静かに人が消え、行方不明者が続出する離島。白装束の怪異が迎えに来たら諦めてください   作:わんた

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本当にいるよ。守り神様は

 島の神様に挨拶を済ました僕たちは、近所のお店でご飯を食べることにした。

 

 観光客がごった返す木造の店内は、壁に貼り付けられたメニューが黄色く日焼けしている。テーブルには無数の傷があり、決して汚いわけではないけど、少し古くさく感じ、代々続いているお店というのが一目で分かった。

 

 腰の曲がったおばあちゃんに案内されて席に着くと、二人仲良く、ざるそばを注文する。

 

 その間もずっと、誰かに見られている気配がしていた。

 

 テーブルを囲む家族連れや友人同士が、それぞれ自分たちの会話に夢中で、僕たちに興味を示すそぶりは見当たらなかった。そのため、観光客が僕らをじっと見ているわけではないようだった。

 

「どうしたの?」

「誰かに見られているような……?」

「そう、気にしたらダメだよ。無視しよう」

 

 鈴ちゃんの返事が少しだけ意味深だったけど、ちょうど注文した料理がきたので会話は途切れてしまった。

 

 蕎麦を口に入れると、顔をほころばせる。兄さんたちの教え方が良かったのか、田舎の雰囲気には少し場違いに思えるほど、上品な食べ方だ。

 

 音を出さないようにしているので、一部の人からは批判されるかもしれない。でも、僕はそれが好ましく感じられた。

 

「いただきます」

 

 僕も箸を持つと、ペースを合わせながら食事を進める。

 

 お互いに多弁ではないので、この席だけ静かだ。

 

 特別なイベントが起こるわけはなく、食べ終わったらすぐに会計を終わらせると、再び港で借りた自転車に乗った。

 

 視界を塞ぐほどの背の高い草に囲まれた道を走る。乾いた土がむき出しで、凹凸もあるからスピードなんて出せない。

 

 サドルから振動を感じながら、視界は鈴ちゃんの背中を捉えているけど、意識は別のものに捕らわれている。

 

 ――また、誰かに見られている。

 

 ここは僕たちしかいないので、あり得ないはず。

 

 でも姿は見えず、どう探していいかわからない。この不快感を受け入れるしかない。

 

「もうすぐ着くよ」

 

 しばらくして、鈴ちゃんの声がしたかと思うと、急に視界が開けた。

 

「……!!」

 

 ビーチに出たようで、光を反射してエメラルドグリーンの海が目の前に広がっていた。自然が創り出す圧倒的な光景を前にして、感動のあまり言葉が出ない。

 

 観光客もいるけど、まばらだ。ほとんど貸し切っている状態。何て贅沢な体験をしているだろう!

 

 ふと気づいたときには、ずっと感じていた気配はなくなっていた。

 

「キレイな海だね。水着に着替えて遊ぶ?」

「うん」

 

 終わったことを引きずっていても仕方がないので、気分を切り替えるために提案をした。OKも出たので、早速、近くにある簡素な更衣室へ入った。もちろん、男女に分かれてだ。

 

 家から持ってきたトランク型の青い水着をはく。股の部分に大きな白い花があり、南国にあいそうなデザインだ。適当に買ったものだったけど、気に入ったぞ。こいつとは長い付き合いになりそうだ。

 

 手早く着替えを終えて外に出ると、陽差しが目を刺激した。手で影を作って女性の更衣室を見ると、ちょうど鈴ちゃんが出てくるところだった。

 

「どう、かな?」

 

 恥ずかしそうにしながら、くるりと回転してワンピース型の水着を披露してくれる。

 

 黒地に赤、緑、青といったカラフルな水玉模様があり、活発な印象を与えた。普段は大人しい服を着ているから、新しい一面を見た喜びと、自分だけが知っている優越感のようなものを感じる。

 

 保護者にも独占欲みたいな感情って湧き出てくるとは知らなかった。また一つ、新しいことを教えてもらった。

 

「似合ってるよ。自分で買ったの?」

「ううん。お母さんが選んでくれた」

「そっか」

 

