吸血鬼だけの世界で、人間ただ俺独り   作:やーなん

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クリルの仕事

 

 

 

 暗い地下牢で、僕は“フラスコ”の経過を確かめる。

 

「生成は順調のようだよ、リーリス」

「そう、喜ばしいわね」

 

 人間と同じように、吸血鬼にも血液型がある。

 目の前の“フラスコ”の肌に墨で描いたラベルは01。血液型はリーリスとは合わない。

 しかし、問題なくリーリスは“フラスコ”の身体を動かしている。

 

 吸血鬼はどの程度、相手に血を与えるかで支配できる強さが変わると文献にあった。

 その全身の血をリーリスの物に置き換えた以上、その強制力は絶対的だ。

 

 更にその上で、リーリスと意識を共有している。ここまで出来るのは彼女の異能あってこそだ。

 

「でも、彼は不満のようよ」

「だからどうしたの?」

 

 僕は壁際に控えているヨコタを見やった。

 着替える服が無いからメイド服を着てる、笑っちゃうよ。

 

「奴隷と言えども無体を働くのは、人間の共感性に影響を受けるみたい」

「……お嬢様。人間は同じ哺乳類と言うだけで、憐みを抱いて保護しようとする生き物なのです。

 例えそれが行き過ぎて自らに害を与えようとも」

 

 ヨコタは顔を顰めたままそう言った。

 

「なにそれ、ただのマヌケじゃないか」

「俺もそう思います。しかし、人間は一度始めたことを途中で終わらせることが難しいのです」

「要するにさ」

 

 僕は言った。

 

「お前はこいつらに、自分達を見出しているってことだろ?」

「……そうとも言えます」

「なあリーリス、こいつらは何て言ってるんだ?」

「ふむ。少しばかり発言権を解放しましょう」

 

 フラスコ01の奴隷の首がかくんと垂れ、顔を上げると敵愾心に満ちていた。

 

「バカにするのもいい加減しろ、貴族ども……。

 私を弄んだ挙句、人間という下等な種族と同じだと!?」

「ッ──!!」

「さっさと殺して、見せしめにでも何でもすればいいだろう!!」

「リーリス、もういいよ」

「…………ええ」

 

 愚かな奴隷の意識を、リーリスが再び抑圧したようだった。

 

「分かっただろ、これがお前が憐れんだモノの本音さ」

「……はい」

 

 ヨコタはこいつらに憐れみを抱くなんて馬鹿馬鹿しいことに気づいたようだった。

 

「偶にこう言うバカが、私達は目覚めたとか言い出して、貴族社会に楯突くんだ。僕らに管理されないと生きれない分際でね」

 

 僕は目の前の奴隷の胎内に手を突っ込む。

 神経系を刺激して、本来の身体の持ち主の意識は激痛に悶絶していることだろう。

 

「それともお前は、こいつらを人間扱いしたいのか?

 それはそれで傲慢な考え方だと思うけどね」

「……はい、自己満足だとは思っていました」

「お前達人間はそう言う生き物なんだろ。だったらお前が悪い訳じゃないだろ!!」

 

 僕は愉快な気分でそう言った。

 

「僕らヴァンパイアは産まれながら役割を与えられている。

 お前は文学が好きらしいけど、文学に才能があるからと言ってそれを志すなんてできない。こいつら奴隷も、平民も、僕ら貴族もだ。

 その役割に貴賤は無い。僕は別に平民を見下してるわけじゃない」

「それは、重々承知しております」

「僕がこいつらを見下しているのは、自らの役割を放棄したからだ。

 それを棚に上げて他者を害した。言い訳の余地なんて無いだろ。それはお前達人間もそうじゃないのか?」

「……一応弁明の機会を与えられ、罪の代償を決める為に話し合われます」

「ああ、裁判か。僕らの社会にも、貴族同士ならそれはあるんだよ。意外かい?」

「ええ。ならばこそ、平民にもその機会があるべきだと愚考する次第でありますね」

 

 彼の言うことは尤もだが、そこまで平民に労力をかける必要はないと、僕は思った。

 

「勿論平民にも争いや犯罪はあるさ。

 でも、地元の有力者や聖職者が判断すれば良い。そいつらが公平に物事を判断するように、代官として騎士達を置いているんだ。

 それで解決しない大事なら、僕ら貴族の耳に入る。そうなっている。

 そして代官が不公平な判断をするなら、平民が僕ら貴族に嘆願する。この仕組みでずっと十分だったんだ」

「……なるほど。吸血鬼の人口は、人間のように多い訳ではないから、そのような小規模な仕組みで回っているんですね」

 

 ああそうか、人間ってのはバカみたいに数が多いのか。

 それこそ、村や町単位で把握しきれないくらいに。

 

「……クリル様」

「なんだい?」

 

 僕はフラスコ02の奴隷を弄繰り回しながら、後ろの声に応じた。

 

「それが産まれたら、どうするおつもりで?」

「なんだ、育てたいとでも言うのかい?

