吸血鬼だけの世界で、人間ただ俺独り   作:やーなん

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今回はたぶん全然話が進まないしつまらない回でしょうけど、今回はサキュート卿視点です。どうぞ。



門前にて

 

 

 

「はぁ……」

 

 ここ最近、私の溜め息は尽きない。

 

「どうしたよ、相棒」

「誰が相棒よ」

 

 月上り(早朝)の門衛の時間、私が溜息を吐いているのを見て、このアーリィヤ公爵家に仕えるもう一人の騎士、ジェイが煙草を吸いながら私を見た。

 

「って言うか、煙草吸いながら仕事しないでよ」

「別にいいだろ、お嬢様が見てるわけでもないし」

「……見ておられるわよ」

 

 この冴えない中年オヤジは、純血で騎士の家系と言うだけでこうしてお嬢様の騎士と言う栄誉を得られている。世の中不公平だ。

 

「はは、冗談だろ。ここからお城までどれだけ遠いと思ってるんだ」

「違うわ。ここからよ」

 

 私は自らの目を指差した。

 

「私はお嬢様に眷属(サーヴァント)にして頂いたの。

 私の目、私の思考、私の全てお嬢様が握っておられる。いつでもお嬢様と繋がっているの」

「……」

 

 私の眼に、お嬢様の血が集まり、充血するのが分かる。

 ああ、我が主よ。そこに居られるのですね!!

 

 ジェイはおもむろに煙草を足で踏み消した。

 

「……ッすぅ──。今日も空気が美味いな!!」

 

 ジェイは誤魔化すようにそんなことを明後日の方角を見ながら言った。

 

「そんなんだから、あなたはお嬢様から血を与えられないのよ」

「おいおい、お前みたいな天才と一緒にするなよ、サキュート」

 

 いそいそ、と先祖伝来らしい板金鎧を着こみ、彼は私を見やる。

 現実にくたびれたオヤジの顔だった。

 

「連合騎士団に編入されても、どうせ俺は裏方だ。お前とは違う」

「ッ、スーロはやる気満々なのに」

「俺も異能が使えればなぁ。きっとあのおチビより役に立てると思うんだがなぁ」

 

 負け惜しみである。

 子供の頃はスーロ共々面倒を見て貰ったが、今となってはくたびれた老い耄れ(ロートル)だ。

 

「仕事中はしっかりしてください、それでも先代から仕えていた騎士ですか!!」

「はぁ、なんでこんな真面目に育っちまったんだろうね……」

「反面教師です!!」

「いやね、これでも昔は真面目な代官として村々の監督官として赴任してたのよ」

「昔の話でしょう」

 

 私は彼の昔話を斬って捨てた。

 そればっかりである。過去の栄光に縋ってばかり。

 こんな人でも奥さんが居て子供も居るなんて信じられない。

 

 そう言えば、うちの男衆で結婚していないのはヨコタさんだけだ。

 ……ああ、今はヨーコさんだったんだ。

 

「はぁ」

「お、また溜息。おじさんで良ければ相談に乗るよ」

「何でもありませんから」

「当ててやろうか、ヨコタさんのこったろ?」

 

 図星を突かれ、思わず尻尾がピンと伸びてしまった。

 

「ほらな。あ、今はヨーコさんだっけな。

 あの人、うちの家内より胸がデカくなっちまって、ぎゃはは!!」

 

 ジェイはお腹を抱えて大笑いしている。

 仕事終わりにはよく料理長と一緒に彼と晩酌とかしていたのに、この言いようだ。

 

「俺の家内もクリル様に改造して貰おうかな。サキュート、お前くらいデカけりゃ最高だな!!」

 

 私は、眼の力で彼を睨んだ。

 

「あぎゃあああぁぁぁぁ!!」

 

 悶絶するセクハラ親父。

 私が子供の頃はこんな感じじゃなかったのに。

 

「悲鳴が聞こえたけど、何かあったんですか?」

 

 すると、ヨーコさんが板とハンドルが付いた乗り物に乗ってやってきた。

 何でも、キックボードとか言うらしい。マキナ様が作ったそうな。

 

 この広い庭の移動時間短縮に、わざわざヨーコさんが特許の使用料を支払って作ったのだとか。

 お陰で、密かに使用人の間でキックボードが流行っている。

 