 数歩進んで鈴ちゃんの頭に手を置いて、軽く撫でる。特別な意図はない。衝動的に身体が動いたんだ。

 

 これからも昔のことを忘れずに、優しい心のまま育って欲しい。

 

「せっかく選んでもらったんだから、いっぱい使わないとね。今年からは、僕と一緒だ。二人の代わりに、色々なところに連れて行ってあげるよ」

「……うん!」

 

 驚き、戸惑い、悲しみ、最後には笑顔を見せてくれた。ちょっと無神経だったかなと思いはしたけど、言ってよかったと思わせてくれた。

 

「さ、行こう」

 

 手をつなぎながら太陽で熱された砂の上を歩き、足首まで海に入る。想像していたより冷たくて、火照った体を涼ませた。

 

 しばらく沖の方に進んでも海水は膝ぐらいまでで、これ以上は深くならない。どうやら遠浅になっているみたいで、どこまでも歩いていけそうだ。

 

 数分進んでから、ちょうど良い頃合いだと思って立ち止まる。

 青い海がどこまでも広がっていた。

 

「ん? あれは…………岩?」

 

 数キロ先にぽつんと、黒い点のような物がある。最初は船かなと思っていたけど、動く気配はない。目を細めてじっくりと眺めてようやく、黒く、ここからでも姿が捉えられるほど大きな岩だということが分かった。

 

 太陽が照りつける海に浮かぶ、黒い点は、どこか寂しく、そして畏怖を感じさせる。

 

「ダメ、あそこは」

 

 つないでいた手が、見るなと言う代わりに、僕の体を引っぱる。

 

「みんなが言ってたの、良くないものがいるんだって。あそこに行くと、戻ってこられない。みんな、いなくなっちゃうの。観光客だって何人か行方不明になったんだって」

「鈴ちゃん?」

 

 それっきり彼女は口を開かなかった。

 

 突然、仰向けになって、海の上に浮かぶ。

 

 口を何度か開いたけど、結局最後は何も言わずに口を閉じた。どんな言葉を投げかければ良いか分からない。

 

 だから、同じ光景を見ることにした。

 雲一つない空があった。

 ちゃぷん、ちゃぷんと、波打つ海水が耳にあたる。

 

「気持ちいい」

 

 幸福感に包まれ、無駄な思考が波とともに消えていく。

 

 先ほど感じていた視線や岩のことなんて、どうでも良いと思えてしまう。子供の言うことなんだし、深い意味なんてないのだから。

 

 隣を見ると、鈴ちゃんと目が合う。

 

「落ち着くね」

「うん」

 

 一言、返事をしてから、また無言のまま海を漂う。

 

 そう、これでいい。僕たちに必要なのは二人きりの時間と、これから積み重ねる楽しい思い出なんだから。

 

 五分程度の短い時間だったけど、島内散策では最も濃密な体験だった。

 

◆◆◆

 

 簡素な晩御飯を食べ終わり、お風呂から出た僕はリビングでテレビを見ていた。

 

 半袖のパジャマに着替えていつでも寝れる状態だ。日中に動きまわっていたので、体は程よく疲れている。

 

 何気なくリモコンを操作してテレビの電源を入れると、社会派のタレントが海外の暴動についての持論を語っていた。眉にシワを作って口を大きく開き、必死に訴えかけているけど、この島にいる僕にとっては現実感が薄い。

 

 地球とは異なる世界の出来事を見ているようだ。

 

 そう感じてしまうほど、この島は世間から隔離されている。

 

 それは決して悪いことじゃない。何もないこの生活が幸せだと感じているからだ。たった数日だけど、今までにない幸福感と充実感に包まれている。もう東京になんて戻れないね。

 

 そんなどうでも良いことを考えていたら、BGMと化していたテレビの映像が切り替わった。

 

 夏祭りを特集しているらしく、鮮やかな浴衣を着た女性の集団が、石畳の階段を一段ずつゆっくりと上がっている。皆、お化粧をばっちりと決めて楽しそうに笑っている。クルクルと巻かれた髪が、馬の尻尾のように動いているのが印象的だった。

