誰も居ない劇場の、ステージにライトが灯る。
黒い覆面の黒子が観客席に一礼し、手板に繋がれた人形たちを操る。
「やれやれ、今日もようやく月が落ちてくれた」
貴族の室内の背景で、マキナ人形が肩を落としながらそう言った。
「盟友よ、君もようやく男の身体に戻れるね」
マキナ人形がそう声を掛けると、とことこと人間人形がやってくる。
「……そのことなのですが、旦那様」
メイドの装いをした人間人形が、観客席を向いた。クリル人形は現れない。
「もうしばらく、この姿のままで居させてください」
「ええッ、どういうことだい!?」
マキナ人形が驚いたような仕草を見せる。
「俺は自分と言う人間について、女の身体になったことで多くのことを考えさせられました。
そして、その疑念はまだ尽きません」
「……そうか。君にも悩みはあるのだね」
マキナ人形が労わるように、人間人形にタッチする。
「……お嬢様、旦那様。今宵の夜伽は、まず我らの人形劇をご覧になって頂き、普段の退屈を紛らわせる一助に成ればと」
「え、人形劇?」
夜伽とは数多くの意味がある。
それは相手の退屈を紛らわせるのも、その一つだ。
「マキナ様。今宵の貴女は奴隷市で買われた、マキナ様そっくりの奴隷とさせてください」
「あッ、なるほど、そういうことか!!」
「勿論、これは人形劇。閨の出来事は、月の出ている合間には関係のないこと」
人間人形は、大仰な身振りでそう設定を強調した。
「僭越ながらこのヨコタが、奴隷を嬲るプレイにてお二方を持て成させていただきます」
「えーと、私は何も知らされてないから、即興劇ってことで良いのかな……」
マキナ人形は、これから起こる出来事に、そわそわしている。
「それでは、始めさせて頂きます」
人間人形は、観客席に一礼する。遅れてマキナ人形もぺこりと頭を下げる。
「おい、服を脱げ。奴隷めが」
「う、うん……」
黒子の手が、マキナ人形の衣服を取り払う。
「這いつくばれ、この薄汚い奴隷が」
「は、はい、ご主人様……♡」
地面に這うマキナ人形。
だが、人間人形はこう言った。
「……マキナ様はそんなこと言わない」
「え?」
「おい奴隷、今お前はマキナ様として振舞えと言ったはずだ。
お前は高貴なマキナ様が、犬のように使用人の、それも下等な人間に媚びへつらうと思っているのか?」
人間人形は、若干後ろに助走をつけ、勢いよくマキナ人形に体をぶつけた。
どう見てもSMプレイではない。単純な暴力の隠喩だった。
「い、痛いよッ」
「痛くしてんだから当たり前だろうが、吸血鬼のくせによ!!」
人間人形が、マキナ人形の頭に平手打ちをした。
「俺が一番嫌いな事を教えてやろうか?
真実の愛だの何だのを見つけたりして、頭くるくるぱーになる創作のヒロインなんだよ!!」
「ッ!!」
マキナ人形が、衝撃を受けたかのように震える。
「おい奴隷!! お前はマキナ様がそうなるって言いたいのか!!」
「ご、ごめん、ごめんなさい……」
「そうだ、謝れニセモノ!! マキナ様に謝れ!!」
マキナ人形の頭を人間人形が踏みにじる動作を見せる。
「仮にだ、お前がマキナ様だとしようかッ!!
今日話したよな、俺の幼馴染、萌えちゃんのこと。
お前はこう言ったな、ご主人様になってくれるかもって。──ふざけるなよ、クソ女!!」
人間人形は、せわしなく動くことでその怒りを全身で示した。
「マキナ様なら、こう言うはずだ。
化け物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなければならないのだ、とな!!」
「──ッ」
「俺を騙しやがって!! 化け物の分際で、人間みたいに振舞いやがって!!」
黒子の手が、人間人形を覆う。表情が変わり、それは涙の刺繍が付けられていた。
「吸血鬼でも、分かり合える人が現れると思った!!
でも違った!! 俺はこの世界で、たった独りだった!!
