人類は言い合いをし、喧嘩するからこそ進歩してきた。
それが愚痴の言い合いであったとしてもかまわない、相手を否定しようとする行動も、そのために練った策略も、感情も______全部将来芽吹く”未来”になる。いいことだろうが悪いことだろうが。
自分はそのままでいい、それで精いっぱいだと信じていて、それを理論でがちがちに固めてしまったナバナ。それに対して自分の実力を客観的に見て低く見積もりすぎており、振りかざしている理論を破壊する可能性さえ持っていると証明したいカンナ。
ぶつからないのにかみ合わない、否定されないから誰も正しくない。
逆を言えば、ぶつかり否定しあうというきっかけから相手を理解しあおうとする態度は人を成長させる。その道理を無自覚に弁えているやつこそが人間を名乗る資格があり、そこに品位というものが合わされば真の人間とも言えた。
「ナバナァァァァァ!」
この時のカンナは相当精神的な疲弊をしていたのだろう。
何せヴァルキューレ絡みは先生がいてもどうにもならない事案の方が大きかった。
カヤという不穏分子を排除できたことは大きいが、他の学園と比べて根本的な改革に至ってない。警察の不正や無気力感、詰まるところ存在としての警官はどこにもいないまま。
「来いよ狂犬!残らず歯をぶち折って心も砕いてやらぁ!」
何故かは口にされていた。
それはナバナが言ったとおり”自治区という入れない地域の乱立による警察の意義と仕事のなさ”が原因だ。
言い換えればカヤのクーデター時『キリノを英雄に仕立て上げてこれを目指してくださいね』という指標を立てるに過ぎず、それも『シャーレの大人に尻を振った結果』と一蹴されている。
先生は人間だ、ミスもすれば主張で生徒とすれ違うこともある。生徒の方が正しい、つまり彼が間違っている場合もある。
ナバナの銃弾は柱を何本も砕き、カンナの銃弾は相手を適切に狙いながらも追い詰めるように徒党を組んでいる。
「お前は私と戦った!なのに何故、そうしていられる!壊れた自分を良しとできる!」
「この警察には税金を搾取する以外の価値はない!キヴォトスの統一化でもされない限り権限はないに等しいし、大概の権力者は事実上の国外に逃げている以上は国民ごと食い潰すのが無能の生き方だと心得ている!」
「その程度の組織に私は心を売った覚えはない!」
「シャーレに売ってるんだもんなぁ!」
ナバナは追い詰められてない。
瓦礫を砕き、乱雑する破片が銃弾に当たって制圧射撃の形が崩れ続けるのだ。
「才能で全てが決まる世界なのを認められないのは傲慢だ!恵まれた人間こそ努力を謳うが、その努力を謳う人間は総じて他人の努力で甘い汁を吸う!」
「私は自分の力でここまで来た!自治区まみれで大して息できない中でも、犯人を捕まえて法の元へと連れてきた!私でさえ、あの時の無力な私でさえ出来たんだ!お前も、みんなも気付いてないだけなんだ!」
「妄言だな!じゃあ、このヴァルキューレの人間が集まって何に勝てる!?自治区の奴らが攻めてきた時、誰が安全保障出来る!?」
「そのための警察だろう!?」
「するのはな!だが、それを体現できる存在がヴァルキューレにいない!結局沢山無駄死にさせて、先生に泣きつくまでがオチだ!」
互いに弾を打ち尽くし、リロードして構える。
「才能がある奴らはいつもそうだ。たとえば学問を説く人間が『人は考える葦』だと言った……はっ、詭弁だ!てめえらにとっての民草なんざ所詮サトウキビと同類だ!甘い汁を啜るために事実を掠めた詐術で搾り続ける!それが上流階級のやり方だ!」
「なら何故私はここにいる!上流階級で搾取するためなら警察なんて率いたりはしない、私兵を束ねて正義を実行する!それでいいじゃないか、それが許されていれば私はヴァルキューレに席を置かずとも狂っていられた!」
「それがお前の弱さだ!お前は自分が出来ることをしてのしあがったと言っているが、結局世界に挑む気力がないから警察という弱体化した少女どもに漬け込むように暴れて恐怖させ、上にのし上がった!己の美貌と暴力で!結局それは才能を持った人間のやり口だ、何人の人間が無駄に憧れて現状に抗い疲弊したと思っている!」
ナバナがあまりにも反論を作るのが早すぎる。
結局善性というのは理論ではなく感情、悪が芽生えるのは実利主義が感情を壊すからそう呼ばれているだけに過ぎないのをまじまじと見せつけるような罵り合い。
もう一度お互いに銃弾を放ち、今度は相手の怪我を狙う。
パイファーツェリスカの弾丸は通路の窓ガラスを割って、共振を利用した連鎖破壊でカンナに襲いくる。これを彼女は躱し、ナバナの上の照明を狙って光源の破壊と乱雑するライトの破片で怪我をさせようとしていた。
「んえあっ!」
光源を奪われるのを理解したナバナはカンナ側にも同じようなことをして回避、破片から遠ざかりつつ攻撃できるギリギリの距離を保った。
互いに怪我もしないまま、ヒートアップする舌戦。
