「ふわぁ、今日も一日頑張るっす!!」
月が昇り始める時間、スーロはベッドから起き上がり伸びをした。
身だしなみを整え、着替えを終えると水道で顔を洗いうがいをする。
「よし、今日もバッチリっす!!」
「……スーロ」
いつも通りのメイド姿を鏡で確認してると、小さく彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「あれ、ヨコタさん。どうしたっすか?」
スーロは振り返る。彼の声に違和感があったが、匂いは間違いなく彼だった。
彼女は視覚だけでなく、嗅覚で物事を判断する。
狼の獣人の血を引く彼女は、犬並みの嗅覚を持っている。異能に目覚めてからはそれが顕著だ。
「……何も言わずに、服を貸してくれ」
「ヨコタさん?」
スーロは意味が分からず、小首を傾げる。
曲がり角の奥から、彼の声がする。
「頼む、本当に困ってるんだ……」
「わかったっす……」
ヨコタは、スーロの上司に当たる。
その彼の頼みを断ることなどできない。
スーロは自分の仕事着を取り出し、曲がり角に差し出した。
「ありがとうスーロ……」
衣擦れの音の後に、彼は姿を現した。
いや彼は、彼ではなかった。
「ヨコタさん、どうしたんですか、その姿!!」
「クリル様の仕業だよ……」
男らしい顔立ちは女性らしく、骨格も完全に女性そのもの。
胸部は貧相なスーロなどよりも豊満でそのラインがメイド服にも出ている。
「助かった、元の服が全然入らないんだ……」
「そのおっぱいじゃ、男物は着れないっすよね……」
「女になるなら胸はデカい方が良いなんて言わなきゃよかった……」
「はい?」
スーロは何やら後悔しているらしい彼に、困惑するばかり。
「……もしかして、お嬢様の夜伽で?」
ヨコタ、改めヨーコは力無く頷く。
彼もとい彼女が城主の夜伽の手伝いをしているのは城内では公然の秘密だった。
「クリル様の御戯れで、こんな姿に……」
「可愛いっすよ、ヨコタさん!!」
「嬉しくない……」
表面的で素直な事しか口にしないヨーコは笑顔で言ったが、当人はそれどころではなのだった。
「え、ええ、どうしたの、ヨコタさん……?」
「サキュちゃん。今日はヨコタさんじゃないっす、ヨーコさんっす!!」
朝、サキュートを始めとした使用人たちは朝食の席でドン引きしていた。
「……今夜戻してくれるそうだ」
「えー、メイドの仕事をしますか?」
「勘弁してください……」
メイド長の空気の読めない、いや柔軟性の無いだけである、そんな言葉に彼女は首を横に振った。
では今日は休みと言うことで、とデリケートな話題にこれ以上メイド長は触れなかった。ホワイトな職場である。
が、空気の読めない奴は他にも居た。
「ヨコタ様? メスになってしまわれたのですか?」
ピュイであった。情緒が子供並みでしかないハーピーとの混血児は、小首を傾げた。
ずーん、とヨーコはその発言に影を背負った。
「い、言い方ぁ……」
サキュートは同僚の遠慮ない発言にドン引きした。
「残念です!! ヨコタさんはいつか攫ってしまおうと思ってたのに!!」
ピュイは当たり前のようにそう言った。
ハーピーは元々、女性だけの狩猟民族。その婚姻は相手の異性を攫うことを意味する。勿論、今の時代はちゃんと相手の合意を取る。
「ピュイ、どのみちそれはダメですよ。
ヨコタさんは人間、純血のヴァンパイアではありません」
「えー? よくわかりません」
メイド長はそう言った。彼女の血筋に余計な種族を入れるわけにはいかないからだ。
だが、ピュイは人間と吸血鬼の違いを理解していなかった。
「料理長は奥さんいますし、ヨコタさんなら大丈夫だと思ったのに……」
「まあ、ピュイとの子供なら絶対に可愛がる自信はあるな」
「ですよねですよね!!」
ピュイは翼を兼ねる腕をパタパタとさせながら言った。
ヨーコはそんな彼女を生暖かく見やった。
「ヨーコさん、人間は獣人のお耳と尻尾が好きだって聞いたっす!!
