こちらに来なさい」
「し、しかし、お嬢様……」
「今のお前は女じゃない、何を躊躇うの?」
「……はい」
人間人形に、リーリス人形が覆いかぶさる。
まるで貪るように、淫靡で淫蕩で、容赦のない責めで弄ぶ。
「あ、あ、あ、お許しください、お嬢様!!」
「おい、僕のことを忘れるなって言ってるだろ?」
ばたばたと重なり合う人形二つに、クリル人形が近づく。
「これ、何だと思う?」
「それはッ」
「そうだよ、お前のモノだ。ほらしゃぶれよ、お前から取った、自分の陰部をね」
人間人形に、クリル人形が下半身を押し付ける。
狂ってる。狂った宴が、毎晩のように繰り広げられている。それをマキナは知ってしまった。
自分の妄想を遥かに上回る、痴態の有様を。
「お前、ニーヴァの奴から養子にならないか、なんて言われてるんだろ?」
「そ、それは……」
「ここをこうして、こうしてやる!!
なあ、これでもお前はあいつの養子に成りたいって言えるか?」
「旦那様、お止めください、お止めください!!」
「あいつに言ってやれよ、これがお前の息子ですって!! あはは!!」
「クリル」
人形では表現できない所業を繰り広げる二人を、リーリス人形が止めた。
「なーに、リーリス?」
「……最近私は、トゥーリと
これが存外に楽しくてね。姉妹で遊ぶなんて、私も初めてなの」
リーリス人形が、二つの人形に言った。
「あの子にチャンスを与えないのは、つまらないわ」
「あはッ、あはは!! 流石リーリス。やっぱりお前は僕よりどうかしてるよ!!」
クリル人形が、お腹を抱えて笑い出す仕草をする。
「知ってるかい? 初代キュリアの末路。
僕の初代様は、初代キュリアを嫌っててね。彼が没後、二代目になった後も、誇りがどうだの、始祖様がお怒りになるだのって、子爵の分際で説教してたみたいなんだ。
そんな初代キュリアは、伝記の戦いが終わって少しして失踪してるんだ」
「……面白い話ね」
「初代リーリスにもちゃんとした婚約相手が居て、すぐに結婚したらしいけど……偶に城の地下室から、くくくッ」
クリル人形は、それ以上語らなかった。
「十数年くらいして、キュリア二世が突然
うちの二代目も、何かしら関わってたのかもね。そんな話が伝わってるくらいだし」
「寝物語には丁度いいわね」
「リーリス。僕らは昔から、ずっと協力者同士なんだよ」
クリル人形とリーリス人形。両者は好き合っていると言うよりは、同じ目的を共有する者同士に見えた。
当然、自分達の子孫を生産するという目的……だが、それ以外にも。
「ねえ、ヨコタ」
「……はい、お嬢様」
リーリス人形が、人間人形の元に歩み寄り、見下ろす。
「トゥーリは私のことを愛してくれているけど、あの子はきっと想像もしていないのだと思うわ」
人間人形は、彼女を見上げる。
ヴァンパイアだ。本物の吸血鬼を、彼は見たのだ。
「私がどれだけあの子を深く愛しているのか、をね」
人間人形に、リーリス人形が覆いかぶさる。
ちゅうちゅう、と黒子が吸血の際の効果音を示した。
そして、リーリス人形が顔を上げる。
マキナ人形と、目が合った。
はあ、はあ、と手板を持つ黒子の息が一層荒くなる。
「私は、貴女も欲しいわ。マキナ」
からん、と手板が落ちる。
その起伏の自身の薄い身体を、抱きしめる。
「知らなかった……リーリスがあんな奴だったなんて♡」
心臓がバクバクと鼓動する。
まるで伝承に伝わる、魅了の力のようだった。彼女にそんな能力は無いと言うのに。
マキナはテーブルから立ち上がり、自室から去って行く。
ふと、人形たちが起き上がり、動き出す。
「さあ、どうして欲しいか言ってみなさい、マキナ」
「い、犬のように、躾けて♡ 滅茶苦茶にして♡」
「だそうよ、ヨコタ」
「はい。わかりましたお嬢様」
淫蕩で、退廃的な人形劇が、テーブルの上で繰り広げられる。
「このやせっぽちの駄犬の分際で、お嬢様の褥を盗み見るとは何事だ」
「はあ、はあ、何でも、命令して♡」
「お嬢様。この駄犬は自分の立場を分かっていないようです」
「命令してください、だろ犬っころ」
クリル人形が這いつくばるマキナ人形の頭を踏みつける。
「はい、何でも命令してください……♡」
「マキナ様……いや、マキナ」
人間人形が、マキナ人形の頬に手を当てる。
「お二人の相手は大変だけど、この寝室に居る間は何も憚る必要はないから……」
「ほら、犬が何で服なんて着てるんだ。脱げよ」
「はい♡」
新しいオモチャで遊び出したクリル人形と、人間人形の顔を舐めたりキスをし始めるマキナ人形。
そんな光景を、リーリス人形は愉快そうに眺めていた。
これはあくまで人形劇、人形劇ですから!!
徐々に明らかになっていくお嬢様の本性。深窓の令嬢だと思ったか、ヴァンパイアだよ!! ってな感じです。
ここ最近スランプ気味でしたが、なんとか捻りだせました。
エロと恋愛の描写のバランスをどれだけ取るべきか、悩みどころです。
具体的には高評価の有無によって判別しようと思います。
そう言うわけで、感想とかも待ってます!!
ではまた、次回!!
この作品に一番求めている物を教えてください。
-
世界観や設定など
-
キャラクター同士の掛け合い
-
主人公の恋愛模様
-
バトルや異能の描写
-
主人公の毒舌(笑)