お前のお陰で、お前の所為で、よくわかったよ、ありがとうクソ化け物!!」
「……ごめん、そんなつもりじゃ……」
「なに言ってやがる。これは
マキナ人形が、怯えたように、身を捩るように顔を上げる。
「俺が知らないと思ったのか、お前の異能の正体を!!」
「──ひッ」
マキナ人形が頭を抑えるように、震えあがった。
「始祖様が教えてくれたよ。
“
そう、それが彼女の異能の本質。
例えそれが完全に閉じたコミュニティだろうと、三人だけの女子グループだろうと、そこに“登場人物”として割り込むことが出来る。
そんな因果介入系の、非常に稀有で異様な能力なのだ。
「俺はいい……でもよくもお嬢様や、旦那様を巻き込んだな!!」
「ひっく……ぐす……」
「なんでどいつもこいつも、吸血鬼って奴らはそんなんなんだ!!」
ステージのライトが消え、人間人形にスポットライトが当てられる。
後ろですすり泣く人形など、気にした素振りも見せずに。
「そもそも吸血鬼なんて存在は、人間の妄想の産物!!
お前は妄想だ、ファンタジーだ!! そうだ、創作の中のキャラクターなんだよ!!」
狂ったように、人間人形は喚き叫ぶ。
「だからお前に心も、魂なんて存在しないんだ!!
ああそうだ、本物は俺だけだ。お前達は偽物だッ!!」
半狂乱の人形は、怒りと憎悪で満ちていた。
「メアリース様の言う通りだった。お前達はそう言う生き物だった!!
想像の産物の分際で、生きている俺を苛みやがる!! 誰も俺のことを理解しようとしやがらない!!」
狂った人形のパートが続く。
そんな中、観客席からコツコツと足音が鳴った。
その足音の正体は、女神リェーサセッタだった。
彼女は観客席から壇上に登る。黒子はそれを咎めない。
そして、女神は狂乱の人形にそっと囁き掛ける。
「やはりお前は、我が娘モエが見込んだ通りだった」
魔王の母神が、人形に顔を寄せて語り掛ける。
「どうだ? お前も幼馴染のように、我が子として生まれ変わらないか?
……私がお前を、産み直してあげよう」
その誘惑に、踊り狂っていた人間人形が、ぴたりと動きが止まる。
「──失せろ」
人形は、ヨコタはそう言った。
泣いていたマキナ人形が、顔を上げる。
「あんたがどれだけ偉い神様かは知らないが、閨の覗き見までするとはその器も見下げ果てたもんだ。
──バカにするのもいい加減にしろ!! 俺をあんたの息子、魔王にするだと!?
あんな適当な設定の、いい加減な強さの魔王にするだって!?
俺から幼馴染を奪った挙句、俺の尊厳まで奪おうと言うのか!!」
だん、と人形は床を踏みしめて激怒した。
女神は罵倒されたというのに、見たいものを見れたと言わんばかりに満面の笑みでステージから、観客席から去った。
「……人間だ」
マキナ人形は、見た。
心の底から憧れた、本物の人間を見上げた。
「俺は人間だ、人間のまま生きて、人間のまま死ぬ!!
俺の尊厳は俺だけのものだ!! たとえ俺が物語の登場人物に過ぎないとしても、俺の存在を証明するのがインターネット上の0と1の集合体だけだとしても!!
俺は俺だ!! 俺の魂と尊厳は、俺だけのものだ!!
