ヴァルキューレ警察学校、屋上。
基本学校の屋上は危険であるとして空いてないことの方が多いのだが、その危険をなんとかするのが警察なためそこら辺は緩かったりする。そもそも落ちたところでどうしようもない人種だが、学校のデザイン上、屋上というものがなかったりすることも。
そこで、ナバナはコーラを流し込むように飲んでいた。三本、しかも購買にわざわざ行って500mlのやつを買い、それを買った氷袋を破って突っ込むというバカな冷やし方をしながら。
エドウィン・バードソングの歌声が流れる。
(我ながら、悲しい人間だな)
あれだけの騒ぎがあった後で、改めて自身の人間性に疑問を持っている。
自分以外は何かに熱狂しているが、その自分は何もない。
「あの……」
「なんだ」
そんな屋上も、あまり人がいないというだけで来れない訳ではない。
一人の時間も終わり、誰かがやってくる。
「誰だ……ってお前か」
「よっ」
それは、彼女を執拗に誘っている少女。
「局長は多分ここにいるって言ってたからよ、来たんだ」
「そりゃそうだな。で、どちらさん?」
「名乗ってなかったからってんなこと言わなくていいだろうがよ、名前はほら」
名刺が、ナバナに差し出される。
「計石 サザリ。か」
その名前、次からはサザリと。
「いやあ、そうそう。今度からそう呼んでちょーだい」
「んまあいいだろう。で、なんか?」
「コーラもらっていい?」
「戦友に水臭いこと言うつもりはない」
「んじゃ来てくれよなーこっち」
サザリはそのままコーラを一本とって、飲む。
美味しそうに飲み、息を吸っては手すりに膝をついて外を見る。
夕日の兆しに染まりつつある街は、実は平和だと錯覚させる景色へと染まった。
「ま、なんで来ねえかはちゃんと言ってくれたからあんま聞かねえけど」
「じゃあ他に用事があるのか」
「ん?お前に要請が来てるってことくらいだよ」
「そりゃそうだよなぁ」
「嫌か」
「嫌に決まってるだろ」
ナバナは素直に答えた。
「誰が好き好んであんな話を何度も聞かなきゃなんないんだ。公安局はまあその必要があるだろうが、捜査局にいてずっと聞かされるのはごめんだね」
「それは食い扶持を貰えなくなるよりも大事なことか?」
「捜査局が欲しているのは物言わぬ名誉だ、その名誉は何もすることなく存在しているだけでいい。勝手に税金と言う金が流れてくる。公安局は働かないといけないかもしれないが、捜査局はそうじゃない」
「そんなに、SRTの連中とやり合うのが嫌か」
聞いてる方は、その言葉に納得はしていなかった。
望みを聞かれないことはどうでも良かったが、個人の感情はどうでも良くない。自分たちのせいであるならば、せめて別れる前に何か別の詫びで埋めなければと思っているだけのこと。
「嫌ってわけじゃない。あいつらのことどう思っているわけじゃないし」
「そういうものじゃない」
「じゃあなんだ」
「本心を聞きたい」
「本心」
「別に崇高な話をしたいわけじゃないからな。相手を傷つけるのが心苦しいとかじゃなくても、嫌だと思う理由があるだろ?」
サザリの一言を、彼女は受け止めた。
そういうならば、一つある。と。
「くだらないことだ。嫌になった、何もかも」
「例えば?」
「あいつらが全員死んでしまおうが関係ない、私だけ助かるために関わるなともいう気も起きない、戦わないでほしいなんてこと思うほどの思い入れもない。だが、私はもう戦いたくない」
「どうして」
「ヴァルキューレはもうここまで腐敗してしまった。SRTという連中が己の正義に殺されて、マリオネットのように動いてる。それに殺されるか、政治機構そのものが死んで消えゆくかの二つしかない。シャーレの独裁政権以外に今の所一番ましな政治のルートがないんだ______自分の力なんてものはない、と思う。だから、無駄に戦って、傷ついて、死ぬのさえ怖く無くなるくらい苦しむなんてごめんだなって」
自分にグイグイくるやつには、それなりのものをぶつけて離そうとする彼女。
だが、相手はカンナに比べたら劣っているだけで警察の上澄だ。受け止められないはずはない。
「そうか、虚しくなっちゃったか」
「そうなのかもな。だから、警察組織の崩壊まで甘い汁啜ってとんずらこく以外のことはしたくない。自分が動いたからってよくなることはないだろうし、そのために無駄な犠牲を払うまでになったら、多分耐えられない。私は雑魚だ」
彼女は人の心がない、というわけではなかった。
ユリが自分にだけ知らされていない何かがあった、と言う元SRTの連中の中でも扱いの格差があったり、そもそもが苦労していたのを知らされて叫んでた。それを間近で浴びていたせいで、疲労している。
「……もう、正直この段階であまりにも関わりたくない。皆がこんな苦労を知らないまま、毎日コーヒー飲んでネットサーフィンして麻雀して静かに社会が終焉に沈んでいく方が幸せに感じるし、私もそうしたい」
手すりに背中を合わせてゆっくりずり落ちるようにしてへたり込む彼女。
