静かに人が消え、行方不明者が続出する離島。白装束の怪異が迎えに来たら諦めてください   作:わんた

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恐怖と戦う保護者

 館内に戻ろうと自動ドアの前にまで行くと、ちょうど宮子姉さんと一緒に鈴ちゃんが出てくるところだった。

 

「またきてね!」

「うん。バイバイ」

 

 そう言いおわると、僕のところに駆け寄ってくれた。

 

「宿題は終わったの?」

 

 小さくうなずくと、慣れた風に手を取る。

 お互いに、それが当たり前だと自然に出た行動だ。

 

「帰ろう」

 

 前を向いたまま、ゆっくりとした速度で歩き出した。

 

「「……」」

 

 僕はおしゃべりではない代わりに、何気ない仕草から感情を読み取ることが得意だと自負している。

 

 身長差があるので鈴ちゃんの頭しか見えない。今、何を考えているのか、どんな表情を浮かべているのか分からないけど、機嫌は良さそうだ。

 

 新米の保護者としては、今日も幸せな一日が送れたんだなと思って安堵する。

 

 もっとこういった日を積み重ねていこう。

 

 小さな手に引っ張られながら、そんなことを想い、歩く。

 

 周囲は静かで夕日になるのはもう少し。

 数分もすれば太陽が地平線に沈んでしまうだろう。

 たしか黄昏時といったっけ?

 

 夕方から夜に変わる僅かな時のことで、仕事をしているときはあっという間に終わってしまい、気づくことすらない。

 

 子供の頃に経験して大人になってしまうと忘れてしまう。そんな寂しくもあり不思議な時間のことだ。

 

「止まって」

 

 ふと、鈴ちゃんの足が止まる。

 どうしたの? と、声をかけようとして言葉を失った。

 

 空気が重い。

 

 住宅が複数ある細い路地にいるのに、人の気配が全くない。いくら過疎化している離島だからといって、これは不自然だ。百歩譲って姿が見えないことは良いとしても、物音すらしないのはおかしい。

 

 古びた石を積み重ねた壁に囲われているから、人気を感じられないのだろうか?

 

 僕は次の瞬間に否定する。

 

 人だけじゃない。動物の物音すら聞こえないからだ。

 

 この島には二人しかいない、動物や昆虫すら死に絶えてしまったのではないかと、錯覚してしまうほど生き物の気配がない。

 

 死に支配された世界に包まれてしまったようだ。

 

 水分をたっぷり含んだ空気のように、肌にべっとりとまとわりつくような感覚。まるで水の中に入ったように、身体が動かしにくい。新鮮な空気を求めるように、呼吸が浅くなる。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 自分の息づかいがうるさい。つないだ手のぬくもりのおかげで、何とか理性を保てている。一人だったら、恐怖に負けて走り出していたと思う。

 

 視線をやや下に向けると、鈴ちゃんは何もない空間をじっと見つめていた。

 

「お守りがあってもダメ? 効果がなくなり始めている?」

 

 鈴ちゃんがわからないことをつぶやいてから、僕を見上げた。

 

「逃げる」

「えっ?」

 

 疑問に答える代わりに、手を引っ張られた。

 足がもつれて倒れそうになるのを耐えながら導かれていく。

 

 石のように固くなった体を引きずりながらも、僕たちは道を右や左に曲がって背後から迫る”嫌な気配”から逃げるようにして進む。

 

 途中、何度も転けてしまいそうになるけど、何とか走り続けていた。

 

 今どこにいるのか分からない。

 家から離れているのか、近づいているのか。

 助けを探しているのか、撃退する場所を探しているのか。

 

 鈴ちゃんが何を考えて行動しているのか、僕にはさっぱり分からない。

 

「あッ……」

 

 いつまでも続くと思っていた鬼ごっこだったけど、終わりは唐突だった。

 

 目の前に壁がある。行き止まりだ。左右にもあり、乗り越えられないほど高い。

 

 とっさに、戻ろうとして後ろを向く。

 

 白装束の怪異が、いた。

 

「!!」

 

 下を向いていて、長い髪で顔を隠している。

 性別の判断がしにくい。少し前に出会ったときと変わらない姿に、背筋が凍る。

 

 空気がさらに重くなり、磯臭くなってきた。

 

 異変に気づいた僕は、せめて鈴ちゃんだけでも逃げてもらわなきゃと思っているけど、金縛りになったように動けない。

 