 調査用の急ごしらえだから、産まれて数日生きれれば御の字ってところだね」

「そうですか……」

 

 仮にも自分の遺伝子を使って作られるホムンクルスだ。

 嫌悪感があるのは分からないでもない。

 

「なんだよお前、子供が欲しいのか?」

「いつかは、とは考えています。

 そして家族共々、公爵家にお仕えできれば、と」

「なら安心しろよ。リーリスが身籠ったら僕もしばらく夜伽の時間は暇だから、僕がお前の子供を作ってやるよ」

 

 いや、あの、とか後ろからしどろもどろになっているヨコタの声がする。面白いね。

 

「クリル様の異能は、とても素晴らしい物であると存じています」

「なんだよ、急にヨイショか?」

「いえ、本心です。

 その御力は、きっと多くの人々の助けになると思っているのです」

 

 ……まあ、その通りだろう。

 血も傷も作らず、拒絶反応が起こらない人体の改造なんて、医療の分野からすれば喉から手が出るほど欲しい力だろう。

 

「だからこそ、俺は悲しいのです……」

「そうかい」

 

 ホントに、憐れなほど惨めな感性だよ。

 

「僕はこの力が素晴らしいなんて、一度も思ったことはないけどな」

 

 きっと、僕の初代様もそうだったろうに。

 

 

 

 §§§

 

 

「はあ、はあ……」

「お疲れ、クリル」

 

 僕は面倒な仕事を最初にやるタイプだ。

 リーリスとの子作りもそうだった。

 彼女との子孫を残すのは、仕事であり使命。

 

 でも、彼女には申し訳ないけど、僕はリーリスに欲情したことは無かった。

 まあ多分、彼女も同じだろうけど。

 

 熱くなった身体を、リーリスは抱きしめてくれる。

 それは愛情と言うより、年下の弟に対する親愛のように思える。

 

 僕らは、ヨコタで繋がっていた。

 彼はよくやってくれている。僕らの種族はそう簡単に子孫を残せない。

 僕らが興奮できるように、手を尽くしてくれている。

 

 僕がリーリスに異能を使えたら良いんだけど、上位の貴族に異能を使うなんて言語道断。

 リーリスが男だったら、僕の方で何とか出来たんだけどね。

 

「今日もご立派でした。お疲れ様です、旦那様」

 

 ヨコタが僕の身体を起こし、塗れ布巾で体中の汗をぬぐい始めた。

 旦那様……ふ、ふふッ。どうしよう、僕のもう一つの性器が疼いてきちゃうよ。

 

「では、私はこれにて」

「うむぅ!!」

「……ああ、この犬はどうしますか?」

「そのままでいいよ」

 

 その犬は雑に扱われるのが好きみたいだし。縛られたままでいいんじゃないかな。

 彼がリーリスの汗をぬぐい終えると、今日の彼の仕事は終わりだ。

 

「なあ、ヨコタ」

「はい。なんなりと」

「今日は僕らと一緒に寝ろよ」

「そうね。今日は少し肌寒いわ」

「かしこまりました」

 

 リーリスの言葉に、彼は頷いた。

 正直不快だった。こいつは僕じゃなくて、リーリスに仕えている。

 

 リーリスと僕は抱き合い、眠る。

 僕の背に寄り添うように、彼がベッドに入った。

 

 僕にとってリーリスは大切な存在だ。婚約者としても、後の妻としても。

 だけど僕は心の底で、人形みたいな奴だと思っている。

 リーリスも僕を本気で愛していないのは、何度も肌を重ねてわかっていた。

 

 僕とは、何なのだろうか。

 ただ事務的に、両親のように子孫を残そうとしているのか。

 子供が出来た後はどうするのか。何にもない。僕には生きる理由が無い。

 

 “フラスコ”をイジメるのも暇つぶしだ。

 丁度いい研究材料が近くに居たから、それで遊んでるだけ。

 多少の成果が後世に残れば十分だ。

 