 メイド長ははしたないって言ってるけど、やっぱり庭を徒歩で移動するのは皆面倒だと思ってるようだった。走るほど忙しい用事なんて、お嬢様に呼ばれる時ぐらいだし。

 

「ジェイ卿が私の胸がどうとか言ってきたんで、お仕置きしたんです」

「……ジェイ卿。セクハラは認められませんよ。

 公爵家の家令として、コンプライアンスには気を付けて頂かないと」

 

 サキュート卿もやりすぎです、と彼女は私達の間に入ってそう言った。

 

「人間のルールって奴ですか? 人間なりに合理的らしいですけど、それを我々に適用できるのですか?」

「少なくとも、俺が当家の家令である以上は従って貰います。

 特に意味のない慣習がまかり通っていたり、身体的特徴を揶揄するなんて有ってはならないのですから」

 

 ヨーコは難しい表情で断言した。

 本来なら騎士階級の私達は従う必要はないと思うのだが、騎士とは立場が弱い。結局は雇われに過ぎないからだ。

 人間ではあるが、立場的には使用人の下僕階級に過ぎないヨーコさんであっても、彼女がお嬢様に私達が騎士として不適格と奏上申し上げたら、クビになってもおかしくはない。

 

 家令とは、それくらいの地位なのだ。

 

「ジェイ卿も、産まれや体の特徴など自身ではどうしようもないことで、相手をからかうのは尊厳を傷つける行為です。

 あなたも騎士なら高潔な精神で、相手をリスペクトしてください」

「ううう……どうしようもないって言ってもなぁ」

 

 ジェイは起き上がって、ヨーコさんを見やった。

 

「俺の場合は例外です。身体を自由にいじれるとか、クリル様の異能がおかしいんです……」

 

 彼女はげんなりした様子でそう言った。

 

「それより、何か用事でしょうか。

 それなら、先ほどの朝食の時に言えばよかったのでは?」

「いや、ちょっと個人的な話がしたくて」

「えッ」

 

 思わず胸の鼓動が高まった。

 が、彼女の表情はとても色っぽい話のようではなかった。

 

「サキュート卿は、先日の奴隷市の件をどう思いますか?」

「……ああ、ヨーコさんは思うところがあるのでしたね」

 

 私はこう言った。

 

「妥当では? あそこに居るのは食うに困って略奪に走った連中です。

 領民の財産は延いては貴族の財産ですから。それを奪うのなら殺さなければ秩序が保てなくなります」

「妥当ですか……」

 

 彼女は複雑そうな表情をしていた。

 

「理解はしています。

 この世界の、吸血鬼社会の秩序とは貴族が担っている。

 下僕階級の吸血鬼はその信頼を担保に暮らしている。

 貴族と言えども簡単に下僕階級に無体は出来ない、そういう仕組みです。

 でも、だからこそ、奴隷が居るんですね……」

「ええ。その辺りは誰でも子供の頃から親や教会で教わります。

 我々の社会に帰属しない者は、奴隷として尊厳を剥奪される、と」

 

 度重なる盗みや盗賊化、殺人やら等など。

 あそこに並んでいたのはそう言う連中だ。

 

「でも、貧しさゆえの行動なら慈悲を与える機会があるべきです」

「それは行動を起こす前の話ですよね?

 領民の事業は領主の事業でもあるので、代官などに事業が立ち行かなくなったと説明すればある程度補償がされるはずです」

 

 家と仕事は、そうやって何千年も紐づいてきた。

 帳簿の管理をしているはずのヨーコさんも、それは知っている筈。

 

「まあ、領主側が貧乏で、お金を出し渋るパターンは増えていると聞きますが」

「貴族の没落は、思った以上に影響があるんですね……」

 

 誰もが、公爵家のようにお金があるわけでもない。

 それが理由で貴族を憎む者もいるのは、どうしようもない。

 貴族は神ではない。我らの神たるのは、始祖様と月天様だけなのだ。

 

「ま、そんなに気にするこたないよ。

 俺も爺さんの代には、屋敷に住んでたんだけど、今はここで厄介になってるからねぇ」

 

 ジェイが腕を組んで、そう言った。

 うんうん、と訳知り顔で頷いている。

 

「しかし、今の吸血鬼社会は俺の民族の仕出かした過ちを行っている!!