 大好きだった兄さんの忘れ形見で、幸せになって欲しいと思って保護者になった大切な人が目の前にいるのに、動けない。

 

 なんと、惨めなのだろう。

 

 僕の覚悟はその程度だったのかと、全てを忘れて絶望が心を押しつぶそうとしてくる。

 

 最後まで残っていた日常――ぬくもりがなくなった。

 鈴ちゃんが僕をかばうように前に出たのだ。

 

「危ないから後ろに下がるんだッ!」と、声を出すことは叶わない。

 

 小さい背中を見て少しだけ安堵を感じてしまう自分を殺したくなった。

 

 なぁ、これがあるべき姿か!? 雪久として正しい行いだと言えるのか?

 ダメだ! そうじゃない! 違うだろ?

 小さい子供に守られるほど矮小な人間だったのか!?

 違うッ、違わなければいけないッ!!!!

 僕は保護者なんだ。鈴ちゃんを守らなければいけない!

 そうしなければ後悔する……なにより自分が許せない!

 

 強烈な自己嫌悪感と保護者としての義務感、そして最後に残った自尊心。この三つがそろったことで、ようやく体が思うとおりに動かせそうだった。

 

 先ずは僕が前に出ようと足を踏み出して、

 

「どういう、こと?」

 

 そのまま止まってしまった。

 

 僕の全身を襲ったのは驚きだ。

 

 鈴ちゃんがポケットから布袋を取り出したのだ。デザインからしてお守りだろう。それを前に出すと、白装束の怪異が止まったのだ。重苦しい空気も弱くなったようで、僕は動けるようになった。

 

「鈴ちゃん、そのお守りは?」

「話すのは後で! 効果が薄れてるから、すぐに突破してくるかも!」

「でも逃げ場所はないよ?」

「うん……」

 

 鈴ちゃんの視線は白装束の怪異に向いていた。横をすり抜けて逃げようとする作戦なんだろう。

 

 壁をよじ登る時間はなさそうだ。僕もその案に賛成である。

 

 お守りで的が怯んでいる間に、保護者が盾になって動けばいいだろう。

 

「男は根性!」

 

 大声を出して気合いを入れた。体が少しだけ軽くなったように感じる。錯覚だったとしてもありがたい。

 

 僕は鈴ちゃんを小脇に抱えると走り出した。

 

「雪久おじさん!?」

「舌を噛むから黙ってて!」

 

 白装束の怪異に近づいた。磯の臭いがきつい。髪に隠れているかおは魚だった。やっぱり人間じゃなかったんだね。予想できたことだったので驚きで足は止まらない。

 

 横を通り過ぎようとするタイミングで、白装束の怪異は鱗のある腕を振り下ろしてきた。指は鋭く長い爪がある。

 

 体をひねって何とか避けたんだけど、足に何かが絡まって転倒してしまった。

 

 細長い尻尾が絡んでいたのだ!

 

「先に逃げて!」

 

 運がいいなと思ったのは、捕まったのが僕だけだったこと。鈴ちゃんは無事に白装束の怪異から逃げられている。あとは走って距離を取れば……。

 

「もう、そんなことしたくない! 雪久おじさんまでいなくならないで!」

 

 孤独を嫌がる感情を甘く見ていたようだ。

 

 鈴ちゃんは逃げることなく、お守りを前に出して白装束の怪異に向かって行く。

 

 尻尾の拘束が緩んだ!

 

 足を抜いて腹を蹴ると見えない壁に止められてしまった。ダメージは与えられなかったけど効果はあったみたいで、白装束の怪異が一瞬だけ怯んだのだ。

 

「逃げるよ!」

 

 泣き出している鈴ちゃんを抱きかかえて走る。

 

 後ろを見ると白装束の怪異は立ったままで追いかけてこない。

 

 お守りの効果だろうか。鈴ちゃんの手を見ると、お守りは黒ずんでボロボロと崩れていった。

 

 役目を果たして力尽きたんだろう。

 

 次に出会った時、僕たちは逃げ切れるだろうか。もしくは戦って勝てるのだろうか。

 

 僕にはわからないけど、鈴ちゃんなら何かを知っているかもしれない。

 

 家に戻っても白装束の怪異はやってこない。空気はいつも通りで重くはなく、磯の臭いもしない。

 

 逃げ切ったと思っていいだろう。

 

 走り続けて力尽きたので、玄関で倒れて呼吸を整える。

 

 鈴ちゃんはそんな僕を心配そうに見ていた。

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