私との子供もきっと可愛いっすよ!!」
「お、そうだな」
自己主張の強いスーロに、彼女は目を逸らした。
しばらくは女のままの方が安全なのでは、と思わないでもないヨーコだった。
§§§
使用人の朝食後は、貴族の朝食である。
それが終わる頃、ヨーコは図書館に向かった。
「あのクソガキ、いつか目にモノ見せてヤル」
「全くだよ!!」
彼女の恨み節に賛同するのは、マキナだった。
「盟友、君のを取りつけられたせいで、下半身に違和感が……」
いや、彼女は、彼……マキオなのかもしれなかった。
面倒なので彼女とマキナで統一する。
「返して……俺の尊厳、返して……」
「それはこっちの台詞だよ……」
「あの、二人共」
意気消沈している二人に、図書館を根城にしているキュリアが迷惑そうにこう言った。
「こんなところでそんな生々しい会話をしないでくれないかな?」
「え、でも私の部屋遠いし」
「ここって手頃な位置にあるんですよねぇ」
図書館からこのお城の一階の各施設にほぼ等距離でアクセスできる。
貴族や使用人の個室は二階で、それぞれ離れている。
ここは広いし、集まるのには手頃な場所だった。
「あ、そうだ。キュリアさん、あとでここ、研究室にしようと思うんだ。君も知恵者と聞くし、後程今後の研究について相談したいな」
「あ、はい……わかりました」
他氏族とは言え、マキナは格上の吸血鬼。彼女の決定に、キュリアに拒否権は無い。
「うう、私のパーソナルスペースが……」
一応キュリアの自室を割り当てられているが、この女はそこまで歩くのが面倒なので図書館に住み着いているのであった。
「あ、そうだ。近くの給湯室に仮眠用ベッドがあったね。
今後はあそこに寝泊まりしよう」
「あれは夜勤の使用人の為のものなんですけど……」
名案だと言わんばかりのキュリアに、ヨーコは苦言を呈するが、当然家は没落しようとも地位は貴族のままの彼女に使用人達に拒否権は無い。
「ここに集まったのはですね、クリル様の異能への対策の為ですよ!!」
「私も別に、男に成りたかったわけじゃないし……。
って言うか、私ってそんなに男っぽかったの?」
息巻くヨーコと、がっくりしているマキナ。
キュリアは余り状況を把握していなかった。
「具体的に二人の状況を説明してくれないかな……。
あ、私は別に君の性別や見た目が変わっても気にしないからね」
「この人、盲目過ぎる……」
初恋の相手が女に変っても、キュリアは平常運転だった。
これが恋の力か、と慄くヨーコだった。
「そうか、キュリアさん。君もだったのか。
私は、心折れてしまったよ……」
「マキナ様……」
「でも今はご主人様の一人になってくれて幸せだよ♡」
「えぇ……」
同じ人物に恋した者として同情しかけたキュリアの感情は秒で彼方に吹き飛んだ。
「何でも、俺みたいな下等な人間なんかにイジメられるのが嬉しいそうで……」
「ええぇ」
「マキナ様とは立場を超えた友人に成れると思ったのに……」
ヨーコは本当に虚しそうにそう言った。
キュリアはドン引きだった。
「正直、好みのタイプだったのに……」
「エ”ッ」
ヨーコがそんなことをぼそりと呟くと、マキナは奇声をあげてしどろもどろになった。
「……あ、あの、君が良ければ偶に友人のマキナに戻っても良いよ」
「はいはい、そういうプレイですね。別にいいっすよ」
「どうしよう、蔑まれている……雑に扱われると、どうしようもなくドキドキする♡」
「なあ、二人共他所でやってくれないか?」
もうそう言う生き物として見てるヨーコと、そんな対応に悦んでるマキナを見て、うっとおしそうにキュリアは言った。
「あッ、私より地位の低い者に邪険にされて、股間が……」
「だからそれ、俺のだって!!」
「あの、だからどういう状況なんだい?」
好奇心が勝ったのか、結局キュリアは二人に尋ねた。
「ふむ、では説明しよう」
股間を抑えていたマキナは、人形を取り出した。
「これは、昨日の夜伽のことでした」
なぜかヨーコがナレーションを始める。
即興の人形劇派が始まった。
──昨夜、我らの夜の鬼畜外道、クリル様がこう言ったのです。
「おい使用人。そこの犬とピ──してみせろよ」
クリル人形が、人間人形と四つん這いになっているマキナ人形にそう言った。
「え、旦那様、それは流石に……これは犬でも、血筋だけは真祖の吸血鬼なので」
「おい、犬。なにか文句あるか?」
「はあはあ、ヨコタしゃん、これはなかよし、ただの動物とのなかよしですから♡」
「そう言う問題では……」
「は、僕に逆らうの? じゃあこうしてやるよ」
クリル人形が、二人の人形に近づいて、わちゃわちゃとし始めた。
──クリル様は俺からすごい釣り竿ときんのたま、マキナ様からは……えーと、錬金釜を抜き取ったのです!!