 意図的に最下級の階級を作り出し、蔑み、侮蔑し、虐げているッ」

「別にその家族にまで類が及んでるわけじゃないでしょ」

 

 ふと、冷めたような表情でジェイは言った。

 

「それは人間の価値観でしょ。

 君、気づいてる? そう思ってるのは君だけだよ。

 君の主張は正しいのかもしれないけど、それは君の主観の話だよ」

 

 彼はこう言っている。お前は異常者だ、と。

 

「俺は恐れ多くもこの城におわす始祖様にお目通りする栄誉を得て、かの御方の高潔な考え方が今の貴族達にも受け継がれていると知ったよ。

 上級貴族様たちも、特段下の者達を積極的に虐げてるわけでもない。

 君も分かってるだろ、庶民たちを気に入らないからって処刑しつづけたら、自分達の世話をする者が居なくなるんだからね」

「……ええ。スーロを見ればわかります。

 貴族と下僕階級にはお互いに信頼があるから、今の社会が成り立っていると」

「奴隷になった連中はそれに唾を吐きかけたんだ。奪ったり殺したりする前に、貧しくてもやりようはある筈なんだよ」

 

 ジェイの言う通りであった。

 家の事業が立ちいかなくなっても、別の領地に下働きにでたりしたり、最悪教会に駆けこんで俗世を捨てるのも一つの方法だ。

 どんな領主も教会にだけは喜捨を欠かす訳にはいかない。

 

「……ならサキュート卿。先日地下牢に運び込まれた彼女らは、あそこまでされる謂れがあったんでしょうか。

 あんな、死よりもおぞましい、ヒトの尊厳を踏みにじるような邪悪な行為を……」

「ああ、あれですね……」

 

 この城には一応、地下牢がある。

 あると言うだけで整備もされていなかったような場所だった。

 なのに、クリル様が購入した奴隷を収容するのに、先日大掃除をさせられた。

 

 その地下牢からは、日夜クリル様が奴隷たちに口に出すのも憚れるような所業を行っているらしく、悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえている。

 

「もし主人が倫理にもとる間違いを行うのなら、それを咎めるのが下僕の役目ではないのでしょうか……?

 主人に不利益が被ると分かって、唯々諾々と従うのが真の忠誠でしょうか……」

 

 ヨーコさんは悩んでいる。カワイイ♡

 あ、ダメ、お嬢様、助け──。

 

「バーカだねぇ、ヨーコさん♪

 奴隷どもをぐちゃぐちゃにして、他の誰が不利益を被っているの?」

「うわ出た、アバズレ未通女(おこぼ)が」

 

 ジェイの奴を睨みつけてやった。うっせ、こっちは妹様に先越されてんの気にしてんのよ!!

 きゃはは、また悶えてやんの!!

 

「キュートさん……」

「ねえ、ヨーコさん、キスしよう♡」

「俺、今女なんですけど」

「それで抵抗したつもり? どーせそのうち元に戻すつもりのくせに」

 

 あたしはヨーコさんに抱き着いて、唇を奪った。

 

「ねえ、教えてヨーコさん。

 貴女は真の忠誠と言うけど、それがお嬢様の血に植え付けられたモノだって、誰が証明できるのぉ?」

「それはッ」

 

 困ってる、カワイイ、食べちゃいたい♪

 

「奴隷たちが虐げられてたって、それが何なの?

 あなた達の民族がした過ちぃ? どうせその眼で見たことも無い癖に。

 彼女達の痛みなんて、どうせ何一つ分からないんでしょ?」

「……俺は、もう見てみぬ振りはしたくないんだ」

「あははッ、前に来ていた幼馴染だったっていう魔王様のこと?

 でもヨーコさんは彼女に立ち向かってないじゃない。あはッ、また見て見ぬ振りしてるじゃない!!」

 

 つんつん、と彼女のほっぺたを突いて、あたしは言った。

 止めて、私はそんなこと言いたいわけじゃない!!

 

「でもね、ヨーコさん。あなたは肝心なことに目が行ってないよ」

「肝心なこと……?」

「あの魔王様が、自分をイジメた奴をそのままにしておくと思う?」

 

 彼女の顔が、どんどんと歪んて行く。その涙を舐める。好き……。

 

「あたしと同じ化け物になったんだもん、ヒトの心なんて捨ててるに決まってるじゃない!!

