最近、彼女は仕事が嫌なって仕方ない。
「あっ!先輩、古戦場どうですか?」
「フルンティング持ってないからすげえぼちぼち。そういうお前はどうだ」
「うーん、こっちもまずまず〜。仕事よりは楽しいから良いんですけどねえ」
やることに欠いてついには仕事場で残業という名前の古戦場周回をやり始める始末。通信代浮くしリロとかも素早い高性能PCだからマジでグラ○ルやる時はありがたいらしい。
「そう言えば最近ずっと働きっぱなしでしたよね〜」
「捜査局だっつってんのに連れ回す公安のバカどもに付き合ってたからな。もうごめんだね」
「結局元SRTメンバーの大規模テロが画策されてるって聞いたんですけど本当です?」
「武装ヘリが目の前に出てきた時点で本当だがもう知ったことじゃない。私はここでグ○ブルと麻雀やりながらニュースを見て知性ぶってるだけで満足だよ」
「良いですよねえ窓際、仕事が無くても金入ればもっと最高なんですけどね」
「全くだ」
本心のどこかにある怠慢を素直に認めて口に出すナバナ。
彼女は疲れていた。
連日の事件に関わったせいで精神的疲労がピークに達しており、身体が永遠に休まらない。
その結果、彼女はあくびをしながらネットゲームにのめり込む始末。後輩も、またそんなナバナのペースに同調するように隣で同じことをしている。
「そうだ先輩」
「なんだ」
「この後なんか予定あります?」
「ないない。ここに配属されてあったら、何のためにここまで来たんだって感じだし」
「ですよねえ」
ははは、と笑う二人。
お互いに『このまま育っていったら警察は終わるな』と思いつつも政治がその危惧を払拭することを許さないように警察の動きを縛っていくのだからどうしようもない。
そのどうしようもないがただただ、甘い毒となって二人を飲み込んでいる。
「いつまでも変わらないといいなあ」
「そうだな」
コーヒーを飲み終わったナバナは立つ。
「ん?どっか行くんですか」
「流石に飽きたから帰って飯食って寝る」
「もう?」
「最近は気疲れがすごいもんでさ」
彼女は気だるげにタイムカードを切り、後ろ手を振って部屋から出た。
外の寒気を感じるところを歩き続ける彼女。
(後輩のやつはああ言ってはいたが、何処かでこの日常も終わるんだよな……)
ナバナの懸念は正しい。
警察官が仕事をしなければ悪を罰する人間がいなくなり、本当にキヴォトスの治安は終わってしまうだろう。ヴァルキューレがずっとサボリ気味でなんの行動も起こさなければ、ゆるりとこの年の命は消える。
だが、自治区という”都市という概念が意味をなさない不可侵域”や、その軛の中ですら”生徒を救いきってしまう先生”を見れば、警察がいじけるか、そもそも腐っていれば何もしなくてもいいという言い訳になるのだから意味はない。
「警察って本当に必要な概念だったんかな」
そう呟くが、誰も答えを返せない。返せるやつがいない。
たとえそれを先生が聞いたとて答えられる訳はなし。
持っていた、リボルバー。
600NEを撃ち出すパイファーツェリスカは、ヘリという獲物を破壊したあとにまだどこかに敵がいないかと唸っているように______通路に差し込む月光とシティライトに見せつけるようなキラメキを放つ。
手に握り眺める。
「お前は……そうだよな。そうだもんな、でっかい敵を撃ちたいよな。そのために生まれたんだものな」
「その大きい銃で、何を撃つつもりだ」
「あ…?」
声がする方向にピントを合わせる。
「局長」
「おお、もう忘れ去られてたと思っていたんだが」
そこにいるのは尾刃カンナ。
「まさか」
「実際違う部署だからな、忘れられてても驚かないさ」
「忘れたかったと、本気で言ったら?」
「はあ」
みみがぺたん、となる。
「まるで聞きたくなかったというような感じですね」
「当たり前だ、背中を預けるに足りる人物が嫌っていると分かったらな」
「そりゃそーだ。でも、私はもう働きたくない」
ナバナはそっぽを向いて、視界に入らないようにした。
「サザリのやつにも公安局に来ればいいとも言われたんですが、どうも気が乗らない」
「ほう?あいつは絶対こっちに来ると言い張って効かなかったし、仲間もそれを信じているが」
「戯言だ」
しゃがみ、否定し、弾の入ってないリボルバーで遊ぶ彼女は浮かない顔。
「どれだけ求められたとしても、私はごめんだ。SRTのゴタゴタに巻き込まれるのも、あの少女に関わるのも。警官が改善したところで私らが仕事できる時代はない」
「今決めても仕方ないだろう?」
「ポストに入ってようやくですよ、たとえ警察が強くなったところでSRTの再来だの自治区の権利侵害だって騒ぐに決まっている。それが解決したところで、先生がいたんじゃ結局異性でメロって終わってて……真っ当に働く意味あります?」
「先生がそう見えるのか」
ナバナは、心のなかで何かが切れた音がした。
「そう見えなきゃどう見ろと?股開いてるからろくに見れなくなりました?」
「……」
女性の下話というのは、こう、じっとりしてる。