「これとこれを、こうして……ははは!! どうだ、感覚は繋げたままにしてあるんだ!!」
クリル人形は高笑いしながら、両手に持った鉛筆と消しゴムに見立てた何かを、ずっこんばっこんし始めた。
悶える二人の人形。
想像を絶する何かが行われていることに、キュリアは戦慄した。
「あーあ、出ちゃった。おい使用人、お前の下等な人間の種が、……えーと錬金釜? にぶちまけられちゃったぞ!!」
「しくしく……錬金釜の入り口は、そんな風に開かないのに……」
「お願いします……元に戻してください」
「ああ、いいよ!!」
クリル人形は、消しゴムを人間人形に、鉛筆をマキナ様人形に渡した。
「あ、あの旦那様、これ、ぎゃ、逆で……」
「なんか文句あるの?」
「い、いえ……」
「お前達、明日はそのまんまな。安心しろって、ちゃんと元通りにしてやるから。
でも使用人、お前はそのまんまじゃ可哀想だ。見た目も弄ってやる」
「ひ、ひぇー。せ、せめて、デカパイ美人にしてぇ」
人間人形に覆いかぶさるクリル人形。
──こうして、我々は性別を入れ替えられてしまったのです。
人形劇が終わり、ぺこりと三つの人形が頭を下げた。
ヨーコは虚しい拍手を彼女に送った。キュリアは更にドン引きしていた。
が、すぐに思考に没頭する。
「人間と吸血鬼、互いに互換性が無い訳ではないだろうが、それを拒絶反応も無しに交換できるとは……まさに異能としか言えないな」
聞きしに勝る、と言わんばかりの表情でキュリアは呟く。
「しかもお互いに違和感なく適合している上に、性別をも自由自在とは」
「クリル様曰く、性別自体を変えるのは簡単らしいです。ヒトの性別なんて、スイッチを切り替えるのと同じのようで。
そこから臓器に手を加える方が手間らしく、男の身体まま女にすることも、その逆にするのも容易いと」
「興味深いな。人体の深淵を覗いているようだ」
キュリアはヨーコの胸の出っ張りを服の上から触診しながら真面目にそう言った。
「それはまあ、良いのです。後で元に戻して貰えれば。
問題は、俺のすごい釣り竿がマキナ様の錬金釜にぶちまけてしまった方が心配でして……」
「いやそのすごい釣り竿だの錬金釜とか、なんだねその表現は」
「俺の故郷ではそれで通じるんです」
ああそうかい、とキュリアは気を取り直してこう言った。
「それは心配ないだろう。人間と違って、我々ヴァンパイアの妊娠確率は非常に低い。
人間の女性は状態にもよるが概ね20%、我々ヴァンパイアは精々3%程度だと言う」
「うーん、単発でSSRを引く程度の確率かぁ」
俺運悪いしなぁ、とヨーコは天から授からないことを願うばかりである。
「それよりマキナ様、貴女には婚約者がいるのではありませんか?
あなたほどの高貴な血筋なら、産まれる前から」
「ああ、それなら検査で私は不能だって判明したことにしておいた。
後程婚約解消のやり取りを手紙ですることになるだろうね」
その対応に、キュリアはギョッとした。
「それは、自ら当主に不適格だと宣言することに等しいのですが」
貴族の当主の最大の仕事は、子供を作り子孫を残すこと。
それが出来ないのは、地球の歴史でも古来から王侯貴族の離婚の理由になるほどだ。たとえ宗教上離婚できないとしても、だ。
「前例は無いが、竜の氏族のやり方を試すことにするよ」
「そうですか……」
「どういうことです?」
「転生だよ」
ヨーコは尋ねると、マキナは端的に答えた。
「竜の氏族の者達は、性行為で子供が出来る可能性はほぼ絶無。
奇跡のような確率でしか、繁殖できないらしい。
故に、我らが月天様に祈祷を行い、生まれ変わりを願い奉るのだ」
「なるほど……強大な種族故の大きすぎるデメリットってわけですね」
ヨーコは、伝記でも竜の氏族は数は少なかったな、と思い返した。
だからこそ最終手段みたいな感じなのだろう、と彼は思った。
「しかしそれも限界があるらしい。
常人なら転生の限界は、精々十回。それ以上は精神が持たないそうだ」
「……じゃあ、始祖様は?」
「あの人は例外だろう。月天様が選んだ御方だぞ」
そうっすね、としかヨーコは言えなかった。
「……ああそうだ、始祖様だ。
クリル侯爵に迷惑しているのなら、始祖様に相談すればいいじゃないか」
始祖様、彼女らの吸血鬼の始祖は、つい先日死の氏族の者達が城にやってきて、甲斐甲斐しく介護をし始めている。
彼らが庭に彼専用の住居を建築し始めてる有様だ。
「こんなことで始祖様を煩わせるわけにはいかないだろ!!」
ヨーコの主張に、マキナもうんうん頷いた。
「まあ、それもそうだよね」
「って言うか、もう既に〆られてあれなんだよ」
「え?」
キュリアはマキナの言葉に、ギョッとした。
「あの人、クリル様を初代と勘違いして、伝記の出来事についていろいろと言われたらしいんだ。
だから昨日は凄く機嫌が悪くて……。クリル様は、最終的に相手の合意があればオッケーみたいな解釈をしたらしくて」