 

 映像を眺めていると、女性たちが階段を上りきった。

 入り口には鳥居があり、通路を挟むような形で出店がずらりと並んでいる。

 

「神社、かぁ」

 

 チョコバナナ、焼きそば、スーパーボールすくい……定番の商品を一つ一つ、丁寧に、楽しげに、紹介している姿を見ながら僕は今日の出来事を思い出していた。

 

 守り神様に挨拶したとき、頭に残った感触は妙に現実味があった。

 

 背の低い鈴ちゃんの悪戯だとは思えないし、上から物が落ちたというわけでもない。そうだったら、さすがに気づく。

 

 だとしたら、この島には本物の守り神様がいるのだろうか?

 

 仮にそのような存在がいるのなら、兄さんたちを守れなかった理由を聞きたい。いったい、何があったのか。あれは、本当に事故だったのかと。

 

 他にも気になることはある、岩場だってそうだ。ここは観光地だし、海に大きな岩があれば、パンフレットやインターネットで話題になっていてもいいはずだ。なのに、調べても一度も出てこなかった。

 

 兄さんの家に遊びに来たときは、普通だと思っていたのに、住んでみたら気づいていなかったものが見えてくる。何て不思議な体験をしているのだろう。

 

「雪久おじさん?」

 

 声がしたほうを向くと、頬はほんのりと赤くした鈴ちゃんが立っていた。

 

 ピンクの生地にイルカの可愛いワッペンを貼り付けたパジャマを着ている。もちろん半袖だ。髪は濡れていて、乾ききっていない。要は、お風呂から出てきたばっかりで、無防備な姿を見せてくれている。

 

「どうしたの?」

「何回声をかけても反応がなかったから……」

 

 心配されるほど、考え事に没頭していたのか。

 一人暮らしをしているわけではないんだし、ちょっと反省だな。

 

「ごめん。今日のことを振り返っていたんだ」

「どんなこと?」

「この島の守り神様、かな」

 

 神様を信じていると思われるのが恥ずかしくて、少し煮え切らない返事をしてしまった。

 

 でも鈴ちゃんは、そんな態度を気にした様子はなく、僕の隣に座る。

 

「本当にいるよ」

「…………え?」

 

 何を言ったのか理解するのに時間がかかって、間抜けな声を出してしまった。

 

「本当にいるの、守り神様」

 

 真剣な表情と、少女らしからぬ静かだけど厳粛な声に圧倒されて、夢見がちな発言だと切り捨てることはできなかった。

 

 少なくとも彼女は守り神様の存在を信じてるようだし、言葉を信じるのであれば、他にもいるみたいだ。

 

 もっと知りたいという、単純な好奇心が僕の心をくすぐる。

 

 ――それってどういう意味?

 

 そんな言葉を口に出そうとしたところで、

 

「明日からお仕事頑張ってね」

 

 聞かれるのを拒否するかのように、話題を変えられてしまった。

 

 鈴ちゃんは立ち上がって、台所に向かう。水を飲むようだ。

 

「あ、ありがとう」

 

 流れに逆らえないチキンな僕は、素直にお礼を言ってしまった。

 

「学校の委員会があるから、早く寝る。お休み」

 

 そっか、明日から平日になって僕たち二人の日常が始まるのか。

 

 委員会って懐かしい響きに、少し感傷的になる自分がいた。

 

 これからは傷ついている鈴ちゃん時間を最優先にしたい。神様のことは気になるけれど、今は二人の生活に慣れることのほうが大事だ――そう考えて、神様について問い詰めるのは後回しにしようと思った。

 

「うん。お休み」

 

 お互いに挨拶を終えると、テレビを消して僕たちは居間を出る。

 

 暗い廊下を歩いて寝室に戻ろうとしたら、鈴ちゃんの暖かい手が触れた。

 

 立ち止まって顔を見ようとしたけど、うつむいているので表情は分からない。でも、この行動の意味を理解できないほど鈍感でも愚鈍でもない。

 

 無言で軽く握ると、部屋に入り、一緒に寝ることにした。

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