吸血鬼のような、終わってる種族と一緒にするな!!」
はあ、はあ、と人間人形は長台詞を終え、荒く息を吐く動きを見せた。
「ごめんなさい、私の盟友……」
マキナ人形に、スポットライトが当たる。
「俺は教えたよな、マキナ」
ステージの端、ナレーターの壇上にもスポットライトが当たり、吸血鬼達の始祖が言った。
「お前の異能は、連続で使いすぎると“反作用”を産むって。
俺を会議に呼び寄せ、魔王の奴が現れたように。
お前が好かれようとして間に入って、かえって嫌われてしまうように。
必ずつじつま合わせが起きるんだよ。
なにより、俺の後輩に当たる運命の女神に、目を付けられる」
死神はステージに目を向ける。
くすくす、と黒子が肩を揺らして嗤った。
「……こんな演目は、もう終わりにしよう」
マキナ人形が、そう言った。
死神が、大鎌を振るう。
黒子の手板に繋がれていた糸が、切り裂かれた。
……
…………
…………
人形劇が終わる。
リーリスの私室で、跪くマキナは涙を零す。
彼女の異能の力が、消え失せたのだ。
「やっぱり……こんなこと、間違いだったんだ」
彼女は己の行いを悔いていた。
「リーリスも、クリル様も、ごめんなさい……」
この部屋で、マキナだけが異物だった。
彼女だけ、ここに居る理由が無かった。
彼女の異能は、必ずしも使用者にとって望む結果が起きるとは限らない。
マキナの異常な性癖もまた、狂った
「……どう思う、リーリス」
ベッドに腰かけていたクリルが、隣に座る婚約者に問う。
すると、パチパチ、とリーリスは手を鳴らした。
演者に拍手を送ったのだ。
「リーリス……?」
「
それは、赦しの言葉だった。
「クリル、彼女は必要よね?」
「うん、こいつは使えるからね」
リーリスの問いに、クリルは頷き返した。
「そう言うことだ、使用人」
「はッ」
主人達は、マキナを赦した。なら、使用人たるヨーコは何も言うことは無い。
「おい、犬っころ」
「──ッ、わ、ワン!!」
「そうだ。もっと鳴いて、お二人を満足させろ!!」
ヨーコは平手でマキナをぶった。
愛のある、奉仕の一撃だった。
「ぎゃんッ、きゃんきゃん!!」
「よし、良い子だ!! 俺はお前みたいな犬っころは嫌いだが、犬っころには重責も何も無い」
ヨーコはマキナの顔を踏みつけた。
彼女は、とろけるような笑顔だった。嘘の設定が、真になっていた。
「お互いに心行くまで遊んでやるよ」
「わん、わん!!」
その日は、犬の鳴き声が月が昇るまで続いた。
あくる日。
「はあ、日に日にお嬢様が手強くなってるよなぁ。
もう俺の知識を総動員してもご満足頂けるか……」
「ふふふ、実はね、盟友よ、こんなものを作ってみたんだ」
マキナはおもむろに凶悪な反り返りみせる張り型を取り出した。
「うお、大人の玩具か……その手が有ったか」
「しかもッ、スイッチを入れると振動する」
「す、すげー、流石マキナ様ッ」
「ふふふ、この程度の機械なら朝飯前さ」
「じゃあ、お嬢様の前に安全確認しないとな。俺とマキナ様で使って見ないと」
「君ならそう言うと思ったよ!!」
卑猥な形の玩具が振動し、二人はキャッキャと喜んでいる。
「あ、そうだマキナ様。スカーレットガーデンに触手の魔物とか居ますか?
それを捕まえて、クリル様の異能で俺の腕と置き換えるんです。流石のあのお二人も、触手プレイは耐性が無い筈……」
「ッ!? 君は天才か……」
「俺の民族にとっては、二百年前には既に通った道ですよ……」
キメ顔のヨコタに、ニヤリと笑うマキナ。
そこで、ぱん、とキュリアが本を閉じた。
「あのねぇ、二人共!! 図書館で猥談に興じないでくれたまえよ!!」
読書の邪魔をされているキュリアが、二人に怒鳴り散らした。
まあまあ、と彼女を宥める二人。
紆余曲折あったが、地位や種族を超えて、気の置けない友人に成れた二人だった。
「これにて、此度の演目は終了です」
運命の糸を手繰る、黒子が覆面を取り、読者の皆様に一礼する。
覆面の下は、幼げな少女の姿をした女神だった。
「どうか此度の縁者たちに、喝采を。それでは、また次回の演目にてお会いしましょう」
ステージにカーテンが降りる。
カーテンコールが終わる。
「それでは、また次回。次の演目は、スーロ達、奴隷市に行く。であります」
誰も居ない劇場のライトが落ちて、誰も居なくなった。
この作品に一番求めている物を教えてください。
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世界観や設定など
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キャラクター同士の掛け合い
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主人公の恋愛模様
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バトルや異能の描写
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主人公の毒舌(笑)