「それで君たちがその有様かい」
キュリアは溜息を吐くしか出来なかった。
「マキナ様は良いとして」
「はあはあ……」
「俺はこんなの嫌です!!」
雑に扱われて興奮してるマキナを他所に、ヨーコはそう主張した。
「……マキナ様はどうお考えで?」
「私としては、ご主人様の資格を失わない程度にイジメてほしいかなぁって」
「……資格を失ったらどうなるんですか?」
「え、殺すけど?」
光を失った瞳で、マキナは真顔でそう言った。
「だって、ご主人様以外が私を弄ぶなんて、赦せないでしょう?」
「だそうだ。人間君」
「いや、俺の場合は大丈夫でしょう……」
ヨーコが心底見下した視線を向けると、マキナは笑顔になった。
その表情こそ、彼女が心の底では人間を見下していた証左だった。
「おっと、公私は分けなければ。
閨での出来事を月間(昼間)の間に混同してはいけないからね」
「できればずっとそのまま取り繕っていてください……」
「ああ、君が望むならね。……ご主人様♡」
「……」
「あッ、ダメだよ、その表情、そそるじゃないか」
ヨーコは、もう何も言わなかった。
「こほん、ちなみに人間君よ。君の好みのタイプとは具体的にどんな感じなのかな?」
そそそ、とキュリアはヨーコに近づいて、そう問うた。
「とりあえず、今は貞淑であること以上は求めてないっすねぇ」
「なるほどなるほど♪」
その答えに、キュリアは満足そうに頷いた。
「となると、君にとってリーリスは期待外れだったわけだ」
「ああいえ……そこは月間は貞淑で、夜中は娼婦みたいな? 男の理想ってそんなもんですよ」
「ほうほう、実に参考になるじゃないか」
ヨーコは割と真面目に、今はこの駄犬が付いてくるのに自分の何が良いんだろうか、とキュリアに対して思っていた。
それは、彼女がキュリアに対してそれだけ心を開いていることでもあったのだが。
「ああ、これは一応、俺からの忠告ですけど」
「うん、なにかな?」
「お嬢様は、見境無いですよ」
ヨーコは本気で、キュリアに忠告した。
「欲望に忠実な、支配欲に塗れた──
彼女はその事実に、安堵していた。
自分がリーリスの特別ではないことにホッとしていた。
自分はただの、お嬢様のコレクションの一部であると。
そんな勘違いを、彼女はしていた。
「本当に、妹様は姉君そっくりですよ……」
「何を言うかと思えば。私は大丈夫だよ。リーリスとはただの友人関係さ」
そんな風に朗らかに返すキュリアを見て、ああ知らないんだな、とヨーコは思った。
クリルから聞かされた、己の初代の末路について。
ヨーコはマキナを見やると、彼女は邪悪な表情をしていた。
目の前の犬がどんな声で鳴き喚くのか、それを想像して悦に浸っている表情だった。
ヨーコは理解していた。マキナのマゾっ気は、相手に奉仕を強いるタイプの、支配者の傲慢さが下敷きにあると。
SMプレイの主体は、虐げられるⅯ側の方で、鞭を振るうS側は奉仕者であるのはよく言われることだ。
まるで、人形こそが糸を手繰る黒子を操るかのように。
そんな友人に成れると思っていた相手の本性を知ってしまったことが、彼女は虚しいのだ。
「そう言えば、以前言っていましたね、キュリアさん。
吸血鬼は異能を使うように、精神が最適化されると」
「うむ、そう言ったね」
「きっと、それは正しいのかもしれません」
だとしたら、とヨーコは思う。
ヒトの精神とはいかにちっぽけで、儚いモノなのかと。
彼女は自身の神の言葉を思い出した。
人間に精神的成長を求めている、と。
ならば、吸血鬼という種族はそれが無いの生き物なのかもしれない、と始祖たる者にそれを問いたくなる気持ちになるのだった。
前回からお気に入りが少し減ってちょっと悲しみ。
連載初期に比べてPVは減りましたが、これからも連載を続ければまた陽の目も見るでしょう。
そう信じて、一先ずこの方向性で尖ってみます。普通の内容なんて書いてて面白くないですからね!!
とりあえず、幕間はこんな感じでキャラとの交流を深めてみます。
それではまた、次回をお楽しみに!!
この作品に一番求めている物を教えてください。
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世界観や設定など
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キャラクター同士の掛け合い
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主人公の恋愛模様
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バトルや異能の描写
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主人公の毒舌(笑)