 ヨコタは欲しいけど、リーリスはくれないだろうし。

 彼は旅行でもしてみればいいって言ってたけど、どうせ退屈なだけだ。

 

 僕は眠る。仕事を終えるその日まで、この日常が続く。

 

 

 

 

 

「クリル様」

 

 僕は眼を開ける。

 変化はすぐに感じた。

 

 身体を起こす。だらりと、リーリスの腕が僕からほどける。

 背に顔を向けると、ヨコタが居た。

 

 僕が改造して女の身体になっていたのに、男の身体を取り戻していた。

 

「……お前は、ヨコタか?」

「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます。

 夢の中で、お嬢様と対話しました」

「なんだ、僕はのけ者か」

「そしてお互いの意識を統合したのです」

「……は?」

 

 僕は半分寝惚けていて、その意味をすぐに咀嚼できなかった。

 

「俺はお嬢様と、一つになりました」

「……そんなバカな」

 

 ヒトの意識は、紅茶にミルクを混ぜるように、簡単に一つになることなどできない。

 水と油を匙で混ぜて同じ液体に出来ないように。あり得ないことだ。

 

 僕はリーリスに触れる。

 そして分かった。そこに、彼女は居ない。抜け殻だって。

 

 いや、違う。最初からだったのだ。

 僕が日夜、愛を囁いていた相手は、初めから人形だった。

 

 ずっと、ずっとリーリスはヨコタと一緒に居た。

 ただそれの完成度が、完全に至ったのが今夜と言うだけのことだった。

 

「……ごっこ遊びをしている僕は、さぞ滑稽だったろうね」

「違います、クリル様」

「何が違うって言うのさ!!」

「失礼します」

 

 彼は、僕を抱きしめた。

 そして、この首筋に牙を突き立てた。

 

 血を吸われる。

 僕が、奪われる。知られる。

 

「クリル様の孤独を、今理解いたしました」

 

 彼は、僕の血から僕の全てを読み取った。

 

「さあ、俺の血をお飲み下さい」

 

 僕は逆らえなかった。ただの人間に過ぎなかった彼に。

 僕らは抱き合うように、彼の血を啜る。

 

 それで千の言葉を語るより、僕らはお互いを理解した。

 

「……ずっと、僕と一緒に居てくれるの?」

「はい」

「お前は、人間として生きて、死にたかったんじゃないのか?」

「人間の聖書に登場する原初の男女も、900年ぐらい生きたと言われています。

 俺はここまで変わり果てても、人間ですよ」

 

 なんて、なんて僕はちっぽけだったんだろうか。

 想像の埒外だった!! 人間と吸血鬼の完全なる統合なんて!!

 

 僕の錬金術の知識は、人間由来の物だ。

 錬金術を語る際に、あの人間の女神メアリースのことを避けて通れない。あいつは神に成る前は、非常に優れた錬金術師だった。

 

 その女神の常識から、目の前の存在は完全に逸脱していた。

 

 僕は理解した。

 人間の言う愛の本質を。

 

 吸血鬼の愛の本質とは、相手から奪うこと。

 だが、人間の愛とは、相手に与えることなのだと言う。

 

 彼は僕を無限に慈しみ、理解し、望みを叶えてくれる。

 僕の全てを、許容してくれる。

 

 僕は思った。

 

「ヨコタ♡ お前の子を産みたい。産んでやるんじゃなくて、一緒に愛せる子供がほしい♡」

「ええ、それは素晴らしいことですね」

 

 仕事じゃない。義務じゃない。奪う愛ではなく、お互いに与え合う愛を、僕は初めて欲したのだ。

 それは、真の相互理解だった。

 

「貴方は、私の婚約者だもの」

 

 ああ、リーリス。お前もそこに居るんだね。

 僕はもう、この世界で独りじゃないんだ!!

 

 僕は初めて、婚約者に本気で欲情した。

 

「ヨコタ、リーリスッ」

「クリル、旦那様ッ」

 

 僕の中にも、二人の血が、二人が居る。

 僕らは月が出るまで愛し合い、お互いを貪り合った。

 

 

 その様子を、床で見ていた犬……マキナは後にこう言っていた。

 

「ああ、人の形をしているくせに、なんて有様だ……」

 

 あいつはうっとりと、“公王”の生誕に不細工な笑みで魅入られていた。

 

 

 

 




今回はちょっと難産でした。次回からは、四章に入る予定です。
始祖視点で、神々の領域の話をやるかもですが、蛇足感強い気もしますが。

まあとにかく、次回をお楽しみに!!
ではまた!!
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