それを体現するような言い草が響いた。
そう見えるのか、と聞こえた言葉が”先生を侮辱するな”とナバナには聞こえているのだろう。
「どうせプレなんとかみたいに滅びるんだし、私はそうやって滅んでも別にいい。今のように給料泥棒してるほうがいい、頑張ってもそれが私の手柄になるかどうかはその案件に先生とやらが入ってくるかどうかにかかってる。キリなんとかのやつがレアケースですよ、私にそんな奇跡は訪れない」
警察が頑張ったところで先生が手柄を横取りするなら、結局評価を持っていかれるからタダ働きに等しい。しかもタチの悪いことに、シャーレ所属の生徒を派遣して手助けをすれば彼は『先見の明』とやらで褒められる。どうあがいてもなにかのリターンがある行動を取られるのだ、やってられないのも無理はない。
「デカグラマトンだかゲマトリアだか知らないけどあの男に限界が来れば警察がどうあろうが滅びる、それでいい。彼の頑張り以外に世界への貢献はゼロに等しい、カンナ局長の頑張りは”あの男の劣情”以外で保証できない。それで報われるとかほざくのも大概にしろ」
「ナバナ、それは警官としての発言でいいのか」
「捕まえるか?まあいい、あの男がもみ消すからな」
ナバナの言い草は、彼女から見れば正しかった。
いろんな生徒や大人がいても、世界を動かすのはシャーレという存在だけ。それがこの世界の真理だ。
福祉の不足で今苦しむ浮浪者も、普通に暮らしている生徒も世界に影響を与えれるわけではない。
「てめえの仲間は自分達の力とか、意志とかが世界のために役立ててるとか思っているようだがな。私からすれば”幼稚”だ、頑張ったところで誰がそれを認めるんだ」
「私もサザリも、お前の実力を認めている。この世が権利主義というのであれば、シャーレの権能が届く範囲まで手を引っ張ろうとしているのに等しい。今よりは断然マシな話に聞こえないか?」
「で、結局滅ぶ時まで同じ金と立ち位置で働かされると?」
「ナバナ!」
分からず屋に激昂、そして警察としてあまりに看過できない言葉を実際に言ってしまったナバナに対する警告が決定打、互いの理解し合う気は失せた。
二人は銃弾を込めて相手に向ける。
お互いに自分の得物が、敵の中枢を捉えた。
きぃぃぃぃぃ_______と、空気を割いた銃の金属が揺れる。
「それだけ口が回り頭も回るなら、なぜ刑事をやっている!巡査でもやって、市民の役に立てば貴様は今よりもいい思いが出来たはずだ!私も助けて、ユリも助けて、SRTの連中に恐怖を見せつけて置きながら今更何を言っている!」
「私が良くても社会がそれを一生許さないことぐらい分かるだろ!?先生とやらのお陰で良い夢を見ているならそろそろ覚めるんだな!社会はあの男か連邦生徒会長のような奴隷がいないと回らないバカで救いようのない社会なんだよ!」
他者より先に、他者より上に。
思春期が運営している都市だから、それが至上の価値観になっている。
その中で”最低ラインを守る”なんて仕草が評価されるはずもない。インフラというものを好む人間は奇特と言っていい、それはキヴォトス以外でもそうだ。
「私は社会で生きていくには何も持っていない!実力も才能も神秘もない!ならぶら下がって、腐るまで金という栄養を吸い取ってくしか死なない方法がないってことだ!私は地に足がついているんだよ、お前と違ってなぁ!」
「違う!お前は
「それこそシャーレにいけば蛆虫みたいな数いるだろ!世界を救ったりした連中と肩を並べられないお前の弱さが悪い!」
「ナバナは自分がモブだと思って生きていくことに納得できるのか!?」
「お前らと比べればモブ同然だ!SRTの連中だってその事実を突きつけられてるから、あんな真似をする!」
自分が諦めてること、現実だと思っていることだから彼女は平気で口にする。
「結局お前らの社会なんざ”スタンドプレイ”以外の何者でもない!組織を束ねて置きながら異性に依存するなら、社会ごっこはまだ早かったことを認めることだな!」
正しいとは言えないが、間違ってるとも言えない。
いや、ナバナはある種”民主国家の実情”を飲み込めてしまう、官僚主義という未来を飲み込む普遍を知って平気でいられるほど大人に_____いや……この都市の観点で言えば
だけど、それが認められないのがカンナだ。
先生だけで世界はどうにかならない、どうにもならない連邦生徒会という権力を知っている彼女にとって先生を”専制者”と片付ける一般人の風潮と自分と同じ目線が出来て理解できるはずなのに自分の利益ないし保護のために肯定するナバナに、自分と同じはずなのにとまるで”闇堕ちして仲違いした仲間”を助けようとするような心境を顕にしてる。
「そんな人間になれるのなら私は狂犬にもならなければあの
「じゃあここで二度と動けねえよう
「貴様も狂宴に引きずり込んでやる!足がもつれるまで!」
ここは時間が過ぎて人がいない、広い校舎の道。
閉まった部屋が連なるこの場所で、お互いの銃が火を吹いた。