「そもそもだ、貴様がそのような心持ちの人間ならば何故あの時協力した!あの場に来た!戦車に乗った時に私を見殺しにすれば、邪魔者は消えて心ゆくまで腐れたはずだ!それにそもそも来なければ私の危機は、私の死で終えていた!」
「死んでいなければ結局私の食い扶持はてめえに奪われてた!仕方なくだ仕方なく!先生が来れば結局魔法のように解決するから、放置してどうにかなる話でもない!それに協力しなければいずれ戦車の細工の共有をしなかったことを詰められて同じ道を辿ってただろうさ!」
「SRTに立ち向かった時もか!?」
「ああそうだ!」
「ユリのために立ち向かったのも!」
「私のために仕方なくだ!」
全部、一応は本心だ。
一番近い心はサザリに言った『全てが虚しくなった』という一言だろう。虚しいから、目の前の全てが消えても大してダメージを受けないし、そうして全てを奪われて無に還れるならそれでいいやと本気で思っている。
カンナは溜まっていた鬱憤とやるせなさを真正面からぶつけようとしても同じようにぶつけてくる彼女に、思うところがあるのだろう。
「_____やはり、認められない!お前が、最初からそんな人間だったこと!」
「ほっとけよ!?なあ!お前らがSRTを止められなくて、それでヴァルキューレが崩壊しても私は何も構いやしない!どうせ頑張っても頑張らなくても、同じ結果を辿る!お前が縋った男の死で、この世界は完結する!」
彼女達には、深く理解できない溝があった。
カンナ一人では警察の再編や、ましてや元SRTの暴走を止めることはできない。SRTからの編入生を使った組織なんて夢のまた夢だろう。
だが、キリノ以外の
目の前にいる、”先生が居なくても”戦いぬける自立性を持った生徒は、その自立性が”諦観と現実への理解度”によって、しかもそれがあまりに深くあるからこそ保証されているようなもの。彼女を使った改革は、その当人が真逆の思想を信条とし、世界の真実としているから机上の空論以下の手段であったことには変わりない。
二人は、それを解決できる一手を、それが出来る人間を救った。だが、未来を知っている人間のみしかそれを口には出来ず、またしたとしても信じれない。
そもそもどちらも未来を知らないから、この泥沼の言い合いが終わることはなかった。
だが、それでもカンナは諦めない。
狂犬ではなく、人である。
だから、己が抱く理想も、甘い夢も言葉にできる。伝えられる。
「皆警察になるためには勉強してきたはずだ!実利主義に準じる人間は、それが自分への最大限の褒美という甘さが根幹にある!そのためだけに警官になれば、いずれ正義とのすれ違いで崩れる!本気でそう言った人間が最初から警官にはなれない、理想があったはずなんだ!みんなそれを政治によって否定された!
だが今はそれこそお前が嫌うシャーレがある。あの組織には色々な学園の人間がいて、交流のきっかけになる!もっと言えばグローバリズムによる自治区の堅牢性が低下して、行き来が活発になってるんだ!それに生徒の声を届けやすい、その上であの政治家達に近い!シャーレに頼らざるを得ない今でも、彼が連邦生徒会直轄の組織の人間である以上法改正によって警官の仕事や大義を果たせるための整備が出来る!」
「だが人間の時間は有限だ、それも青春はな!その青春を大義のために!?ふざけたことを抜かすな!その大義はアイデンティティの薄さを補強するための詭弁、愛国心と同等の麻薬でしかない!警官という機械が酔うな!人類史というものに善を残そうとする、何かの集団や歴史に何て口にするやつは”自分の人生に責任を持てないおおうつけ”だ!社会によるつながりや残したもので、死という全損失から自己を守るための言い訳は、いわば『自分にはそれがないと自分と呼べるものがない』と吐かしてるだけ!
政治を語る人間が社会で真っ当に活躍できない連中が己の知性やブランドを確保するために分かりやすい場所で知識人ぶるしか自分を保てないように、理想を語る人間に自分なんてものはない!だから狂ったように犯罪者を捕まえて己を形作る!そうだろう!?」
「だが、そうして人間は己の生きる原動力にしてきた!それが社会性を持った生物としての人間が、他人と自分が生きるために努力することで生物以外の遺伝子を残すことに繋がった!私はそうありたい、自分が頑張っただけ未来の優秀な警官達がもっとこの社会を良くすることを!
ナバナにはそれがない!いずれ全部消え去るからと何も動かずに自分の実力や教養を隠したまま死ぬことを良しとする”抜け殻”のお前に言えたことか!?」
理想すら覆い潰そうとする現実を、何とかしたいと駆け抜けた姿は確かに狂犬だったかもしれない。
だがその生き方に恥じた覚えは一度もない、苦境に立ったが捨て切れたことはない。
捨て切れないから生きる意味として理解できたから、目の前の警官に対して人間が持っているそれをどこに隠したか問うのだ。
互いに呼吸を置き、銃を構える。
呼吸、銃と空気の狭心、窓に影。
現実を口にし続ける人間と、理想を口にし続ける人間。
だが、等しく人間。
故、切り裂く乱刃が迫るのだ。