「うーん、そりゃそうかもなあ」
「否定しないのか」
「別に否定したいとかじゃないんだ。聞いてみたかっただけ」
サザリはその言葉を受け止めた。
正直なところ、そういうのが見るのが辛いという彼女の発言は一理ある。特定のものに対する拒否感とかはないが、全体の流れで吐き気を催すと言った方が正しいか。
それらをひっくるめることが『空虚』の生まれであったかもしれない。
「がっかりしたろ」
「がっかりはしてねえけどよ、多分お前はこの件から逃げられないぜ」
「なんでだよ」
二人は互いの顔を見る。
「お前のその虚無感っていうのは間違ってねえとは思う。だってよ、警察よりもシャーレのあの男の方が影響力が強いのも事実だし、警察が同等の影響力を持つシチュエーションを作り出すのには自治権の撤廃が最重要、そんなことできるわけもないしただの内ゲバで体力使ってる時点で救いようねえのも確かなんだよ」
「じゃあ、同じように虚無に落ちるか」
「理論上は納得できる、ってだけだ」
サザリは話こそ納得できるとは頷いた。
ヴァルキューレの存在意義など今はもうないに等しい。自治区まみれでもはや一都市としての保安機関など必要とされないだろう。
そんな中でわざわざSRTを作った連邦生徒会長は先生がキヴォトスの外から連れてきた、ということはこの政治も少し知っているということ。警察機構がヴァルキューレだから、自衛隊の枠としてSRTを用意したかったのしれない。
ただし、それが自身の統治するキヴォトスというものに合致するかどうかを考えなかった結果がこれであるが。本心は知る由もなかった。
だが、彼女にとってはそこが本題じゃない。
「お前が公安局に来るかどうかは分からないし、その考えが変わらないのも別に悪くはない。むしろ社会を鑑みれば、それが正しい。だが、お前はユリを助けた。その一点が苦労するポイントだ。なんで助けたぁ?」
「そりゃ他の奴らは分からなかったがそいつだけは確かに生きていた。守らねえと、戦意喪失していたのもあるがとてもじゃないが殺して逃げるとか、できる状態じゃなかった。結局見捨てたところでヘリとのタイマンは避けられない」
「それだよ」
あ?と首を傾げるナバナ。
「つまりだよ、お前は必要以上に傷つけて排除することを良しとしない人間だ。それが自分のためになろうとも見捨てられないし、そもそも自分のためだとも思わないタイプだろ」
「そんな高尚なやつじゃない」
「いや、お前はそうだ。ユリを助けるのもそうだし、あんな話をしておいてあれだけの言葉が出るのもそうだ。腐ってないとは言い切れないが、腐りきれてないのもまた事実なんだよ。だからお前がどう思おうと、いつかまた肩を並べて戦う日が来る」
「ごめんだな」
「そーいうなって」
サザリはコーラを飲みながら、出入り口の方を見る。
「でも、お前はそうなんだよ。多分、知ってるやつを人質に取られたら今みたいなことを言いながら結局は首突っ込んで解決してしまうようなやつなんだ。それで自分を苦しめたとしても」
「そんな風に見えるのか」
「そう見えるやつじゃないと、残り二発の拳銃で立ち向かおうなんざ思わないぞ。聞いたぞ、ユリから『負ける気は一切なかったらしい』って」
「あんな馬鹿でかい拳銃で負けるわけねえだろ、機械と人間なら機械を壊す方が早いんだ」
「はっ、そうかもな」
そして、話しかけにきたやつはそのまま戻るために歩き始める。
「ってなわけだ、次どんな行動するかは知らねえが、お前と私はいずれまた会う。戦いの場所で、お互いの信念関係なく、共通の敵と戦う。それだけはハッキリしてっから」
「できればこの一回でSRTの奴らがおっ始めるのをやめてくれればいいんだがな」
「そう願ってるよ。じゃあな、コーラは貰っていく」
「ハンバーガーでも買っていくといい」
そう言って、二人は別れた。
残ったナバナは、街を見る。
景色はさっきと変わらない、だが、少なくともさっきの話で不穏なところもあるんじゃないかという気がして、少しばかり気持ちが落ち込んだ。
「私ってほんとなんでここに来ちゃったんだろうな。サザリみたいに何かの役に立ちたいとか、公安局長のように平和のために命を投げうるとかしなくて、他の警察みたいに金だけを啜るのを望んでいるはずなのに、あんなことを平気でやるような人間で」
自分があんまりに可哀想な人間であると思うと、余計ため息が出る。
多分、捜査局の人間としてではなく今回の関係者としてしばらくは引っ張りだこになるだろうとは薄々勘付いていた。それをサザリは分かっているから、あれは多分彼女なりの励ましだったのかもしれない。
「いつか、心の底から乾杯とか、ありがとうとか、楽しかったとか……言えたらいいな」
自分探しのために流離うコンクリートの砂漠の中で浴びるように飲むコーラは別格だ。
さて、そろそろ行こうか。
曲を流すために置いていたスマホを拾い、歌うのをやめさせてからポケットに突っ込んで歩き始める。
次のために。