 だからあなたがあんな化け物を慮って、昔のことを引きずる必要はないんだよ?」

「……なら、俺はどうなんだ?」

「え?」

「俺は手違いとは言え、人を殺めてしまった。

 ならなんで俺は奴隷になっていない!! 死んだからか!? そのことを覚えているのに、それを忘れてへらへら笑って生きろってのか!!」

 

 ああ、めんどくさい。めんどくさい。

 その口を塞ぐ。彼女は抵抗しない。

 

「え、へへ、さっきは意地悪言っちゃってごめんね。

 ヨーコさんは間違いなくヨーコだよ。私がお嬢様なら、そんな面倒な性格を矯正しないわけないもん。

 でもそこが好き、そういう弱っちくて憐れなところが好き好き好き」

 

 違う違う違う違う!!

 本当は優しいところが好きなの、私をいつも気にかけてくれて心配してくれて、私を怖がらないし嫌らしい目でみてこないし。

 

 でも私の気持ちを知ってるくせに、それを無視してるのがどうしようもなく憎い。

 ああダメだ、自分の感情が抑えきれない!!

 

「俺はあの時、仕事に遅れるからと黄色信号を無理やり突破した。前日の飲み会の幹事で疲れて、寝過ごしたからだ。そして愚かな俺は命を失った」

「あはッ、だからそんなに自分を責めてるんだ?

 もうどうしようもないことなのに。終わったことなのに」

「君は良いな、俺をちゃんと責めてくれる。忘れさせないでくれる」

 

 やっぱり君はサキュート卿だよ、と彼女は言った。

 

「俺がそれを忘れた時、俺は俺が一番嫌いな奴らになってしまう。

 異世界に来たのにゲーム感覚みたいな頭のおかしい、そんな創作の主人公みたいに……それだけは死んでも嫌だ」

「うーん、よくわからないけどさぁ」

 

 私は、こう言ってしまった。

 

「それって、もう遅いんじゃないの?」

 

「ねえヨコタさん。人間って化け物に優しくする生き物なの?

 吸血鬼って人間の敵の筈だよね、そんな相手のことを心の底から心配して、改善しようとしてあげようとしてるじゃない」

 

「ねえ、それって人間として正常なの?」

 

「もしそうじゃないのなら、ヨコタさんはとっくに狂ってるよ」

 

 

「やれやれ、だからお前はモテないんだよ、堅物め」

 

 ジェイが、私とヨーコさんの肩を掴んで引き離した。

 

「そんな乳ぶら下げてるくせに、チビの頃から男なんて寄り付かねぇ。良い女ってのは笑顔だけ浮かべてりゃいいんだ」

 

 はあ、と彼は溜息を吐いた。

 

「ヨーコさん、今日の仕事終わりは呑もうぜ!!

 いつもは女衆がいるけどよ、今日は男だけで、な?」

「……ええ、そうですね」

「おう、実は料理長の奴、厨房の奥に銘酒を隠し持ってるんだぜ!!

 んじゃ仕事に戻れよ、な?」

 

 ジェイはそう言ってヨーコさんを送り出した。

 

「そろそろ男に戻らねーと、酔いつぶれたらあんなことやこんなことしちまうからな!!」

 

 キックボードで去る背中に、ジェイはそんな言葉を送っていた。

 

「……お前も、少し頭を冷やせや」

「うん……」

 

 私はしばらく、門柱を背に蹲って、泣いた。私は化け物のくせに。

 

 

 

 

 




前々から存在を匂わせていた騎士の片割れ、おじさん騎士ジェイの登場です。
いや新キャラって男かよ、と思われますが、この作品で男キャラは大体結婚とかしてるので、ご安心!!

主人公の罪、実は彼にも痂疲があったのです。
いつまでもウジウジしてますが、それが人間らしさと言うものでしょう。

私も最近はウジウジしてましたが、最新話を百人も読んでもらえていると考えれば上等でしょう。
そんなわけで、更新を楽しみにしてくれている皆さんの為に、これからも頑張りますね!!

それではまた、次回!!
あれ、今回サキュート卿って全然良いところなかったな。あとで見せ場作ろうッと。
あ、次は妹様視点を予定しております。

この作品に一番求めている物を教えてください。

  • 世界観や設定など
  • キャラクター同士の掛け合い
  • 主人公の恋愛模様
  • バトルや異能の描写
  • 主人公の毒舌(笑)
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